安野光雅+河合隼雄「人が、ついとらわれる心の錯覚」講談社+α文庫、読了。河合隼雄の対談系の本を見つけるたび、ついつい手が伸びるワタシ。


中沢新一との「ブッダの箱舟」はとっても刺激的だったし、村上春樹とのはほとんど名前につられるようにして読んじゃいました。けっこう冊数は読んでいると思っていたんですが、画家の安野光雅としゃべった一冊があることはこの間まで知らなかった(^_^;)

このおふたりの組み合わせは、ものすごくハナシが弾んでいる雰囲気が伝わってきて、
「気が合うんだろうなあ」と何度も思いました。
それだけに不思議なんだけど、これが読み物として面白い仕上がりかというと、ちょいとギモン。


今ひとつ入り込めなかったというか…。うううむ、なぜなんだろう。といっても、読む時間が無駄に思えるほどつまらなかったわけではなくて、確かにな~、大人の発言だな~と付箋を付けたくなる箇所はいくつもあったです。

逃げ道を用意している人を大人というんです。とくに相手を逃げ道のないところに追いこむのは、一番アホのやること。どこかに花道を与えてやらないかんのですよ。逃げたら不名誉だけど、花道を六方を踏んで帰ったら格好がつくんやから。人間同士の関係では、そういう花道をつくっておくことがすごく大事なんです。p232

—— ぼくは、ある新聞に、「なにかがあったら、原因がすぐわかるということを考えるのは、現代人のあさはかさでる」と書いたんですよ。p254

逃げられるというのは精神状態が普通だという証拠ですから、ぼくらのところにくる必要はない。p273

わからんでもええ、治ったらええ。治らんでもええ、生きとったらええ。

p300

キメの一言がぐっときます。


安野 光雅, 河合 隼雄
人が、ついとらわれる心の錯覚