やる気0%
ただでさえ赤字の出張
帰りが土曜日で、作業をしてないから出張手当は半額!?
って、おい!
おまけに、有給の届け出せぇ?
もう、出張しねぇ
全くやる気な~し!!
明日は、サボって、釣りに行くかぁ? (-_-)v
とりあえず、寝ます。
やる気0%
ただでさえ赤字の出張
帰りが土曜日で、作業をしてないから出張手当は半額!?
って、おい!
おまけに、有給の届け出せぇ?
もう、出張しねぇ
全くやる気な~し!!
明日は、サボって、釣りに行くかぁ? (-_-)v
とりあえず、寝ます。
子供の頃の給料日は一家にとって特別な日であった。
父が帰宅すると、母と姉、そして私の三人が並んで父に正対する。
「はい、今月の給料」と、父は母に給料袋を手渡す
「ご苦労様でした」と、母は給料袋を押し頂く
姉と私も「ご苦労様でした」と、父を労う
給料を持ち帰る父に感謝をし、いつもよりちょっとだけ贅沢な夕餉を食す。それは、エビフライであったり、ホルモン焼きであったり。父も一杯余分に焼酎を飲む。和やかな食卓。
年に二回のボーナスの日には、ビフテキを食べた。目玉が飛び出るほど美味しかった。
「おねえちゃん、美味しいね」
「美味しいね」
「お母さん、美味しいね」
「そうだね。お父さんのお陰だよ」
「お父さん、また次のボーナスの日もビフテキを食べさせてね」
「あぁ、お前がいい子にしてたら、きっと食べさせてやる」
外食をする習慣がなかった時代、ファミレスもなければ、コンビニもない。母が食事を作ってくれなければ、食べる物がなかった。おやつと言えば味噌を塗ったおにぎりで、ケーキを食べるのは姉と私の誕生日とクリスマスの年三回。
「切干大根は嫌い!」
「おや、そう。じゃあ、これはお母さんがいただくね」
「私にも少し頂戴」と、姉
文句を言うとその日のご飯はなかった。いや、ご飯はあったけど、おかずは無かった。他のおかずは与えられない。白いご飯だけ。それが、我が家の躾だった。
「椎茸は嫌い!」と、姉
「じゃあ、それは僕に頂戴?」
「皆で食べましょうね」と言って、母は野菜の煮付けを皿ごと取り上げる
今度は、姉がご飯だけの晩御飯になる。姉は、父をすがるような目で見るが、母の決定を覆すようなことはしない。しらんぷりをして、焼酎を飲んでいる。
私が子供の頃、父親は一家の大黒柱だった。
会社で支給されたノートPC、セットアップをしているのだが、どうにも遅い。
ネットで調べたら、製造中止になった型落ちの古いPCだった。
それなりの待遇であれば、それなりの働きしかしない。今日も定時でバイバイさ。
Give and take.
常識だよねぇ。┐( ̄ヘ ̄)┌
浮木トップの発砲スチロールをカッターナイフで削っていて思い出した。少年ナイフ
おいらが子供の頃は、おもちゃなんて買ってもらえなかった。一日の小遣いが10円、ビン入りのコカコーラが30円の時代。駄菓子屋で、くじを1本引くと小遣いは消えてなくなる。
おもちゃは自分で作るものだった。ナイフ1本で、杉球鉄砲から秘密基地まで。全てが手作りだった。親父は切れ味のいい切り出し刀を持っていたが、絶対に貸してくれなかった。だから、十日間駄菓子を我慢して、ナイフを買った。その名も少年ナイフ
今にして思えば、ちゃちなナイフだった。折り畳み式で、金属の鞘に刃の部分がすっぽりと入る。鞘に刻印、少年ナイフ
喧嘩の道具なんかじゃない。何か物を作り出すためのナイフ。切れ味は、あまり良くなかった。ある日親父が「これで研いでみろ」と砥石を貸してくれた。
シュ!シュ!シュ!シュ!
一生懸命研いだ。
「切れ味の悪い刃物を使うと怪我をするからな」そう言って親父は笑った。
シュ!シュ!シュ!シュ!
「どれどれ?ん~まぁ、いいだろう」
所詮は駄菓子屋で売っているナイフだ。いくら研いだところで、日本刀になるわけではない。でも、ちょっぴり嬉しかった。自分で研いだナイフ。少年ナイフ
学校から帰ると、そのナイフを持って表に飛び出す。
「今日は、何をつくろうかなぁ?」
会社指定のセキュリティソフト ノートン
「嫌だなぁ、入れたくないなぁ」
しかし、今回は強く言われたので仕方ない。
「インストールするか」
渋々インストールしたら、ネットワークの中は私ひとり。
「やっぱり、孤独なネットワークになってしまった・・・この、
腐れノートン!(=`(∞)´=)」
サーバーも見えないし、プリンターもインストールできない。
「これじゃあ、仕事ができまへんがな」
ノートンがお馬鹿なら、それを指定する会社もお馬鹿なり。
会社で使っているノートPCが新しくなった。
パーテーションをふたつに分けて、Windows-XPをインストールし、Office-XPをインストール、Windows-XP Service Pack 3をインストールするところまでは順調だったのだが、Office XP Service Pack 3がインストールできない。
色々と試してみたが、Microsoft Updateからでは「インストールに失敗しました」で、終了。
淡い期待に一縷の望みをかけて、ダウンロードセンターからアップデートファイルをダウンロードしてHDDに保存。そのファイルを実行したら、すんなりとインストールできた。が、タスクバーのセキュリティのアイコンは消えない。もう、どうでもよくなって、アイコンをクリックして、またまたインストール。ようやく「インストールが完了しました」となって、アップデート完了かと思ったら、SP3の後にリリースされた更新プログラムがわんさか。
「もしかして、これも自分でダウンロードしないとインストールできないのか?」
と、思いつつも、Microsoft Updateからのインストールを試みる。
んが、予想通り撃沈。全て
「インストールに失敗しました」
気力が萎えて
「放置!何日かしたら、問題をフィックスしたインストーラーがリリースされてるかも?」
今更ながら、飲んでみた!
不思議だぁ。プシューって出ない。振って、振って、振って、開けたけど、噴出さない。
ゼリーは・・・意外に柔らかい。ちょっと拍子抜け。
●飛行機が飛ばない
離陸前の飛行機の中、スチュワーデスがばたばたして、前列のじいさんと話しをしている。どうやら、席をダブルブッキングしたらしい。航空会社がそのことに気付いたのだが、その申し出がない。このじいさん、何も言わずに空いている席に座ってしまったみたい。席がブッキングしているはずなのに、誰も何も言わない。事実確認ができるまで、飛行機は飛ばない。
●新聞を読むじじい
滑走路に移動し始めた飛行機の中。反対の通路側に座っていたじじいが、突然僕の列に移ってきた。着陸するまで、バサバサ、バサバサ新聞を読んでいる。五月蝿くて眠れない。新聞のサービスはやめてくれないかなぁ。
●おばちゃんはしゃべる
伊丹から、梅田に向かうバスの中、仕事仲間らしい中年の女性四人組。最初から最後まで喋りっぱなし。五月蝿くて眠れない。
●大阪ではリンの代わりらしいが
源八橋の歩道橋。キキ~!けたたましいブレーキ音。「チリンチリン鳴らすと、どけどけみたいでやらしいやん。大阪人は気を使うてんねん」と言う大阪人。自転車通行可の標識がない歩道では降りて押さなければならないんですよ。我が物顔で歩道をかっ飛ばし、ブレーキ音で威嚇するのが大阪流の気遣い?
●赤信号 車が来なけりゃ青信号
赤信号でも、車が通ってなければ、当然のように渡る。通りが多い道路でも、相手の信号が赤になったら渡り始める。渡らないと「なんだこいつ」みたいに睨まれる。まぁ、たいがいは僕の顔を見て目をそらすけどね。
●大阪は右側
関東では、エスカレーターに乗って歩かない人は左側。右側を急ぐ人が歩いていく。大阪は歩かない人が右側。急ぐ人が左側。これ関西流。
●ティッシュを配るオネーチャン
ちょうどティッシュが欲しかったので、千里中央駅で配っていたティッシュをもらったら、満面の笑みで「ありがとうございます」と言われた。大阪のオネーチャンは愛想がいい。
●千里中央モノレールのホーム
「まもなく2番ホームに大阪空港行きの電車がまいります・・・」電車?モノレールじゃないの?
●独り言を言うじじい
大阪駅を出た環状線の最後尾の車内。乱暴な発車で、じじいはよろめいて壁に激突。おばちゃんは後ろの人にぶつかった。停車も乱暴で、何人かがよろめいた。よろめいたじじい「この運ちゃんは下手じゃなのう」。そして、発車、停車のたびに「下手くそ!」とはき捨てる。もしもし?文句を言う前につり革につかまりませんか?
以上、大阪出張中の出来事でした。
何年ぶりだろう?左足に魚の目ができた。
この前できたのは・・・三年前かな?右手の人差し指だった。
その前は、特殊な職業に就いていたときだった。いつでも編み上げの革靴、それが原因だったのかなぁ?いつの間にか両足共魚の目だらけ。30個以上あったと思う。
週に二回、スピール膏を張り替えて半年。まったく改善されなかった。
次に液体窒素。マイナス196℃の液体窒素に脱脂綿を浸し、それを魚の目に押し当てる。激しい痛み。病院を出る頃には、水ぶくれになって歩けない。三ヶ月続けたけどやはり改善されなかった。
ある日のこと、上司のひとりが言った
「うちの婆ちゃんは、お灸を据えて治してたぞ」
「まさかぁ」
「まぁ、絶対治るとは言えないし、民間療法だからな」
「だって、病院の治療で治らないものが、お灸で治るとは・・・」
僕は信じていなかった。まさかそんなもので治るとは思えない。最後の手段として手術を選んだ。魚の目を全部切り取るのだ。
魚の目ができると痛い。そこに荷重がかかると痛い。地面や床に触れるたびに痛みが走る。その痛みを避けるために、その部分が地面や床に触れないように歩く。すると、足の裏全体に分散していた体重が特定の部分に過剰にかかる。すると、そこに魚の目ができる。それを繰り返して増えていく。
全部切り取れば、この悪循環を断ち切ることができる。片足の魚の目を全部切除して、完治したら、もう片方の足を手術する。一ヶ月の入院で、全ての魚の目は切除された。
知っているだろうか?足の裏は神経が集中している。もちろん、切り取るときは麻酔が効いているから痛みはない。が、麻酔の注射がめちゃんこ痛い。例えるなら、五寸釘を捻じ込まれている感じだ。細い針なのに。
あぁ、やれやれこれで魚の目とはおさらばだと思っていたら、二ヶ月もしないうちに魚の目が。
またまた、魚の目は増え続け、元の状態に戻った。
ある日、外出の帰りに薬局が目に入った
「まさかぁ」
「いや、でも」
「しかし・・・」
「試して損はないじゃないか」
自問自答の末、薬局に入った。
「すいませ~ん、もぐさをください」
「はい、300円です」
「どうも」
なんだ、めちゃめちゃ安いやんか。でも、ぺらぺらの袋やなぁ。その日は、お灸を据えることはなく、そのまま就寝。
翌日、仕事が終わって、もぐさを取り出した。経験もないし、訊く人もいない。これぐらいかな?直径1ミリくらいに丸めて魚の目に乗せる。火を点ける。
「あち!あちちちち!」
涙が出るほど熱かった。次は、半分くらいの大きさにした。火を点ける。
「あちっ!」
今度は、熱かったけど一瞬だった。
「こりゃあ、足の裏が火傷だらけになってしまう。また、歩けなくなる」
ほどほどにってことで、三箇所か四箇所処置したところでその日はおしまい。
翌日、信じてはいないのだが、継続は力也。お灸を据えようと足の裏を出すと、昨日お灸を据えた所に茶色の染みが。成分が染み込んだんですかね?ま、誰に見られるわけでもなし、気にしない、気にしない。
「あちっ!」
と、叫びながらお灸を据える。
かれこれ一週間も過ぎただろうか。
「あれ?痛くない!」
お灸を据えた魚の目は真っ茶色になっていたが、痛みがなくなっていた。指で押しても全く痛くない。
「これは、もしかして?」
それから、お灸を据える箇所は増え続け、いつの間にかお灸の時間は2時間に。その間、何度質問されたことか。
「何してるの?」
「魚の目の治療」
「治療?そんなんで治るんか?」
最初は
「さあ?」
と答えていたが
「段々、痛みがなくなってきた」
と答えるようになった。
「本当か?」
と疑っていたが、何人かは試していた。
二週間もすると、すっかり痛みは消え、一ヶ月くらいで完治した。
体質なのだろうか、それからも時々魚の目はできる。が、お灸ですぐに治る。
魚の目でお悩みの片は、お試しあれ。ただし、治る保障はありません。また、大き過ぎるお灸は火傷になりますので、くれぐれもご注意ください。