3月21日に「チェチーリア・バルトリ&チョン・ミョンフン デュオリサイタル」を観るためにちょっと時間に余裕をもってサントリーホールまで行った。


今は六本木ヒルズへ引っ越したテレビ朝日もかつてはあったここアークヒルズは「そこだけの風景を写すとまるで日本ではないみたいだ…」こう言ったのは私の上司である。

昨年の8月に会社のその上司と一緒にやはりここに来た。この日は東京へ出張だったのだが、たまたまメル友ちゃんのソプラノ歌手森川栄子さんがウェーベルンのカンタータを歌われるというので「行きます!」と言ったらご招待券を上司の分まで2枚も用意して下さったのだ。


開演前、ゆっくり暮れている情景を見ながら一緒にサブウェイのサンドイッチを食べた。犬の散歩をする人、子供を連れて遊ぶ外国人。きれいに植えられた植栽。見慣れた東京の雑踏や新潟の田園風景とは違う風景がそこにはあった。

サントリーホールは開場する時、入口のオルゴールが鳴る。この音を聴いて「いよいよ演奏会が始める」と心踊る。 ホールの雰囲気を味わうところから鑑賞は始まっているのだ。


そして観客で舞台を楽しんでいると「あともう少し、もう少し…」っていう惜しさを感じてしまうのである。

子供の時、クリスマスのケーキを人数分に切って、誰にサンタの家がいったの、チョコレートのプレートがいったのと大騒ぎをした後、あてがわれた自分のケーキ。

これは子供にはかなり大きいので食べきれなかった分はサランラップをかけて翌日まで取っておく。そんな残ったケーキを惜しみつつ翌日に食べた、そんな子供の頃の思い出とダブる。


バタバタと開演間近に駆け込むなんてもってのほか。行きにも帰りにも余裕をもって舞台は楽しみたい。帰りの夜行バス(!)の中でにんまりしながらプログラムを眺めるのも一興。「舞台を愉しむ」ってそういうことではないだろうか?

昨日、サントリーホール大ホールまで「チェチーリア・バルトリ(Ms)&チョン・ミョンフン(P) デュオリサイタル」に行ってきました。


開演前に「チェチーリア・バルトリよりメッセージがあります。」とアナウンスがあり、「体調不良だけれど日本のファンのために今日は歌わせてもらいます。」とのことでした。

え゙っ、新潟から来てしかもチケット20,000円もしたのに・・・


…と正直思いました。
ところがどうしてどうして、どこが不調なんでしょう?
メゾの声の輝きといい、ダジリタの技巧といい天下一品!!これが不調だったら好調だったらもっと凄いの???

プログラム
モーツァルト「鳥よ、年ごとに」「喜びのときめきが」「わからないわ、どうしたの」
ベートーヴェン「旅立ち」「期待」
シューベルト「羊飼いの娘」「あなたはご存知のはず、まだどれほど私が」
ロッシーニ「私は苦しみと涙のために生まれ…もう火のそばで(歌劇『チェネレントラ』より)」
ヴィアルド「ハバネラ」「アイ・リュリ」
ドリーブ「カディスの娘」
ベッリーニ「ゆかしい月よ」「マリンコニア、やさしいニンフ」「喜ばせてあげてください」
ロッシーニ「見上げた洒落女」「チロルのみなしご」「亡命者」「踊り(ナポリのタランテラ)」
ミョンフンのピアノも良かったけれど、何と言ってもバルトリ!
『チェネレントラ』より“私は苦しみと涙のために生まれ…もう火のそばで”は感動でしたね。
彼女の歌声は緻密で正確、かつ楽しげにコロコロ転がり、飛び跳ねる。
この一曲だけでも聴きに行った価値はありました!

バルトリはおそらく鼻風邪なのでしょう。ピアノの上にハンカチを置いて曲の間に鼻を拭き拭き歌っていました!鼻を真っ赤にしたその笑顔のチャーミングなこと!!
高名なディーヴァとは思えぬ、気取りのない姿にみんな共感してましたよ♪
昨日、3月18日(土)、新国立劇場でヴェルディ「運命の力」を観てきました。

非情な運命に翻弄された三人の男女が血塗られた結末へと押し流されていく悲劇の傑作。
完成度の高い序曲は、独立して演奏されることも多い名曲です。
ヴェルディらしいドラマティックで美しい音楽が抗い難い運命のドラマと連動し、めまぐるしく展開する物語を雄弁に語ります。

演出:エミリオ・サージ
指揮:井上道義
レオノーラ:アンナ・シャファジンスカヤ
ドン・アルヴァーロ:ロバート・ディーン・スミス
ドン・カルロ:クリストファー・ロバートソン
プレツィオジッラ:坂本 朱
グァルディアーノ神父:ユルキ・コルホーネン
フラ・メリトーネ:晴 雅彦 
カラトラーヴァ侯爵:妻屋 秀和
ミラノ・スカラ座で上演された改訂版

お話は…
スペイン、市民戦争の時代。カラトラーヴァ侯爵の娘レオノーラは、恋人のドン・アルヴァーロと駆け落ちを試みるが、恋仲に不承知の父親に阻まれる。アルヴァーロは無抵抗の証に銃を投げ出すが、暴発して侯爵に命中。侯爵は娘を呪って絶命、二人は逃走する。レオノーラの兄ドン・カルロは父の仇であるアルヴァーロとレオノーラを追う。レオノーラは修道院に入り、戦線に逃げ延びたアルヴァーロはある仕官を助け友情を誓い合う。お互いに偽名だったが、アルヴァーロの正体を見破ったカルロは決闘を申し込み返り討ちにあう。そこにレオノーラが現れ、アルヴァーロとの喜びの再会も束の間、瀕死の力を振り絞ったカルロがレオノーラを刺す。
…です。

主役、レオノーラ役のアンナ・シャファジンスカヤ は終始、音低かったです(^^ゞ
でもそれを補ってあまりある“求心力”みたいなものが彼女にはある気がしました。これは挺身の演唱とでもいうのでしょうか。
一番有名なアリア「神よ平和を与えたまえ」も最初から音程低かったけれど最後は「絶唱」のあまりの凄さに身震いすらしました。
久しぶりにソプラノ・ドラマティコの声を聴けました。

アルヴァーロのロバート・ディーン・スミスは新国「ワルキューレ」の時のジークムントの歌唱が忘れられないで今回、それで行ったようなものでしたが、実は前半は「???」でいま一つ声のコントロールが上手くいっていないように感じました。
しかし休憩後、レオノーラを思って歌うロマンツァあたりから万全のコンディションで「ヘルデンテノールここにありき!」の素晴らしい歌唱。劇場はブラボーの嵐でした。

今回の公演は日本人の脇役陣が良かったです!
レオノーラの父カラトラーヴァ侯爵役の妻屋秀和さん、できれば出番の多いグァルディアーノ神父役の方を歌って欲しかったです(ちなみに次シーズンの再演ではこの“グァルディアーノ神父”を歌うことが決まっておられるそう。ご本人から昨日お聞きしました。)

プレツォジッラというロマの女役がいるんですが、メゾにしては高音も出てくるし、卓越した技巧を求められますものね。
坂本朱さんの相変わらず安定した歌唱で脇役にはこれまたもったいない歌手さんかな?でも坂本さん級の方じゃないとこの役は務まらなかったかも知れませんね。

そして“関西系お笑いバリトン歌手?”晴雅彦師匠はまた天下一品の芸を見せてくれました!
新国「ルル」の狂言回し役「猛獣使い」も上手かったです。
ホント芸達者な方です。
大好きなオペラ歌手さんをもう一人紹介します。
ソプラノ歌手の天羽 明惠さんです。

天羽 明惠(ソプラノ)
AKIE AMOU
                         

東京都府中市出身。東京都立芸術高校、東京藝術大学卒業。 二期会オペラ研修所、文化庁オペラ研修所修了。93年度文化庁派遣芸術家在外研修員としてシュトゥットガルトに留学。
95年五島文化財団オペラ新人賞受賞、副賞として2年間ベルリンへ留学。同年、ラインスベルク音楽祭でティーレマン指揮《ナクソス島のアリアドネ》にツェルビネッタで出演、さらにソニア・ノルウェー女王記念第3回国際音楽コンクールに優勝し一躍注目を集める。
その後ドイツを拠点としカッセル、ハノーファー、ジュネーヴ大劇場、ザクセン州立歌劇場(ゼンパー・オーパー)、ベルリン・コーミッシェ・オーパー、オスロー国立劇場等ヨーロッパ各地の歌劇場や音楽祭に出演。
ヘンデル、モーツァルト、ロッシーニ、ヴェルディ、R.シュトラウスからリゲティまで幅広いレパートリーを持ち、数多くの公演で主要な役を演じている。
ソリストとしてもサヴァリッシュ、ロジェストヴェンスキー、小澤征爾、バレンボイム、デュトワ、コンロン等の指揮で国内外のオーケストラと共演。超絶的なコロラトゥーラとリリックな声を併せ持ち、内外で高い評価を得ているわが国期待のソプラノ歌手。
戸田敏子、フランス・シマール、エルンスト・ヘフリガーに師事。グスタフ・クーン、アルベルト・ゼッダのマスタークラスに参加。 二期会会員。
CD録音はドイツ・ロッシーニフェスティバル・ライブ録音の「Matilde di Shabran」「Elisabetta」「Tancredi(発売予定」、ヘンデル・フェスティバルライブ録音「Deidamida(発売予定」、東京オペラシティ・ライブ録音「クリスマス・オラトリオ」がある。

受賞歴
1995年 五島文化財団新人賞受賞
ノルウェー・ソニア女王記念国際音楽コンクール優勝
1999年 アリオン賞 受賞
2003年 第14回新日鉄音楽賞フレッシュアーティスト賞 受賞


今はベルリンと日本を激しく(?)往復されて、日本とヨーロッパの両方でご活躍です。

天羽さんは私の義兄でバリトンの太田直樹の親しいお友達で、実は私より私の両親が先に会っているんです。太田直樹氏の実家白馬村で一緒にバーベキューをやったりして遊んでいるんですわ。
クラシックなんて全く縁の無い両親ですから…

「あも、アモさんっていったかな?バカおもっしぇ名字なんだわ」

…などと申しておりました。
それがまさか

天羽 明惠さん

だなんて気がつくはずもありません。

初めて天羽さんの歌を聴いたのは新国立劇場の「リゴレット」。
天羽さんは愛のためにはかなく生き、死んでいくジルダを可憐に演じて涙、涙でした。
でも楽屋口で本人に直接会ってみるため待っていると…

あっ、多恵ちゃんの弟さん!

舞台上のジルダとは全くキャラが違う天真爛漫な天羽さんだったのでした・・・だまされた…相手は女優だった…。

素顔は超気さくなお姉さまですが、コロラトゥーラの超絶技巧は絶品で「アリアドネ」のツェルビネッタなんてあ然とするくらい巧いです。

それからリサイタル、N響の公演、日本ロッシーニ協会「創立10周年記念ガラコンサート」、仲道郁代さんとのデュオリサイタル、オペラ「ナクソス島のアリアドネ」「仮面舞踏会」「ドン・カルロ」「アラベッラ」「ルル」「愛の白夜」等、オラトリオ「エリヤ」等にできる限り、足を運んでいます。

この5月にはサントリーホールでヴェルディ「ファルスタッフ」でナンネッタを歌われます。
私の大好きなオペラ歌手さんのお一人で日本を代表するバリトン歌手「小森輝彦」さんを紹介します。

小森輝彦 (バリトン)
Teruhiko KOMORI

ドイツと日本を拠点にめざましい活動を続けるバリトン。現在はドイツ、アルテンブルク・ゲラ市立劇場の専属歌手として7シーズン目を迎える。同劇場には2001年6月のリゴレットで華々しいデビューを飾り、今までに「リゴレット」、「ドン・ジョヴァンニ」、「さまよえるオランダ人」、「ナブッコ」のタイトルロール、「ランメルモールのルチア」のエンリーコ、「死の都市」のフランク、フリッツ両役、「フィガロの結婚」のアルマヴィーヴァ伯爵、「椿姫」のジェルモン等を歌い、そのどれもが高い評価を得ている。日本での最近の出演は04年東京室内歌劇場公演「インテルメッツォ」の主役ローベルト役、新国立劇場「アラベッラ」マンドリカ、「ナクソス島のアリアドネ」音楽教師など。05年には二期会公演「ジャンニ・スキッキ」と「フィレンツェの悲劇」の主役シモーネで話題を呼んだ。東京芸術大学、同大学院、文化庁オペラ研修所、ベルリン芸術大学で学ぶ。第2回藤沢オペラコンクール第2位、第6回ルクセンブルク国際声楽コンクール奨励賞受賞、五島記念文化賞オペラ新人賞受賞。二期会会員。
小森輝彦公式ホームページ http://www.teru.de

…と輝かしい経歴を誇る方なんですが、とっても気さくでいい方なんですよ~。
今はもちろんファンの一人ですが、小森さんは私にとってよい兄貴分であり、オペラ学の先生なんかでもあります。

小森さんは2000年に地元の長岡リリックホールというホールの「東京フィルハーモニーオペラガラコンサート」にゲストとしていらっしゃいました。

私、小森さんの歌唱を聴くまで「歌そのもの」で泣いたことなんて無かったんですが、ヴェルディ『リゴレット』より“悪魔め、鬼め”を小森さんが歌った途端、涙があふれました。
『リゴレット』の劇中で「さらわれた娘を返してくれ!」と哀れな道化が懇願するシーンなのですが、その時字幕すらなかったのにこの場面のこのキャラクターを「歌のみ」で見事に歌い演じられたのです。

「“こんな優れたアプローチをされる歌手さん”って一体?」

ってこの頃から歌手小森輝彦さんから目が離せなくなりました。

現在は海外のオペラ劇場の専属歌手でいらっしゃるので、年にそう幾度もその歌声をお聴きできるわけではないのですが、日本に帰国されてオペラに出演されたり、リサイタルをされたりする際にはできるだけ駆けつけてます。

幸田浩子&小森輝彦 真夏の夜のセレナード
2006/7/29(土) 18:00開演 トッパンホール
モーツァルト: オペラ「フィガロの結婚」K492より
もう飛ぶまいぞ、この蝶々(フィガロ) 他
モーツァルト: オペラ「ドン・ジョヴァンニ」K527より
ぶってよ、マゼット(ツェルリーナ)
薬屋の歌(ツェルリーナ) 他
ヴェルディ: オペラ「リゴレット」より
あいつは刀で人を刺す…二人は同じだ(リゴレット)
慕わしい人の名は(ジルダ)
悪魔め、鬼め(リゴレット)
お話し、誰もいない…いつも日曜日に教会で(リゴレット&ジルダ)
では、これは誰だ…あの空のかなたから(リゴレット&ジルダ)

小森輝彦・服部容子デュオ・リサイタル vol.2
2006月8月11日 
夜(開演時刻未定)
東京 カザルスホール
曲目:J.ブラームス作曲 歌曲集 「美しいマゲローネ」 全曲
Johannes Brahms "Die schönne Magelone"
バリトン:小森輝彦
ピアノ:服部容子
朗読:未定

などの演奏会が日本で決まっています。
ぜひ皆さんもいらして下さいね!!

昨年(2005年)12月16日~23日までNYへ旅行へ行っておりました♪

NYはマンハッタンのセントラルパークの北西に面しているリンカーンセンター内にある世界最大規模のオペラ劇場☆メトロポリタン歌劇場☆

メトロポリタン歌劇場

16日(木)プッチーニ「ラ・ボエーム」
17日(金)トビアス・ピッカー「アメリカの悲劇」世界初演
18日(土)マチネ ヴェルディ「リゴレット」
     ソワレ ビゼー「カルメン」
20日(月)ヨハン・シュトラウス2世「こうもり」
21日(火)ドニゼッティ「ランメルモールのルチア」

クリスマス直前のNYの街はどこもかしこもクリスマスツリーとクリスマスの装飾で彩られている。
昨年末の訪問で3回目のマンハッタンとなった。

成田空港に着いて手続きをしようとしていると。
行きのコンチネンタル航空が「機材の搬入のため、2時間程度出発が遅れます」との張り紙が
到着予定時刻がニューヨーク16日の17時だったのでこの日の20時開演の「ラ・ボエーム」のチケットを取ったのに・・・大きな誤算!
出発は結局、日本時間の20時近くになり、NYのニューアーク空港への到着も16日の8時半になる。それからホテルに移動、メトロポリタン歌劇場(以下MET)に着いた時は第3幕のおしまいで劇場内には入れてもらえなかった。
フランコ・ゼッフェレッリの演出でMETでも有名な豪華なプロダクションのはずだったのに・・・。

話を戻すと新潟出発の時点で今回のNY旅行は危うかった。
旅行の費用をケチろうと新幹線は使わず、東京までの行き、帰りは「高速バス」を使うという予定だった。
12月にしては珍しい突如の大雪になってしまい、交通麻痺で定刻には到底着けないとのこと。急遽、乗り場から引き返し長岡駅へと向かった。

今回、最も出来が素晴らしかったのはメトで世界初演となった「アメリカの悲劇」!!
オペラ「アメリカの悲劇」(AN AMERICAN TRAGEDY)は14歳から作曲活動を始めた(!)というTobias Picker の作品で指揮のジェームズ・コンロンの手により圧倒的な成功を納めました。
カーテンコールの最後に現れたこの作曲家にブラボーの嵐。
(どんな作曲法を使っているとか専門的なことはちーーーっともわかりませんが、保守的なNYの聴衆にも受け入れられそうなちょうど良い塩梅のアヴァンギャルドさ!ぴかチュウままさんが歌ったらとーーーっても良さそうな、いかにも現代音楽のコロラトゥーラソプラノの役もありました。)

作品の内容は英語力の自信がないのを恐れないで書いちゃうと…

主人公クライド・グリフィン(Nathan Gunn:Br)の少年時代の回想から物語は始まる。少年時代のクライド(ボーイソプラノ)が讃美歌を歌い、その傍らにはその母エルヴィーラ(ドローラ・ツァージック)が付き添っている。
クライドはNYで実業家として成功している叔父を頼り、貧困から抜け出そうという野望を持ったプレイボーイに成長している。
恋人ロベルタ(Patricia Racette:S)のお腹に子供ができ結婚を迫られた彼は一方で上流社会の女性サンドラ(出演予定だったスーザン・グラハムが病気の為、カヴァーのKirsten Chavez が出演)にも惹かれていく。

ロベルタを殺そうと計画したクライドはと二人で湖でボートに乗り、ロベルタが転落させ溺死させる。
舞台は法廷に移り、クライドが故意に彼女を水死に追いやったのではないかというのが争点になり、結果的に彼は有罪に・・・。
少年時代の自身に手を引かれ、電気椅子に座ったところで舞台は幕でした。

これは実際の話を小説にしたものでかつては映画化もされたことがあるとか…。
アメリカンドリームを夢見た主人公がさらなる夢を追った末、愛人殺しの罪で破滅に追い込まれる。
この「アメリカの悲劇」は資本主義社会そのものという訳です。

このプロダクションは主人公の叔父の妻がジェニファー・ラーモアなど脇役陣も豪華で、中でも最後まで息子の無実を信じた母役のドローラ・ザージックが「イェヌーファ」の“教会のおばさん”を彷彿とさせる存在感でした。
メインキャストでは恋人ロベルタ役のPatricia Racetteが悲劇のヒロインを切なく歌い上げ、歌、演技とも出色の出来!彼女のppの美しく切ないこと…。

主人公クライド役のGunnはちょっと見、俳優のアントニオ・バンデラス似の伊達男でベッドシーンでは上半身裸になるんですが実に見事に鍛えた身体でしたね。

「リゴレット」はオットー・シェンクの写実的なプロダクション。リゴレット:カルロ・グエルフィ、ジルダ:アンナ・ネトレプコ、マントヴァ公爵:ロランド・ヴィラゾン。
これは異常な人気でチケットも完売だった。
ネトレプコは声質が野太く、アリア「慕わしき人の名は」でコロラトゥーラそのものに切れがない。ザルツブルク音楽祭の「椿姫」のヴィオレッタで最高音をオクターブ下げて歌っていたので嫌な予感はしていたが、案の定高音は下げて歌っていた。
ただネトレプコは美しく、演技も上手い。ヴェルディらしいドラマチックな声が要求される場面(スパラフチーレの宿の場面など)では素晴らしい4重唱を披露してくれた。
マントヴァ侯爵のヴィラゾンはネトレプコ同様大人気だが、今ひとつこの人の良さというものがわからない。
カルロ・グエルフィのリゴレットは可もなく、不可もなくといった感じか・・・。

「カルメン」は妖艶なデニス・グレイブス。
プロダクションはフランコ・ゼッフェレッリで4年前にも同じプロダクションを観ているが岩場の岩の質感など本物と見まごうばかりである。
指揮はフィリップ・ジョーダン。
ただ演奏者はドン・ホセは大味だし、エスカミーリョに至っては音程が悪く聴けたものではない。ミカエラも好みではなかった。

「こうもり」は年末のクリスマスにいかにもぴったりな雰囲気で楽しめた♪
アイゼンシュタインはボー・スコウフス。
軽めのバリトンなのでテノールが歌うことが多いこの役も歌えるらしい。
以前、METでドミンゴとフレデリカ・フォン・シュターデの「メリー・ウィドウ」を観た時もそうだったが、普段は観劇の際アルコールは口にしないのであるが、シャンパンが飲みたくなってこれを買ってしまった。一杯16$也。
帰ってきてウィーン国立歌劇場の「こうもり」のDVDを買ったがこれが全く同じオットー・シェンクのプロダクションだった!!

「ランメルモールのルチア」はまた美しいプロダクション。
プロダクションはニコラス・ジョエル。
ルチア役のエリザベス・フトラルは「ルチアを歌うにしてはずいぶん声が重いなぁ~」と思って聴いていた。
やっぱり起こってしまった・・・。
一番の聴かせどころ「狂乱の場」でコロラトゥーラが上手く回らず、音もかなり下げて本来のスコアをかなりアレンジして歌っている。でもこれに「やんや、やんや」の歓声を挙げるNYの聴衆の耳を疑う。
エドガルドのラモン・ヴァルガスは持ち前の美声で最高のパフォーマンスを見せてくれたので、ルチアの“???”もちょっと許せた。

演出:宮本亜門
指揮:ディヴィッド・チャールズ・アベル
キャンディード:中川晃教
クネゴンデ:幸田浩子
バンクロス:岡幸二郎
オールドレディ:郡愛子
バゲット:宮本裕子
マキシミリアン:新納慎也
カカンボ:坂元健児

「劇団四季」にせよ、「東宝ミュージカル」にせよ“ミュージカル”のオケやアンサンブルを聴くと、正直、オペラを聴きなれた耳にはとても満足のいかない演奏の質であることが少なくない。ところが有名なキャンディード序曲から全くそういった不安がない。アンサンブルもそう。音楽性の高い十分に満足できる演奏で下手なオペラよりずっと音楽性の高いものであると思う。主要なキャストに二期会や藤原歌劇団所属歌手がいることは知っていたが、終演後プログラムを購入しこれを眺めるとアンサンブルも有名音大の声楽科卒の人材がほとんどを占め質の高い演奏の理由もよくわかった。なるほど青年キャンディードと彼を取り巻く登場人物が世界をまたにかけた波乱万丈の物語を当初、どう舞台化するのだろうかと興味津々だった。

中央に円形の舞台がありこれを囲む2層の円状の高台があるシンプルな舞台で他に大掛かりな装置らしきものなくシンプルだったが、ちっとも陳腐な印象を受けない。テンポは極めてよく、バーンスタインの名曲によく乗っている。
宮本亜門が演出の時代の寵児といわれる意味がわかる気がした。バースタインの名作に生命を確実に吹き込んでいる。

キャンディード役の中川晃教は、同じく宮本亜門演出「キャンディード」初演版でタイトルロール役だった石井一孝より、役柄の実年齢に近くかつ自然児っぽくてこの役にあっているのではないだろうか?(実際、石井のキャンディードを観た事はないが彼が「レ・ミゼ」の学生マリウス役を演じた時はずいぶん歳のとった学生のように見えた)歌唱力もあり、また観客を惹きつける魅力が彼にはある。

クネゴンデ役の幸田浩子さんはウィーン・コミッシェオーパーの専属歌手として主役級の役柄を演じてきた国際派のオペラ歌手である。彼女がミュージカルにキャスティングされていることにまず驚いた。(今回のキャンディードも実のところ彼女のクネゴンデを目当てに行った)この役柄を歌いきるには相当、高度なコロラトゥーラの技巧が要求される。層の厚いブロードウェイの役者なら(※ニューヨーク・シティ・オペラ出身などという人もいたりするので)いざしらず、日本国内のミュージカル俳優にとってこの役はかなり高いハードルのはずである。彼女の可憐な容姿もこの役柄にはぴったりだった。
劇中最も高度な技術が必要とされるアリア「着飾ってきらびやかに」も見事な演技とともに正確な音程で歌いきった。これがオペラの舞台ならブラボーの嵐でショーストップになるだろう。そこはミュージカルの観客、至っておとなしく拍手をするのみ。

ポップス・ロック系の中川キャンディードとオペラ歌手幸田クネゴンデの2重唱は声質が上手く溶け合うか心配でもあったが、発声法は違うにせよ。お互い歩みよりそれほど違和感を感じない。

オールドレディにはオペラ界の重鎮、郡愛子さん(Ms)がキャスティングされていたがオペラ歌手のわりにはいま一つ音程がよくないのである。クリスタ・ルートヴィッヒの余裕しゃくしゃくのオールド・レディで予習していった者にとってはちょっときつい。でも演技力はなかなかで存在感は十分。

哲学者にして家庭教師でもあるバングロス役の岡幸二郎、後半キャンディードとともに旅をするカカンボ役坂元健児、召使いバケット役宮本裕子なども好演。久しぶりに大満足の日本におけるミュージカル体験であった。
生である舞台に決して完璧さを求めてはいないが、願わくばそこそこの鑑賞に堪えうるこ公演であって欲しいし、そうでないような場合にもどこかに良さは見出したい。

今回は演出も含めて「どこにその良さを見出したらよいのであろう?」というような公演だった。久しぶりのスカ。W・ブレンデルはワーグナー、R・シュトラウスのドイツ系レパートリーを主に持ち役にしている歌手である。しかし今回はイタリアオペラでマクベス役に初挑戦ということもあって相当の不安もあったが、その不安が的中。ブレンデルの音程がまず甘い。ほとんど出ずっぱりのマクベスの歌を聴いているのは結構きついものがあった。マクベス夫人はゲオルギーナナ・ルカーチ。アンジェラ・ゲオルギュー、アンドレア・ロスト、エヴァ・マルトンら名歌手を輩出しているハンガリー出身の新進の歌手である。いかにもヴェルディらしい声を持ち、ヒステリック気味な彼女の声質はマクベス夫人にぴったり。「もしかしたらすごいマクベス夫人にあたってしまったかも知れない。」とすら1度は思え、期待はマクベス夫人の方へと膨らんだ。実際、前半はたくさん拍手ももらっていたのである。だが彼女は聴いていくうちにみるみる調子を崩していった。最後の出番(マクベス夫人の狂乱の場)はかなり期待外れに終わった。歌手陣の中ではバンクォー役の妻屋秀和さんのバスが唯一、歌・演技とも安定している。

野田秀樹の演出も対して新鮮味を感じない。王座の象徴たる赤い椅子が登場人物によってやたらうやうやしく扱われ、最後はあまり上手とは言えない大合唱の中、新王となったマルコムがふんぞり返り気味に座る。加えてセットや小道具、白い骸骨姿の魔女の醜悪さといったらない。演出に意図が不明な場面も多く、バイエルン国立歌劇場のニコラウス・レーンホフの「リング」のそれを思わせる。つまり「もしや演出家本人ですらこの演出意図が理解できていないのでは?」とも取れるということである。

前公演「神々の黄昏」で新国立劇場は迫力のある高品質な合唱を聴かせてくれた。「マクベス」も魔女たち等、合唱の出番は多いのだが「神々の黄昏」上演時の優れた出来とはほど遠いもの。
この劇場の舞台機構を贅沢に使い、この新プロダクションに相当お金がかかっていることだけはわかる。今回の公演が幕を開ける以前に再演も決まっているがこれと同じレベルの上演をしてもお客は入らないだろう。大幅な手直しが必要だと思う。

だが財政難の新国立劇場なればこそ連続して新プロダクションを打ち出すことにこだわらず海外から名プロダクションを借りてくるような、そんなシステムにしてもいいのではないだろうか?
以前から観てみたいと思っていたコヴェントガーデン盤『ファルスタッフ』だったが、BBC収録の映像がNHKで放送されることも多く「いつかBSで放送されるのではないか?」と思うとなかなか手が出なかった。他にも輸入盤で日本語字幕がないことも理由に挙げられるがついにDVDを買ってしまった。

「サー・ジョン・ファルスタッフ」という好色だけどどこか憎めない老騎士を余裕しゃくしゃくで演じるのは熟練したヴェルディバリトンの技だと思っていたら、そうでもないらしい。
ミラノスカラ座がヴェルディ没後100年にこの作曲家ゆかりの地、イタリア・ブッセートのヴェルディ劇場で行った公演でも無名に近かった「アンブロージョ・マエストリ」という30歳そこそこのバリトンがこの役を歌い、一気にスターダムにのしあがった。
コヴェントガーデン歌劇場でタイトルロールを歌うはこの国出身の世界に誇るバリトン:ブリン・ターフェル。

意外に一流のオペラ歌手が輩出されないイギリス出身で人気も実力も世界のトップレベルにある彼にこの役が回ってきたのは、祖国出身の彼の人気にあやかってというのもあるであろう。意外な収穫と言うべきであろうかまだ30代と思われるターフェル演じるこの老騎士には全くと言っていいほど違和感がない。
演出は昨年のスカラ座来日公演「マクベス」で抜群に色彩の美しい装置・衣装の舞台で演出をしたグレアム・ヴィック。今回も同じ布陣なのか装置・衣装の色彩はどこか似ているし、「マクベス」同様極めて美しい。

若き日にオペラブッフォを手がけ失敗して以来、オペラブッフォを手がけることのなかったヴェルディが人生の最後に手がけた珠玉の名作だと思うが、歌の構成もオペラブッフォの名人ロッシーニの作品と同じく「アンサンブルオペラ」となっている。

アリーチェ役のバルバラ・フリットリ、クイックリー夫人役のマンカ・デ・ニッサはスカラ座盤と全く同じである。アリーチェ(リリコ)、その娘ナンネッタ(リリコレッジェーロ)、メグ・ペイジ(メゾ)、クイックリー夫人(アルトに近いメゾ)があうんの呼吸で絶妙のアンサンブルを聴かせるところにこのオペラの面白さがあるが、ナンネッタ、メグがいまひとつ。ナンネッタは軽く伸びのある美声が求められるが、見た目が少し太めで声質もナンネッタにしては少々重め。

これを聴くとスカラ座盤のナンネッタ:インヴァ・ムーラ、メグ:アンナ・カテリーナ・アントナッチがいかに適役だったかがわかる。(ちなみにスカラ座盤でナンネッタの恋人フェントンを歌うフアン・ディエゴ・フローレスもロッシーニテノールの逸材だけあって軽いテノール:フェントンには非常に適したものだった。その端正な容姿も‥)

他にもジュリーニ指揮レナート・ブルソンがタイトルロールを歌うコヴェント・ガーデン旧盤やレヴァイン指揮でアリーチェ:フレーニ、ナンネッタ:ボニー、メグ:グラハム、クイックリー夫人:ホーンという豪華キャストのメトロポリタンオペラ盤もあるが、決定盤はヴェルディ劇場でのスカラ座盤のように思う。これは配役の妙としか言いようがない。

メトロポリタンオペラ盤はゼッフェレッリ演出でオーソドックスだか、豪華過ぎてこのことがかえって邪魔になっているように感じた。
ターフェルの歌うグレアム・ヴィックの演出はト書きどおりの演出を踏襲しつつ、余計なものをそぎ取った洗練されたものであった。

第3幕の森の場面の美しさ、妖怪に扮した出演者が身に付ける衣装のユニークさといったらない。最終場面「人生全て冗談」と歌い上げるシーンはファルスタッフに続き、次々と歌に加わる出演者たちが黄色く長い布を手に取っていく。色彩の鮮やかさが目に飛び込んでくる。初演の頃の演出を敢えて再現したスカラ座盤も捨てがたいが、演出ではグレアム・ヴィック演出を決定盤に挙げよう。

6月27日(日)では新国立劇場でジョナサン・ミラー演出「ファルスタッフ」を観ることができる。オペラはもとより演劇界でも定評のある重鎮ミラーがどのようにこの作品を調理するか非常に楽しみである。
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団 ウィーン国立歌劇場合唱団
トゥーランドット:ガブリエレ・シュナウト、カラフ:ヨハン・ボータ、リュー:クリスティーナ・ガラド=ドマス、ティムール:バータ・ブルチュラーゼほか

新国立劇場『神々の黄昏』で来日したガブリエレ・シュナウトにサインがもらいたくて実は公演当日ついつい買ってしまったDVDだった。奇怪な演出に話題が集まり賛否両論だったという話は聞いていた。伝統あるザルツブルク音楽祭はもはや超前衛演出の見本市と化しているらしい。

最後まで聴いてみて「リューの死」以降の音楽が今まで聴いていたものとは異なることに気が付いた。
「トゥーランドット」はプッチーニの死により「リューの死」の場面までしかプッチーニ本人は作曲できず、これ以降は彼の弟子F・アルファーノによって作曲されたものが一般的に上演されてきた。しかしこの演奏ではイタリアの現代作曲家ルチアーノ・ベリオによって補筆された版となっているそうである。

アルファーノ版に慣れてしまっているせいであろうか?トゥーランドットとカラフという超重量級の歌手が華々しく、声高に歌わないこのベリオ版には多少抵抗を感じる。実直に言えばもの足りない。

ガラド=ドマスはリュー、ヴィオレッタ、蝶々さんといったイタリアオペラのリリコのレパートリーを得意にしているだけに今回も説得力のあるリューを聴かせて見せてくれた。だが好みの問題であろうが彼女の容姿、声質はどうにも好きになれない。

スカラ座、浅利慶太演出の「トゥーランドット」が以前放送されたがこのトゥーランドット姫を歌ったのはアレッサンドラ・マーク。ドラマチックソプラノにはありがちな高音には難のあるソプラノで、その最高音は「叫び」ならぬ「唸り」にも似たもので、その限りなく「球」に近い体形も手伝ってつい笑ってしまった。
そこへいくとガブリエレ・シュナウトはメゾからキャリアをはじめたとは言え、強引にメゾを持ち上げたというタイプのソプラノではなく本当のドラマチックソプラノなのだと思う。
巨大な仮面の中から登場したトゥーランドット姫は地上10mはあろうかと思われる位置に登場。ここでかの有名なアリアを歌い始める。

ヨハン・ボータのヨーロッパでの活躍ぶりは有名であったが、今回その声を初めて聴いた。確かに立派な体躯・歌声ではあるのだけれど、歌も演技も一本調子な印象を受ける。

カリスマ指揮者ワレリー・ゲルギエフのプッチーニは初めて聴いたが、ウィーンフィルとの相性もあるのであろうか?このオペラの壮大なスケールを現すには至らなかった気がする。
従来の版とは異なる版を観れたという充足感こそあるが‥。