学校と地域の関わりはかなり大きい。学校がなくなると途端に、地域の活力がなくなってしまうとはよく言ったモノだ。少子高齢化時代を迎え、ますます子どもの数が減ってきており、特に過疎が進む町ではより深刻だ。
そんな中で、行政にいっさい頼らないで地域で子どもたちを増やす取り組みをしている地域がある。それが徳島県美波町伊座利地区 という漁村集落である。この地域は学校の統廃合という中で地域が立ち上がり、子どもたちを親ごと誘致する漁村留学制度や海の学校など、子どもを中心に据えた地域づくり活動を行い交流人口の拡大を図っている。
先日、伊座利地区で地域づくりを行っている草野さんとお話しする機会を得た。とても熱い方だ。話もとてもおもしろく、ためになる。むしろ元気になれるといってよい。話でまず第一声にでてくるのはいい意味での行政批判である。伊座利地区では統廃合の危機に陥ったときに、なんとかしてもらいたいと行政に要望したが、まったく行政が動かなかったために市民が立ち上がった経緯があったからで、地域が自立する機会を与えてくれ、いい意味で何もしてくれなかった行政に感謝したいと述べている。
しかしながら、この言葉は大きいし、実は真を得ている言葉である。行政は何もできませんから、自分たちでやってくださいという事態は人口減社会ではむしろ正当な行為であると言ってよい。そこにいつ住民が気が付き、立ち上がって自分たちで自立活動をするのかということが問題なのである。
裏返すと、ただ行政もできることはある。行政は住民に気づきをうながし、自立活動を支援する情報などは提供する必要があると言える。となると必要なのは教育であり、生涯学習といえる。そういった意味で学校は公民館と同様に教育施設であるから、それがなくなるということについて「自分は関係ないから必要ない」と思っていたらいつのまにかそれは地域の教育力の低下につながり、地域力の低下を招くおそれがあり、結果地域の疲弊につながってヘタをしたら集落の崩壊を招く恐れもある。
であるならば、極論を言えば、これからは人口減社会、行政も税収がジリ貧、行政サービスの低下が必然の世の中であることは明白なのだから、いかに「地域が自立できるか」ということを早くしなければ、いつまでも行政に依存する地域は崩壊し、自立をし、行政が参画させるような地域づくりを行っている地域だけが生き残るという事態になることもあながち否定できないようだ。