「KING OF MONSTER GODZILLA」 | わたしのコレクション&アイテム

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ここでは、私の数有るコレクションを紹介いたします。

今までに集めた数多くのコレクションの思い出話も取り混ぜて、紹介いたします。(*^_^*)


昭和29年(1954)秋、当時、まだ誰も見たことのない映画「ゴジラ」が封切りされた。
当時、発案されたものの、経営陣は「ゴジラ」に猛反発。「そんなゲテモノ、誰も見ない。」とまで言われ反対された。いまでこそ、世界に知られた日本映画であるが、当時は未知のジャンルであったため、反対されたのだ。

ゴリラのような力、クジラのような巨体、で合わせてゴジラとあるが、諸説あるので、真実は不明。東京大空襲のさなか、円谷英二さんは、息子さんに「平和になったらスゴイ映画を作ろう」と話をしていたという。やがて、ひそかに制作するため「G」計画と名付け、「ゴジラ」は生まれた。某国営放送の偉人伝で、これをやってた。
ゴジラは怪獣映画であり、反戦映画でもある。戦後9年目に産声を上げたゴジラ。その中に、こんなセリフがある。通勤電車の車内で「また、疎開しなくっちゃならないのかい。」とか、ゴジラが夜の東京、品川に上陸。逃げ遅れた母と、子が。目前に放射能火炎を吐きながらゴジラが迫ってきた。お母さんは、「お父ちゃんのとこに行こうね。」というセリフがある。子供の父親は戦争で亡くなった事を暗示していたり、翌日、ゴジラ上陸により、ケガ人が運び込まれた病院は、まるで、戦場の野戦病院のようであったりと、悲劇は二度と繰り返さないという、戦争反対へのメッセージが折り込まれていた。

85年版「ゴジラ」は、1954年版に立ち返り、核の脅威であるゴジラを復活させている。
太平洋上の孤島に眠っていたゴジラは再び活動を開始する。(このゴジラは、1954年版のゴジラの別個体として扱われていて、これより以前の「ゴジラ対~」のゴジラは、この世界には存在しない。
よって、ゴジラ映画には、作品により、いくつかの異なる時間軸が存在することなった。しかし、基点はすべて1954年版が始まりとなっている。)

ゴジラ’85の背景には、米ソ両陣営がまだ冷戦時だったころが舞台である。両陣営は、ゴジラが現れた日本、東京で、ゴジラを倒すためゴジラに核攻撃を提案する。しかし、その裏側には、大都市における核攻撃の被害を研究すること。ゴジラにより、東京は、またとない実験場となる。
大国の思惑を見抜いた官僚は首相に提言。首相はホットラインで両陣営首脳に、問い掛ける。「あなた方の首都、ワシントン、モスクワに、もしゴジラが現れたらためらわず核攻撃が出来ますか?」と。

「ゴジラ’85」以降のゴジラ作品は、核の脅威以外に、バイオテクノロジーの暴走、遺伝子操作による新しい生物の創造、 自然破壊による古代からの警告、宇宙からの脅威、が怪獣に姿を変え、ゴジラと対決する映画となっている。ペタしてね