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何でペラペラフラゲできなかったんだろ、Amazonさんどうしちゃったんだろ。
と思ってたら、発売当日にこれと抱き合わせの配送でした。
いつもは同じ日に何箱も送って寄越しやがって、まとめて送れよゴルァなのに。こういう時に限ってわざわざご高配ありがとうございましただよね。いやいや怒ってませんよ。
ところで今回はAKBの話ができるのだろうか。
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1991年、とんねるずが歌って大ヒットした「情けねえ」。
湾岸戦争をテーマにし、「傍観者」たちをスルドク批判するシリアスな内容は多くの人々の心を揺さぶった。
でも、詞を書いた秋元康自身はどれくらいシリアスだったのだろう。
前回、この曲がヒットしたのは、
と書いた。当時人々が求めていた「言葉」がこの歌の中にあったからだったんだろうと思う。
秋元の作詞の手法について、マックウインさんとこで、秋元の弟子? 助手? 使いっぱ? 取り巻き? だった岩崎"もしドラ"夏海の言葉が引用されている。
つまり秋元が作詞をする時は、「自分が語りたい言葉」ではなく、「ファンが聞きたい言葉」か「歌手が歌いたい言葉」を書く、と。そのどちらかであれば、確かにある程度の需要は見込める。秋元さんは、作詞の方法はふたつしかないっておっしゃるんですよ。
一つは、歌手にその歌手のファンが言ってほしいことを言わせる。
もうひとつは、その歌手の方が言いたいことを言わせる。
そして1991年、「情けねえ」という言葉には大量の需要があったわけだ。
でもそれは、必ずしも「秋元康が語りたかった言葉」である、とは限らない。
多くの人々の心を掴んだ「情けねえ」という歌に、彼の「自我が投影されて」いたか。もっと言うと、その言葉に秋元の魂はこめられていたのか。
んー、んなこと言われたら、秋もっちゃん弱っちゃうよねえ。
だってこの歌、そもそもパロディだったんだもん。ぶっさんの「ろくなもんじゃねえ」の
「この世の全てはパロディなのか」という「情けねえ」の歌詞は、言い訳Maybeでもあると同時に、聞く者に「おいおい秋もっちゃん、そりゃこっちのセリフだよw」と突っ込みを入れさせるお約束のフリでもあった。
とんねるずのファン層ならそこのとこの呼吸はよくわかってるんだけど、幸か不幸かこの歌はその層をはるかに超えて受け入れられてしまった。
何しろ紅白だぜぇ。
大晦日、当時の日本の不甲斐なさを心中嘆いていた戦中派のおじいちゃんが、とんねるずの歌を聴いて感涙にむせんだ…というエピソードの一つや二つはあったろう(もっとも、とんねるず自身はなるべくシリアスにならないように、相当おふざけな演出をしたんだけどね)。
駄菓子菓子。
秋元はさらに言い訳を重ねる。
後にこの曲は、とんねるず8枚目のオリジナルアルバム「みのもんたの逆襲」に収録されたが、その際「みなさんのおかげですヴァージョン」と名付けられ、歌詞の第2スタンザに大幅な変更が加えられた。少し見てみよう。
なお引用するにあたり、同ヴァージョンの歌詞が掲載されているサイトが見つけられなかったため、長文になってしまうことについて、
一読してわかるように、「情けねえ」のは誰かというと、「オチがないと不安で『歴史の涙』さえもギャグにしないではいられない、悲しい性をもったもうすぐ30になる」俺たち、すなわちとんねるず自身のことであるという歌である。"みなさんのおかげです”/笑ってていいのかい?
激動のこの時に
遠い国のふしあわせ/対岸の火事なのか?
そんな歴史の涙さえも/俺は ギャグにするだろう
情けねえ/もうすぐ30だ
情けねえ/オチがないと不安で…
悲しい性さ 俺たち/嫌いじゃない お笑い
この世の全ては パロディなのか
皮肉にもこっちの詞には、当時の秋元の自我が色濃く反映されているように見える。
「いやあ、『情けねえ』大ヒットしちゃって、賞を貰っちゃって、紅白まで出させていただいて、ありがたいのはありがたいんですが、あんまりマジにとられてもナニかなーと。
別にニホンの国のことを真っ向から批判したり、戦争に賛成とか反対とか、そういうでかいこと物申すなんて腹は全くないんすから。
なにしろシャレですからシャレ。ねねね。何でもギャグにしないといられないうちらが『情けない』ということで、ひとつ、ここんとこは、ね。こんどバーンと、いっしょにシーメーでも」みたいな。
まあ、こんな感じ。
要は、ホンキじゃないんですよ、と。
こういうのよく覚えている人は、「アキモトが反戦歌? そんなのショーバイに決まってんじゃん」って言うだろうなあ、というのはよくわかる。
と、ここまでヒドイことを書いておいて何なのだが、それでも僕は「情けねえ」という歌が好きだった。元歌の方ね。
岩崎"もしドラ"夏海によれば、秋元の詞には「自我が投影されていない」、だからこそ「いつまでも枯れないで現役を続けられる」「自分の身をひとつも切ってないから、40年たってもアイデアが枯れようがない」であるという。秋元は「シラケ世代のど真ん中だから、世代的にも冷めている」し、「ハングリーさとも無縁」である、とも。
なるほど、いちいちうなづける理屈ではある。
じゃあ、1991年の「情けねえ」の中には、秋元康の「身」のひとかけらも込もっていなかったのか?
僕にはどうしてもそうは思えないのだ。
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えーん、今日もAKBの話にたどりつけなかったよー。