誰かのために5 | Commentarii de AKB Ameba版

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 何だか泥沼にはまって、AKBからどんどん離れていってしまっている感がなきにしもあらず。
 ま、昔っから戦争と泥沼化は切っても切れない縁があるようで。

 1991年。
 湾岸戦争を踏まえ秋元康は「情けねえ」を書いた。曲はバクハツ的にヒットし、とんねるずはその年の日本歌謡大賞を受賞、紅白初出場も果たした。

 何でこんなに売れたのかと言えば、曲や演者がよかったのはもちろんだが、何より当時人々が求めていた「言葉」がこの歌の中にあったからだったんだろうと思う。

 「情けねえ」。

 確かに情けなかったんだよ、当時の日本。

 戦争賛成派(というか戦争仕方ない派)にしてみれば、「この戦争は国際秩序維持のためには正当で必要な戦争。日本は国際社会でもっと責任を担うべし。そのためにはお金だけ出すのではなく、人的貢献もすべし。それが出来ない国は情けない」。

 戦争反対派にしてみれば、「戦争に正当も不当もない。日本は戦争に一切荷担すべきではないし金も人も出すべきではない。あくまで独自の立場で平和を目指すべし。それができずにアメリカの言いなりになってる国は情けない」。

 どっちを向いても「情けねえ」。
 
 でもねえ、正確には「情けないというヨロンが、日本中を覆っていた」ということだったんだと思うよ。
 ホントは日本は日本のやり方で出来ることはしていたと思うのね。昔も今も日本のことを悪く言うのがマスメディアの手法だから、僕もそれに乗せられていただけなのかも知れない(当時はテレビと新聞しかニュースソースがなかったから。今から思うとひでえ状況だよね、それって)。

 そういやこないだ松井Rの頬を張り飛ばしたアントニオ猪木。開戦直前に戦争を止めにバグダットに乗り込むって一幕もあったんだっけ。失敗したけど、やっぱある意味すんごい人だよな、あの人。

 そんな時、とんねるずの歌は国民の気持ちを代弁しているようだった。

情けねえ 自由が泣いている/情けねえ しょっぱい血を流し
お似合いだぜお前にゃ 口を閉ざしてお休み
鎖につながれた子犬のように

 うん。かっこいい歌だった。でも冷静に考えて、この泣いている「自由」っていったい誰の自由だったんだろう。

 イラクに蹂躙されているクエート国民や、「独裁者」フセインの圧政に苦しんでいるイラク国民の自由か。
 それとも石油利権を守るため戦争をしかけたアメリカの横暴に震えるアラブの民の自由か。

 秋元はどちらだとも明言してないんだよね。

みんな時代のせいだと 言い訳なんてするなよ
人生の傍観者たちを俺は許さないだろう

 ただ「口を閉ざし」「言い訳」をし、「傍観」している日本を「情けねえ」と断じていただけで。

 彼は、つまるところ戦争賛成でも反対でもなかった。ただ人々が聞きたいと欲している言葉を書いただけだった。人々が状況に感じているフラストレーションを、言葉に移して掲げて見せただけだったんだ。

 だから、この曲が大ヒットしてちょっと弱っちゃったんじゃないかな、秋元先生。
 そんなにシリアスにとられちゃ困るんですよ。だってそもそもこの曲自体、長渕剛のパクリ本歌取りなんだもの。シャレなんですからシャレ、やだなあ、マジになんないで下さいよ。

 余談だけど、今でこそ長渕はAKBにブチ切れてるけど、昔は秋もっちゃんとぶっさんって仲良かったんだよね。2人とも売れる前でぎらぎらした野心と傲岸不遜な若さがあって、互いに溢れる才能を認めあってた。いつか俺らで天下取ってやるって感じで。
 
 長渕の曲に限らず、とんねるずってそのころパロディ風の歌ばかり歌ってた。この辺の状況をWikipediaが上手にまとめている。

「一気!」から秋元康がほぼ彼らの音楽活動に関わっているが、その戦略は「○○風」。原曲が存在した上でパロディ=フェイクの趣向としている。

・「心めぐり」=「岬めぐり」山本コータローとウイークエンド

・「情けねえ」=「ろくなもんじゃねえ」長渕剛

以上など原曲の特徴やサビなどが盗作の範疇に入らない程度でそのままあしらわれてアレンジされている。ポイントはとんねるずの世代背景を踏襲していることで、彼らの支持層の若者はこれらの楽曲を知らずに素直に評価する。またとんねるずと同世代か上の世代はこれを聴いて「ニヤリ」とする。

 「これパクリだろ!」って目くじらを立てるような人には、「やだなあ、シャレですよシャレ」と言い逃れができるような作りになっていた。
 でも、お笑いコンビが副業でちょろちょろやってる間はご愛敬で済んだのだが、「情けねえ」は大ヒット。しかも内容はシリアスに聞こえる。おまけに紅白初出場なんて日にゃ、「シャレでございます」じゃ通用しない。

 たぶんあらかじめその辺まで考えて、秋元は歌詞の中に「この世の全てはパロディなのか」と言い訳Maybeなヒトコトを入れておいたのだが、それはそれで才気走りすぎてあざとかった。
 そこで秋元はさらに言い訳Maybeを重ねて行く。

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 昨日はペラペラフラゲもできず。
 新譜ラッシュで沸くなか、普段でさえ2006年界隈でふらふらしているというのに、1991年から帰って来られないよ。
 でも僕のゴーストが言うのよ。今、語っておけって。