アーティキュレーションの研究。 | music-geek

アーティキュレーションの研究。

これも長いこと研究しているテーマです。でも管楽器の人でここを深掘りしている人を見たことがありません。個人的には海外で活躍している演奏家の大半が「打楽器と弦楽器とピアノ」であって、管楽器が極端に少ないこともここに理由があると考えているのです。理由は簡単で、打楽器や弦楽器やピアノって楽器の「タッチ」のコントロールだからです。翻って管楽器はタンギング、すなわち舌の動きでタッチを表現します。リードをくわえる木管楽器であれば口の中が制約されるのでかなり似通ったタッチは可能ですが、金管楽器とフルートは口腔内が自由になっているので、アーティキュレーションのコントロールが非常に難しくなります。

 

アーティキュレーションとはすなわち「発音」ですよね。サッチモとディジーのスキャットの発声の違いがそのままジャズのスタイルの違いに直結していることからもわかるように、「発音」は管楽器奏者にとって極めて重要なことです。我々ジャズミュージシャン(主にアメリカ人)の間では「Musical Dialect」という表現があります。直訳すると「音楽的な方言」。サッチモとディジーの違いもそれです。つまりジャズについていえば、アメリカンイングリッシュの発音の研究が必要と思われるのです。そしてこれは我々日本人自らが研究して体得しないとダメなんです。これに気付かされたのが8年くらい前に東京であったサックス奏者のSteve Willsonのクリニックでした。彼がアーティキュレーションのことについて話したのですが、彼はアメリカンイングリッシュ的というか、普段自分が自然にやってるジャズのアーティキュレーションについて語るわけですが、英語と日本語では発音が違うしそれを使い分けられるわけもないので、伝えたいことが実践的に伝わらないという隔靴掻痒感がありました(私だけかもしれませんが)。

 

例えばタンギングにはシングルタンギングとダブルタンギング(トリプルもあるけど)があって、そのアーティキュレーションは"T"と"K"ですが、そもそも"T"の発音が英語と日本語で違います。日本語だと舌でエアを遮って発音するのは「た」「だ」「か」「が」「ら」くらいですが、英語だと"TH", "C", "T", "D", "L", "G", "K"があります。"L", "G", "K"は日本語でもほぼ同じですが(日本語の「ら」はローマ字ではRaだけど実際の発音は"L"になってます。英語の"R"は舌が口蓋に触れません。日本人にとって難しいやつです)。個人的感覚からすると日本語と英語では喋るときにした先の動きが違います。これは日本語を知らない英語圏の人には説明不能だから、我々日本人が研究しないといけないことです。私がこの数年音声学の本を読んでいるのにはここの改善というのがあるからです(読む前からそれなりには意識してできていましたが)。この辺りの使い分けが理解できていないと、例えばトランスクリプションの譜面で向こうの演奏家が吹いたのを真似してもオリジナルと同じように吹けない感じがするのはこの部分の違いを吹き分けられてないからなのです。昔の録音だと黒人と白人の演奏家が簡単に聞き分けられたのも多分こういう問題で、ビッグバンドのアンサンブルをやるときにアメリカ人ばかりのセクションに入れてもらって吹いてもアーティキュレーションが揃わないリスクがあるように思えます。発音、大事です。

 

あともう一つ忘れられがちなアーティキュレーションがあります。それはブレスアタック。舌を使わないでエアの力だけで音を出すというものです。サックスのサブトーンの技法はまさにこれです。が、トランペットではあまり使われることがありませんでした。若い頃のマイルスが使っていたようですが、10年くらい前にマーキス.ヒルがこれをうまく使ったプレイで大きな話題となりました。日本人では若い頃のマイルスを研究されていた伊勢秀一郎さんがこれの第一人者で(マーキスよりも何十年も前からこれをやってた)、一緒に音を出させてもらって仰天し、圧倒されたのでした。これ、伊勢さんに直接レッスンしてもらいたかったのですが、不幸なことに病気で亡くなられてしまい叶わぬこととなってしまいました。

 

アーティキュレーション、奥が深いです。