甘里君香「京都スタイル」新潮文庫、読了。

’58年生まれの著者は「アンアン」や「FRAU」といった雑誌で執筆するライターとして活動しながら、編集プロダクションを主宰。34歳の時、「仕事を離れたい」と考えて東京から京都に移住した方のようです。


人づきあいはもちろん、買い物や毎日の献立、住まいのしつらえ等々、京都で暮らすうちに感じた数々の疑問や違和感について、「なぜ違うのか」を丹念に掘り下げた内容だしゅ。「ううむ」と感心したのは、京都という手ごわい対象に向かうと、かなりの人が大上段になってしまうというか、歴史の深みにはまって自分の語り口を忘れてしまっちゃったりすると思うんだけど、著者は常に自分がどう感じたかを大切にしてるんだな~。


はるか昔の歴史や文化に触れている箇所も多々ありますが、必ずご本人の目線が感じられるです。誠実で巧みな技量は、たぶん雑誌の記事を山ほど書くうちに体得されたものなのでは。読んでもらうためのスマートな工夫と安定した視点が、強い武器になっていると感じました。だから、東西の比較文化論といってしまうと、この本の繊細できりっとした魅力が伝わりにくくなってしまう気がするな~。


あと、余談ですが、著者が東京を離れたのは’92年ころかな。ワタシも’87~’93年まで雑誌の編集者をしてたので、お江戸を逃げ出したくなった(?)気持ちがなんとなく分かる…。バブルのころの変化って、ものすごく速かった。確かに刺激的だったけど、バブルがはじけてみたら「くたびれましたぜ」っていう状態でした。とほほ。まあ、今となっては「ああ、懐かしい」という気分でもありますが(笑)。


 コンビニの前でしゃがむのもきっとささやかな遊びだ。けれど今の子どもたちがしゃがむのは、土や草の匂いのないコンクリート。そんな場所しか用意できない大人の側が彼らに恥じてもいい。それとも心の恥が、非難という形を取らせているのだろうか。p219



甘里 君香

京都スタイル

*芋蔓本*

大村しげ「京暮し」暮らしの手帖社

恩地惇「センスと暮らしの関係」はまの出版

引き続き、サラ・デュナントです。「裁きの地」講談社文庫は、背に「2」の数字があるので、著者の作品の中では2番目に文庫化されたということになりますね。でーも、本国ではこの本の方が「最上の地」より2年先行(’91年)していて、これがデビュー作らしいんですわ。


ラッキーなことに著者のサラさんは、この作品で同年の英国推理作家協会のゴールド・ダガー賞候補にノミネートされました。いきなり第一級の注目を浴びる、ナイスなスタートを切ったみたい。で、第2作である「最上の地」で、シルバー・ダガー賞をゲット。順調です。大物です。


日本の出版社は「受賞作」というインパクトが、作家の認知度を高める大きな要因になると判断して、本を出す順番を決めたのかもしれません。「訳者あとがき」から仕入れた以上のいきさつは、ミステリーファンの間では常識かも、です。もじもじ。しっかしねー、知らなかったんだから、書いてもいいでしょう(笑)。


どうもワタシは、本の出版時期にこだわる傾向があるです。年代順に作品を読むと、作家について理解しやすい気がするだもん。いや、ちょっと考えてみたら、本は楽しみのために読んでいるので、理解というよりは「順番に読んでいる」という自己満足に終始しているような気がしてきた。きっとそうだわ。


ヒロインは「最上の地」と同じく、ハンナ・ウルフ。謎にからむ登場人物にすごーい美女が出てくるので、美女好きの方におすすめです。美女って書きにくい対象かもしれません~。


 ジャングルから出てきた声の主を見て私は目をみはった。金で愛は買えなくとも、美は買えるのだ。長身で五フィート九インチか十インチもあろうかというほっそりとした四肢、ショートにしたつややかなブロンド、マダム・ベルモンは絶世の美人と言えた。p182


「じゃーん」という感じで美女が現れる最初のシーンにしては、そっけなさ過ぎませんかね。期待しすぎか、自分??


S.デュナント, 小西 敦子
裁きの地

サラ・デュナント「最上の地」講談社文庫、読了。

この間、シリーズのはじめの2冊(AとBのことですね、はい)を読み終えたスー・グラフトンは、アメリカで活動する女性私立探偵<キンジー・ミルホーン>を描いてましたが、こんどはロンドンを飛び回る女性私立探偵<ハンナ・ウルフ>です。ふたりとも30代という設定は単なる偶然かな~。


連続殺人が起こったりしないところが、イギリス的だったりするんでしょうか。残酷な方法でばったばったと人が殺されるような話は、のんびり読んでいられない気分になるので、この本はほっとさせられる感じ。シックなミステリーだなぁと思いやした。


あと、翻訳本ってしばしば、「えっ、イマドキこんな言葉を使うわけ?」とぎょっとさせられるけど、この本を手がけた小西敦子さんはとってもお上手。へんな訳語もないし、日常の言葉とのブレも感じなかったです。ちなみに、今まで読んだ本の中で忘れられないのは、ポニーテールに結った髪の毛のことを「子馬の尻尾」。グレープフルーツのことを「アメリカざぼん」としてあったやつ。「なんですか、それ」という疑問符がじゃまして、さくさく読むことができませんでした(笑)。


で、この本の話に戻りますと、非常に構成力と筆力に恵まれた著者だな~という印象を強くもちました。ファッションや音楽の趣味もいい感じだし、楽しめます☆ さらにすばらしいことに、反語的な言い回しが冴えまくり。すかっとしますぜ!(^^)!


 ―高速道路を渡る橋、どこに続いているのかわからないようなコンクリートの通路が私は好きだ。そこで撃ち合いをするのが夢だ。通行人があわてて身を伏せるなか、飛びかう弾丸。ガラス窓に身を躍らせて、ちょうど下を通りかかったトラックの荷台に落ちる。今日も野望をかなえられそうもない。p28


サラ デュナント, Sarah Durant, 小西 敦子
最上の地―私立探偵ハンナ


*芋蔓本*

カレル・チャペック「園芸家12カ月」中公文庫(反語系大家の名作)



ちょいと仕事がたて込んだ関係で、更新をさぼりました。いつものこととはいえ、ぼりぼり、な気分です(笑)。何日かかけて、この1週間に読んだ本を順番にアップしますかね~。


まずは先だって「芋蔓本」として書名を挙げた、河合隼雄「閉ざされた心との対話―心理療法の現場から 上」講談社。これは講談社新書の「人の心はどこまでわかるか」の前段階といいますか、カウンセリングの現場にいるプロに、河合氏が守秘義務を犯さない配慮をしつつ仕事内容を聞いたもの。


小中学校、大学、病院など、さまざまな場所で行われるカウンセリングの様相というか、現状の「幅」が読むうちにおぼろげながらもわかってきます。乱暴ないい方かもしれないけど、マニュアルがあるなんて思ったら、とんでもない間違いを起こしてしまう、シリアスな世界なんですね~。プロの覚悟のようなものに頭が下がる思いがしました。


そしてプロがプロに話を聞くことによって生まれる、内容の深度も特徴かな。聞き手の技量が、ダイレクトに表れている気がします。話す方もラクで楽しかったのでは~。

 

河合 隼雄
閉ざされた心との対話―心理療法の現場から〈上〉
  

片岡義男「ホームタウン東京 ―どこにもない故郷を探す」ちくま文庫。これも写真と短文を合わせた本なので、読了というほど読む部分は多くないかも、です。


片岡氏による写真はすべて35ミリのポジフィルムを使用。文章と写真が交互に現れる構成で、1ページに縦位置の写真が1枚、つまり見開きで2枚の写真が同時にながめれるようになっています。で、ページを繰ると、今度は文だけのページです。


氏の写真を見るたび、「なぜ、これを撮ったのかなぁ」という不思議な気持ちになることがけっこうあるんですわ。被写体としての面白さに惹かれたのかな~というビジュアルは腑に落ちやすいんだけど、マネキンのお腹のアップとか、さびれた(?)食堂のショーケース内の値札とか、言葉では説明しきれない不気味なニュアンスが感じられないこともない写真を見るたび、「??」と思う。この本を読んで、その謎が少し解けたような気がしました。


 一四七ページの光景は、ここまで到達したならそれは単なる光景ではなく、境地とも呼ぶべきものではないか。徳利とビールの値札の離れぐあいが絶妙だし、ビールがどこにもその姿を見せていないところなど、もう少しで幽玄の世界だ。p145


こういうのを読むと、いつの間にか小さな声でくっくっくっくと笑ってたりしませんかね。ワタシだけ? あと、すばらしい切れ味を感じさせるこういう表現とか。


人の手とは要するに脳の働きであり、これほどまでに人の手のかかった景色は、脳以外のなにものでもない。見よ、夏の日の麗しき故郷の脳を、美しき脳故郷の真夏を。p21

 

堀文子+吉行和子「楽園幻想」講談社、読了。

日本画の堀氏の絵と女優である吉行氏の短文を合わせた画文集なので、「目を通した」といった方が適切かな~。版形は20センチ角の正方形の縦方向をちょびっと切ったくらい。小ぶりです。


メキシコやアマゾンの熱帯雨林の取材旅行を通じて、色鮮やかな鳥や植物など、それまで描くことのなかった題材を手に入れた画家・堀さん。新境地を拓くことになった個展(’90年代半ばころに開催?)が縁で、ふたりがコラボする本の企画が生まれたようですね~。


絵はいいんだけど、いかんせん文章がなあ…。乙女チック杉、もしくはこっぱずかしい言葉遣いが少なからず見られるというか。ううむ。堀さんの絵が見たくて選んだ本なので、ややはずれ感あります。


*芋蔓本*

田中 一村
田中一村作品集―NHK日曜美術館「黒潮の画譜」

 


今しがたケータイで撮った横浜市の朝の風景です。

雪国(秋田)生まれなので、雪を見るとうれしさより、やれやれ感がつのります(笑)。お昼から1件取材があるので、でかけなきゃいけないし~。


で、何を履いて外に出るかを思案中。クラークスのワラビーだと滑るかもしれないので、手持ちの靴の中では最も底がギザギザしてる、アディダスのスタンスミスがいいかも…。パンプスは怖いので、こんな日は履きません。


老婆心ながら、かかとから着地するような気分でゆっくり歩くと、転びにくくなります。雪の日は、ポケットに両手を入るのも厳禁。つるっときたとき、バランスをとりにくいです(よけいなお世話か・笑)。以上、雪国で育った子ども時代、平地ですら良く転んだワタクシからのレポートでございやした。


1月23日追記

靴の底をひっくり返して確認したところ、ごっつい外見のブーツが外見どおりに(?)一番ぎざぎざしていて、ビブラム並みの機能派でした。これを履いて雪の中を出かけ、無事に帰宅。首都圏にしてはすごーく積もった感じがしたものの、翌日の日曜から雪はさっさと溶けはじめ、道路なんか、もうすっかり乾いてます(@_@) 一方、実家のハハ情報によると、秋田はげんなりするほど積もっているとのこと。「もういいわ~」ですと。はあ~。


スー・グラフトン「泥棒のB」ハヤカワ文庫、読了。先だって読み終えた「アリバイのA」はデビュー作で、予想外の大きな反響があったため、著者は第2作を書くにあたってかなりプレッシャーに悩まされたらしいです(「アリバイのA」訳者あとがき)。デビュー作が一番おもしろいと断言する人もいるからな~。「期待に応えねば」という思いは、かなり重いかもしれない☆


主人公は前作と同じキンジー・ミルホーン。バツ2の32歳で元警官。彼女は作中でワインやビールやらをしょっちゅう飲んでいて、この作品が書かれたころのアメリカでは、まだお酒が目の仇(?)になってなかったのかな~なんて思いました。発表は’85年。翌’86年にアメリカ私立探偵クラブのシェイマス賞等を受賞しています。約20年でアルコール飲料の位置づけがすっかり変わったのかもしれませんね~。お酒、嫌いじゃないんで、気になるです(笑)。


 たしかに感じのいい家だった。どんな住まいとあらかじめ決めてかかっていたわけではないが、すみずみまでセンスのよさが感じられる。家全体が剥きだしというか、すっきりしていた―つやつやと光る木目の床、飾りのない、シンプルで清潔な家具。p182


憎からず思う、警官のジョナの家の描写。頭に浮かんだのは、シェーカー・スタイルな感じのビジュアルでしたん。


スー グラフトン, 嵯峨 静江, スー・グラフトン
泥棒のB

*芋蔓本*

ジューン・スプリッグ「シェーカー ― 生活と仕事のデザイン」平凡社

今日もずるして、前に読んだ本です(笑)。

河合隼雄「人の心はどこまでわかるか」講談社+α新書を読み始めて、いきなり「はじめに」のページで吹きましたよ~。


 ―(人の心が)どこまでわかるかというと、ほとんどわからない、というのが答えといっていいほどである。p6


こんなこと冒頭でいってもいいのか? 「心って、どこまでわかるものなのでしょうね」と素直に疑問を感じて、本を手に取った読者は「へっ?」と思わないか? 身もフタもないじゃん、と拍子抜けしました。


でも、その続きを読むと、プロ恐るべしというかな、シロウトがいかに「わかったつもりになって安心しているか」が明らかになります。心理療法の現場に携わる複数の専門家が、対談の場で河合隼雄に問うた質問の数々。それに対する答えをまとめたのが、この本です。みんな「わからないことを」必死に考えているんだな~。


「わからない」「なんともいえない」等々の、あっさりしすぎているようにも思える「答え」が、いかに良く考えた末のものであるか…。プロセスの大切さに思い至りました。


河合 隼雄
人の心はどこまでわかるか

*芋蔓本*

河合隼雄「閉ざされた心との対話」

河合隼雄「心にある癒す力 治る力」

ともに講談社

今日はずるして、前に読んだ本を。

本棚に入ってた津田晴美「旅好き、もの好き、暮らし好き」ちくま文庫を引っ張り出してきたら、付箋が付いてやした。


 ―街角の八百屋のおじさんが毎朝そういうことを一生懸命やっている。そういうことを目の当たりにすると、美に対する普遍性と執念を見せつけられる思いだ。

 そこには自分の生活としての仕事への誇りと惜しみない愛情を感じる。飾る心を死ぬまで見失わないこと。(中略) 彼らは自分の好きを信じている。だから苦にならない。P202


欧米のフツーの店先が、いつも美しく整えられていることについて述べた部分です。ワタシ、若いころはインテリア専門誌の編集者だったもんで、ぴしーっと片付いたキレイな場所に弱いっす。けっこうマメに整理整頓掃除片付けをする方だったんですが、寄る年波のせいか、すっかりずぼらに(汗)。いまやもじゃもじゃの中に棲息しています。情けない…。とにかく、あきらめるなということですかね。いや~、しかし、自分の身の回りを見回すと恐ろしいです。

津田 晴美
旅好き、もの好き、暮らし好き―savor of living