先日、新聞記事を読んでいると、高知大学の研究室と鹿児島県のとある漁協が共同開発した養殖魚が紹介されていた。餌を高知県特産のユズを使ったものらしく穂のかに身がユズの香りがするらしい。


しかしながら、養殖魚を扱う方に聞くと、たとえそのような魚を養殖したとしても、現状においては残念ながら価格になかなか反映されないだろうとのことである。


これを聞いて不思議に思うのは、ブランド牛やブランド豚、はすべて家畜、つまり「養殖」である。餌にこだわって、よい肉を作っている豚は高価格で取引されているのに対し、養殖魚はいつも天然の魚に負けていると考えられ、養殖のブランド魚というのはそんなに価格が高くない。

知り合いにブランドの養殖鯛をつくっている漁師さんがいるが、通常より高価格になっているわけではなく、せいぜいキロ単価100円ぐらい高いのみである。

人間がおいしいと思い、安心で安全な魚をつくるという行為そのものは、農業となんら変わりがないはずなのに、なぜか高いのは関アジ・関サバに代表されるように、天然魚。なぜ、魚だけは肉に比べて天然モノに比べ、養殖のほうが価値が低いのだろうか? むしろ、天然ものが農作物には一切ないという事情もあるのかもしれないが、消費者意識がやはりこれまでの養殖魚のマイナスイメージから脱却できていないからなのだろう。

魚食をはじめ、世界的な魚ブームがあり、現在はわからないが、これから気候変動もあり、魚の量は減っていくことが予想される。そうなった場合、やはり海に負荷をかけすぎず、食糧生産できる養殖という技術はもっと見直してもよいのではないかと思うのだが、いかがだろうか?

先日、とある市役所を訪問した際に、市民課の窓口で転入者らしき人に一冊の本のようなものを職員の方が手渡していた。

聞くところによると、市民便利帳と呼ばれるもので、市役所の業務連絡先インデックスや、ごみ分別の曜日カレンダーなど、その市で生活していく上で必要な情報のほかに、その市のPR情報や観光情報、その他グルメ情報すらものっているスグレモノだ。あと企業広告もある。

役所の発行物に広告が載ることは特に珍しいことではないが、民間のグルメ情報すらも載っているのは私にとっては新鮮だったので、なぜそのようなことが可能だったのかということが知りたくて、私もその本をいただいて(ちなみに誰でも市役所でもらえるそうである)、くまなく読んでみると、県内の情報誌を発行している印刷会社との協働でつくっているらしく、グルメ情報などは市役所は一切関知しないというスタイルのようだ。また印刷製本費用についてはよく分からなかったが広告があることから考えると広告収入で賄っているのだろう。

またあるときに新聞を読んでいると、その市民便利帳を転入して間もない市民有志が集まって掲載内容を協議して発行しているところもあるそうで、転入者の視点にたった紙面記事が掲載出来ていると評判がよいそうである。

考えてみれば市役所の担当者が作る市民便利帳だと、実際にずっと住んでいる者の視点でなおかつ提供者側の視点になるが、利用するのは転入者であるから相手の立場に立って作るのは当たり前のことである。とはいうものの、なかなか同じところにずっと住んでいるとそのことに気が付かないものである。しかも新しい転入者にも自分達の町がどんな町か知ってもらう必要があるから、市役所の転入手続きのときがその自治体と転入者との最初の出会いでもあると考えた場合、その人が転入する自治体にいいイメージをもつか、悪いイメージをもつかはそこで九割がた決まるといっても過言ではない。

であるならば、市役所の市民課の窓口というのは市役所の顔でもあり、中々重要なセクションであるとも言うことはいうまでもない。

地域力が試される時代となってきた。国の三位一体改革で地方の疲弊は激しい。市町村合併により自治体も再編され、道州制も視野にされている。そんな行政のスリム化の流れに、地域は今、地域力が試されているといっても過言ではない。住民自身が立ち上がる地域と、そうでない地域の格差は激しくなることは必定だ。そうなると、地域の自己完結(=自立)、行政のスリム化が進むと、議会というものはいったいどのような役割を果たすべきなのかという問題がでてくるが、そのあたりは後日またネタとして提供してみたい。


井の中の蛙、大海を知りたい!-地域の力

そんな地域力を試される時代の中で、こんな本が岩波新書より出されている。「地域の力-食・農・まちづくり-」という本だ。全国各地をルポした著者が豊かさの新しいモデルを模索した労作である。この本で紹介されている地域を見ていると、実は四国が最も多い。「いろどり」で代表される徳島県上勝町、地産地消と食育活動の先進地である愛媛県今治市、林業振興が紹介された高知県檮原町の3カ所であるが、その理由を筆者はあとがきでこのように記載している。


<あとがきより>
地域の選定にあたっては、これまでの知見に加えて、関連する雑誌やインターネット、それぞれの専門家の話をもとに、経済的に成功しているというだけではなく、そこで暮らすふつうの人びと誇りをもって生き生きと暮らしているかどうかを重視した。なるべく地域的な偏りが出ないように配慮はしたが、内容を優先した結果、四国地方が多く含まれている。


全国をルポして廻って四国地方の事例が多く含まれたということは、やはり四国にはそれだけ地域力があるということであろう。先日、愛媛県今治市で開催された四国経済産業局のコミュニティビジネス関係のセミナーに参加したが、このパネリストには大変先進的な取り組みをしている方が登壇されておられ、たいへん勉強になった。このレポートは後日掲載することとしたいが、四国の底力を教えてくれる本書、ぜひお読み頂きたい。

地域づくりの現場で言われている諸課題の最大の問題は、


「若い人がいない」

「若い人の参加が少ない」


というものである。これは行政が行うイベントでもにたようなモノでは無かろうか。イベントごとで祭り以外に若い人たちが積極的に参加しているイベントをあまり見たことがない。しかもそのイベントはダンスなど若い人向けのものがなければ人はこず、小さな地域の盆踊りなどはもってのほかである。これまた、テレビの弊害だろう。東京発の情報しか伝わらないからそういうことになる。地方発の情報を発信する必要を痛感する。


しかし、地方発もがんばっているところはある。祭りで言えば土佐の「よさこい」ではないだろうか。全国各地のお祭りに広がりつつある、この踊りは地方のもつ文化でも他の地域に伝播していく力をもつことを証明しているが、その一方でその土地にあった祭りを駆逐することになりはしないか?と思ったりもしている。


さて、若年層の参加がなぜ低調なのかという本論に戻ろう。この命題に対して、とっとり総研の報告書(TORC)の中に論文として紹介されていたのでご紹介したい。ただ、著作権の関係があるので概要を紹介することとしたい。以下、TORC№31の田淵研究員のレポートからの引用だ。


若年層の参加が低調な理由は大きく分けて次の3つである。


①若年層は、コミュニティ活動の参加の契機が職場・地域の友達とともに活動に参加し、こうしたつながりが弱い場合は、参加を妨げる要因となっている。具体的に言えば、イベントに参加するときは職場の同僚や自分の友達と一緒に参加しなければ個人では参加しないという傾向があるということだ。


②若年層は、初婚年齢や第1子平均出生年齢に達して間がないため、家庭を築いたり、子どもを育てるために地域とつながる特性を持ちにくく、近所のつきあいが浅いという、地域コミュニティへの依存度が薄いことがあげられる。


③若年層は、自身の関心や必要性によって参加している傾向が強いため、興味がわかないことには参加しない傾向が強く、しかもそれは単発で参加するいということである。


つまり、結論から言えば、若年層の参加を促すためには、「興味のひく分野から友達のつながりを活かしながら、地域に引きずり込む」という、ローカルコミュニティではなく、特定のテーマから引きずり込む、テーマコミュニティを入口にすることになるが、若年層は積極的に情報を入手しようとしない傾向があるのが課題といえる。


たとえば、携帯電話をつかった地域教育力向上のためのサイトをつくって。地域コミュニティへとうながす事例もある。公民館から委託を受けた携帯電話のHP作成業者が「子育て」に関するサイトをつくって情報交換を行い、登録した若年層の母親たちがそこで子育てサークルを組織化し、定期的に公民館にオフラインで集まり、公民館行事に参加するようになったという事例を聞いたことがある。これも携帯電話という情報を得やすいツールを使って、若年層を「興味のある分野」から地域に引きずり込んだ良い例である。これはテーマ型コミュニティ活動からつながった事例である。


これは子育てというテーマでは食いついてくるが、では子どもも育てることのない独身の若年層だと、くいつくことがない。そここそが問題なのである。


そこで提案しているのが、地域SNS(ソーシャルネットワーキングシステム)だ。登録制・招待制などのシステムの差異はあるが、コミュニケーションによって友達をつなぎ、新しいコミュニティの場を形成するためのツールとして有効だと述べられている。


しかしながら、地域SNSというツールも有効ではあるが、ただシステムをつくればよいというわけでなく、それに補完するための設計が求められるし、オフライン活動の活発化、ネットトラブルの回避、これまでのネット上での既存サイトとの連携、SNSへの参加者が一定数に達しないと活発化できないといった課題点もある。


ただ、この時間はかかるものの、システムの有効性が確認されている今、全国各地で地域SNSを活用する動きが活発化されている。四国内でも多くの地域SNSがある。友達のつながりによる新しいコミュニティの構築から新しい地域づくりのうねりが若年層から始まることを期待したい。

学校と地域の関わりはかなり大きい。学校がなくなると途端に、地域の活力がなくなってしまうとはよく言ったモノだ。少子高齢化時代を迎え、ますます子どもの数が減ってきており、特に過疎が進む町ではより深刻だ。


そんな中で、行政にいっさい頼らないで地域で子どもたちを増やす取り組みをしている地域がある。それが徳島県美波町伊座利地区 という漁村集落である。この地域は学校の統廃合という中で地域が立ち上がり、子どもたちを親ごと誘致する漁村留学制度や海の学校など、子どもを中心に据えた地域づくり活動を行い交流人口の拡大を図っている。


先日、伊座利地区で地域づくりを行っている草野さんとお話しする機会を得た。とても熱い方だ。話もとてもおもしろく、ためになる。むしろ元気になれるといってよい。話でまず第一声にでてくるのはいい意味での行政批判である。伊座利地区では統廃合の危機に陥ったときに、なんとかしてもらいたいと行政に要望したが、まったく行政が動かなかったために市民が立ち上がった経緯があったからで、地域が自立する機会を与えてくれ、いい意味で何もしてくれなかった行政に感謝したいと述べている。


しかしながら、この言葉は大きいし、実は真を得ている言葉である。行政は何もできませんから、自分たちでやってくださいという事態は人口減社会ではむしろ正当な行為であると言ってよい。そこにいつ住民が気が付き、立ち上がって自分たちで自立活動をするのかということが問題なのである。


裏返すと、ただ行政もできることはある。行政は住民に気づきをうながし、自立活動を支援する情報などは提供する必要があると言える。となると必要なのは教育であり、生涯学習といえる。そういった意味で学校は公民館と同様に教育施設であるから、それがなくなるということについて「自分は関係ないから必要ない」と思っていたらいつのまにかそれは地域の教育力の低下につながり、地域力の低下を招くおそれがあり、結果地域の疲弊につながってヘタをしたら集落の崩壊を招く恐れもある。


であるならば、極論を言えば、これからは人口減社会、行政も税収がジリ貧、行政サービスの低下が必然の世の中であることは明白なのだから、いかに「地域が自立できるか」ということを早くしなければ、いつまでも行政に依存する地域は崩壊し、自立をし、行政が参画させるような地域づくりを行っている地域だけが生き残るという事態になることもあながち否定できないようだ。

四国旅マガジンGaja 」というローカル旅情報誌がある。これはJR四国グループが作成している雑誌で、年に4回の発行となっており、毎回さまざまなテーマで四国各地を紹介している。私も気になるテーマがあれば本を購入しており、なかなか興味深い記事を提供してもらうことが多い。



井の中の蛙、大海を知りたい!-gaja39


最新号である第39号は「四国の花風景」ということで花の名所を紹介されていたが、それはよくあるテーマなのでありがちなネタである。私が注目したのは「もうひとつの花紀行」ということで、「四国のアート・ミュージアムの花をモチーフにした作品を紹介していた特集」である。


主要作品が描かれた時代や作者などの切り口という鑑賞はよくある話であるが、「花」という作品にうつっているモノを切り口に美術館や博物館の所蔵作品を見ると、これまでの作品が違う角度から見えるわけで、「こういう味方もあるのか」と大変新鮮な感覚を覚え、たいへん趣深い。雑誌編集者は「さすが目のつけどころが違う」と思った次第である。


このような普段何気なくあるものを違う切り口で見ていき、ふたたび光を当てていくという姿勢・作業を行うことは、まちづくりの世界ではおそらく最初に基本としてやっていく作業なのだと思うし、もっとも重要なことだと思う。しかしながら、住んでいるとなかなか気が付かないもので、それを気づく目を養うのにはいったいどうしたらよいのであろうか。ヨソモノの視点というものが重要だと言えるかも知れない。


なお、Gajaのサイトのライターや編集さんなどが書いているスタッフブログ はとてもおもしろい。取材現場の息づかいが伝わってくる楽しい内容の記事が満載だ。四国のディープで粋な情報を得たいと思ったらぜひのぞいてもらいたい。とてもセンスがあるサイトなので。

中山間地域を取り巻く問題はさまざまな問題を含んでおり、ある意味において日本の社会問題の縮図だといっても過言ではない。そんな中山間地域対策として何をすべきかということについて、全国各地でさまざまな議論がなされ、そして事業を行っているが、大まかな流れとしては2つあるだろう。住民自身の立ち上がりと交流人口増大に代表される都市住民の力を借りるの2つである。


しかしながら、この2つであることはわかっているのであるが、具体的にどういったことを住民自身が考えているのかということについて、真正面からアンケートをとって考察しているレポートがないものかと思っていたところ、ふとしたきっかけで、最近、鳥取県のシンクタンクである「財団法人とっとり政策総合研究センター」の刊行物にちょうど書いていたのでそれをもとに簡単に考察していきたい。


そもそも思っていたのが、「限界集落」という言葉が一人歩きしているが、集落、ひいては住民一人一人の意見は異なるわけであるから、実際には最低でも集落単位で「住民自身が、中山間地域に住み続ける上で、どのような問題点を感じ、いかなるサポートを希望しているのか、さらに、地域活動や地域の将来についてどのような展望をもっているのかを把握する必要がある」という思いを持っていた。


つまり、「限界集落」という言葉やイメージだけがつっぱしっていて、実際に住む住民の姿を映し出せていないのではないかということであり、どうしたらいいのかということについて実態を調べなければわからないと思っていたのである。


また、これは中山間地域に限らず、「自分たちの住む地域課題を認識する」「自分たちの町の未来をどう考えるか」というまちづくりにおける根本的な作業であり、どの地域でもあてはまることだと私は思うので、何も中山間地域だけでやる必要は本来ないし、都市部をはじめどの地域でもどんどんやってしかるべきだと思う。


このアンケートが秀逸なのは、全戸調査であることはもちろんであるが、18才以上の住民全員にアンケートを記入してもらっていることである。これにより、性別や世代別の課題意識の違いについても比較分析を行えていることがたいへんすばらしい。


しかし最もすばらしいのは、住民である。アンケートに積極的に協力してもらっているからである。調査地域はおよそ人口が1100人で回答率がおよそ63%という結果だが、なかなか全戸配布による協力を依頼してここまでの回答率にはならない。やはりこのようなアンケート調査そのものを嫌がる住民がいる中で、これだけの回答率があるということは、それだけ地域の理解がないとできないことであると言える。


さて、気になるアンケートの結果をふまえた概要とその考察は以下のとおりである。(TORCレポート№31)より引用


①世代による生活実感と地域に対する思いや関わりの違いが析出

→特に若い世代の声は見過ごされがちであるが、集落維持の次世代を担う若者の声を十分に把握することが必要


②全世代を通じて所得の増加を求める声が強いが、その額は年間60~120万で住民の3/4が充足する

→月額にするとおよそ5万~10万くらいの、いわゆるパートで得られる収入レベルであるから、それにあわせた水準に応じた対策を検討していく必要があると言える。


③身近な都市住民として、地区出身者との連携強化を

→意外と近くに出身者の半数近くが、自動車で片道1時間程度の比較的近辺に居住


flogが一番驚いたのは、あと月収5万所得が増えれば、その集落で暮らせていけると思う人が多いという事実だ。つまるところ、さきほども記載したがパート収入で得られるレベルの所得なのである。ということは、これからの中山間地域に限らず地域づくり活動では女性の力を欠かすことはできない。むしろ女性の関与しない地域づくりは皆無であることから見ても、「女性が元気な地域は大丈夫」ということがこの所得要求額から見ても言えるのではないだろうか。