スー・グラフトン「アリバイのA」ハヤカワ文庫、読了。

世にミステリー好きは多いと思うんだけど、あんまり読む機会がないまま年くっちゃいました(笑)。すこーし、ミステリーとかを読んでみたいなぁと思っていた時、友だちが「最近はまっている」と教えてくれたのが、検死官であるケイ・スカーペッタが鋭利なメスやノコギリをふるう(ノコギリはふるわないか…(ーー;)がごとく、こみいった事件の様相を分析し、解決に導く検死官シリーズ(パトリシア・コーンウェル著、講談社文庫)。出ている本を一気に読みましたで。


で、次に仕入れてきたのが、スー・グラフトン。ミステリーファンの間では、必読図書みたいな位置にあるんでしょう。蛇足だとは思いますが、タイトルにAから順番にアルファベットが付いているシリーズです。読む順を間違えにくくて、ナイスです☆


主人公はこれまた女性。クセがあって、チャーミングですわね。

あと、著者は植物に詳しいみたいで、風景の描写に木や植物の固有名詞が頻出。「なるほど~、舞台はこういう植生なわけね」と想像をたくましくさせられます。もちろん、全部分かるわけじゃありません。はい。


一番印象に残ったのは、すっきりとなんにもない砂漠の風景描写(笑)。地理の時間にセンセーは「サバクには砂漠と沙漠がある」と話していたような気がしますが、カリフォルニアのサバクはどっち?


  砂漠のドライブは快適だった。土地は荒れはてているが、目に入ってくる色彩は柔らかい。ごく淡い青紫色のラヴェンダーが、細かい砂埃に洗われている。空は抜けるように青く、はるかな山々の峰は皺のよったベルベットのように、その表面に深いグレイの溝を作っている。p171


スー グラフトン, 瑳峨 静江, スー・グラフトン
アリバイのA

*芋蔓本*

エドワード・アビー「砂の楽園」東京書籍

江國香織「いくつもの週末」集英社文庫

取材等のシゴトで、普段行かないマチに時々行ったりするんですが、取材先に向かう途中で古本屋さんを見つけると、帰り道はかなりの確率でそこにひっかかってしまうんですね~。


家の中には本があふれてるんです(^_^;) 分かってはいるものの、古書店ののんびりとした引力に負けてしまうことが多いなぁ。どうするよ、本の山。とほほ。


横森理香「横森式シンプル・シック」文春文庫PLUS(文芸春秋)も、どこかの古本屋の店頭でみつけたはず。精力的に小説やエッセイを発表されている横森さんが、気持ちのいい暮らしのスタイルを模索するさまが、臨場感たっぷりにレポートされています。


最初は杉並区の戸建。次にそこを売って、中古マンションを購入し、限られた予算内で納得のいく住まいをリフォーム。何にお金をかけて、何をはぶかなど、決断が潔く、かつ素早い。とにもかくにも、すっきり住まうために「リストラ」をキーワードに掲げ、徹底的にモノの減量をされた様子です。耳が痛い一方で、参考になる示唆が少なくありまへんでした。


 ―根底には、「怠け者」である私の基本があります。つまり、気になることはさっさと片付けて、心底清々としてから、ゆったりとくつろぐ。あるいはゆったりとくつろぎつつ、仕事をする。そのために毎朝、みっちりと掃除をしているのです。そしてたまに、まるで全身エステに行くように、半日がかりで整理整頓もするのです。p4(まえがき)


横森 理香

横森式シンプル・シック


*芋蔓本*

大橋歩「わたしの家」講談社文庫


年末、机の周りを片付けていたら、いろんな紙類で構成されたフクザツな山の中から、読みかけの本が数冊出現。どの本も途中まで読んでたことすら忘れてました。いやはや、ぼけてます。


内容をすっかり忘れてしまっていたので、白洲正子「日本のたくみ」新潮文庫は最初から読み直すことに。収められた18本の随筆は、’79年1月~’80年6月の「芸術新潮」誌上が初出。当時、第一線で活躍されていた美術工芸の作家・職人へのインタビューを元に、著者の自由で幅広い教養(素養?)を駆使しながら読み物にまとめたものです。


歯切れのいい表現は、さすが。

「当然でしょ」という感じできっぱり言い切る姿勢に、うならされることが多いなぁ。気を抜いて読むことはできないけど、いつ読んでも引き込まれるといいますか。


たしかに人間というものは、自分の仕事に、というより、扱っている材料に似てくるものである。彼は石のように無口で頑固だが、また石のように筋の通っている人物だ。その目にそって物を問えば、心を割って話もして下さるし、「流儀がちがう」人々に対する思いやりも忘れない。p40


―どんな人が作ったのか、訊ねてみると、結城の在に名人のお婆さんがいて、死ぬ前に寝床の中でひいたそうである。「死花」とはこういうものをいうのであろう。田島さんが織らないで、とっておきたくなる気持ちがよくわかるが、いくら美しくても、特殊な糸は、結城では規格の中に入らないので、はねられる。はね物だから、彼の手に入ったので、名人の最期の思いは達せられたというべきだろう。p202


*芋蔓本*

内橋克人「匠の時代」講談社文庫


 
 
無心に筋を追ううち時間のたつのを忘れてた、 みたいな強い牽引力がある本ではないんですが、 ふっと読みたくなるのが 、江國香織「薔薇の木 枇杷の木 檸檬の木」集英社。
 

最初は文庫本を読んでいたものの、「オリジナルはどういう本?」と気になってハードカバーも購入しました。買いすぎかもしれない(笑)。本のつくりとしては、だんぜんハードカバーの方がきれいです。


好きな一節は


 ―生成りの地にみどりと藤色の抽象模様が入り、そのあちこちに金色の天使のとんんでいる、豪奢なカーテンは水沼が誂えたものだ。p012


なんど読んでも、このカーテンのくだりで、しばし物思いにふけってしまう。人物の設定から考えて、インテリアにもけっこうお金をつぎ込みそうだから、お高めのメーカーでこういう柄を揃えているのはどこだ~? とか、よけいなことを「ううむ」と考えちゃったりするんですねぇ。ヒマですわね、ジブン(笑)。

 

三谷龍二「木の匙(さじ)」、新潮社、読了。
皿、ボウル、カトラリー等々、簡素で底力のある木工作品を世に送り出している工芸家・三谷龍二氏のエッセイ集。

ことばの選び方に必然性があるといいますか、どの単語も粒だっていて、文の流れになったときの美しさが、なんというかなぁ、最近お目にかからなくなったたぐいのもの。とにかく、うっとりするやら感服するやらで、読み終えるのがもったいない気分になりやした。氏が撮影した写真も、モランディの絵のように静かですばらしい。大当たりっ☆☆


 ―ふだん見過ごしていたものに気づくということ、それもつくるということなのだ。机の上で考えるより、さまざまな暮らしのなかで「こんなものがあるといいな」と、気づいたものをつくる。無から有をつくり出すのが創造ということならば、すでに世の中にあったものに「気づく」ということは、なんと言うのだろう。p30


*芋蔓本*
岡田温司「モランディとその時代」人文書院


「みずうみ」といっしょに買った、よしもとばなな「王国 その3 ひみつの花園」新潮社、読了。

連作長編というのかな、王国シリーズの3巻目だす。


1巻と2巻目はだいぶ前に読んだので記憶がおぼろになりつつありますが、3冊目になって語り口がすごーくスムーズになったような。シリーズの中で1番おもしろい仕上がりかも~と思いながら、一気に読み終えました。


 すっかり別の形に生まれ変わったおばあちゃんの翡翠は私を感動させた。金が入ってりりしくなり、前より美しくなったようだった。

 これだけでも来てよかった、と私は思った。何かが直るのを見るのが好きだった。それがたとえ物であっても、治癒の過程は私を明るくさせた。p160

近所の市立図書館に行く時は、かならずといっていいほど寄ってしまうのがブックオフ。めざすは100円均一の棚。欲しいものを探すんじゃなく、なんとなーくうろうろしながら目についた本を数冊買うのがわりと気に入ってます。


なんてったって3冊買っても315円だし~(笑)。ただし、図書館でマックスの5冊を借りると、荷物が非常に重くなるのが難点ですかねぇ。力持ちなので、腕が抜けるとは申しませんが。


川原亜矢子「シンプル・ビューティ」幻冬舎、はブックオフで見つけた本。特別な期待なんか全然なくて「どれどれ」と読みはじめたんですが、けっこういい本でびっくり。


TPO、個性、清潔感などを考慮したおしゃれのスタイルを、川原さんはどのように培ってきたかが分かるんですね~。女優やモデルといったおシゴトをなさっている女性の本は、しばしば「これを愛用してます♪」的なモノの紹介に終始しがちだけど、この本は一般論をとりまぜながら、川原さんが大切にしている土台の部分をていねいに述べている印象を受けました。


枝葉ではなく、幹を大切にしているといったらいいかにゃ。だから、洋服や化粧品のブランド名は具体的に書かれていたり、そうでなかったり。そのへんのさじ加減が上品です☆ 文字だけで構成された地味な本ですが、当分、処分しないことにしようかと(^ー^* )


 古い角質を取る、充分な水分を与える、といった最低限のスキンケアやベストな体型をキープすることなどは、やはり自分で責任を持つべきこと。(中略) 肉体的な疲れも精神的な疲れも、大人の女性として、解決する手段は自分で見つけておいたほうがいいと思います。p106


川原 亜矢子
シンプル・ビューティ

*芋蔓本*

山口小夜子「小夜子の魅力学」文化出版局



新年、あけましておめでとうございます☆

ブログに書くつもりで寄せておいた本の山がちっとも崩れないまま、年が変わっちゃいました。なんてこったい(~_~;)


読むスピードと書くスピードがアンバランスなんでしょうねぇ。本が読めないほど忙しいのは許せないというか(笑)、けっこう忙しくても本は読んでいるんですが、書くとなると頭の別の部分を動かさなきゃいけないらしく、書いてないネタがたまる一方だす。


ぶつぶついってもしょうがないので、まんず今年の1冊目を。山田勝「ブランメル閣下の華麗なダンディ術」展望社、読了。嶽本野ばらのエッセイに「ボー・ブランメル」なるダンディズムの創始者(?)であるイギリス人の名前が出てきて、全く知らなかったのでアマゾンで探してみました。


著者は神戸市外国語大学の教授で、ボー・ブランメルことジョージ・ブランメルが生きた18世紀末から19世紀の社会の変動(隣国フランスでは革命があった)を押さえたうえで、「衰退する貴族階級の最後の輝き」としてダンディを捉えています。


ダンディのお洒落は芸術なのだ。自分の肉体をキャンパスにして見事な絵を描いているのである。十九世紀末のダンディであり作家でもあったオスカー・ワイルド(一八五四―一九〇〇)は、「ダンディは一流の芸術家である必要はない。なぜなら、ダンディそのものが一流の芸術作品だからだ。……人生において最も大事なことは人生を芸術化することだ。それ以外の作品は付随的なものにすぎない」といっているのが、まさにダンディの弁である。p11


ボー・ブランメル氏は社交界で最高レベルの人気を誇っていたらしく、全盛期にはどんなに皮肉なコメントをしても周囲の人間は「おお~っ」と感激したりしたらしい。収入以上のおカネをお洒落につぎ込み、毎日3時間以上を身支度に費やしていたとか、なんとか。当時の大スターだったのかな、と思いました。


*芋蔓本*

川崎寿彦「庭のイングランド」名古屋大学出版局

エドガール・モラン「スター」法政大学出版局

歌手にしてパンクなギタリスト、おまけに腕のいい鍼灸師でもあるbikkeさんが、この春リリースしたCD2枚を送ってくれました。ありがとお☆


ラブジョイの「かけがえのないひととき」は全14曲収録の大作。ボリューム満点だす。ライブで何度も聴いたことのあるうたがほどんどなんだけど、改めてCDというモノになると「あのうたにこういうべべを着せるのかぁ」という感慨が湧いてくるですね。


洋服を着ることにたとえると、いろんな洋服をあれこれ試して、とにかく現時点では「これしかないでしょ!」という組み合わせを選択。で、それを着てお出かけする感じといったらいいかな。


通して聴くと、すっきりスマートな印象が際立つだけに、かえってその背後に隠れてしまっている手間ヒマ―いろいろ試す過程で、時には惜しく思える要素だって捨てるプロセスとか―を想像しちゃいました。がんばったなぁ、びっちゃん!


まあ、お洋服がなんであれ、服を着るのはbikkeの声という肉体をひきたてるためなんだけどね~。

M13の「バリの歌」は名唱☆


もう1枚は「ふちがみとふなと」等々で活動する渕上純子さんとびっちゃんのふたりユニット、JBの「ルリパキダンス」。アルバムタイトルは意味不明。おもしろすぎるよ~(笑)。


渕上さんは本当に日本語を大切にしながらうたう方で、いつもほお~って感心させられます。M2の「at home」は彼女の品のよさがびっちゃんといっしょになることで深みを増していると思いました。あと、M10はすごい。すばらしいです。ギターなんか圧巻だじょ。「いえ~い」という気分です。

リリースはともに京都のF.M.N.sound factory


http://news.fmn.main.jp/

LOVEJOY
かけがえのないひととき
JB
ルリパキダンス

2006年1月15日追記

アメブロに日記を移動して約1ヶ月。やっと使い方などがわかってきたので、週末の夜ののんびりした気分にひたりながら、よそのブログをのぞきにいったりしておりました。ランキングの上位から順番にチェックです。というのはウソで、そんなことしたら頭痛くなりそう(笑)。気になるタイトルのところだけをクリックすれば、興味をそそられるのは全体の1割以下と踏みましたです。ワタシはなまけもの(ーー;)


そんなこんなで見つけた百円本々 hyakuenbonbon さんですが、読めば読むほど内容の趣味のよさに感心。題材のセレクトはもちろん、全体のレイアウト、画像と字のバランス、巧みな文章などなど、どこをとってもとおっても素敵。んで読み進めるうちに「ひー」っとたまげた~。 なんとおんなじCD聴いてるし~。ネットって不思議なところだ。しばらくの間、ジブンの口が開いてたことに気づきませんでしたよ。


このところご無沙汰してた、よしもとばななを。「みずうみ」フォイル、読了。

数年前までは新刊が出るたび即座に読んでいたんですが、いつの間にか知らないタイトルの本が増えてましたで。オハナシの筋をぐいぐい追わせる、作者の巧みな書きっぷりにこわくない気迫のようなものが感じられて「よく書けてるな~」って感心しながら一気に読みました。


 中島くんはわきの下になにかをはさんでいた。四角くて、硬い銀色のものだ。

 あまりにも異様に思えたので、はじめ私にはそれがなにか、どうしてもわからなかった。いや、少し違う。わかっていても、それを自分の頭が認めようとしないのだった。あまりにも場違いすぎて、シュールな感じがした。

 そう、それは古びたもち網だった。p107


この「もち網」をめぐるエピソードが泣けるです。ここに涙すること自体、かなり「泣き」のツボがずれていいることを告白するようでけっこう恥ずかしい(笑)。