生である舞台に決して完璧さを求めてはいないが、願わくばそこそこの鑑賞に堪えうるこ公演であって欲しいし、そうでないような場合にもどこかに良さは見出したい。
今回は演出も含めて「どこにその良さを見出したらよいのであろう?」というような公演だった。久しぶりのスカ。W・ブレンデルはワーグナー、R・シュトラウスのドイツ系レパートリーを主に持ち役にしている歌手である。しかし今回はイタリアオペラでマクベス役に初挑戦ということもあって相当の不安もあったが、その不安が的中。ブレンデルの音程がまず甘い。ほとんど出ずっぱりのマクベスの歌を聴いているのは結構きついものがあった。マクベス夫人はゲオルギーナナ・ルカーチ。アンジェラ・ゲオルギュー、アンドレア・ロスト、エヴァ・マルトンら名歌手を輩出しているハンガリー出身の新進の歌手である。いかにもヴェルディらしい声を持ち、ヒステリック気味な彼女の声質はマクベス夫人にぴったり。「もしかしたらすごいマクベス夫人にあたってしまったかも知れない。」とすら1度は思え、期待はマクベス夫人の方へと膨らんだ。実際、前半はたくさん拍手ももらっていたのである。だが彼女は聴いていくうちにみるみる調子を崩していった。最後の出番(マクベス夫人の狂乱の場)はかなり期待外れに終わった。歌手陣の中ではバンクォー役の妻屋秀和さんのバスが唯一、歌・演技とも安定している。
野田秀樹の演出も対して新鮮味を感じない。王座の象徴たる赤い椅子が登場人物によってやたらうやうやしく扱われ、最後はあまり上手とは言えない大合唱の中、新王となったマルコムがふんぞり返り気味に座る。加えてセットや小道具、白い骸骨姿の魔女の醜悪さといったらない。演出に意図が不明な場面も多く、バイエルン国立歌劇場のニコラウス・レーンホフの「リング」のそれを思わせる。つまり「もしや演出家本人ですらこの演出意図が理解できていないのでは?」とも取れるということである。
前公演「神々の黄昏」で新国立劇場は迫力のある高品質な合唱を聴かせてくれた。「マクベス」も魔女たち等、合唱の出番は多いのだが「神々の黄昏」上演時の優れた出来とはほど遠いもの。
この劇場の舞台機構を贅沢に使い、この新プロダクションに相当お金がかかっていることだけはわかる。今回の公演が幕を開ける以前に再演も決まっているがこれと同じレベルの上演をしてもお客は入らないだろう。大幅な手直しが必要だと思う。
だが財政難の新国立劇場なればこそ連続して新プロダクションを打ち出すことにこだわらず海外から名プロダクションを借りてくるような、そんなシステムにしてもいいのではないだろうか?
今回は演出も含めて「どこにその良さを見出したらよいのであろう?」というような公演だった。久しぶりのスカ。W・ブレンデルはワーグナー、R・シュトラウスのドイツ系レパートリーを主に持ち役にしている歌手である。しかし今回はイタリアオペラでマクベス役に初挑戦ということもあって相当の不安もあったが、その不安が的中。ブレンデルの音程がまず甘い。ほとんど出ずっぱりのマクベスの歌を聴いているのは結構きついものがあった。マクベス夫人はゲオルギーナナ・ルカーチ。アンジェラ・ゲオルギュー、アンドレア・ロスト、エヴァ・マルトンら名歌手を輩出しているハンガリー出身の新進の歌手である。いかにもヴェルディらしい声を持ち、ヒステリック気味な彼女の声質はマクベス夫人にぴったり。「もしかしたらすごいマクベス夫人にあたってしまったかも知れない。」とすら1度は思え、期待はマクベス夫人の方へと膨らんだ。実際、前半はたくさん拍手ももらっていたのである。だが彼女は聴いていくうちにみるみる調子を崩していった。最後の出番(マクベス夫人の狂乱の場)はかなり期待外れに終わった。歌手陣の中ではバンクォー役の妻屋秀和さんのバスが唯一、歌・演技とも安定している。
野田秀樹の演出も対して新鮮味を感じない。王座の象徴たる赤い椅子が登場人物によってやたらうやうやしく扱われ、最後はあまり上手とは言えない大合唱の中、新王となったマルコムがふんぞり返り気味に座る。加えてセットや小道具、白い骸骨姿の魔女の醜悪さといったらない。演出に意図が不明な場面も多く、バイエルン国立歌劇場のニコラウス・レーンホフの「リング」のそれを思わせる。つまり「もしや演出家本人ですらこの演出意図が理解できていないのでは?」とも取れるということである。
前公演「神々の黄昏」で新国立劇場は迫力のある高品質な合唱を聴かせてくれた。「マクベス」も魔女たち等、合唱の出番は多いのだが「神々の黄昏」上演時の優れた出来とはほど遠いもの。
この劇場の舞台機構を贅沢に使い、この新プロダクションに相当お金がかかっていることだけはわかる。今回の公演が幕を開ける以前に再演も決まっているがこれと同じレベルの上演をしてもお客は入らないだろう。大幅な手直しが必要だと思う。
だが財政難の新国立劇場なればこそ連続して新プロダクションを打ち出すことにこだわらず海外から名プロダクションを借りてくるような、そんなシステムにしてもいいのではないだろうか?