わたしのコレクション&アイテム -68ページ目

わたしのコレクション&アイテム

ここでは、私の数有るコレクションを紹介いたします。

今までに集めた数多くのコレクションの思い出話も取り混ぜて、紹介いたします。(*^_^*)


ゴジラ映画において、「キングギドラ」という強敵。あれだけ強いのに、なぜか宇宙人にコントロールされているという点が非常に不明。コントロールされているから強いのか?
嫌でも目につく金色の体。長い首、三つの頭。声は電子音(小学生の頃、音楽室の電子オルガンの高いキーを鳴らして「キングギドラ!」なんてやってた。)。シルエットで一目瞭然なのだからこれだけ有名な奴はいない。
とにかく怪獣としては、インパクトは最高であろう。
金星の文明を滅ぼした宇宙怪獣。いやいや、キングギドラの存在に驚く前に、金星に文明!が存在していた事、そっちの方で、驚けよ!と、いまさら思うのであった。

「三大怪獣 地球最大の決戦」、「怪獣総進撃」、「怪獣大戦争」、「地球攻撃指令 ゴジラ対ガイガン」と四本の映画に出ている。
ここまでは宇宙怪獣キングギドラ。

「ゴジラVSキングギドラ」では、未来人の遺伝子操作で作り出されたペット「ドラット」三体が放射能の影響により融合、巨大化、キングギドラへと変貌する。
このキングギドラは、未来世界から、日本の世界経済把握を阻止すべく、送り込まれた。が、ゴジラに敗れ去り、200年以上、冷たいオホーツク海に眠っていた。
そして、未来の日本人により「メカキングギドラ」へと改造され、200年の時間を遡り、再びゴジラと対決する。
人間の手により作り出された人工怪獣となる。

金子修介監督の「ゴジラ、モスラ、キングギドラ 大怪獣総攻撃」では、ゴジラは、太平洋戦争の犠牲者の怨念が集まりゴジラとなったとされており、キングギドラはこの作品内では、単にギドラ「儀怒羅」(儀の字が違うかも)と称され、「護国神獣」という神の扱いを受けている。古代日本において、災いとされた、「ギドラ」、「モスラ」、「バラゴン」は、退治された後、国の安全を護る「護国神獣」として奉られていたがゴジラが出現し、日本を護るため、バラゴン、モスラが復活。バラゴンとモスラは、ゴジラに倒すことが出来ず、富士の樹海の氷穴で眠っていたギドラは、覚醒前に不完全なままゴジラと対決することになる。対決のさなか、死んだバラゴン、モスラはエネルギー体となって、ギドラに合体、千年龍王「キングギドラ」に覚醒し、ゴジラを海底深く沈めることに成功するのだが。ゴジラは再び・・・。

今回、キングギドラは日本を護る神獣となって登場。ヤマタノオロチ神話のイメージがモチーフなのか。

キングギドラのデザインは、日本や中国の龍をモチーフとしているが、「VSキングギドラ」版は、西洋では悪意の象徴である「ドラゴン」をモチーフとしているため、側頭部にも角が多数あり、似ているようで、全く別物なのであった。

余談ではあるが、新「モスラ」では、四足の「デスギドラ」、「モスラ3」では恐竜を、絶滅に追いやったキングギドラの幼体ヤングギドラとキングギドラ、「ゴジラファイナルウォーズ」では謎の怪獣モンスターXが変貌する、最終形態カイザー(皇帝)ギドラ、と亜種や同族らしきものがいるが、ゴジラと対決したキングギドラに関係するかどうか定かではない。
ペタしてね
ゴジラは、「生き残っていた恐竜が原子爆弾の実験による放射能でなんらかの影響を受け、怪物化した。」というの話を元にデザインされた。そのため頭部は恐竜とは明らかに違う。爆発したキノコ雲をイメージしているからである。大きな爬虫類をイメージしているのでワニ革風にしたみたが、どうも違う。海底から出てくるのでウロコにしたら、おかしすぎる。で、あのようなゴツゴツした皮膚に決まったそうだ。

また初代ゴジラの目は、焦点の定まっていないような目をしているため、かえって不気味さをましている。

空想の産物であるゴジラにある日、変革がもたらされた。一般からストーリー募集で採用された、「ゴジラ対ビオランテ」。85ゴジラの続編として製作された。ゴジラの細胞こそ、莫大な利益をもたらす。不滅のゴジラ細胞を植物の遺伝子に組み込む事で砂漠を緑地化させる事も可能なため、中東の国とそれを阻止したい経済大国が、崩壊した東京で争奪戦を始める。やがてその細胞は、悲劇を引き起こす。大国のバイオメジャーによる、中東の研究所の破壊。日本人科学者の娘が犠牲となり、失意の父親はゴジラ細胞を組み込んだバラの細胞とともに日本へ戻る。やがて、中東からも、バイオメジャーからも狙われた科学者は娘の遺伝子を「あのバラ」の細胞へ移植する。しかし、それは、禁断の実験であった。
その細胞は分裂を繰り返し、人類の脅威となる、「ビオランテ」へと変貌する。文字通り、ゴジラの分身。かたや動物、かたや植物のゴジラが、対決する。

というストーリーだが、この原作者は歯科医の先生で、もちろんゴジラ好き。長年、ゴジラを見ていて、「あの歯の並び方は、肉食動物の並び方ではない。」とスタッフに指摘した。想像上のゴジラに、初めて動物学上のメスが入り、歯並びが変わったのである。ペタしてね


日本の本家「ゴジラ」は、「ゴジラVSデストロイヤー」で一旦終了した。新作は2000年からと決定しており、その間、東宝はモスラの新作を三作公開し、アメリカのトライスター社制作の海外「ゴジラ」が公開された。
監督に「インディペンデンス・デイ」のローランド・エメリッヒを迎え、内外の期待を受け「GODZILLA」は完成したものの、結果はゴジラファンの期待を大きく裏切るものとなった。
誰もが、「あれはゴジラなどではない。」と。海外のゴジラファンは、怒り心頭に達したという。当時、アメリカ制作側は「制作権をこちらに渡せ」と東宝側に要求した(これは、以後、ゴジラが日本では作れなくなる事を意味する。)話が流れた事により、さらに怒りは、制作会社に向けられた。
「ゴジラがなんたるか、知らない奴らがゴジラをつくるな。」とアメリカ国内の各地のコンペティション会場で盛り上がったそうだ。
「これでは、海外制作会社は、「ゴジラ」を怪獣映画ではなくトカゲの巨大化した怪物が出るパニック映画としか捉えていなかったのではないか」とファンの怒りを買ったのである。
ゴジラの、あの重量感や、長い尾を動かして思わずも周囲を破壊するといった動き。人類の攻撃にも動じず、悠々と破壊の限りをつくす、我々が期待した場面はスクリーンには現れなかった。ただスクリーンには、素早い巨大なトカゲが街で暴れているだけ。口から火炎放射をするわけでもない。海外ゴジラで、口をあけて火炎を吹いたようなシーンがあるが、実際は、高圧力で息を吐き出し、巻き込まれた車が爆発炎上し、それが、火炎放射のように見えただけとされている。
面白かったのは、ビルの陰からアメリカ陸軍の攻撃ヘリコプターを下から攻撃し、口の中へパクリと入れてしまう場面ぐらいか。
やはりゴジラは、謎の生物であり、決して人知の及ばない力、ある種、神のようなオーラを放っていなければ、誰もが認めないのであろう。
ある海外コンペティションを紹介した写真の中で、日本ゴジラが海外ゴジラを倒しズタズタにしたディオラマを製作した海外ゴジラファンがディオラマとともに紹介されていた。
「ゴジラVS機龍(メカゴジラ)」内でも、「近年、ニューヨークでゴジラに似た生物が確認されたが、ゴジラではなかった」と劇中で見事に完全否定され、「ゴジラファイナルウォーズ」では、オーストラリアに現れた海外版ゴジラは「ジラ」と呼ばれ、一撃のもとにゴジラに倒されている。操っていたX星人は「魚ばかり食ってるから駄目なんだ」と海外ゴジラの駄目だし。これは笑った。海外ファンは、ジラがゴジラに一撃で終わるシーンを見て、歓喜したらしい。

一流俳優が出ていただけに、日本風ゴジラが暴れていたらどんなに面白かっただろう。

海外資本が、ゴジラの製作権を買い取り、以後つまらないゴジラを見せられるか、作られなかったら、アメリカでは、多分暴動が起きていたかも。

「キングコング対ゴジラ」日米モンスター対決では、勝負つかずの引き分けで敬意を払っている。ニューヨークのブルックリン橋のワイヤーに絡まり、命を落とすような、やわな「怪物」程度にされた事にファンは憤りを感じたのか。次回作は、キングギドラを出し海外ゴジラと戦う予定があったらしいが、その後、話は行方不明となっている。数年後、「ゴジラファイナルウォーズ」ではラドンがニューヨークを短時間で壊滅に追いやっている。力量でもラドンにも、勝てないゴジラなんて、そりゃ見ませんよ。
ペタしてね

昭和29年(1954)秋、当時、まだ誰も見たことのない映画「ゴジラ」が封切りされた。
当時、発案されたものの、経営陣は「ゴジラ」に猛反発。「そんなゲテモノ、誰も見ない。」とまで言われ反対された。いまでこそ、世界に知られた日本映画であるが、当時は未知のジャンルであったため、反対されたのだ。

ゴリラのような力、クジラのような巨体、で合わせてゴジラとあるが、諸説あるので、真実は不明。東京大空襲のさなか、円谷英二さんは、息子さんに「平和になったらスゴイ映画を作ろう」と話をしていたという。やがて、ひそかに制作するため「G」計画と名付け、「ゴジラ」は生まれた。某国営放送の偉人伝で、これをやってた。
ゴジラは怪獣映画であり、反戦映画でもある。戦後9年目に産声を上げたゴジラ。その中に、こんなセリフがある。通勤電車の車内で「また、疎開しなくっちゃならないのかい。」とか、ゴジラが夜の東京、品川に上陸。逃げ遅れた母と、子が。目前に放射能火炎を吐きながらゴジラが迫ってきた。お母さんは、「お父ちゃんのとこに行こうね。」というセリフがある。子供の父親は戦争で亡くなった事を暗示していたり、翌日、ゴジラ上陸により、ケガ人が運び込まれた病院は、まるで、戦場の野戦病院のようであったりと、悲劇は二度と繰り返さないという、戦争反対へのメッセージが折り込まれていた。

85年版「ゴジラ」は、1954年版に立ち返り、核の脅威であるゴジラを復活させている。
太平洋上の孤島に眠っていたゴジラは再び活動を開始する。(このゴジラは、1954年版のゴジラの別個体として扱われていて、これより以前の「ゴジラ対~」のゴジラは、この世界には存在しない。
よって、ゴジラ映画には、作品により、いくつかの異なる時間軸が存在することなった。しかし、基点はすべて1954年版が始まりとなっている。)

ゴジラ’85の背景には、米ソ両陣営がまだ冷戦時だったころが舞台である。両陣営は、ゴジラが現れた日本、東京で、ゴジラを倒すためゴジラに核攻撃を提案する。しかし、その裏側には、大都市における核攻撃の被害を研究すること。ゴジラにより、東京は、またとない実験場となる。
大国の思惑を見抜いた官僚は首相に提言。首相はホットラインで両陣営首脳に、問い掛ける。「あなた方の首都、ワシントン、モスクワに、もしゴジラが現れたらためらわず核攻撃が出来ますか?」と。

「ゴジラ’85」以降のゴジラ作品は、核の脅威以外に、バイオテクノロジーの暴走、遺伝子操作による新しい生物の創造、 自然破壊による古代からの警告、宇宙からの脅威、が怪獣に姿を変え、ゴジラと対決する映画となっている。ペタしてね

亡くなられた音楽家の川内康範さん。実は・・・、「月光仮面」を世に出された人なのだ。「月光仮面」以外に「コンドールマン」「愛の戦士レインボーマン」「ダイアモンドアイ」となにかしら日本人に馴染むヒーローを、出されている。というより、宗教や仏教の流れを汲んでいるヒーロー像で統一しているからだ。
月光仮面のポリシーは、「赦しましょう」「愛しましょう」 となにかもうひとつあったけど。悪人に対し、月光仮面の基本姿勢は、罪を憎んで、人を憎まず。心を入れ替え正しく生きるなら、赦しましょう。の精神である。勧善懲悪であるが、悪人に対し、最終判断はしないスタンスなのだ。

「レインボーマン」
日本人青年 大和武は、インドの奥地で聖者ダイバ・ダッタの弟子となり、肉体的修業やヨガの奥義を会得する。そして、レインボーマンへと化身する力を得る。師匠ダイバダッタは、「修業は終わりだ。」と言い、寿命を全うする。
その頃、「死ね死ね団」が日本人を皆ごろし作戦を開始。レインボーマンとなった大和武は、日本へ戻り「死ね死ね団」の存在を知りと戦う決意をする。

レインボーマンの背景には、第二次大戦で傷ついたアジアの人々の日本人への恨みつらみが、顔を覗かせる。「死ね死ね団」は、戦争時、日本軍部の圧政に苦しんだアジア圏の人々によって、結成されたという設定がされていた。

未だ戦争は終わっていないというメッセージが込められていたのだろうか。レインボーマンに関する資料を持っていないし、放送で見ただけで、最終回も見逃しているので、詳しくは話せないのが、残念である。

「コンドールマン」
当時、交通による大気汚染や公害による海洋汚染が社会的問題となっていた。貧富の格差や、内戦により、弱肉強食の世界が拡がっていく。そんな世界を裏から操る現代社会の公害が作り出したモンスター達に戦いを挑むコンドールマン。

このまま、突き進むと人間の心は、やがて怪物と変わらなくなるのかも知れない。というある種の警鐘だったのかも。

「ダイヤモンドアイ」
ダイヤに住むダイヤの精、ダイヤモンドアイ。

アジア系マフィアの悪事を追跡している熱血感ルポライターが主人公。偶然手に入れたダイヤの指輪から、主人公の呼び声で現世に現れる。

ダイヤモンドアイの目から発せられる「外道照心霊波光線(げどうしょうしんれいはこうせん)」を浴びせられた悪人は、悪鬼のごとき前世の姿の本性を現す。
人間の心は、善悪どちらにもなれる。悪事に手を染めることも、離れることも。悪鬼のような醜い姿になるということは前世の因縁によるものという、仏教的な背景があるのであろう。

なんだか難しい話になってきたなぁ。

共通するのは、「人の心」 なのであろう。
ペタしてね

女の子が主役の特撮というのは、ちゃんとあるのだ。
「透明ドリちゃん」「魔法少女ちゅうかなぱいぱい」「魔法少女ちゅうかないぱねま」「好き好き!魔女先生」「不思議少女ナイルなトトメス」「美少女仮面ポワトリン」「有言実行シスターズ・シュシュトリアン」。古くは「コメットさん」がある。探せば、まだあるだろう。大半は、タイトルを見てのとうり、魔法物であり、また大半がホームコメディー作品である。

「魔法少女」二作と「シュシュトリアン」、「トトメス」、「ポワトリン」等は、ゲスト出演者による不可解なキャラクターが現れ、一層、作品を妙な方向へ引っ張って行く。ヒロインによる、決めゼリフもある。「戦いましょう。愛ある限り!」とか「〇〇が許しても、このポワトリンが許しません。」この〇〇には、文部省とか、誰かの名前とか入るのだ。「いや、そこまでこだわらないよ」と突っ込みたいが。

「魔法少女」二作は珍しく、同一家庭を舞台に話は進行する。中華魔法少女ぱいぱいから、中華魔法少女いぱねまへ、舞台は引き継がれるが、ストーリー上、一切関係ない。
「西洋の歴史より長い中国三千年の歴史だから、魔女ぐらい、いるのではないだろうか。」という発想だったのか。中華魔女というネーミングも面白い。
またファンタジー系ではないが、吉井怜が主役を努めた「仮面天使ロゼッタ」がある。父親役は快傑ライオン丸で獅子丸役の潮哲也さん、父親の会社上司に仮面ライダー二号、一文字隼人役の佐々木剛さんが十文字という役名で出ている。深夜枠であったため、なかなか見れなかった。

そして、人間と人形の共演する番組に「どきんちょネムリン」というのがあった。永い眠りから覚めた妖精ネムリンと、お供(お供は、着ぐるみ)が巻き起こす騒動をコメディータッチで描いた。

余談であるが、ゲスト出演で「WAHAHA本舗」の座長、佐藤正宏さんが 「怪人イビキ」なるキャラクターを演じている。また、魔法少女二作には、同じく「WAHAHA本舗」の柴田理恵さんが、 三軒茶屋のおばさん(番組内では三軒茶屋のババアと悪態をつかれている)という役名で出演している。
少年少女が主役に据えていた特撮もある。「5年3組魔法組」という学園魔法物で、曽我町子さんが、小学生達に魔法グッズを与える、いたずら好きな魔女ベルバラ役を演じていた。
また、「思いっきり探偵団覇亜怒組(はあどぐみ)」「じゃあまん探偵団魔隣組(まりんぐみ)」等も制作された。
どちらも少年探偵ものであるが、少年少女による犯罪捜査というより、子供達の友情で謎解きをしていくストーリー展開。
自分達が追っている怪人や怪盗が、実は身近な人だったりする。彼等は、子供達に夢や、冒険心、探求心を、知らず知らずに教えたりもする役割もはたしているのだ。
ペタしてね

円谷プロとフジテレビによる、大人のSFとして一時間番組で、1クールに渡り放送された。国連の援助により設立されたMJチーム、普段は都内にある地図屋を拠点とし、世界的犯罪結社「Q」と戦う。

音楽は富田勲さんが担当。

見せ場は、巨大万能戦艦「マイティ号」の発信シークエンス。
指令が出ると、「ガリレオ」の地下にある、小型モノレールに乗り込み、そのまま都内の地下にある秘密ドックにあるマイティ号に、モノレールごと移動する。発信準備が完了すると、マイティ号のドックの横穴から、海水が注入され、ドック内が海水で満たされると、正面ゲートが開き、地下トンネルを通り太平洋海上に浮上するという、発信するだけで、もう、「ただ事ではない」くらいのカッコヨサが、あったのだ。
海水注入シーンは、高速撮影により、大量に勢いよく海水が流れ込むイメージを再現していた。
時々、模型屋にマイティ号の復刻版プラモデルがあったりするので、目にしたら眺めてほしい。
飛行機に潜水艦、戦艦を合わせたような形のマイティ号、当時の円谷プロの傑作のデザインである。

万能戦艦マイティ号は、内部に、生産工場を持ち、目的に応じて、小型戦闘機ピプリダーやエキゾスカウター、小型潜水挺を即座に組み立てる事が可能である。

内容は、世界はいまだに紛争、衝突を繰り返していた。背後には巨大犯罪組織Qが、各国中枢に入り込み操っていたのである。犯罪組織Qは、独自のテクノロジーで軍隊組織を作り、世界を意のままに動かし利益を得んがために、不都合な人間や計画を抹殺していた。Qの計画を阻止し野望を潰すために結成されたのがMJである。

ゲスト出演者も多彩な顔触れであり、国際的に背景ということで、外国からの要人や、女スパイ等 の設定がされていた。山本耕一さんや、山東昭子さん、真理アンヌさんが出演されていた。
大人向けというより、大人も楽しめる娯楽作品だったのだ。

ある程度の年配者なら、小さなマイティ号のプラモデルを持って、お風呂に入ったであろう。テレビのあのシーンを再現するために。

ちなみに私はやりました。ペタしてね