泣きながら微笑んで2 | Commentarii de AKB Ameba版

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Tags:お別れ、冬

 二人は粉雪降る冬の日に別れた。
 それは彼女が夢を実現させるために必要な別離だった。
 ってのが僕の妄想。

 「泣きながら微笑んで」妄想劇場のつづき。

 なんでそんな風な事を思ったのか、というとちょっとした歌詞からの連想なんです。
 第2スタンザ冒頭、

泣き虫と強がりが/この胸で喧嘩をしてる
聞き分けのいい未来が/間に入る

 「泣き虫」は、別れに泣く人。「強がり」は、悲しくても無理に微笑もうとする人。
 二人あわせて「泣きながら微笑んで」が出来上がる。
 ここまではすぐにわかる。でも間に入る「聞き分けのいい未来」ってなに?

 「泣き虫」さんと「強がり」さんの喧嘩の仲裁。「まあまあお二人さん、泣くのも微笑むのもわかるけど、ここはひとつ私の顔に免じて手打ちをしてくれませんか」と間に入ってくる「聞き分けの言い未来」さん。
 
 心の中でせめぎ合う2つの感情をなだめる「聞き分けのいい未来」さん。

 僕が思うにそれは2つの感情を統制する第3の心の動きなんだろう。しかも「現在」ではなく「未来」を見通すことのできるもの。感情を統制し、未来を見通す心の動き、それは「理性」。
 つまり「聞き分けのいい未来」とは、「このお別れは悲しいけれど、未来のためには必要なものなんだから辛抱しなさい」という理性の囁きのことではなかろうか。

 新たな道を進むためのお別れ。
 僕はここで「Canary」という歌を思い出す。

 1983年。
 秋元康がまだ作詞家として一家をなす前の時代、アイドルが束ではなく自分一人の名前で勝負した時代に、文字通り「天下を獲った」松田聖子、その8枚目のアルバムのタイトル曲。
 作詞は松本隆。存命の作詞家で、現時点で秋元よりシングルの売り上げ枚数が多いのはこの人だけ。
 作曲はSeikoとあるからには松田聖子自身なのだろう。

見知らぬ子供たちが走る/降り出す雨に追われるように

 街角の描写から始まるその歌は色彩が鮮やか。こう言っちゃ失礼かも知れないが、秋元には無い天稟を感じる(いや、秋元センセイにはセンセイのよさがあるんですからいいですよ)。

 歌の主人公は歌手。自分をCanary、カナリアになぞらえ、籠の中から広い世界に飛び立ってゆく瞬間の情景を歌った。
 そこには別れがあった。そしてそれを後押しする人も。

自由に飛べばいい 夢をあきらめないで
僕の手のひらから 羽ばたいてゆくがいい
静かに言ってあなたは/私の背中 押したの

 一緒に暮らしていた彼は、彼女が先に進むために(古風な言い方をすれば)自ら身を引いた。

 夢をあきらめないために別れること。

 ま、すっごく身近な例で言うと、あれだ。AKB。
 あすこはほら、男関係うるさいから。
 「あたしAKBの研究生受かっちゃったの~、そしたら裏に呼びだされて、ほら、例のtgskよtgsk。
『みなさんわかってると思いますが、AKBでは恋愛禁止です。過去のことは問いませんが、研究生として採用されたからには現在交際している男性がいる方はリハ初日までにきっちり別れてきて下さい。
あと古いプロフ、ブログ、ツイッターは全部削除よろしくです。こじれた人は即辞退ね』って言われちゃったの~、だからマジ別れて」。
 
 色もツヤもない話ではあるし、これは全くの僕の脳内事例であるが、まあわかりやすく言うとこういうことだ。
 
 「泣きながら微笑んで」の主人公である彼女の夢は何だったのだろう。
 「Canary」の彼女のように、歌詞の中に具体的な言葉(「都会のどこか片隅の店/ピアノ弾いて歌うわ」)が無いので、想像するしかない(ホントにAKBかも知んないし!)。

 ただ、この曲を歌う大島優子の夢ならば僕はよく知っている。
 女優だ。それもただの女優じゃない。「日本を代表する女優」だ。
 そのために別れがあったのかどうかは知らない。でも彼女に「聞き分けのいい」理性の囁きが存在しているのは間違いないと思う。