水の中。

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海外小説のレビューと、創作を。

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創作をまとめた書庫サイトを開設しました→ 天空の檻
 



~近況あれこれ~


わたくしホライゾン1のゼロドーンをやっていないので、フィールドのあちこちにあるホルスの残骸を線路か何かだと思っていました。またはジェットコースターの朽ち果てたやつとか。動いているホルス(この名づけもこわい)すごいこわい。でかすぎ。
 




ゼニスの攻撃を防ぎ、ネメシスの脅威にそなえるアーロイ。しかし地球に残ったサイレスから呼び出され、
「死体の数が合わない。地球に降りたファー・ゼニスはもう一人いるはずだ」
追跡を依頼され、アーロイは禁じられた西部から、かつてロサンゼルスと呼ばれた土地へ向かうのだが、そこは危険な機械獣がはびこる火山性の群島であった。

おおー! 追加ダウンロードコンテンツ、バーニングな海辺です!! 
自分的に特筆すべきは、海中まで飛びまわることができるウォーターウィングの投入でしょう!
攻撃を避けるために、空中から水中を移動して火山に近づくというメインシナリオにも関係してくるこの追加ですが、

わたくし飛ぶ機械獣が大好きなのでとても楽しい。楽しいです。

 

(ちなみにうちの夫は「いやサンウィングもそうだけど、飛ぶやつ遅くない?」と批判的でファストトラベル&地上移動派です。ええー、いいじゃん飛ぶだけで楽しいじゃん……)

 

新しい機械獣たちが手ごわいですが、逃げ専な自分も隠れながら攻撃できる地形が多く、思ったより闘いやすかった気がします。

シナリオはわりとどうでもいい派な自分ですが、今回の敵(ロンドラ)はモラハラ系でけっこう気持ち悪いな! そしてこの追加コンテンツ部分の主役級の存在のセイカ(クエン族の海兵。アジア系の女子)ですが、セイカなあ……いやこのセイカのビジュアルは親しみが持てて別にいいと思うのですが、この恋愛要素のトートツなブッコミは無いわー。無いわー。なんか雑すぎないか。友情ではどうしてダメなのか。アーロイこんなチョロかったか?

私は感想サイト界隈でLGBT要素投入の情報を得ていましたが、旦那は何も知らない、まてよ事前に何か言っておくべきだろうか、どうしよう、この人ただでさえフィクションの約束事とか分かってないし、アッ、その選択肢は!!!

 

……そうかスキップか!!!

 

わたし以上にストーリーに興味のない彼は、その選択をしたのですが、会話スキップスキップスキップで、

例のシーンは完全にスキップされました(そんなばかな)。

かくて我が家では平和にシナリオエンドを迎えたのでした。めでたしめでたし。

 

しかしほんとさー、アーロイという主役の恋愛を雑に扱わないでほしかったわ。そうもっていくならもっと段階踏んでほしいわイキナリが過ぎるわ、もう忘れようと思ったしだいです。ホライゾン3がもっと激しくなっていたらどうしよう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カージャの元戦士レイアスは贖罪のための護送中、小舟の上で機械獣に襲われる。

運よく難を逃れ、同時に拘束から解放されるが、その行く手には広大な大地が広がっていたのだった。

ええーと、本作については、ゲームがどうこうというよりPSVR2としての体験のお話になるのかなと思います。

今回はシリーズ作品主人公のアーロイではなく元シャドウ・カージャのレイアスが主人公。彼が川の上の手漕ぎの船で護送されるシーンから始まります。

 

すすすすごい!! いやこのオープニングはほんとすごい!

 

護送者の男女ふたりが前のほうから嫌味っぽくいろいろと言ってくるのですが、それはもちろんこのオープニング状況の説明だと思うのですが、なんかぜんぜん頭に入ってこないよ内容が……それくらい圧倒的に美しく迫力あるオープニング。

水辺から見る景色すごい! 機械獣でかい!

うわーうわー言っているうちに機械獣の襲撃により船が転覆し、前に乗っている二人のこと助けられなかったサブーン!

川から上がって壁をのぼって頂上にたどりつき、世界の全景が広がるわけですよ、わー!

 

わー!

 

わああ!

 

すごい、すごいけどもうダメ、き、気持ちわるい……! (完全にまだオープニングです。何も始まってない)

 

……というわけで、スティックで進む設定にしているのがダメなのか、ぐわーと急激に景色が進むと、ぐわーと頭が痛くなる、

わたくし普段から乗り物酔いする人間なので、少しずつVRに慣れたいと思います。

 

しかしものすごい迫力であるのは確かで、脳が現実と誤認してしまうんだなーすごいなーと思いました。

これのあとで通常のホライゾンをやってみたのですが、ゲームと適度な距離感があり、ものすごく穏やかに遊ぶことができました。いやー、VRこわいよ、本物みたいだよ、あれで衝撃あったら倒れるよ! (ほめてます)

 

(ものすごく後日レポートするかもしれません。できるかな?)

 

いや、たいした話ではないのですが。

人間、いいえ私という人間の認知がてきとーであるということを感じまして。

 

ホライゾン2をやっていると、「矢板の木」とゆー白い木と、「やすらぎの実」という紫っぽい実を集めながら動くことになるのですが、現実世界で車に乗っていて、高速道路の視界の端に白い木が出てくるとですね、

「あ、採らねば!(△ボタンで!)」と反射的に思ったり。

 

そしてゲーム内に出てくる一面の赤い草たちに「ああー、これ紅葉みたいでキレイだなあ……」と最初は思っていたりしたのですが、

その後、ストーリーが進むにつれて、現実世界の紅葉風景に対してですね、

「くっ、すごい腐食が広がっている……!!」

とか思うようになってしまいました。

 

ちょうど通勤途中に赤く色づくガーデンがありまして、季節感があってとてもキレイなのですが、

もはや「腐食……」としか思われず。

ゲームやフィクションの世界を現実と混同するなんてナンセンス! という方もいらっしゃると思いますが、フィクション側のレベルが上がってくると、そーゆーことも起こるんでないかなと改めて思ったしだいです。

 

 

 

 

 

遠い未来の地球。赤い腐食に覆われ、人間を襲う機械獣と戦いつつ逞しく生きる人類たち。

回避不可能な破滅が近づく中、ノラ族のアーロイは再び運命の旅に出る――

 

 

ストーリー的には、今となっては既視感ありありな「一度滅び、退行した文明に生きる人々」「遺されたシステムの暴走」「地球から逃げ出したはずの旧文明からの干渉」などがてんこもりのSFアドベンチャーです。

主人公アーロイは1000年前の科学者エリザベトのクローンなのですが、そこらへんはホライゾン1のゼロドーンで明かされている話なので置くとして。


しかし絵がものすごく圧倒的に美しい。空や星や風や光の水の表現が、息をのむほどに美しく、ひたすらこのオープンワールドを歩き回りたいと思ってしまいます。天気もよく変わるし。すごいなPS5の能力。
しかし実際に歩き回っていると、機械獣が「おいおいお前どこ行くんだよ!」「通すかよ!」とばかりに絡んでいるので(あったな昔こういうの、神室町で……)、おだやかな散歩はできないのですが。

 

そして戦闘もさー、Easyモードがわりと難しくないですかコレ! 私は歩いたり走ったり泳いだり高い山へのぼったりシールドウィングで滑空したりしたいだけなのですが、機械獣と逆賊(敵対する人間たち)が邪魔くさいので、なんかちがうお散歩モードが欲しいなと思ってしまいます。どうにかして作ってもらえないものですかね、超安全おさんぽモード。
 

物語的にはアーロイの精神的な成長(黙って去った1での身勝手さを今回そうとうあちこちで責められてましたね……)があったりして3作目への期待が高まりますが、おだやかモード、いや穏やかなサイドクエストとかを希望したいです。初心者を入りやすくしてもらいたいのです。ええ。
(結局レビューでなく訴え)

 

 

おおう、日記かくの久しぶりで緊張しますね。

何がやましいのか、消えもの(メッセージボード)の更新のみやっていた身なもので……。皆様お元気でいらっしゃいますか? 何があろうと、とりあえず皆さまの人生がつづいてくれていれば嬉しい自分です。幸も不幸も、あとのことはオマケみたいなものです。今日もたくさん食べてよく眠ってくれれば、もうそれでいいかなと。

 

ところで最近の創作界ですけども、あるじゃーないですか、異世界転生ものが!! 最近と言いますか、もうかなり数年前からのブームですけども。

わたくしアレは好きですが、ストーリーにはまったく関係なく中世設定でしみじみ思うのが、

現代人って贅沢だよなー、現代に生きてて本当によかったよ!! ということで。

だってさー、狩りしなくて肉も食べられるし、

コンビニで弁当買えるし、

スーパーで買う工業製品のお安いおかしも物凄くおいしいし、

香辛料なんて金を出せばいくらで購入できるし、

いやさー、中世の王侯貴族より贅沢だよな、と、しみじみ思います。現代に生まれてよかった。

だって蛇口をひねればお湯出るんですよ!! 下水も完備ですよ!!

 

現代人はもっと文明に感謝すべき。と思います。

 

いま手元にあるのは、世界中を魅了した名探偵アティカス・ピュントのシリーズ9作目。担当編集者であるわたし、スーザンはまずはこの週末に楽しんで読むことに決めた。まさかこの作品が、自分の人生の全てを変えることになるとは知らずに―

嫌われ者の作家アランの死、現実の人物を投影された物語のなかの犯人という二つの謎を追う、このミステリの結末は?

 

 

 

 

入れ子式ミステリ、作中作と現実パートのダブルフーダニット! 二十一世紀最高峰の傑作! と解説者の方が手ばなしで褒めているように、よくできた物語です。 プールサイドで読むには最高の一冊(二冊か)。

傑作というご意見にまったく異論はないですが、正直なところ私には両方とも犯人が分かってしまったので、謎解き要素はあまり楽しむ部分はありませんでした。しかしこの作中作がですね、古き良き時代の雰囲気を非常によく演出していて、とっても魅力的であったので、この部分だけですでに満点であると思います。面白かった。

 

なぜ読者である私に犯人が分かったのか? ということについては、現実パートは他に容疑者いないだろ(冒頭ですでにネタバレしていると思います)、作中作マグパイ・マーダーズについては、なんとなく。だってこれ本格的な推理って無理な情報量なので、なんかこいつ安全圏にいてうさんくさい! というだけの。

 

作者さんは女王陛下のアレックスシリーズの作者さんだそうなので、読み手によってはなつかしい作家さんだと思われます。ミステリを愛する作家が練り上げて書き上げた、きれいなチョコレートの一粒みたいな物語です。

 

しかしあれだな、物語ラストで、現代パート主人公スーザンの、とある決断が世間に批判されたという描写があるのですが、あーありそうありそう! と非常に感心しました。いやスーザンは何にも悪くないんすよ。私だって同じ決断をしますよ。しかし世間のぼんやりした善意は、殺人という禁忌を超えてしまった人間のことを擁護したりする。こともある。

 

そういう人にはさー、分かりやすく、「人狼ゲーム」のBEAST SIDEを読ませたらいいんじゃねえかなと思います。

 

 

そしてこの作品で忘れてはならないのは、訳者さまの邦題アナグラムの超ウルトラCでしょうか。あまりに驚いて作中から目が覚めかけたほど。あれはすごいな、あそこを原文でやらないのはすげーわ……

 

 

 

あれから9年。
人類によってテーミスと名づけられたロボットは国連の地球防衛部門EDCの所属となり、
平和的な広報活動を行っていた。国家間の争いをくぐりぬけて得たはずの安息の日々に、終わりを告げる訪問者――
何の前触れもなくロンドンに現れたのは、男性型巨大ロボットだった。

 

 

 


おお! たしかに前回のハッピーエンドは、まあ言ってみればプロジェクト責任者である名無しの「インタビュアー」が
全世界にハッタリを効かせて収束させたような結末でして。しかし今回は世界戦争どころか異星文明から真の襲撃が!! そして人類は壊滅的な被害を受け、前作での主要キャラでさえあっさりとお亡くなりになってしまう怒涛の展開。
巻末の解説の方も言うとおり、読者の予想をひたすら裏切りつづける面白さですが、今回私が非常に感銘を受けたのは、えーともう少し細かな部分と言いますか。
前作でのヴィンセントが「自分はだいたいの人間より頭はいいけど世界最高の頭脳じゃない」と語ったときも、
私などにしてみれば天才としか思われないような知人が、これと全く同じようなことを言ったことがあったなーと思い出したりしたのですが、この作者さんの描く世界や人生のディテールには、すごく説得力がある。実際そうだよな、と思わせる。

人類滅亡のカウントダウン時に、自分は再生されたコピーであり偽者ではないかと思い悩むローズ・フランクリン博士。
自分にできるのは世界をより良い場所にすることではなく、時間稼ぎをすることなのだと語るインタビュアー。
道具であることを選んだ自分がエヴァに操縦させまいとするのは偽善だったと語るヴィンセント。そして自分ではできなかった選択により、十歳の娘に命を救ってもらったのだと。

いやー全くそのとおりだなと。
再生されたローズの悩みなどは、「いやいやアナタを構成する要素はちっとも変えていないから、4年前の状態で再生されただけでアナタはローズ・フランクリン本人ですよ、ハハッ、それとも自分だけが魂ある特別な存在だとでも?」と言ってのける再生者側に理があるなと思う反面、世界と4年のブランクがある本人が違和感を持つのは無理もない話だし、ある意味ではニセモノでコピーであるわけだわなーと思います。あの理屈はちょっと欺瞞があるよなー。そもそももっとマメにバックアップしといてくれりゃーいいんだよ! とか。
やっていることはトンデモ☆ロボット☆物語なのですが、読者には、少なくとも私という読者にとっては、絵空事と思わせないだけの説得力がありまして、今回すごくとてもそこが面白かったです。

 

ローズ・フランクリンは十一歳の誕生日に買ってもらった自転車を乗り回したくて仕方が無い。
夕方にそっと家を脱け出し、自転車をこぎ始めた――
そして次に意識が戻ったときには、金属の大きなてのひらの上にいたのだった。

 

 

 

 

という導入部から始まる本作、原題「SLEEPING GIANTS」。
えーとでもこの作品て全編にわたって面談記録形式なのですよね。
名無しの「プロジェクト責任者」(責任者とは本人も最後まで表現しませんが、実際彼しか責任者いねーわな)と登場人物たちとの会話によって、物語が語られていくという形式です。
私は今までの経験上、日記だとか書簡だとかのこのタイプの手法を「かったるいなー」と感じた記憶しか無かったのですが、本作は非常に語りが上手く、次から次へと「えっ、なんでまた?」「え、どうしてそうなる?」という報告がなされていて、面談を追いかける読者を飽きさせない。メインキャラクターの関係性も、単純なヒーロー×ヒロイン構造でなく、クセの強すぎるヒロイン、そして三角関係の痴情のもつれを入れてきたりするところが非常に上手いです。最後までハラハラ飽きずに読ませてしまう。

そして単なる巨大ロボットへのオマージュ作品かと思いきや、意外にもスタンダードなSF的な思想があるところが素晴らしいなーと思いました。
なんていうかですね、ものすごい意訳すると、「人類は小学校二年生から三年生になれるのか?!」というのがテーマなのだと思います。それとそれがどう違うのさ、と思いますよね。私もそう思います。でもまーそのくらいの進歩ができるのか? というのが本作で試されている巨大ロボットを発見した人類たちなわけです。

人類の手に余るこのテクノロジーをめぐって戦争が始まるのか? 

私個人としては、今までさほど意味のないテーマだと思っていました。争いなんてものはなくならない。自分と他者がいる以上、いさかいは絶えないものだし、当然ながら戦争だってその延長上にあるわけで、生物の社会的な進歩具合に「戦争しない」みたいな要素は判断基準にはならないだろう、と。
どうせ異星人と出会ったって、そいつが酸素すってないとか足で歩かないとかの相違で嫌いあったりモメたりするのだろうし、大差ないだろうと。

しかし本作を読了して考えてしまったのですが、それは自らの視点であって、恒星間を移動する技術を持ち、他の宇宙と交流が持てるレベルの知性体からしてみたらどうかというと、少々違いますね。
うーんそうだなーせめて惑星単位の意思統一つーか統一規格とか統一政府とか持ってくれてないと、付き合いもはかどらんわなーと。その規模になってみると、おんなじ系統の生物同士がムラでケンカばっかりしているレベルの原始人とは付き合いづらい。ていうか誰を窓口に付き合っていいのかすら分からない。なので考えてみたら、本作の結末は、人類滅亡を回避しただけでなく、実は大変なハッピーエンディングだったのかもしれません。
まあでも「人類が」この試練に打ち勝ったというよりも、「名無しのプロジェクト責任者」ひとりに帰する功績という気もいたしますが、そういう人物が生まれる下地が地球にあるとも言えるかもしれないしな。

なんにしてもワクワクしながら物を考えさせられる、近年稀にみる大傑作でした。映画化決定作品だそうですが、映像化するととても平凡な物語になってしまいそうな気がします。文字で読むほうが断然いいんじゃないかなー。

 

ミネソタ州カールトン大学の構内で史学科のアルノ・ホルムストランド教授が殺害された。新米教授エミリーにとって憧れの世界的権威であるものの、個人的な交流は全く無かった人物。
「親愛なるエミリー きみがこの手紙を読んでいるいま、私はすでにこの世にいないだろう――」
ところが何故かその朝届いた手紙には、故人の切実な思いがつづられていたのだった。

 

 

失われた古代アレクサンドリア図書館がじつは失われていないもーん!という謎をめぐって世界中を駆け抜けるノンストップ冒険活劇。
解説の方も書いているように、確かにものすごくダ・ヴィンチ・コードを思い出させる本作ですが、ストーリーはもう少し堅実(トンデモ説とくになし)舞台選びがとてもよく(現在のアレクサンドリア図書館に行きたくなる。ドルマバフチェ宮殿も)、なんつーかしかしそう考えるとこの冒険譚は映画で観るのがいいんじゃないかと。このまま特に手を入れなくとも、まんま映画脚本になりそうな出来で、実際のところ読んでいて絶えずハリウッド映画的な映像が浮かんでくるほど。

ものすごくよく出来た物語なのですが、私が個人的に読書に求める楽しみとはやはり少々違うのだろうな、と思いました。
本作に物申すのはお門違いであるかと思いますが、私はやはり自分とは違う人生を追体験したいので、もう少し掘り下げてくれないとそこまで到達しないというか掘り下げなくても「おお!」と思わせる新理屈がほしいというか、そうでなくともこれが言いたいんだぜ! という強い思いとか。それってどのようなものなのかと言うと、えーと、物語にひそむあまり見つからない宝石みたいなものなのですよ。本作にはそれが見つからなかった。


あとエミリーがウェクスラー教授のところで出会うカイル、カイルの消え方が最初からいなかったみたいな扱いで物凄く気になりました。

病院で目覚めた糸永遥はすべての記憶を失っていた。

医学生であったという自分の名前も駆けつけてくれた友人のことも分からない。記憶にあるのは雅人、雅人はいったいどうなったのだろう――?

 

 

 

私はおそらく島田ファンなのですが、どこがどう良いかと思っているかというと説明が難しく、島田せんせーの物語を通しての啓蒙とでも言いますか、物語性以外のテーマ提示はとても面白いし素敵だなーと毎回思っています。物語の楽しみ方というのは、じつはいろいろありまして、おおまかにみっつに分けるとしたら、関係性の追体験、ストーリーに翻弄されること、あとは新たな知識との出会いだったりします。今回のメインは最後の、新たな知識との出会いというやつになるのでしょうか。それでも物語形式で体験すると、少々見え方が違ってくるので、有益であるなと思います。

 

私自身は鬱に対してあまりと言いますか、実はぜんぜん理解のある人間ではないと思うのですが、今回は物語という形で主人公である遥の恐怖を追体験することで「なるほどなー」「扁桃体がうまくいってないとこんななのか」「そりゃイヤだわ外でたくないわー」と素直に感じることができました。

しかしおそらくメインテーマであるはずの「失った大事な人のゴーストを見たい」というのはなー、ちょっとなんていうかダメだろとしか思わない。

だってさー、やはりその体験に依存してしまう気がするし、人によっては自分の心に折り合いがつけられなくなるんじゃないかと。実物ではないと分かっているその人に会うのはむしろつらいことではないのか。幻でも会いたいのだろうけれど、やはり幻を見るのはつらい。

 

それはさておき、本作は意外な展開が待っているのですが、私が意外と思ったのはむしろラストのところ(雅人の声がしたり)で、最後の最後まで、結末はホラー的なおっかないエンドであろうと思っていたのですよ。いや思うでしょ。

 

それが……!!

 

それがまさかこのような結末になろうとは、ホラーエンドより数万倍こわい。彼女のセリフとか死ぬほどこわい。実際のところ、私がホラー的な結末を求めていたのは、このハッピーエンドが心底こわくて納得がいかなかったからなのだろうと思うのですが。

いやーそれにしてもねーわ。私この人とやり直すのなんか絶対無理だわ。