Commentarii de AKB Ameba版 -25ページ目

Commentarii de AKB Ameba版

AKBとかその周辺とか

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Tags:お別れ、冬

 二人は粉雪降る冬の日に別れた。
 それは彼女が夢を実現させるために必要な別離だった。
 ってのが僕の妄想。

 「泣きながら微笑んで」妄想劇場のつづき。

 なんでそんな風な事を思ったのか、というとちょっとした歌詞からの連想なんです。
 第2スタンザ冒頭、

泣き虫と強がりが/この胸で喧嘩をしてる
聞き分けのいい未来が/間に入る

 「泣き虫」は、別れに泣く人。「強がり」は、悲しくても無理に微笑もうとする人。
 二人あわせて「泣きながら微笑んで」が出来上がる。
 ここまではすぐにわかる。でも間に入る「聞き分けのいい未来」ってなに?

 「泣き虫」さんと「強がり」さんの喧嘩の仲裁。「まあまあお二人さん、泣くのも微笑むのもわかるけど、ここはひとつ私の顔に免じて手打ちをしてくれませんか」と間に入ってくる「聞き分けの言い未来」さん。
 
 心の中でせめぎ合う2つの感情をなだめる「聞き分けのいい未来」さん。

 僕が思うにそれは2つの感情を統制する第3の心の動きなんだろう。しかも「現在」ではなく「未来」を見通すことのできるもの。感情を統制し、未来を見通す心の動き、それは「理性」。
 つまり「聞き分けのいい未来」とは、「このお別れは悲しいけれど、未来のためには必要なものなんだから辛抱しなさい」という理性の囁きのことではなかろうか。

 新たな道を進むためのお別れ。
 僕はここで「Canary」という歌を思い出す。

 1983年。
 秋元康がまだ作詞家として一家をなす前の時代、アイドルが束ではなく自分一人の名前で勝負した時代に、文字通り「天下を獲った」松田聖子、その8枚目のアルバムのタイトル曲。
 作詞は松本隆。存命の作詞家で、現時点で秋元よりシングルの売り上げ枚数が多いのはこの人だけ。
 作曲はSeikoとあるからには松田聖子自身なのだろう。

見知らぬ子供たちが走る/降り出す雨に追われるように

 街角の描写から始まるその歌は色彩が鮮やか。こう言っちゃ失礼かも知れないが、秋元には無い天稟を感じる(いや、秋元センセイにはセンセイのよさがあるんですからいいですよ)。

 歌の主人公は歌手。自分をCanary、カナリアになぞらえ、籠の中から広い世界に飛び立ってゆく瞬間の情景を歌った。
 そこには別れがあった。そしてそれを後押しする人も。

自由に飛べばいい 夢をあきらめないで
僕の手のひらから 羽ばたいてゆくがいい
静かに言ってあなたは/私の背中 押したの

 一緒に暮らしていた彼は、彼女が先に進むために(古風な言い方をすれば)自ら身を引いた。

 夢をあきらめないために別れること。

 ま、すっごく身近な例で言うと、あれだ。AKB。
 あすこはほら、男関係うるさいから。
 「あたしAKBの研究生受かっちゃったの~、そしたら裏に呼びだされて、ほら、例のtgskよtgsk。
『みなさんわかってると思いますが、AKBでは恋愛禁止です。過去のことは問いませんが、研究生として採用されたからには現在交際している男性がいる方はリハ初日までにきっちり別れてきて下さい。
あと古いプロフ、ブログ、ツイッターは全部削除よろしくです。こじれた人は即辞退ね』って言われちゃったの~、だからマジ別れて」。
 
 色もツヤもない話ではあるし、これは全くの僕の脳内事例であるが、まあわかりやすく言うとこういうことだ。
 
 「泣きながら微笑んで」の主人公である彼女の夢は何だったのだろう。
 「Canary」の彼女のように、歌詞の中に具体的な言葉(「都会のどこか片隅の店/ピアノ弾いて歌うわ」)が無いので、想像するしかない(ホントにAKBかも知んないし!)。

 ただ、この曲を歌う大島優子の夢ならば僕はよく知っている。
 女優だ。それもただの女優じゃない。「日本を代表する女優」だ。
 そのために別れがあったのかどうかは知らない。でも彼女に「聞き分けのいい」理性の囁きが存在しているのは間違いないと思う。
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Tags:お別れ、冬

 オオシマユウコ。

 なんの変哲もない、とてもとてもありふれた名前。
 おそらく同じ名前の女性は、何百人といるだろう。
 しかしながら。
 今、この瞬間発せられたこの音が名指すのは、たった1人しかいない。
 
 僕は彼女について何かを語るだけの準備ができているのだろうか?
 
 そんな大仰なこと考えないでさあ、「泣きながら微笑んで」についてさくさくっと書いちゃおうよ。ねねね。
 そんな風に思わないでもないのだが、じゃあ彼女について語らずにこの曲の話ができるのか?

 前田を語らずに「渚のCHERRY」の話はできる。
 高橋を語らずに「Bird」を話すこともたやすい。
 平嶋を語らずに「星の温度」は…。どうでしょうこれ。やっぱなっちゃんについてはちょっと一言二言しゃべりたいよね。

 うん。わかってる。
 大島優子を語らずに「泣きながら微笑んで」について話すことはできないんだよ。
 そういうもんなんだよ。
 ならばしょうがない、たぶん手に負えないんだろうけど、今の僕に見えていることだけちょっとだけ話します。

 「泣きながら微笑んで」。

 K3最初のユニット曲。
 ん? これを「ユニット」と呼んでいいのかな?
 いや、これこそ語義通りのunit。すなわち「1」。
 AKBの公演で最初に披露された、ひとりぼっち、孤独なパフォーマンス。

 A2、前田がセンターを勤める「渚のCHERRY」も、限りなくソロに近い構成を意図していた。「前田敦子とCHERRY GIRLS」みたいな。でもねえ、そうはJASRACは使用許諾を出さ問屋は卸さないのよ。「CHERRY GIRLS」の逆襲(「下克上」ダンスバトル)のせいもあって、あに図らんや「CHERRYは峯岸のダンスを見る曲」でもあった。「前田が邪魔で峯岸が見えないぞゴルア」と嘯くヲタも少なからず。
 何よりステージに立つ前田はひとりぼっちではなかった。
 「Bird」も同様。高橋の後ろには信頼すべき2羽の鳥が彼女を支えていた。

 というわけでAKB最初の、ホントのソロが与えられたのは、秋元がこよなく愛する前田でも、歌手志望の高橋ではなく、女優志望を公言するどちらかといえば悪声の大島優子だった。

 もちろん当時すでに大島優子はTeam Kのエースであったことは間違いない。前公演では「禁じられた2人」という難しい世界観の楽曲を見事に演じ切った。
 今から振り返れば驚くことは何もないのだが。でもなんで大島優子が、という声はあったろう。

 秋元康にしてみれば、この曲は「優子へのプレゼント」だったのだそうだ。
 全くこの御仁は、どこまで無邪気で、どこまで腹黒なんだろう。
 秋元の意に反して、または秋元の目論見通り、大島優子はこの歌を前に悩み苦しんだという。K3じゃこの歌の時に居眠りする客もいたんだとか。
 そんな大島優子に、秋元は「女優ならば演じればいい」とアドバイスしたという。一曲の歌、ではなく一幕の芝居として。

 「泣きながら微笑んで」。

 一読そんなに難しい歌詞ではない。冬のお別れ。だがそこに一幕の芝居を見るために僕はどんな物語を読み取ったらいいのだろう。
 
 悲しく切ない別れであることは間違いない。でもそれは傷つき傷つけあった末の苦い別れではない。
 それは僕には彼または彼女が前に進むための別れであるように思える。

差し出したサヨナラを/掌で包んでくれた
やさしさが脈を打って/暖かくなる

 「さようなら」と手を出したのは彼女。
 そう、彼女は自分が前に進むために、彼と別れなければならなかった。彼が悪いわけではない。ただ、彼女の夢を実現するために必要なお別れ。
 
 妄想劇場にしばしお付き合いください。
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Tags:片思い、School days

 K3も3曲目、公演冒頭の全体曲のシメです。

 恋ってのは、するものっていうより落ちるもの。
 「恋ってさ、しようと思うとできなくて、今はいいやって思うと」落っこちちゃうんだって高柳も言ってるでしょ。
 
 でも落ち方にもいろいろある。
 劇的なのは

紹介された瞬間/稲妻に打たれたの

 って落ち方。

 こういうのはあれだね、病気で言ったら心筋梗塞とか脳卒中とか。そういう急性疾患だね。
 恋も言ってみれば「心の病」みたいなもんだから急性発症もするわね。

 でも大多数の恋はもっと慢性の経過をたどります。糖尿病みたいに。何か最近口が渇くなあ、とか、やけに疲れやすいなあとか、不調が続いていて医者行って調べたら高血糖でした、みたいな。

 なんだか色気が無いけど、しょうがないでしょおっさんなんだから。
 そういう慢性発症の恋の歌。最初は自分でも気づかなかった恋心がどんどん育ってく、そういう場面のスケッチがこの曲。
 恋にもいろんな場面があるけど、これは「はじまりかけ」。同じような恋のタイミングを歌った曲では、「ハート型ウイルス」って名曲もあるけど、それよりももうちょっと前かな?

 お相手は転校生。
 「転校生、おさななじみ、眼鏡をかけた冴えない男の子でも眼鏡とるとイケメン、これが少女マンガ的恋の3大お相手なんだって」。
 ま、遅刻しそうで食パンくわえて走っててて曲がり角でぶつかったってわけじゃないけど。

だんだん気になっていく/そういう奴って /いるじゃない?
まさか 恋とは違う/不思議なドキドキ

 この段階では、「恋とは違う」と自分をゴマカしている。ゴマカしているんだが、それがごゴマカシだということを知っている自分もいるというメタ認知の機能が発達しはじめる思春期の… あれ、これ前に書いたな。
 言い訳言い訳。

 これがもう少し進むと

どんどん好きになってく/興味が愛を育てる
もっと あなたのことが/知りたいワクワク

 と順調に恋心は育っていくわけだ。

 秋元先生の芸が細かいのは、サビ前の掛け声、まだ自分をゴマカしてる第1スタンザは

Are you ready yet?

 なのに、自分の恋心に気づいた第2スタンザでは

Are you ready now?

 になってるとこ。
 「恋に落ちる準備はできてるの?」から「さあ恋に飛び込むわよ、いい?」と自問自答がビミョーに変化してるんですね。
 
 それでも

ほんの気まぐれかもね

 とエクスキューズを残しておくとこが女の子だねえ。
 言い訳Maybe の男の子なんか、やっぱ言い訳でゴマカてたけど最後にゃ

好きだ好きだ好きだ/君のことが
本当は好きだ

 とまあ全面降伏だもんね。
 同年代だとやっぱ女の子の方が一枚上手。
 2こ上の先輩くらいだったら平気で年下扱いしちゃうもんね。
 男の子はあきらめて降伏しておいたが吉。

 さてステージ上では若きTeam Kの面々が溌剌と踊り歌う。

 多分1回聴いただけだったら、そんなに印象に残らないと思うんだ。
 でも公演で何度も繰り返して見ているうちに、もう1回、もう1回と見たくなる曲なんじゃないかな、これ。そう、歌の通り「だんだん気になっていく」曲。わんこ☆そばさんも賛成してくれると思うよ。

 よく見るとシンクロのタイミングとかポジションチェンジとか、けっこう難しそうなグループダンスなんだけど、難しさを感じさせない。

 ああいいなあ、こういうの。「脳パラ」といいこの曲といい、すごく楽しそう。これ現場で見られた人は幸せだったろうなあ。

 特に目をひいたのは秋元(オ)。秋元って今では「カッコイイ」ってイメージで、それが走りすぎてるキライがあるよな気がするんだけど、この時の秋元はすっごくキュート。カメラもけっこう秋元を捉えてるんじゃない?

 K1の「PARTY」の制服はねえ、ちょっと甘すぎて秋元にはキツイものがあったけど、「脳パラ」「気になる転校生」の制服は違和感なくていい。
 大堀、野呂、「卒業」を控えてる今井のお姉さんたちも、カワイく着こなしてる。

 AX2008ではヲタの皆さん盛大にフリコピしてました。
 したくもなるよねえ。フリコピしなきゃアイドル見てる甲斐がないよねえ。
 細けえこたいいんだよねえ。
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Tags:片思い、「『僕』の歌」

 AKBに出てくる「僕」って、決してモテモテじゃなくて、どっちかっていうと引っ込み思案で臆病な男の子が多いよね。

 言っちゃなんだが、秋元御大も、どっちかって言うとそういう非モテ系の前思春期~思春期を送ってたんじゃないかってのが僕の邪推。自伝的小説を読むと、高校生のうちからちゃっかり彼女が出来ちゃって、やることやってるんだけど、何かこう、いまひとつリアリティが乏しいような。
 作詞家になってから時間に追われてやっつけでちょろちょろって歌詞を書いちゃうとこの描写のような真に迫るものがないというか…。

 それはともかく「僕」はたいてい「遠くで君を 君を見ている」だったり、「君が微笑んでくれたらそれだけでLucky」だったり、「人混みにまぎれて気づかなくてもいい」だったりするんだが、そういった消極的「僕」の総大将、King of 消極的「僕」、天もご照覧あれかし「僕」的元老院および「僕」的市民の第一人者にして「僕」的皇帝こそ、この「脳パラ」の「僕」であろうということは、衆目の一致するところだよね、よねよね。
 
 何しろ、

今日はあの娘にしよう/駅でよく会う娘
遊園地でデートして/ソフトクリーム食べようかな

 ってあんた、完全妄想なのはいいけれど、どの娘をターゲットってのすら決まってないんだもん。

 しかも

ロマンティックすぎて ほんとに起きたら/たちまち
パニック/夢でいい

 とどこまでもヘタレ。


 「恋のPLAN」の彼女も、

残るはひとつだけね/一番肝心なことよ
妄想だけじゃなくて/あなたをデートに誘わなきゃ

 って予定もないのにデートの計画だけを立ててて、タイガイだったけど、それでも誘いたい相手は決まってたし、デートに誘いたいって気持ちは持ってた。

 他の「僕」たちも、好きな娘くらいは決まってたぜ。
 で、ときどき暴発して走り出すバスを追いかけたりグラウンドの真ん中で大の字に寝転んだりしちゃうんだけどね。

 でも「脳パラ」の「僕」と来たら。せめて一推し二推しくらい決めておけって話ですよ。

 しょうがねえなあ童貞少年は。
 松井Rセンセイ、ここはひとこと説教お願いしますよ。

 でもまあ、「脳内」だったら誰でも無敵だからね。

片思いはいいよね/振られることは ないからね
本当の自分が喋って/ふざけて/笑って
見つめて/し放題

 どんな人でも「脳内パラダイス」は絶対必要。

 そこは誰にも邪魔されず、誰にも非難されず、誰にも内緒で、自由な、想像力の王国。そこでは何をしても、何を企んでもOK。かく言う僕も、かつてはそこで「セカイ征服の計画」を立てたもんです。

 前思春期から思春期にかけて、この「王国」をいかに豊かに築いておくかってのは、ひょっとしたら一生に関わる問題だと思うのね。
 大人になるってことは、端的に言ってこの「王国」から出てくってことなんだけど、この「王国」=「脳内パラダイス」がしっかりしていれば、実社会がどんなにつらくても大丈夫、乗り切れるような気がする。どうしても苦しい時は、少しだけそこに戻って休めばいい。
 しかも「王国」の中でタクラんだあれやこれやそれなどの突拍子もない計画を、手直ししたり別の衣装を着せたりしながらでも、実社会で実現して行くってのが人生のテーマだったりもする。僕も「セカイ征服」は諦めたけど、今でも下方修正した計画を着々と実施中なのかもしれないわけ。

 そして我らがAKB団結48ってのは、誰のパラダイスにも分け隔て無く訪れる旅の吟遊詩人。ありがたいことに日替わり週替わりでどの娘にしようか選び放題。僕らが声をかければ、彼女も僕らに話しかけてくれる。

 モチロン幻聴だけどね。

 そんなパラダイスが楽しくないわけがないよね。

 でも

「そういうあなたのことを/ずっと待ってた」なんて
告白される/そんな日がやってくるかな

 来ませんから。
 そんな日は絶対来ませんからそれだけは忘れちゃいけません。
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Tags:片思い、「『僕』の歌」

 前曲「友よ」が終わると、長い長いイントロが流れる。歌い出しまで1分以上!
 何しろキーボードとドラムセットを片さなきゃいけないから大変。
 でもその間を上手に使って徐々に気分は盛り上がっていく。

 その間の主役は奥。シアターを完全に支配(rule)している感じ。ステージ上を右に左に動き、ヲタどもの視線は釘付け。会場からは「まーちゃん」コールが上がる。着ていたジャケットを脱いで舞台袖に放り投げるところなんざ、実に堂に入ったしぐさである。
 下手袖からメンバーを5人招き入れて整列。一歩前のセンターに陣取るのもやっぱり奥。この曲のイントロの間だけは、まーちゃんこそが黄金センター。まさに、Manami rules. 
 歌がはじまるとすっと下がっちゃうんだけどね。

 奥真奈美、当時御年11歳。幼学を一歳出たに過ぎぬ身にしてこの貫禄。
 人呼んで「AKBの秘密兵器」。
 秘密のまま「卒業」してしまったことが誠に悔やまれる。

 コンサートなんかだとさあ、楽器片す手間がないのと巻き進行のおかげでイントロ短いんだよね。
 AX2011の時なんかイントロ半分だもんね。こんなだと何かちょっとpremature ejaculationな感じがしちゃうよね。

 でもって盛り上がって頭サビどーん。

1・2・3・4・A・B・C・D/瞳を閉じてごらん
Sunday ・Monday ・Tuesday・ Wednesday/願いが叶うよ
Thursday・Friday・Saturday・Everyday/ヤナこと忘れて
ずっと見てた夢 思い通りだよ/脳内パラダイス

 で間奏でさんざめく笑い声で、お待ちかねの「ナツミがかわいい!」だよ。

 CD音源で聞いてる人もあれでしょ、ここだけはちょっと声出るでしょ。出るよね。出る出る。
 声出なくても心の奥底でつぶやいてるよね。よねよね。
 「ナツミがかわいい!」って。
 
 でもね最近のコンサート、「見逃した君たちへ」とかAXとかだと「ナツミがかわいい!」の前に、MIXみたく「あ~」って入るんだよね。これあたしねえ、これイカンと思うね、そういうこっちゃ。
 ヲタならそういう前ふりなしにすぱっと。すぱっとキレイに「ナツミがかわいい!」を入れなきゃ。
 K3のDVDで予習しとかんといかんね。

 でもさあ、何で「ナツミがかわいい!」なんだろ。
 
 いや、松原はカワイイよ。そりゃ認める。ちょっとペテン師だけど。

 でもなぜ「まーちゃんがかわいい!」じゃないんだろ。なんで「タカダがかわいい!」じゃないんだろ。「カナちゃんがかわいい!」っだったら、「知ってる~」って返事したんだろうか。
 
 こういうときは役に立たないYahoo知恵袋。
 無知がたくさん集まると巨大な無知になるという社会実験。

 質問 

AKBの脳内パラダイスでファンから「なつみがかわいい」ってかけ声があがりますが、なぜ松原夏海だけなんですか?

 し、失敬だな君。そりゃなっつみぃがかわいいからじゃないか! ←ってさっき自分で持った疑問じゃん。

 回答 

松原ヲタが始めたコールがKヲタ全部に広がったからです

 ま、そうだろうけどね。安心安定の知恵袋だな。

 メモリストさまではどうか。
 2006年1月28日

2曲目、脳内パラダイス。客「ナツミがかわいい!」コール。最近のお気に入り。

 どうやらこれが初出だが、「最近のお気に入り」とあることより、これより以前にも「かわいい!」コールはあった模様。
 ちなみにこの日はTeam K年長組の一人、オンドラムス今井優が「卒業」の決意をアナウンスした日でもありました。

 これ以降、公演終わりのハネ太鼓BGMにかかる「脳内パラダイス」にも「ナツミがかわいい!」コールがかかるようになったとのこと。やっぱこの曲にはこのコールだよねえ。

 でもなんで松原なんだろ?
 

 
 
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Tags:School days

 K3はじめの歌。
 メンバーたちの楽器演奏が話題となった1曲。

 K3初日の2週間前、リハーサルで楽器を弾く「フリ」をしていたメンバーは、秋元康に怒られたという。「本気でやらなきゃ面白くないだろ!」。
 マイクに声が届かなくても歌が流れるというシアターの魔法、別名「妖精の粉」効果はあてにするなという叱咤であった。

 イントロが流れると夕陽のようなライトに照らされたメンバーたちの姿。楽器を手にしているのは7人。

 河西はハーモニカでイントロを吹いている。他の日はわからないけれど、DVD収録の日は妖精の粉のおかげで、とてもキレイな音色だ。
 大島(優)はベース。 
 秋元(オ)と佐藤(夏)はギター。
 小野はタンバリン。
 高田はアコースティックギター。
 野呂はキーボード。
 そして今井はドラムス。そのスティックさばきを見ると、どうやら彼女に妖精の粉はあまり必要ではなかったようだ。
 
 少し鼻にかかった声の歌い出しは、小野だ。K1のころはほんっとちっちゃなこどもにしか見えなかった(奥と手をつないで歌い出した「クラスメイト」を見たときはびっくりしたよね。背中にランドセルが見えましたよまじで)彼女。
 それが今や涼やかな目に大人の色を忍ばせる少女だ。この時だって13歳になったばっかだったのに。

チャイムが鳴ったその後も/帰りたくなくて
西日の射した教室で/夢を語り合う

 語る夢があって、それを語ることができる友がいる。それだけのことが、人生においてどんなに稀で貴重なことなのかを、この時の彼女たちはまだ知らない。

 聞いてすぐわかるように、これは学校生活をテーマにした歌だ。でもそれは同時にTeam Kをテーマにした歌でもあった。

 AKBが始まったとき、そこにはAKBの名のもとに集まった20人しかいなかった。その時、後に一人加わった21人だけがAKBだった。パフォーマンスが悪ければ二軍に落とすと言われた。だから彼女たちはお互いに競い合った。ライバルは内にいた。
 そうするように、大人たちが仕向けていた。

 そこに忽然とTeam Kが現れた(最初は「Kチーム」だったんだよね)。
 新たな17人が競う相手は、それまで単にAKBと呼ばれ、今日から急にAチームと名乗るように大人に言われて戸惑っている21人だった。
 外に競う相手を得たTeam Kは、はじめから「チーム」であることを求められた。

 デビュー前のレッスン中に秋元(オ)が些細なことで小野を注意し、その秋元(オ)に対し大堀が怒ってケンカ騒ぎになり、秋元(オ)が号泣したというエピソードがある。
 それをきっかけにメンバーたちは結びつきを強めた。その後も混乱や「修羅場」はあった。1人が脱落したがそれすら彼女たちが「チームメイト」として団結していくよすがになったのだろう。

友よ 歩いて行こう
遙か彼方の/知らない世界へ
少しずつ

 未知の世界へ歩んでいく時、傍らに友がいた彼女たちはなんて幸運だったのだろう。チームメイトを、何の気取りも気恥ずかしさも衒いもなく、まっすぐに「友よ」と呼ぶことの出来た彼女たち。 

 「友よ」を歌う彼女たちは制服を着ている。
 A3「制服が邪魔をする」で見たような「脱構築された制服」じゃあない。お揃いでまっとうな制服(ちょっとフリフリはついてるけどね)。もちろんシューズは(ハルタの?)ペニーローファーだ。

 ここには制服に象徴される制度との葛藤はない。
 葛藤しているのはTeam Aの連中だ。Aの彼女たちは「私はみんなと同じ服を着ていていいのだろうか」と自らに問いかけるところから始めなければならなかったのだから。。
 Kのメンバーは迷わない。なにしろ「私たちは同じ制服を着たチームメイト」なんだから。同じ制服は、堅い結びつきの象徴なのだから。

 秋元康は、Team Kだからこそこの歌に「友よ」というシンプルな名を付けることができたのだろう。

 でもどんなすばらしい友や仲間であったとしても、その関係をずっと続けることはできない。
 人は変わる。必然的に人と人の関係も変わらざるを得ない。

 歌っていた彼女たちはともかく、秋元には固い絆を結んだチームメイトが制服を脱ぐ日が来るのをよく知っていた。 

いつか今日を思い出すだろう?/そして涙を流すのだろう
同じ制服の/みんなの横顔

 同じ制服を着て、同じ方向を見ていられる時間は短い。だからこそ涙が出るほど貴重なんだ。

 今井はごまかしが効かない妖精の粉が効きにくいドラムスという楽器のせいもあるのだろうが、秋元の叱咤を受けて「一番頑張った」。
 そのドラムスの今井、そしてアコギの高田は、K3の千秋楽、2007年6月26日にAKBを「卒業」した。それは僕が何度も繰り返し見ているDVDが収録された日だった。

 ステージで楽しそうに歌う仲間たち。でもそれは同じ仲間で歌う最後の「友よ」だったんだ。

 その後も仲間たちは去っていく。
 K3千秋楽の2年後早野が、その翌年大堀、キーボードを弾いていた野呂がAKBを「卒業」した。

 さらに「組閣」はTeam K自体をばらばらにした。この歌を一緒に歌ったTeam Kの16人の「友」たちのうち、現在Kには秋元、梅田、大島(優)、宮澤の4名しか残っていない。「組閣」でKに残った小野、Bに異動した奥の「ランドセルコンビ」も、今はAKBにはいない。
 
 自分は変わり、人は変わり、世界は変わる。
 その歩みは一時も立ち止まらない。

 しかし—というべきか。
 だから—というべきか。
 

友よ 時が過ぎても/この世の中で
何も変わらない/仲間たち

 K3のステージでこの歌を歌ったあの一瞬の仲間たちは、太陽と同じように永遠である。
 自分が変わっても、人が変わっても、世界が変わっても、何も変わらずにそこにいる。
 
 はかない一瞬を永遠の相のうちに捉えること。
 それこそが人間の営みの必然。
 

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 砂粒ワーディング:「頭上」

あの太陽は僕らの頭上に輝いてる

 ここになぜか堅い言葉。zuとJouという濁音の連続も歯に当たる。単に「うーえーにー」でも尺は合うだろうに。
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 遅ればせながら「二本柱の会」入会。
 公演チケットについて言えば、もうすでにモバイル会員になっているので、ファンクラブに入会することの意義がよくわからない。

 ここのところ、毎週水曜日のチケットだけは抽選を申し込んでいるのだが、ま、当然ながら当たらない。ファンクラブに入会することで、「隕石の確率」が「飛行機事故の確率」くらいに上がってくれるのならありがたいのだが、どうやらそういうこともなさそうである。

 ただひとつ、入会のメリットがあった。
 これまで公演を見たことない自分を「AKBのファン」であると呼ぶことにはいささか抵抗があった(こういうところが面倒くさいby メトロポリス@尊師)のだが、これからは晴れて「公式ファンクラブ会員」と自己規定することができるようにはなったわけだ。

 あとトガブロ「二本柱の会に関してのご質問」。
 何かを一生懸命説明しようとしている熱意だけはわかった。説明の内容はわからなかったが。
 よくわからないながら、どうやら穴のあるシステムなんだろうな、という想像はつく。
 この歳になって学んだことは、完璧なシステムを組むことより、動いてるシステムをメンテすることの方がはるかに大切だってこと。運営スタッフの努力を多としたい。
 A3を終えて少し脱力しているところ。

 改めて聞き直すと、あれも言いたかった、これも書いときゃよかったという気持ちになっちゃうね。何か思い離れ難しというか。

 このA3の初日は、2006年8月20日。メジャーデビューの吉報とともに始まったステージだった。
 同年の12月には、Team Aの4人、浦野、平嶋、増山、渡邊が脱退者続出で人数不足に陥った新生Team Bに移籍することになった。 
 A3の千秋楽は翌2007年1月25日。と同時に「あゆ姉」こと折井あゆみがAKBを「卒業」した。年長でリーダー的存在だった折井の脱退は、メンバーに動揺を与えるとともに増山のTeam Bへの移籍を取りやめにさせた。

 こう見るとAKB48の48ってホント後付けなのな。
 Team Aは最初20人ですぐ21人になったでしょ。Kだって最初は17人だもの。Team Bも20人採ったのが、7人辞めちゃって、Aから4人回して17人にしようと思ったら、あゆ姉が辞めちゃって結局AもBも16人。その間にKも1人やめて16人になってたから、あれ、16人が3つでちょうど48人じゃん、てな具合だったんだね。

 夢想するのは、もし折井の脱退がもう少し遅くて、増山がTeam Bに移籍していたら。
 Team Aでは(少なくともDVDでは)目立たず、でもいつも笑顔で健気な姿を見せていた増山が、Bで別の花を咲かせていたのかもしれないなあ、とか。
 
 というわけで、A3を最後に大人数のTeam Aは見られなくなってしまう。
 当時シアターに通い詰めていたヲタの皆さんは、きっととても寂しい思いをしたのでしょう。幸い僕は、Team Bに移籍した(その名を改めまして)CinDyや平嶋の活躍を知っているから、そんな思いはちょっとだけで済んでいるけど。
 
 ところでほとんどの日本国民にとって、AKBは「僕の人生に必要ありません。向こうも同じだろうけど(笑)」。

 しかり。AKBを必要としているのは少数派なんですよね。

 その少数派の大多数は今6周年記念公演の余韻にひたっており、興味を持っているのは「上マリ」をはじめとする新譜ラッシュであり、懸念しているのはますます過酷となる公演の抽選のこと。いや、大多数のファンの皆さんは、はなから公演に行くのあきらめているのかな。
 それよか13期研究生はどうか、とか、はたまたSDNメンバーの去就とか、今からヲタになるなら乃木坂の方が甲斐があるかな、とか、そしてナンバと乃木坂に「はるか」がいないのは何故か、とかそんなことを考えてるんじゃないでしょうか。

 少数派の世間はそんなこんなわけだって言うのに、こんだやっとK3だよ。
 
 K3の初日は2006年12月17日。シアターのこけら落としからちょうど1年。A3の時も、実際の初日が8月で、ブログの書き出しも8月だったんだけど、なんかK3もそれに近いね。狙ったわけじゃないんだけどさ.

 2006年。小泉純一郎が去り、ハルヒがテレビに現れ、41年ぶりに親王殿下がご出生遊ばされた年。
 世間はまだAKBをほとんど知らない。

 AKB48 Team K 「脳内パラダイス」公演、はじまりはじまり。
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Tags:K1、S1、N研2-1、Greeting

 すべてはここからはじまった。

PARTY!/すべてを忘れて!
PARTY!/体 動かしちゃえ!
PARTY!/さあ楽しみましょう!
PARTY!/夜はこれからだよ!

 人々を楽しませ、笑わせ、涙させ、勇気づけるParty。

 老いも若きも、男も女も(もちろんゲイも)、心の中で「仲間にいれて!」と言えさえすればいつでも参加できるParty。

 始まったからには、いつの日か終わりが来るのは致し方のないこと。
 でも願わくはその日がなるべく遠くにありますように。
 そう思わないではいられないParty。

 6周年おめでとうございます。
 Party主催者と出演者(と元出演者)、そして参加者のみなみなさまに心からの敬意と感謝を。


 

 
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Tags:N1、A dark side of AKB、N1

 えーやっぱり続きあるんだ。うん。あるんだよ。未練かな。

 前回、「涙売り」というのは売春の暗喩(メタファー)じゃなくって、堤喩(シネクドキ)なんじゃないかって言いました。お前ただシネクドキって言いたいだけちゃうんかだから似而非インテリスノッブは嫌みだってんだよまあまあカンベンしてよちなみにこういうのデュ・ピュイ・ド・クランシャンに言わせれば第1種スノビズムというんだよおいまた始まったようわあ自我が解離し

 ええと、まず前回の補足ね補足ね補足ね(←それは保続)。

 表向き「涙売りの少女」は明示はされていないものの「アイドルが歌う『援助交際=売春』の歌」ということになっている(んだよね? 俺、ここですでに解釈間違ってる?)。秋元はこの後も似たようなテーマの詞をぽつぽつと書いている。

おじさんから声でも/掛けられたなら

おじさんの娘は/お金いらないの?

声を掛けてくれたら 誰もついていくのに/お金はいらない
嘘でもいいから/抱きしめられたい

 そうですかやっぱりおじさんですか金を出すのは。

 まあね、金で女の子買ってやることやってから「君みたいなイイ子がこんなことしてちゃダメじゃないか」って嫌みったらしく説教するってのがいい歳こいた小金持ちのおじさんの醍醐味っちゃそうなんだけどさそれにしてもカシワギちゃんに「おじさん何をしたいの」って言われたら息が止まるよね「何が」じゃなくて「何を」ってのがまたしびれる「何がしたいの」だったら単なる質問で場合によっては拒絶的なニュアンスが出てきちゃうけど「何を」だったら「何かをすること」は許容されている前提でその中のオプションで何を選びますかという意味合いが出てくるわけでましかしこのステージのカシワギちゃんにはおじさんホント参っちゃうよ「心のどこかが錆びついてる」って瞬間の表現なんかまじ何度見ても粟肌こういうの「歌に入ってる」って言うんだろうなこの子まじモンスターじゃんおい話がまじ再来年に向かってい

 失礼。ちょっと他人様に認めて貰って躁転してるのかしら。

 「涙売り…」を含めたこれらの曲の多くに、空虚感、見知らぬ他人(おじさんですか!)との出会い、売買関係を暗示するタームがちりばめられており、示唆しているのはやっぱり援助交際=売春。

 こういう歌、秋元にしてみれば「アイドルに求められるものの予定調和を崩した意外性」くらいの考えなのかもしれない。でも間違いなくこれらの言葉は一定数以上の女の子たちの心に突き刺ささっただろう。

 「あれはあたしの歌だ」と。

 そういえば当時「涙売り…」のステージを見たわんこ☆そば氏は、この曲を「スカートひるがえせなかった女の子の歌」と評している。ちょっと上からマリコな物言いで申し訳ないがまさに慧眼。

 「スカート、ひらり、ひるがえし」走っているのは、夢を持った女の子たち。たとえ実現できなくても、夢に向かう姿が人を惹きつけてやまない。
 でも、現在を生きる女の子たちにとって、夢を持つこと自体、たやすいことではない。

 自前の夢を持つことができなかった子たちが、たとえそれが幼さや愚かさのゆえであったとしても、「涙を売る」ことを選んでしまったのを誰が責められよう?

 夢を持てた子。
 夢を持てなかった子。
 その差はおそらくほんのちょっと。

 ステージに立っている彼女たちの幸運が、もう少しだけ足りなかったら。
 彼女たちの意志がもう少しだけ弱かったら。
 まわりのおじさんたちがもう少しだけワルかったら(もう十分ワルい?)。
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 ここまでは暗喩(メタファー)の話。
 ここからは堤喩(シネクドキ)の話。
 堤喩(シネクドキ)とは、たとえば「そんな給料じゃ飯が食えない」という言い方の「飯」。
 この場合の「飯」は字義通りの「米飯」であると同時に、「米飯を含んだ食事」であり、「食事をとるということに代表される日常生活一般」を表現している。

 同じようにAKBは、「涙」を売ってきた(もちろん涙壺に入れた目からの分泌液を売ってたわけじゃないけど…それはそれで需要はあるかもです)。
 つまりAKBのメンバーこそ「涙売りの少女」たちであった。

 AKBは劇場公演を売り、CDを売り、DVDを売り、握手を売って来た。でも秋元康が本当に売ろうとしたもの、そして秋元の読み通り観客が最も欲したもの、それは彼女たちの涙とそれを用意する「物語」であった。
 直接的にメンバーが涙を流すシーンであり、その背景にあるさまざまな物語であり、さらにはその物語を(擬似的にではあるが)共通体験するという権利(というか資格というか立場)であった。

 十分な準備もなくステージに立った彼女たち。
 歌えない。踊れない。しゃべれない。

売るものが/見つからない

 ならば「涙」を売るしか道はないじゃないか。

 喜びの涙、悲しみの涙。

 涙を売るために「CD1万枚売らなきゃクビ」みたいなありがちなシナリオが書かれたこともあった。でもどうやらAKBにはそんなものは必要なかったようだ。

 日々の公演。
 チームメイトとの葛藤。闘病。復活。挫折。永のお別れ
 「卒業」。 長いナイフの夜
 「左遷」。
 新天地での奮闘。奇跡
 「みんなの夢がかないますように」。
 解雇カムバック
 チャンスの順番
 「総選挙」。「総選挙」。「総選挙」。
 破壊と創造

 涙の物語は次から次へと紡ぎ出される。まるで自動筆記のように。
 物語は読み継がれていく。業深い読み手たちの欲望のままに。
 かくして今日も「涙売りの少女」たちは目撃され続ける。

 なにせ

Never give upで/イカネバップ(行かねば)

 だもんね。
 歌っている彼女たちは、これから自分たちを待ち受けている涙の物語の大半を、この時はまだ知らないのだけれど。

 これにてA3「誰かのために」公演はめでたくお開き。
 秋元先生の詞ってさあ、時々言葉使いが気になることがあるんだよねえ。
 おいしいご飯に紛れ込んだ砂粒みたいに、ジャリって歯に当たるような言葉。
 それが先生の計算なのか、単にやっつけなのかはわかんないけど、気づいたらコレクションしようと思いつきました。

 それが砂粒ワーディング。

K3M1「友よ」:「頭上」

あの太陽は僕らの頭上に輝いてる

 ここになぜか堅い言葉。zuとJouという濁音の連続も歯に当たる。単に「うーえーにー」でも尺は合うだろうに。