まずは、下のニュースを。


地球が1・5個分必要…現代人の生活維持なら 


現代人の生活を維持するには、地球が1・5個分必要という試算を環境保護団体・世界自然保護基金(WWF)などが発表した。


 作物や化石燃料など人間が消費した資源の量を地球の面積に換算する独自の指標を用いており、「地球1個以上」の消費は、将来の世代が使う資源まで食いつぶしていることを意味する。このまま消費が増え続けると、2030年には、地球2個分の資源が必要になるという。


 1人当たりの消費が大きいのは、アラブ首長国連邦、カタール、デンマークの順。オイルマネーで潤う産油国など、上位には所得水準の高い国が目立った。米国は5位、日本は36位だった。


 報告書は「世界人口が増える中、持続可能な資源の利用方法を考えていく必要がある」と指摘している。 (2010年10月18日11時18分 読売新聞)


ソース http://www.yomiuri.co.jp/eco/news/20101018-OYT1T00430.htm

以上。



簡単に言うと、今生きている大人たちが資源をたくさん使ってしまっているため、将来の人が(今の子どもたち、そのまた子ども、そのまた子どもたち・・・などなどが)使える資源が減る、ということです。


身の回りには、テレビとか、車とか、パソコンとか、実にいろいろな製品がありまして、極めて当然なものとしてあるように思いますが、これらは人類の歴史上、本当に今だけ許されているものであって、昔の人には許されていなかった、


つまり、昔の王様とか貴族とか、それよりもずっと良い暮らしをしていることは間違いないです。


しかし、それは将来の子どもたちが本来享受できる資源も使っている、わけですね。


じゃ、もっと節約しよう、物を使うのをやめよう、ってことになれば、話は簡単なのですが、


問題は、果たして人類がこれをできるかどうか、


なのです。



個人レベルでは実に簡単な話であっても、個人の集まりである社会になると、話は実にややこしくなります・・・。


個人的な見解ですが、はっきり言って、


人類が 「世界人口が増える中、持続可能な資源の利用方法を考えていく必要がある」 ということを、実現できるとは、あまり思えないですね・・・。



人口はどんどん増えるし、資源は枯渇するし、食べ物もなくなるし…、 これを人類の叡智でなんとかできるでしょうか??


ちなみに、ひとりあたり消費量の多い国5位としてあがっているアメリカですが、あの国で生活して思ったことのひとつに、 「もったいない」って言葉を理解しているのか、 でした。


まぁ、"wasteful" という形容詞がそれい一番近いのかもしれないですが、厳密な意味で「もったいない」という言葉は、アメリカにはないのかもしれない、と思いました。


果たして、アメリカ人は、今の消費レベルを下げてでも、地球環境のためになることをするだろうか、と考えると、残念ながら、私としてははなはだもって疑問に思いますね。



さて、日本ですが、日本は日本だけで、ひとつの持続可能な生活圏を作ってもらいたい。


エネルギーや食料の輸入に頼りっぱなしではなくて、自国でやっていけるだけの、最低限必要なものは、自国でまかなえるようにしたい。


それは、ある意味、日本人は日本ひとつぶんだけで、やっていける、という意味です。


それが将来世代への義務だと思います。


少なくとも、日本が近代化するまでは、概ねひとつの日本で、持続可能な資源の利用法でやってきたわけなので、


具体的には、食料自給率を挙げて、代替エネルギーの開発に取り組んだりして、いくべきだと思います。


さもないと、将来の歴史教科書には、この時代の日本人は、浪費ばかりして、無計画だった、なんてことが書かれて、最低だった、という評価になってしまいそうな気がします。。。

今日の高3数学の授業は、東大の過去問を扱いました。

1学期~夏にかけて、90年代~2000年代の(理系の方の)過去問はほぼテキストで取り上げきってしまっているので、80年代にまでさかのぼっています。

傾向は若干違いますが、それでも実際に解く事で得られるものは(自分も)少なくありません。

主に数ⅢCで5問を扱いましたが、いずれも比較的解きやすい問題で、生徒の正解率も8割overでした。

すばらしい。


授業であまった時間は最近そこまで重点的に扱っていなかった整数問題(ペル方程式)を出題しました。

お茶の水女子大の問題でしたが、なかなか面白かったですね。塾生もちゃ~んと正解を出せていました。


入試まで半年を切っていますが、この時期、難しい問題を解くのも悪くはないのですが、それよりも自分が6~7割答案を作れるような問題を数多く、繰り返しやることの方が(合格点を確実に取るためには)よっぽど大事です。


みんなが比較的出来るような問題を、誰よりもミスなく解ければ、みんなよりもいい点がとれます。
(当たり前ですね)

当たり前のことを当たり前にやれば、いい意味で当たり前ではない結果が出ると信じて、頑張っていきましょう。


明日は高1の授業です。
学校のテストが今日まであったようなので、明日は学校のテストを持ってきてもらって一緒に復習します。


「簡単な問題を、確実に理解させた上で解けるようにさせる。」


明日はそんなことを念頭において、授業に臨みたいと思います。
指導の第一歩ですが、自戒を込めて。

亀井静香氏、社内英語化で「日本は間違いなく沈没する」と吠える

 国民新党の亀井静香代表は13日朝、都内で講演し、インターネットサービス大手の楽天などが社内の「公用語」の英語化を実施していることについて、「日本人が英語でコミュニケーションする生活に変えることを、簡単にやってしまう。そういう体たらくだと日本列島は間違いなく沈没する」と疑問を呈した。


ソース http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/101013/stt1010131008000-n1.htm



どうも、ユニクロや楽天で、社内の会議を全て英語化しているようですが、会議以外でも英語なんでしょうか・・・?




社内英語化の理由としては、以下のものがあげられます。


1. 日本語が公用語のままでは、海外からの一流人材は集まらない。

2. 日本より人材コストの安い新興国市場が拡大してるからこそ、英語化が必要

3. 最初から自然と世界を目指せるようになる

4. 外資系ではなく、日本企業だからこそ英語公用語化が必要。



また、三木谷会長は、社員に求められる英語レベルを以下のように発言しています。


 入社3年目程度でTOEICのスコア600点以上、管理職級で700点、執行役員候補級では750点以上が求められる。
「週刊東洋経済」 (2010年6月19日号)


 大卒後3年間を本気で勉強して600点取れないようであれば、何やっても駄目な人でしょう。また、社命なのに「本気」になれないような人には、早く去ってもらう方が会社にとってハッピーでしょうし、その人自身にとっても将来を考えたらさっさと辞めた方が身のためです。


ソース http://d.hatena.ne.jp/Galileo2010/20100701/1277956517


以上。


複雑な気持ちになりました・・・

公教育で早期英語教育は反対ですが、民間企業が社内でやるのなら良いか、と・・・。その会社の自由だし。イヤならやめればいいし、良ければそこで働けば良いし。


ビジネスで日本語を使わない、というのはすごく残念に思います。しかし、生き残りをかけるのなら、こういう判断もアリかな、と。


例えば1000年後を想定したとき、社内会議は何語でやっているか、なんて考えてみると、その頃は現在と違って多国籍企業というのはかなり増えていると思います。社員も、日本企業だったとしても、日本人はかなり少ないかもしれないし、そうなると、会社では英語が共通語になってると思うのですね。


時代をかなり先取りした判断なのかな、と思いました。



にしても、すごく複雑な気分ですね。はっきり言って、悔しいと思いますが、英断かもしれません。しかし、これをもって、国語力の軽視にはならないで欲しいと思います。


いくら外国語を勉強しても、それは国語力以上にはならない、というのが私の持論です。母国語が自分の日常生活の言語であって、自分のアイデンティティである限り、やはり、まずは母国語の国語力を鍛え、それがベースとなって外国語があるわけです。



まぁ、そんな風に思っています。

それにしても、亀井氏の言うとおり、日本沈没するのかなぁ・・・??

前の記事から若干時間が経ってしまいました。。。


前回「数学の勉強法(その1) 」の続き、です。

数学の勉強法、についてですが、主に「数学が苦手」「やってもできるようになる気がしない」と思っている中・高校生を対象に書いてみたいと思います。
一口に「苦手」といっても段階があると思います。


①定理・公式を覚えていない。(あるいは、覚えてもすぐに忘れてしまう)

②定理・公式を覚えているが、教科書の例題も自力では解けない。

③教科書の例題レベルなら(勉強した直後なら)解けるが、教科書傍用問題集の「基本レベル」は解けるが「標準レベル」になると解けない。

ざっとこんな感じでしょうか?


今回は ①の克服方法について、です。


①の段階の生徒、についてですが、当たり前ですが、まず「覚えきる」ことが大事です。
もちろん、覚えた「だけ」では使えるようにはならないので、教科書の例題で最初は答えを見ながらでいいので

繰り返し公式・定理を使う練習します。

その際に本当に「丸暗記」をするのか、それとも「公式の意味を考えながらorイメージを作りながら」

覚えるのか、で同じ問題を解いても、得るものが1と100くらい異なります。


いわゆるセンスのある子、といわれる子は公式を「感覚」で捉えます。

その「感覚」というのを紐解いてみると、おそらく以下のようになるでしょう。


たとえば、余弦定理、を覚えるとします。

a^2=b^2+c^2-2bc cosA

を「長い式」とは感じません。


a^2が左辺にあり、右にb^2とc^2を足して、そこから2倍の(a以外の)bcをかけて、

対辺aの対角についてのコサインという「感覚」でとらえます。
また、その際に、右辺では全部を足すのではなくて、最後に引いてあげる、というイメージを自分に刷り込みます。

項の1つ1つをばらして考えるのではなくて、全体のバランスを感じながら覚えます。

そして、式を見て、3辺と1つの角についての式で、この3辺1角、合計4つの情報のうちの3つが条件で与えられたときに、残りの1つを求めるための式、ということをセットで覚えながら、実戦で「確認」していきます。


これが、数学の苦手な子だと、項をばらばらにしてから、つなげて覚えたりするので、全部を足してしまったり、右辺が出てこなくなったり、まったく違う式が出てきてしまったりします。


そういう子には、式のイメージ、とあとはどういう状況で公式を使うのか、というのを実際の問題を解きながら確認させつつ、じっくりと取り組ませます。


また、答案をみると、そういう子はほぼ全員といっていいほど、答案が式だけ、ひどい場合には計算結果のみ書き捨て、といった答案です。

日本語での「根拠の説明」が皆無です。


三角形□□において、○○の定理より~~~となるから、

求める△△=~~。


という答案ではなく


「○+△×□=12」という答案だったりです。


これは、「思考を省略している」のではな「く思考が途切れ途切れ」であることを表しています。

思考のプロセスを文章で残させれば、ごまかすことは出来ません。

本人は無意識でも、そうやって、だましだまし出来ないところ、分からないところをごまかしながら勉強しているわけです。それでは何も積み重ならないし、出来るようにはなりません。


そういう子には、分からないところと向き合わせることから始めます。

そして、式変形のカタマリ、思考の流れを最初はぶつ切りでも、ちょっとずつつなげさせるように指導します。


逆に言うと、後者のような答案から、前者のような答案を書く習慣をつけさせると、
ちょっとずつ数学もできるようになると思います。

むしろ正しく定理・公式を適用させるためにはそういう手間隙をかけて答案を書かせるプロセスをへないとだめで、

「実際に思考のプロセスを紙に書かせる」という作業をさせる必要があると考えます。

そこまでやって、ようやく「公式・定理を覚えている」状態になります。



といっても、あくまで、これは自分の考える「一般論」で、全員にそのまま当てはまるわけではないですが、

おおむね、こういった取り組みをすれば、ちょっとずつでもできるようになると思います。

そこまでくれば、あとは時間と根気の問題です。(これが実は一番大変なんですけどねあせる


次回は②について書いていきたいと思います。








「『2位で良い』は論外」 化学賞 鈴木さんに聞く

■「心配すべきは日本の質向上」 

ノーベル化学賞に輝いた鈴木章北海道大名誉教授(80)は8日、産経新聞の取材に応じ、「日本の科学技術力は非常にレベルが高く、今後も維持していかねばならない」と強調した。昨年11月に政府の事業仕分けで注目された蓮舫行政刷新担当相の「2位じゃだめなんでしょうか」との発言については、「科学や技術を全く知らない人の言葉だ」とばっさり切り捨てた。


受賞理由となった「パラジウム触媒でのクロスカップリング技術」は医薬や液晶など幅広い分野で実用化されている。それだけに鈴木さんは「日本が生き残るためには付加価値の高いものを作り、世界に使ってもらうしかない」と、科学技術の重要性を指摘。

 昨年の事業仕分けで理化学研究所の次世代スーパーコンピューターの予算が削られたことについては「科学や技術の研究はお金がかかる。研究者自身の努力や知識も大切だが、必要なお金は政府がアレンジしなければならない。(スーパー)コンピューターなどの分野では絶対に必要だ」と政府の積極的な投資に対する理解を求めた。

 特に、蓮舫発言については「研究は1番でないといけない。“2位ではどうか”などというのは愚問。このようなことを言う人は科学や技術を全く知らない人だ」と厳しく批判。「科学や技術を阻害するような要因を政治家が作るのは絶対にだめで、日本の首を絞めることになる。1番になろうとしてもなかなかなれないということを、政治家の人たちも理解してほしい」と話した。

 一方、年間の自然科学系論文数が日本の約1・5倍に達するなど科学技術面でも躍進する中国については「人口が日本の約10倍なら研究者も多い。国の総生産もそうだが、絶対的な量で抜かれるのは当然で、問題は質だ。中国人にも能力の高い人はいるが、そのような研究者が日本の10倍もいるわけではない」と指摘。「もっと心配すべきは日本の質を高めること。それなのに2位で良いなどというのは論外だ」と重ねて強調した。

以上

ソース http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101009-00000099-san-soci




えー、前々回に続いて、ノーベル賞受賞者のお言葉です。


2位じゃだめか、なんてのは、論外ですね、全く同感です。



何故ダメか、もうちょっとわかりやすく、2つ理由を書いておきましょう。



1.全力を尽くさないから


あたりまえだけど、やるからには、全力でやるわけです。


自分が「やる」ことに関しては、こだわりを持つのが大切です。こだわりを持たないのなら、やらなければいい。


やらないこと、例えば自分の専門外は、ボロ負けしても笑っていてOKです。


ただ、自分のやること、自分がやらなくちゃいけないこと、自分の専門は、絶対に勝つ、とことん打ち込む、圧勝する勢いでやる、これはとても大切なことです。



自分がやるべきことで、負けて、ヘラヘラ笑っていられるとしたら・・・


志低いじゃないですか。




『お前から・・・を取ったら何も残らない』、と他人から言われること、これって最高の褒めコトバだと思うのです。他人をして、そう言わしめるまでに、何かひとつのことだけは絶対に他人に負けないものを持ちたいですね。




2.技術立国日本の将来を考えて


これは私自身も日本を出て、外から日本を眺めて感じたことですが、ちょっと考えてみてください。



なぜ、資源がない日本が、世界第二位の経済大国になったのでしょうか???


これって、スーパーヤバイ出来事で、ミラクルだと思いませんか?


世界広しとはいえ、なぜこんなに発展したのでしょうか。しかも、アジア人で(100年前だったら、世界中の白人の人たちがイスから転げ落ちてしまいそうな衝撃でしょう・・・)



もう、今の日本を作った人たち、明治国家を作った日本人に尊敬、ですが、



とにかく、日本は世界に誇る


『技術』


があったから、これだけ発展してきたと言えます。


その日本を、世界は羨望のまなざしで見ています。世界中の多くの人たちが、日本をそんな眼で見ているのです、中国人も、シンガポール人も、キルギス人も、チリ人も、トルコ人も、


私たちが気にもかけない世界中の遠くの人たちがみんな、日本に熱い視線を送っています。



これからの日本も、技術が大切なのです。絶対に大切です。


絶対に絶対に絶対に、技術なのです。



この「技術」を軽んじたということは、日本の発展を全く考えていない、わかっていないわけで、それが政治家の発言だったわけで、


超大問題中の大問題ですね。



当然、科学者は「技術」の重要性がわかっているわけで、だから怒っているわけでしょう。



まぁ、仮に電器使わずにローソクでやっていく覚悟があるのなら、そして自給自足で生きていく覚悟を持っているのなら、何を言おうとかまいませんが、



今の生活レベルを維持したいのなら、絶対に「技術」が大切です。




あと、その技術を裏打ちするものは何か、それは「(自然)科学」だし、「数学」ですね。


英数塾DJがなぜ「数学」を強調しているのかというと、まさに技術立国日本のため、であり、ここ数年の数学力低下を懸念しているからです。


なぜ数学を勉強する必要があるのか、それは、技術に直結し、日本の将来の豊かさを左右する問題になるからだと考えてよいと思います。



そんなわけで、今回、日本人2人のノーベル賞受賞者は相当いいことを連発して言っており、もう、素晴らしいですね。




あと、最後にちょっと余談ですが・・・


平和賞、かなりゴタゴタが大きくなってきました。


中国政府は平和賞受賞者として、反政府活動に従事している民主運動家に平和賞を与えるな、とノルウェー政府に圧力をかけました。かなり、露骨な嫌がらせです。


で、ノルウェーはどうしたかというと、そんな圧力に屈することなく、堂々と平和賞受賞者を決めたのですが、



小国でも中国の不当な圧力を跳ね返すノルウェー、


大国のくせに中国の不当な要求に屈し続ける日本、



私だったら、ノルウェー国民であるほうが誇らしげに感じられそうです。

少々長い記事ですが、まずはこちらを。



<将棋>清水女流王将VSソフト 東京大学で11日対局


将棋の清水市代女流王将(41)とコンピューターの将棋ソフトが11日、東京大学で対局する。情報処理学会(白鳥則郎会長)が創立50周年事業として挑戦状をたたきつけ、日本将棋連盟(米長邦雄会長)が女流の第一人者を立てて迎え撃つ。さて勝負の行方は--。【西川拓、金沢盛栄】

 将棋ソフトがプロ棋士と対戦するのは、渡辺明竜王に敗れた07年以来。

 「苦節三十余年、今回は9割方、ソフトが勝つでしょう」。情報処理学会側のスタッフで、「コンピュータ将棋協会」会長の滝沢武信・早稲田大教授(58)=応用数学=は自信を見せる。74年、世界で初めて指し将棋のソフト開発を始めた。

 「当初はルール通りに駒を動かすので精いっぱい」(滝沢さん)で、84年に小学生名人に挑戦して惨敗。それでも90年から「コンピュータ将棋選手権」を開き、ソフト開発者同士で腕を磨いてきた。

 将棋の場合、ある局面で可能な指し手(駒の動かし方)は平均して約80。人間は直感的に良さそうな手に絞ってその先の展開を読むが、ソフトは可能な手すべてについて、指し手と相手の応手を検討し、最善手を選ぶ。

 97年にはチェスの世界チャンピオンがソフトに敗れたが、取った相手の駒を再使用できる将棋ははるかに複雑だ。現れる可能性のある局面の数はチェスが10の120乗程度に対し、将棋は10の226乗程度と段違いだ。

 将棋ソフトの実力は、06年に選手権を制覇した「ボナンザ」の登場以降、急速に向上した。ボナンザにはプロの棋譜(指し手の記録)を学習させ、形勢判断の基準とさせている。プログラムの中身も無償公開され、他のソフトの開発に弾みがついた。主力ソフトは、最終盤の「詰み」の場面では既にトッププロをしのぎ、女流プロを上回る実力を持つとされるアマ強豪に勝つまでになった。

 今回、対局するのは、最近5年間の選手権で優勝経験のある「ボナンザ」「YSS」「激指」「GPS将棋」の4ソフトが多数決で指し手を決めるシステム「あから2010」。あから(阿伽羅)は、仏教用語で10の224乗のことで、将棋で可能な全局面数に近いことから命名された。

 「多数決にすることで、ミスや見落としを防げる」と滝沢さん。「清水さんに勝ち、数年のうちには名人、竜王に挑戦したい」と意気込む。

 一方、日本将棋連盟の米長会長は「普段通り指せば清水さんが勝つでしょう。コンピューターが得意とするのは正解が一つの場面。幅広い選択肢のある局面、ファジーな場面では人間の直感と大局観が勝る」と自信たっぷり。「いつかはソフトに抜かれる日が来るかもしれない。だからといって、将棋の魅力がなくなるわけではない」と話す。

 かつてプロ棋士を目指した古作登・大阪商業大アミューズメント産業研究所研究員は「7対3でソフト有利と見るが、心情的には清水さんに勝ってほしい。作戦選択と戦略的な時間の使い方をすれば十分にチャンスはある」と話す。

 古作さんによれば、ソフトは無難な手を指す待機作戦や、互いの王将が相手陣地に入る「入玉」と呼ばれる形がやや苦手。「ソフトに意表を突かれた時に慎重に対応するため、終盤に持ち時間を残しておくことが必要」とアドバイスする。

 対局は11日午後1時から東京都文京区の東京大工学部2号館で。対局場は非公開だが、当日先着500人は大盤解説場に入場できる。入場料1000円。対局は女流棋士会ファンクラブのホームページ(http://komazakura.shogi.or.jp/)で中継される。

以上。


ソース http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101007-00000044-mai-soci





以前、『今日の一言』に載せたのですが(4月3日のエントリー)、情報処理学会が挑戦状を送りつけ、それを将棋連盟が受けたのですが、なかなか古風なやりとりが面白かった。


興味のない人にとっては、かなりどうでも良いことかもしれませんが、私にとってこの一戦は、「武蔵 VS 小次郎」くらいの緊張感で見ることが出来そうです。



コンピュータはどこまで人に近づけるのか、人の思考とコンピュータのアルゴリズムは、将棋という分野でいかなるパフォーマンスを示すのか、にとても興味があります。



チェスと同様、やはりコンピュータが勝るのでしょうか・・・(そんな気がする・・・



なんか、神が人を生み出したように、人はコンピュータを生み出したけど、人が楽園で知恵の実を食べて神に逆らったように、コンピュータもいずれ人に逆らうときが来るかもしれない・・・、それこそ、映画『ターミネーター』の世界みたいですが、


人間は想像することを成し遂げる存在だから、実際に人のように『個性』を持ったコンピュータが生まれて、「人 VS コンピュータ」の最終戦争になってしまうかもしれない。



話が飛躍してしまいました・・・



先着500名までは、1000円払えば、解説を見に行ける、とか・・・。行きたいのに・・・(涙



『対局は女流棋士会ファンクラブのホームページ(http://komazakura.shogi.or.jp/)で中継される。』



とのことで、見逃すすべはないでしょう。しかも、休日だし。サッカー「日本 VS アルゼンチン」なんか、比べ物にならないくらい、面白そう!




ところで、





『97年にはチェスの世界チャンピオンがソフトに敗れたが、取った相手の駒を再使用できる将棋ははるかに複雑だ。現れる可能性のある局面の数はチェスが10の120乗程度に対し、将棋は10の226乗程度と段違いだ』



とありますが、どうやって計算したんでしょうか・・・。想像がつきません。麻雀なんかは、次に何をツモるか、というのは結構計算しやすそうですが(それでも入試レベルどころではなく、難しいとは思うけど)、10の226乗はどうやって計算したのでそうか。




『今回、対局するのは、最近5年間の選手権で優勝経験のある「ボナンザ」「YSS」「激指」「GPS将棋」の4ソフトが多数決で指し手を決めるシステム「あから2010」。あから(阿伽羅)は、仏教用語で10の224乗のことで、将棋で可能な全局面数に近いことから命名された。』


無量大数(10の68乗)よりも上のケタって、ない、と思っていたのですが・・・(英語にはごちゃごちゃたくさんある)、今回、「あから」という単位を覚えました。10の224乗ですね。



身近なところでは、検索サイト『google』はもともと、



『名前の由来はグーゴル (googol) を命名者ラリー・ペイジが綴りをもじったものである。』


とのことで、10の100乗を意味します。10の100乗は、どのくらいかというと、だいたい70の階乗くらい、ですね・・・(意味不明)




とにかく、今回は、将棋ソフト「あから」が『「ボナンザ」「YSS」「激指」「GPS将棋」の4ソフトが多数決で指し手を決めるシステム』とのことで、


エヴァ風に言えば、マギシステムみたいなものでしょうから(!?)



マギと人が対決したら、秒速で負けるでしょう・・・、ひとたまりもない。


イヤー、楽しみです。


でも、本当なら、こういう企画を見る側ではなくて、やる側、見せる側にいたら、どんなに素晴らしいことでしょう。やはり、ノーベル賞受賞を見てもそうですが、人様の研究、研究結果を見て、自分も何をできるか、ということを考えて、やはり自分の夢を追い求める契機にして欲しい、と思います。


『今日の一言』の方にも書かせていただきましたが、下の記事をまずはどうぞ。



【ノーベル化学賞】「私は受験地獄の支持者だ」「若者よ、海外に出よ」根岸さんが会見


 【ウェストラファイエット(米インディアナ州)=松尾理也】「たぶん、今日から人生が変わる」。ノーベル化学賞を受賞した米パデュー大特別教授の根岸英一氏(75)は6日、同大で会見に臨み、受賞の喜びを語った。

 「前日、家内に『百に一つくらいの確率で(受賞が)あるかもしれないぞ)』と話していたんです」。そう述べた根岸氏は、「実は数年前に(ノーベル賞受賞者でもある)恩師のハーバード・ブラウン教授に『ノーベル賞に推薦しておいたぞ』と言われていた。候補に上っていることはわかっていたので、まったくの驚きだったというわけではない」と、内幕を明かした。

 「ノーベル賞をとるという、50年来の夢が現実になった。これからの人生、喜びも責任も含めて、違ったものになると覚悟しています」

 「頭脳流出組」の先駆けとして、米国に活躍の場を求めた根岸氏。喜びにまじって、祖国日本への思いがところどころに顔をのぞかせた。会見の冒頭。「私は日本の(悪名高い)受験地獄の支持者だ」。理由は、高度な研究になればなるほど、「基本が大事になるから」。それをたたきこんでくれたのが、日本の教育だった、というわけだ。

 だが、日本に対しては賛美だけではない。日本を飛び出すことになったきっかけは、フルブライト留学制度を利用した米ペンシルベニア大への留学だったが、「いざ博士号を取得して日本に帰ってみると、日本には私を受け入れる余地はまったくなかった」と、日本の高等教育の閉鎖性を暗に批判した。

 「日本はもっとノーベル賞をとっていい」。そう考えている根岸氏は、日本の若者たちの「科学離れ」にも強い危機感を抱いている。最近、日本からの優秀な留学生をパデュー大でみかけることがめっきり少なくなったという。

 「日本はすごく居心地がいい社会なんでしょうけれど、若者よ、海外に出よ、と言いたい。たとえ海外で成功しなくとも、一定期間、日本を外側からみるという体験は、何にもまして重要なはず」と、奮起を促した。


以上

ソース:http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/101007/acd1010070904010-n1.htm



「私は受験地獄の支持者だ」と、「若者よ、海外に出よ」という2つのメッセージを残していますが、ここでは後者について述べます。




2000年7月、私がアメリカに行って変わったことの一つは、友達づきあいがほぼ全て女の子との付き合いに変わったことです。


私は国際政治を学ぶためにアメリカに行ったのですが、日本からの留学生は、女の子ばかり、でした。で、元来、私はどちらかというと硬派というか、女の子は苦手なので、友人づきあいはほぼ野郎ばかりなのに、国境をまたいだら、その瞬間、一緒に勉強するのも、ご飯を食べに行くのも、買い物も、かなりが女の子とばかりになりました。


(それにしても、女の子と付き合うってのは、面白かった…、人間観察って意味で。女の子たちの話ってのは、じっくり聞いていると、本当に面白い…)



それはともかく、そのときからうすうす感づいていたのですが、「日本人の男は、海外で勝負しないのか?」ってことでした。むしろ、女の子の方がずっとずっと元気というか・・・。国際関係では、国連とか、開発系、NGO、NPO、などで仕事をしたい人が集まっていますが、日本人男性は少なかったですね・・・(韓国人は逆で、韓国人の男の子はたくさんいて、よく一緒に飲み食いしたが、女の子はきわめて少なかった)



根岸氏は、次のように言っています。


「日本はすごく居心地がいい社会なんでしょうけれど、若者よ、海外に出よ、と言いたい。たとえ海外で成功しなくとも、一定期間、日本を外側からみるという体験は、何にもまして重要なはず」



本当に、全くその通りだと思います。


別に留学しなくたって良い、全ては日本で十分成し遂げられる、そういう素晴らしい環境に日本は努力した結果なったのですが、やはり世界を見ることは、狭かった視野を全て破って、可能性を一気に広げてくれます。一生に一度の人生で、勝負するのなら、やはり日本を基礎としても、世界で勝負して欲しいですね。



それにしても、気がかりなのは、数年後、日本からノーベル賞受賞者が出なくなる、ということ。これは、気になりますね。



ゆとり教育、学力低下、科学離れ、留学生減少・・・、さらには、「高等教育の閉鎖性」、これらは非常に気になるところであります。


英数塾DJは、子どもたちに大学教育での基礎を確実につける、学力をつける、そして、将来の優秀な人材の輩出のために努力していきたいと、心から思っています。


「学生がどうして優先席に!」 高校生傘で殴った60歳の女逮捕 長崎


長崎署は8日、路線バスの優先席に座っていた男子高校生(18)=長崎県諫早市=に腹を立て、傘で顔を突くなどして鼻の骨を折る重傷を負わせたとして傷害容疑で、長崎市古町、マンション管理人枡田民子容疑者(60)を逮捕した。同署によると「認めも否定もしない」と話している。

 逮捕容疑は、4月27日午前7時50分ごろ、長崎市内を走行中のバスで、高校生に「学生が、どうしてシルバーシートに座らんといかんと」と怒り、顔面を殴った上、高校生が「なんで殴ると」と反論するとさらに足でけり、傘の先で顔を突いて鼻の骨を骨折させるなどした疑い。

 長崎署によると、枡田容疑者は過去にも中学生や高校生をたたくなどしたとして、同署から注意を受けていた。

以上 

ソース http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/100709/crm1007090054001-n1.htm



確かにこのオバチャン、問題アリですが(ハナ折っちゃダメでしょ・・・)、ただ個人的にはこの高校生の方が腹立たしい。


「どけよ・・・」と言いたいです。


ちなみに、私は日本人平均の10倍以上、席を譲った回数があるはずだと思っていますが、そんなことはともかく、ハッキリ言いたいのは、


偏差値なんていっくら低くてもかまわないから、マナーは守れ、ということ。



お年寄りに席譲るの、当然でしょ?その、理由を言わなくちゃいけないのだろうか?


(カイジ風に言えば、「大人は説明しない!」になる。こういうことは、親に学びましょう。)



以前、まだ関東の予備校に勤めていたときのことですが、結構可愛がっていた高校2年生の男の子がいました。あるとき、授業終了後にけっこう大きな地震があって電車が全てストップしたときに、生徒が足止め食らって家に帰れないだろうから、駅まで様子を見に行かねばならない、ってことがありました。


「帰れなくなっちゃったねー」なんて言いつつ、彼はガムを食べようとしたのですが、びっくりしたのは、ガムの包み紙、全てその場に落としたのですね、まぁ捨てたってことなんですが、かなり大勢の人が集まる公共の場のど真ん中で・・・


あまりに自然な動作で捨てたのですが、その瞬間、自分がゴミを全て拾い、そして彼を叱りました。怒りは収まらず、次の日の授業の冒頭で、「勉強できなくてもいいから、ゴミを公共の場所で捨てるな」と名指しは避けつつ、みんなの前でも言いました。


そこでも思ったのですが、やっぱりゴミを捨てるような人にはなって欲しくない、ってこと・・・。



まだ子どもだから、何をやっても許されると思ったら大間違いで、少なくとも、こういうところのマナーはしっかり守ったほうが人としてカッコイイと思いますし、異性にもモテると思いますよ。好きな子に見られたら、そりゃ相当幻滅するだろう、100年の恋も一瞬で全て醒める・・・



冗談はともかく、勉強する以前に、公共の場所で公人として振舞えるようになって欲しいのです。そういうところをしっかりクリアしてから、受験勉強に望んで欲しいです。



幸い、我が塾は塾生がみんな良い子なので、塾がいつもきれいです!



そうそう、もうひとつだけ。

松山に来て強く思うのは、自転車のマナーが悪い、って事ですね。歩道を自転車で走るのは本来まずいと思うのですが、それにしても、もうちょっとゆっくり走ったほうがいいんじゃないか、危ないのでは、と思っています。


一度、歩道を歩いていたときに、高校生が自分のすぐそばを猛スピードでカスっていったのですが、かなり腹立たしかったですね。


また、おじいちゃんおばあちゃんが前を歩いていて、後ろから来た自転車の高校生が一言声をかけるわけでもなく、横柄に自転車の鈴を一回「チーン」と鳴らして道をあけるよう指示していた場面も見ましたが、あれもすぐそばで見ていて腹立たしく思いました。


歩道では、自転車よりも歩行者の方がえらいのです。お前が威張るなよ、と。



まぁ、自転車は決して交通弱者ではないので、車と同じように、歩行者への配慮が必要です。簡単に言えば、ゆっくり走ればいいのに、ってことです。さもないと、自転車とはいえ、人を殺してしまったら…、そしたら、ン千万円の請求が来て、それこそ、人生の半分以上を左右するような悲惨な結果になりかねませんよ。


とにかく、受験産業にいるものの、勉強の出来不出来なんかよりも、どの大学にいくかよりも、ちゃんと社会に出て行かせられるような子であるかどうか、公共の場できちんと振舞えるかどうか、そちらのほうが大切です。


 

英語講師をしていると言うと、こう言われることがあります。


『じゃ、先生はお子さんには英語教えるんですか?』と。


今日も、いつも通っているお好み焼き屋さん「123」のおばさんに聞かれました。



でも、私は息子に英語は教えません。現在5歳ですが、中学生までは一切教えるつもりはありません。それよりも、子どもには、漢字を覚えさせ、計算力をつけさせます。なぜなら、英語の幼児教育は無駄だと思うからです。


無駄、というわけではないにしても、ほとんど意味がないと思っています。



っていうか、本当に英語力をつけたかったら、国語力をつけるべし、と思います。いや、英語力だけじゃなくて、『学力』一般をつけたかったら、国語力、と思っています。真剣に、そう思っています。




英語は出来たところで、頭が良くも何ともないです。それは、アメリカに行ってしまえば、痛感することでしょう。アメリカ社会では、誰でも英語をしゃべります。あの国は移民の国ですから、アジア系だろうが、アラビア系だろうが、どんな顔をしていようが、みんな英語をしゃべるのはあたりまえです。英語がなまっている人や下手な人も普通にいます。そして、間違いなく、上手に英語を話せることで褒められる、なんてことはないでしょう。


だから、「どうしゃべるか」ではなくて「何をしゃべるのか」の方がずっとずっと大切です。そこで問われるのは、どこまで母国語で論理的に物事を考え、何を話すか、です。


英文法を学ぶとき、英語の読解力をあげるとき、問われるのは実は国語力です。だから、漢字を覚えて抽象的思考が出来るようにして、本をたくさん読む、といったことが大切です。そういう基礎があれば、中学生から英語をゼロから始めても、絶対に幼児教育に追いつきます。


私も、中学までは英語は全くやっていませんでしたし、それでも英語は好きだったので(英語に限らず外国人と話すのが好きだったと思う)、英語は結構真面目にやり、それで誰かに劣るとか、もっと早くやっておけばよかったとか、そんな風に思ったこともありませんでした。



日本の国際化のために小学校で英語を必修に、とか、高校のクラスで英語をオールイングリッシュで、とか、実際に始まっているようですが、実は全部反対ですね。国際化するのなら、むしろ国語力の養成が大切です。オールイングリッシュの授業も無駄です。むしろ、英語を国語でしっかり考えることが出来る、そういう基礎があってこそオールイングリッシュの授業は意味があるわけで、さもなくば教える側の自己満足でしかないでしょう。



早いうちに留学というのも、自分としては、あまりオススメできませんね。語学留学するのなら、2週間くらい、短期留学に限り、まぁいいかなとは思いますが(その効果はないに等しい)、早いうちに留学するくらいなら、国内でしっかり学んで、そしてある程度しっかり国語でモノを考え、日本のことについて語れるようになってから、海外に行くと良いのではないでしょうか・・・。だから、大学生になってからの留学で、ちょうどよいと思います。


日本人を代表して海外に出られること、これが実は『国際人』の条件だと思います。自分はどういうつもりであれ、国境を出た瞬間、周りはまず「日本人」として見て来ますので。その意味でも、国語力と学力、あとは日本を語れる教養(大学生レベルの)が必要でしょう。



まぁ要は、国語が重要で、国語あっての英語なので、国語力をつけましょうね。



そういえば、あまり報道されていませんが、菅総理が「疾病」を「しつびょう」と読んでいましたね。麻生さんの時は、漢字の間違いをかなり報道していましたが。


漢字は、やはりしっかり覚えておきたいものです。


センター試験まであと107日!になりました。


英語、数学2教科、国語、理科、社会、の6科目受ける塾生は、ざっくりと計算すると


107日÷6科目=約18日/科目

の準備期間ということになります。


1日24時間のうち、睡眠7時間、食事やら風呂やら生活のために必要な時間2時間、

通学時間含めて学校で8時間費やすとすると、

実際勉強できる時間は休憩入れなくとも1日24-17=7時間。

よって、各科目の勉強にあてられる時間は7×18=126時間しかありません。

つまり不眠不休で勉強に取り組むとすると126時間÷24時間=約5日ですから、

1科目あたり丸5日しか準備期間はないことになります!!!

超・危機感もって勉強に取り組むしかないですね。

前回授業でやったところはすべて吸収しきった上で授業に臨んで下さい。


復習を軽んじるとか、ありえましぇん!!(『101回目のプロポーズ』の武田鉄矢風)



さて、10月にはセンター型模試としては進研模試、河合模試があります。


それぞれ、科目ごとに目標点を設定し、優先順位をつけて取り組んでいきましょう。


また、模試が2回あるということは、1回目の模試を終えてから、その模試を通じて弱点をあぶりだし、

その次の模試までにその弱点を徹底的につぶしておく、という作業が必要になります。


模試を終えたら遅くとも2~3日中に自己採点+復習(解き直し)をしないといけません。


模試は点数をとることが目的ではなくて、自分の弱点を見つけるためにあります。
ついつい自分の好きな科目、得意な科目、のほうをやりたくなると思いますが、



センターレベルであれば苦手科目でさえ、勉強した分だけ8割くらいの出来までは

比較的点数も伸びやすいです。


自分のイメージとしては、本当にまじめに取り組めば失敗しても8割は絶対きらないレベルの試験ですが


スタートの遅れた(遅くとも高2秋から受験勉強はスタートしてほしい・・・)

塾生にとっては7割の壁もなかなか厚かったりします。


・まずは理科社会の未習分野をつぶすこと

・センター数学・英語の時間のなさを(過去問・模試を通じて)体感して、

 時間配分をあらかじめ決めておくこと


これらは10月のうちに済ませておかないといけません。


追伸


英語や古文、そのほか各科目の語彙の不足は早急に補っていきましょう。


語彙については以前、retrieval time という題で記事がアップされていましたが、


単語は忘れても繰り返し繰り返し反復して覚えることで徐々に自分のアタマに沁みこんでいきます。


寝てもさめても反復練習!!ということで頑張ってください。