14 NEWS LETTER Vol.60
日本における化学物質過敏症の動き
弁護士 竹澤 克己
化学物質過敏症(以下「CS」といいます)が平成21年に傷病名リストに収載され、新築マンションによってCSに罹患した患者の損害賠償請求が裁判所で認められるなど、最近になってCSがようやく社会的にも認められるようになってきました。
しかしながら、その一方で、CSは心因性によるものにすぎないとして、CSを疾患として認めようとしない動きも根強くあります。
ここでは、CSに関するこれまでの行政、産業界、裁判所の動きを概観するとともに、現在波紋を呼んでいる「シックハウス症候群に対する相談と対策マニュアル」の問題点を指摘します。
1.行政・産業界の動き
行政や産業界が化学物質過敏症に対して取り組むようになったのは平成8年頃からです。平成8年に、産官学が、健康住宅に関する研究会や協議会を立ち
上げて、シックハウス症候群について議論を始めるようになりました。
また、同年、厚生省長期慢性疾患総合研究事業アレルギー研究班が「化学物質過敏症」というパンフレットを作成し、その中でCSの診断基準が記述されました。
平成9年には、室内空気の化学物質濃度に関する指針値が定められるようになりました。
平成14年には、労災が認定される事例も見られるようになり、厚労省や文科省によって、職域や学校での空気質に関するガイドラインも策定されました。
平成15年には改正建築基準法が施行され、ホルムアルデヒドとクロルピリホスが規制の対象物質とされました。
平成16年には「シックハウス症候群」という名称が傷病名リストに収載されました。
平成20年には、CS患者に対して障害年金が支給されたケースが報道されました。
また、平成21年には、「化学物質過敏症」という名称が傷病名リストに収載されました。
このように化学物質過敏症が徐々に認められるようになってきた一方で、残念ながらそれを阻むような動きもあります。
平成19年に、厚労省に「化学物質に関する個別症例検討会」が設けられ、CSとして労災申請された事案の個別検討が行われるようになりました。この検討会は現在まで続けられています。
しかしながら、この検討会での検討を経て、労災不認定とされるケースなどが見られるようになってきました。
また、平成20年には、厚労省が補助金を出している研究班が、「シックハウス症候群に関する相談と対策マニュアル」を作成し、厚労省がこれを全国の保健所等に配布しました。
しかし、この内容に対しては、多くの患者団体や被害支援団体などから問題点を指摘する公開質問状が送られるという事態が生じています。これについては後で詳述します。
2.裁判所の動き
平成6年の家庭用カビ取り剤(カビキラー)に関するケースでは、カビキラーの使用によってCSに罹患したとの主張がなされました。しかし、これに対して東京高裁は、「CSは医学的な仮説に過ぎない」と判断し、CSという被害の概念自体が認められませんでした。
その後、平成10年に、賃貸物件で賃借人が賃貸人を相手にCS被害で争ったケースでは、横浜地裁が、CSという被害概念や、建物の施工とCSとの因果関係までは認める判断を示しました。しかし、残念ながら、CSはまだ十分に認知されていないとか、施主や施工者がCSという事態を予見することは不可能ないし著しく困難であったなどといったような理由から、過失は認められず、訴えとしては棄却されました。