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Tags:N1、A dark side of AKB、desire
ショッキングなモノローグからはじまる、A3最後の曲。前曲のメドレーが終わった後、わざわざ時間を取って着替えてから歌われた。最近の公演だとこういう時はメンバー半分が残っておしゃべりで時間をつなぐんだけど、当時は着替えの間ヴィデオ上映が行われた由。「誰か、私を買って下さい」
作曲は井上ヨシマサアニキ。終盤にはラップにも初挑戦。こうみるとすごくチカラの入ったいわば「勝負曲」で、シングルカットも視野に入っていたんじゃないかと思う。
K2では「シンデレラは騙されない」が同じようなポジションで、アンコール最後にわざわざ着替えて歌うヨシマサチューンだった。
結局この曲はシングルにはならなかったが、5枚目(メジャー3枚目)のシングル、「軽蔑していた愛情」(これもアニキ作だ)のカップリングに採用されることになる。なお、カップリング版の「涙売り…」はアレンジが若干異なる(メトロポリス@尊師には不評ですた)。
「月のかたち」についでA3では2曲目となる「A dark side of AKB」。
若さゆえの空虚感と孤独と不安。それらを埋めるために「涙を売る」しか手段を見つけられない16歳の少女。
明るく元気でポジティブに、だけでは掬いきれない、人の心の薄暗い内面を表現するだけの(少なくともチャレンジしようと思えるだけの)ものが、このころのTeam Aのメンバーには十分育っていた。
2006年当時、お客はずいぶん増えた。そこそこ話題にもなってきた。メジャーデビューもした。でもこの先どうなるのかは不透明だった。Team ばっか増えるし、異動や卒業はあるし、思いつきの企画がぽんぽんと入ってくるし。ホントにあのおっさんについて行っていいのかしら。
こういうナマの不安と日々戦いながらステージに立ち続けることが、彼女たちを強くしたんだね。
モノローグは前田の声だろう、というのが大方の意見なのだが、「たぶん小嶋春菜」という人もいて、詳かにしない。
わざわざ着替えただけあって、明滅するスポットライトの中に浮かび上がる衣装はとても印象的。漆黒のドレス、ストッキングとブーツ、そしてロンググローブ。
まるで何かを悼んでいるような「華やかな喪服」をまとった少女たち。
イントロがはじまると、何かを探しているかのようにステージを彷徨う。
喧噪の中のヒンヤリとした孤独。この夜の片隅で/誰にも忘れられて
雑誌で見た/街を一人
泳いでいる回遊魚
DVDで見ると、高橋の表現がすごくいい。このころ15歳だったんだよなあ確か。うひゃあ、近頃ごひいきのTeam 4で言ったら入山竹内先輩の年格好だよ。どうするよ「永遠の15歳」あんにん。前髪いじってる場合じゃないぜ。
ま、秋元康にしてみれば、「アイドルがこういうの歌うのってちょっと意外で悪くないでしょ」くらいの狙いだったのでしょうが。
2011年12月、アイドル戦国時代はAKB幕府によって統一されたとさえ言われる今日この曲が発表されたとしたら、恐らく大センセーションが起こったに違いない。幸か不幸か、2006年当時、秋元康と少女たちの野望はまだまだアキバ界隈でくすぶっているにとどまっていた。
秋元先生、こういう曲を、逆に今、ぶつけるっていうのはどうですかね。もちろんカップリングでいいから。入山竹内先輩とかにも演らせてくださいよ。ガッと来ますよガッと。ガッとは来るけど演りきるかな。入山はきついかな。竹内先輩ならいけるかな。意外と川栄あたりが…。
ところで今更だけど「涙を売る」ってどういうことかしら。まるで/マッチ売りの少女
私には/何もなくて
売るものが/見つからない
頬伝う 涙/買って下さい
最初のセリフもあって、要は「援助交際」「少女売春」の暗喩(メタファー)だってのがまあ一般的な認識なんだろう。秋元もそういう意図なんだろうけど、僕にはそれが暗喩(メタファー)というよりもむしろ堤喩(シネクドキ)なんじゃないかと思える。おいおいうるさいこと言い出したよ。
つまり「少女の肉体」を売る(これもまあ比喩であって実際に「売る」訳じゃないんだけど)という喩えとしての「涙売り」じゃなくて、ホントに「涙」とあといろいろなもの売る、という意味での「涙売り」なんじゃないかしら、と説明をすればするほどわからなくなるわけだが。
2006年当時、いや現在でもAKBの主力商品のひとつは「涙」であり続けてますもの。
