子供の頃の給料日は一家にとって特別な日であった。
父が帰宅すると、母と姉、そして私の三人が並んで父に正対する。
「はい、今月の給料」と、父は母に給料袋を手渡す
「ご苦労様でした」と、母は給料袋を押し頂く
姉と私も「ご苦労様でした」と、父を労う
給料を持ち帰る父に感謝をし、いつもよりちょっとだけ贅沢な夕餉を食す。それは、エビフライであったり、ホルモン焼きであったり。父も一杯余分に焼酎を飲む。和やかな食卓。
年に二回のボーナスの日には、ビフテキを食べた。目玉が飛び出るほど美味しかった。
「おねえちゃん、美味しいね」
「美味しいね」
「お母さん、美味しいね」
「そうだね。お父さんのお陰だよ」
「お父さん、また次のボーナスの日もビフテキを食べさせてね」
「あぁ、お前がいい子にしてたら、きっと食べさせてやる」
外食をする習慣がなかった時代、ファミレスもなければ、コンビニもない。母が食事を作ってくれなければ、食べる物がなかった。おやつと言えば味噌を塗ったおにぎりで、ケーキを食べるのは姉と私の誕生日とクリスマスの年三回。
「切干大根は嫌い!」
「おや、そう。じゃあ、これはお母さんがいただくね」
「私にも少し頂戴」と、姉
文句を言うとその日のご飯はなかった。いや、ご飯はあったけど、おかずは無かった。他のおかずは与えられない。白いご飯だけ。それが、我が家の躾だった。
「椎茸は嫌い!」と、姉
「じゃあ、それは僕に頂戴?」
「皆で食べましょうね」と言って、母は野菜の煮付けを皿ごと取り上げる
今度は、姉がご飯だけの晩御飯になる。姉は、父をすがるような目で見るが、母の決定を覆すようなことはしない。しらんぷりをして、焼酎を飲んでいる。
私が子供の頃、父親は一家の大黒柱だった。