H.D.ソロー「森の生活 上」岩波文庫、読了。

ん10年前に一度読んだはずなんですが、また読みたくなって文庫本を購入。ぱらぱらめくると写真がたくさん入っていて、「あれ、前に読んだ本ってこんなんだっけ?」という疑問が。翻訳も変わった感じがして奥付を確認してみたら、1刷が1995年なのでいつの間にか新訳のニューバージョンになっていたようです。読みやすくなった気がするですね。


 彼はきこりの名人であり、自分の技を見栄えよく飾り立てるのが好きだった。たとえば、木を水平に、かつ地面すれすれに伐る、などというのがそれで、これはあとから生えてくる芽が元気よく育つようにするためであり、また、橇が切り株の上をなめらかに滑っていけるようにするためでもあった。p262「訪問者たち」


*芋蔓本*

国木田独歩「武蔵野」岩波文庫


江國香織「東京タワー」マガジンハウス、読了。

映画が公開されたのは今年の春だったけかな。遅ればせながら、読んでみました。


内容を簡単にいうと、代官山でブティックを経営する40歳を過ぎた美女(詩史)と大学生の男子(透)の恋物語。男の子は恋人以外のニンゲンはほとんど目に入らず、ひっそり淡々と日常を送っているという設定で、おそろしく一途なところが同じ著者の「神様のボート」を連想させます。


ただ、「神様のボート」は、大人のための寓話みたいなフィクショナルな味わいが目立つのに対し、「東京タワー」は風俗読み物的な雰囲気があるかな~。男女が逆だったらワタナベジュンイチに近づいちゃうんだろうか、なんて考えながら読み終えました。


 透には一切がわからなかった。予想していたような修羅場にはならなかった。「お客さん」について、浅野は何も尋ねなかった。詩史も浅野も落ち着いており、動転しているのは自分だけのような気がした。裸で。服を抱えて。p168


ふたりで出かけた軽井沢の別荘に、詩史の夫が予定より早く到着するシーン。だれひとりとして泣いたりわめいたりしないところが、あきらかにワタナベ氏と異なるですね。あ、透のキャラを際立たせる役目の耕二(透の友人)の恋人(35歳)は、泣いたりわめいたりするので伝統的かも (^_^;)


*芋蔓本*

吉本ばなな「とかげ」新潮文庫に収録されている「大川端奇譚」

江國香織「神様のボート」新潮文庫

「長田弘詩集」ハルキ文庫、読了。

角川春樹事務所では詩集の文庫化を進めていたようで、巻末の広告には10冊のラインナップが載ってました。著者の名前は知ってたけど、読むのははじめて。悪くないけど、順三郎の方がいとおしい(笑)。


 何をしにいったのでもない。ちいさな島が好きだ。た

だそれだけだった。雨もよいの港から、その島が煙って

みえた。あの島にゆけるかな。そう思って港の男たちに

訊くと、黙ってちいさな船を指さした。船というより、

海上タクシーとよんだほうが、ぴったりするような船だ

った。操舵手が一人、客一人。そうして島にいったのだ

った。海は荒れていた。台風がちかづいていた。

 以下略               p200「神島」


長田 弘
長田弘詩集

河合隼雄流れで「魂にメスはいらない—ユング心理学講義」講談社+α文庫、再読。
詩人の谷川俊太郎の

ぼくは、今日は生徒に徹したいわけですが、河合さんのなさっていることを体系立てて講義していただくという形ではなく、できるだけ自分の具体的な生活に沿って、疑問に思ったことを伺っていきたいんです。p16

というスタンスの表明からはじまる、ユング心理学に関する読み物。「人が、ついとらわれる心の錯覚」より、ず~っとこっちの方が手ごたえがあるなあ。どんなにハナシが弾んで盛り上がっても、本の形にする限りはやっぱり内容がキモになるでしょう、ということか。

ばかげたことをいろいろ考えて、重なってくるものを言語化し、重ならないものは捨てていくわけです。そのときに、ひとつのことだけにこっちが固執すると、ほかにいろいろおもしろいことがあっても見れないですね。フロイトが言った「フリー・フローティング・アテンション—平等に漂える注意力」を持ってみていないとだめなんです。(河合)p117

結局自分の中で抑圧しているものあるいは自分の中に溜まっているものを言語化する。あるいは非言語で、たとえば箱庭でイメージ化する。そういうふうに外在的に対象化させることがそのまま、その人が病んでいればその治療に役立つし、病んでいなくても人格の形成に役立つということは基本的にあるわけですね。(谷川)p176

たとえばこの2箇所なんだけど、発言者が逆でも不自然な感じはしないような気がする。読みながら「えーっと、これはどっちが話しているんだっけ?」と何度も確認したし。お二方とも「言葉」を真剣にあつかう仕事なだけに、深さというか密度の濃さが対話の中に自然と出てくるのかも。拮抗というコトバが思い浮かびましたです。


河合 隼雄, 谷川 俊太郎
魂にメスはいらない―ユング心理学講義

嶽本野ばら「パッチワーク」扶桑社、読了。
乙女系なる分野を牽引する筆者の名前は知っていましたが、今まで読んだことはなかったのだ。


はじめて手にした本が、これ。いろんな媒体に発表されたエッセイを編んだものです。気が利いているは、内容を6つのカテゴリーに分けてデパートのフロアを模した6部構成とし、それぞれの扉に導入的な文章を掲げているところ。

「○年分の短文がたまったから、センセイ、そろそろ1冊にまとめましょうかね~」という編集者の思いつきからスタートしたのかもしれないけど、リードを書いたり、構成に頭をひねったりといった作業をおざなりにしないで、著者が最後まで本づくりにかかわった様子が察せられて、好感がもてました。


POISON GIRL FRIENDのCDに、英語とフランス語が混じった歌詞カードとスマートな日本語訳(ご本人によるもの。ほとんど作詞?)が別々についてたけど、なんか似てる気がするですね~。アーティストの誠意みたいなものを感じてしまった。

多くの人は、自分の生き方を肯定する為に、自分に対する『?』をゴミ箱に捨ててしまいます。そうすればとてもラクに生活していけるのです。『?』を抱きつつ暮らしたとしても、美しく、思い通りには生きていけません。しかし『?』を捨てないことは美しく、自分らしく生きていこうとする意志を捨てないということなのです。この意思こそが貴方の、そして僕達の砦なのです。
P167

すごく「まとも」ですわね。


嶽本 野ばら
パッチワーク

*芋蔓本*

山田勝「ブランメル閣下の華麗なダンディ術」展望社

生田耕作「ダンディズム―栄光と悲惨」中公文庫

安野光雅+河合隼雄「人が、ついとらわれる心の錯覚」講談社+α文庫、読了。河合隼雄の対談系の本を見つけるたび、ついつい手が伸びるワタシ。


中沢新一との「ブッダの箱舟」はとっても刺激的だったし、村上春樹とのはほとんど名前につられるようにして読んじゃいました。けっこう冊数は読んでいると思っていたんですが、画家の安野光雅としゃべった一冊があることはこの間まで知らなかった(^_^;)

このおふたりの組み合わせは、ものすごくハナシが弾んでいる雰囲気が伝わってきて、
「気が合うんだろうなあ」と何度も思いました。
それだけに不思議なんだけど、これが読み物として面白い仕上がりかというと、ちょいとギモン。


今ひとつ入り込めなかったというか…。うううむ、なぜなんだろう。といっても、読む時間が無駄に思えるほどつまらなかったわけではなくて、確かにな~、大人の発言だな~と付箋を付けたくなる箇所はいくつもあったです。

逃げ道を用意している人を大人というんです。とくに相手を逃げ道のないところに追いこむのは、一番アホのやること。どこかに花道を与えてやらないかんのですよ。逃げたら不名誉だけど、花道を六方を踏んで帰ったら格好がつくんやから。人間同士の関係では、そういう花道をつくっておくことがすごく大事なんです。p232

—— ぼくは、ある新聞に、「なにかがあったら、原因がすぐわかるということを考えるのは、現代人のあさはかさでる」と書いたんですよ。p254

逃げられるというのは精神状態が普通だという証拠ですから、ぼくらのところにくる必要はない。p273

わからんでもええ、治ったらええ。治らんでもええ、生きとったらええ。

p300

キメの一言がぐっときます。


安野 光雅, 河合 隼雄
人が、ついとらわれる心の錯覚

ここ数年、冬の暖房はエアコンを使っていたのですが、いつもうすら寒いのを我慢してたような…。寒冷地仕様のカラダだったはずなのに、東京で暮らすうちに軟弱になったのかもしれんです。



このところの冷え込みがこたえたらしく、寒がりのダンナがついに決断。ガスファンヒーターを駅前の某量販電気屋さんに買いに行きました。届いたとたんに運転開始だす。あったかいです。もう手放せません。

こどもの時、使っていたガスストーブは、ガスが燃える様子がまんま見えるやつ。ファンヒーターは暖かい空気が吹き出し口から出てくるだけなので、「火」という感じがしなくてなんか物足りないっすね。やっぱり究極は暖炉とかだろうか。焚き火でもいいんですが、どこで焚いたらいいものか(笑)。



実家の両親は石油の給湯設備のついたお風呂にわざわざ特製銅釜も設置し、毎日、薪をくべてお風呂を沸かしています。「風呂釜が高かったのよ…」というハハに、「あなたの趣味でしょう」と突っ込みを入れたのはワタシです。幼いころより修行したので、焚きつけがうまいのだ。火が好きなのは血なのかなぁ。あぶないなあ。

村上春樹の「神の子どもたちはみな踊る」に、焚き火の話があったような。


タイトルなんだったけかな~。

12月12日追記
焚き火のハナシは「アイロンのある風景」ですた。この短編集の中では「タイランド」が一番好きだなあ。サンドイッチとプールの取り合わせが素敵。






村上 春樹

神の子どもたちはみな踊る



堀井和子「私が好きなルール」幻冬舎、読了。
堀井さんの暮らしに関するエッセイ。自分が好きなものについて、いつから好きなのか、なぜ好きなのか等々をていねいに追いかけた内容。

冷蔵庫に入れておくとゴムは切れやすくなる。初めのうちは1本でとめていたのだが、しょっちゅう切れるので2本重ねでとめることにした。その時、ゴムを2色選んで合わせるのが、悦に入るような面白さに感じられる。p25

週に一度パンをまとめて作り、小分けして冷凍しておくのだそうですが、パンを入れたビニール袋の口を閉じるのに、ソニープラザなどで売っているカラーゴムを使って、色あわせを楽しんでいるらしい。たかがゴムの話でしょうといわれれば、そのとおりだけれど、こういうキレイさって好きだなあ。

記憶が積み重なり、ある時から神経細胞のネットワークが新しい回路を形成して、ふと、そのことがわかる。言葉の使い方、字の書き方のクセみたいなものに、素早く私のネットワークが反応してつながる。このわかるという感覚は、年を重ねていく私をすごく元気づけてくれる。
p110

ここも気に入りました。堀井さんが年齢のことを書いているのに驚いたものの、そういや~自分もトシをとっているのだった(笑)。キョンキョンがマダム化粧品のCMに出たり、薬師丸ひろ子がお母さん役をやってるのを最初に見た時の驚きと質は同じようなものですかね~。

 
堀井 和子
私が好きなルール

*芋蔓本*

森茉莉「私の美の世界」新潮文庫

百瀬いづみ「食器洗い機は絶対に人生を変える」講談社、読了。
食器洗い乾燥機のすばらしさを伝えるべく、
食洗に関するもろもろをがっちりまとめた本かと思いきや、
食洗だけでなく、衣類乾燥機、PC、スチームクリーナーなど、
現在は普及途上にあると思われる道具を
いかに使うかについて述べた本。

一般論ではなく、著者がどう使っているかが分かるところがマル。
家事って「流れ」だと思うんだな~。
フルで仕事をしているとか、家にいるとかいった基本的な時間の使い方を明らかにしたうえで、その道具をどういうふうに、かつどんな頻度で使っているかを述べてもらわないと、
「ふ~ん」で終わってしまいそう。
一般論のレベルでは、カタログと大差ないでしょうというか。
その点で説得力を感じましたです。
で、やっぱり欲しいかも、食洗(笑)。

百瀬 いづみ
食器洗い機は絶対に人生を変える―「ネオ家事」の賢いモノ選び


堀井和子「収(しま)ったり、出したり」幻冬舎、読了。
粉料理を得意とする料理研究家である筆者の、
インテリアと片づけに関する本。

新しく買って帰ってきたものは、包みから取り出して、翌朝洗ってよく乾かしてから、リビングかダイニングテーブルの上に、空いているちょうどよさそうな仮の場所を見つけてやり、1、2週間、置いておく。p20

こうやってしばらくの間そのモノを眺めながら、
ぴったりの場所――飾る場所だったり、しまう場所だったり――を考えるのだそうです。
焦るな、と諭された気がするですね(笑)。
まずは、ぽんとモノを置ける「空白のスペース」を作ることから始めなきゃな~。

 
堀井 和子
収ったり、出したり