con-satoのブログ -27ページ目

con-satoのブログ

映画を中心にエンタメ、旅などを紹介しています。

 70年代のロバート・レッドフォード。この時代に代表作が並んでいる。アカデミー作品賞に輝いた「スティング」。作品としては名作にはならなかったけど、一大ブームを起こした「華麗なるギャッツビー」など。

 

 そんは中、唯一といっていい恋愛映画が「追憶」。共演したバーブラ・ストライサンドの主題歌の効果もあって、今では70年代の名作として記憶されている。

 

 

 名作ドラマ「セックス&シティ」で、ヒロインたちが、「追憶」のレッドフォードが凛々しかったことを絶賛するシーンがあった。

 

 レッドフォードが演じたのは、ヒロインのバーブラが憧れる美男子のハベル。出会いは大学。文学部で同じ教室に通うふたり。レッドフォードはいわゆるWASPのエリート坊ちゃん。バーブラは貧しいユダヤ人の苦学生。まったく世界の違うふたり。

 

 しかし、バーブラはこのエリートに憧れる。表向きは反フランコを掲げる左派の活動家なのに、レッドフォードの屈指のなさに惹かれてしまう。

 

 映画のファーストシーンは戦中。NYのバーでの再会。レッドフォードは海軍兵士で真っ白な制服姿。それが一層、彼のハンサムぶりを引き立てる。学生時代に憧れたレッドフォードとの再会にバーブラ演じるケティは心をときめかせる。

 

 このシーンのレッドフォードの海軍の制服が美しいと評判になった。この再会で、映画は大学時代の回想シーンになり主題歌が流れる。

 

 その美しさというのに、レッドフォードは抵抗したらしい。こんな考えの浅い男なんて演じられない、見せ物みたいじゃないかと。

 

 それを説得したのが監督のポラック。「この役はグラビアの女の子みたいな役。でも、俺たちは、女の子をずっとそんな目で見てきたじゃないか?今度は君がグラビアの男を演じるべきなんだ」と。

 

 結局、レッドフォードは育ちのいい、そこそこのインテリ(脚本家)のイケメンを演じた。ハベルはケティと結婚してハリウッドで暮らすが、反赤狩りや反戦運動にのめりこむ彼女を見放し、別れる。

 

 ラストシーンはNYプラザホテル前。セントラルパークで反原発運動をしているバーブラ。プラザホテルから出てくるレッドフォード。かたわらには美しい妻。そして、お互いの近況を報告し別れる。

 

 映画は大ヒット。二人の再共演も噂されたけど、実現はしなかかった。レッドフォードは見せ物男子は1回で十分と思ったのだろうか。

 古田新太がベートーヴェンを演じる「ベートーヴェン捏造」。ベートーヴェンは後年、伝えられているような厳格な人柄ではなかった、という話。

 

 それは、死後発表された伝記で捏造されたイメージ。それを書いたのは山田裕貴演じる、ベートーヴェンのバトラーだったシンドラー。

 

 日本人が当時の音楽家たちを演じる、ふざけた設定。「のだめ」の竹中直人みたいに、笑わせてくれるのかと思った。主演のふたりに染谷将太、生瀬勝久、遠藤憲一、小手伸也など演技巧者の個性派が揃っている。

 

 脚本バカリズムを大々的にうたっているので、その部分でも期待できるかな?と思って劇場へ。

 

「ベートーヴェン捏造」★★☆☆☆

 

 まったく笑えない。意外なほど、生真面目な作り。その真面目さが活きない。こんな無茶苦茶な設定なのだから。期待としては「アマデウス」的展開と「のだめ」の笑いだったけど、結果はどちらでもない。

 

 バカリズムは脚本家として評価を受けているようだけど、この映画を観る限り、どこが?という感じ。これがクドカンならば、もっと、権威あるベートーヴェンをおちょくったのではないか?

 

 せっかく、いい役者が揃っているのに、もったいない。この秋のガッカリ映画No.1かな?

 ロバート・レッドフォードの長い映画生活で特徴的なのは、特定の監督にこだわった作品選び。特にシドニー・ポラックとは初期の頃から。ずっと組んでいる。

 

 最初の作品は66年「雨のニューオリンズ」。以降72年「大きなる勇者」73年「追憶」75年「コンドル」79年「出逢い」85年アカデミー作品賞に輝いた「愛と哀しみの果て」と6作品に主演している。

 

 やはりアカデミー作品賞に輝いた「スティング」で組んだジョージ・ロイ・ヒルとは名作「明日に向かって撃て!」(69年)と75年の「華麗なるヒコーキ野郎」の3本。

 

 他にはマイケル・リッチー、ピーター・イエーツ、アーサー・ペンなどハリウッドの主流というより、やや脇道を歩いた実力派監督と組んでいる。

 

 スピルバーク、コッポラ、ルーカスとは、時代は重なるけど、1度も組んでいない。(コッポラが脚色した「華麗なるギャツビー」に出ているが監督は別)

 

 80年に「普通の人々」で監督デビュー。いきなりアカデミー作品賞&監督賞を受賞した。俳優としてはノミネートもほとんどされていないのに、いきなり監督賞。


 以降、監督として88年「ミラグロ」92年「リバー・ランズ・スルー・イット」(ブラッド・ピット主演)94年「クイズショウ」(レイフ・ファインズ主演)98年「モンタナの風に吹かれて」(スカーレット・ヨハンセン出演)2000年「バガー・ヴアンスの伝説」(ウィル・スミス&マット・デイモン主演)07年「大きなる陰謀」(トム・クルーズ&メリル・ストリープ主演)など数多くの監督作でスターを起用した。



 

 のちにはイーストウッド、メル・ギブソン、ウォーレン・ビーティ、ケビン・コスナーなどのスターがアカデミー監督賞を受賞するが、先鞭をつけたのはレッドフォード。それだけ敬愛された映画人だったのだ。

 呉美保の新作「ふつうの子ども」の主人公は、本当に普通の男の子。普通じゃなくなるのは、この子が、ちょっと変わった女の子を好きになってしまったから。


 この女の子がグレタ並みの意識を持った環境ガール。学校でも、環境問題を声高に訴えて、大人の無策を批判する。


 男の子は、本当は環境意識なんてないけど、彼女の気をひきたくて、問題意識を共有したようにアピールする。


 しかし、そこに、やんちゃなイケメンの同級生が割り込んで来たので、三角関係になる。彼女の思惑に引きずられ、過激さを増して、問題化する。


「ふつうの子ども」★★★★★


 呉美保は前作の「ぼくが生きている、ふたつの世界」(主演・吉沢亮)も良かった。そして、この新作。今までの彼女の作品にはない、軽やかさ。


 この人、こんなコメディセンスがあったのかと驚いた。


 成功の大きな要因は、主人公の男の子。この子が本当に「ふつうの子供」なのだ。この子の表情を追うだけで映画として成り立つ。


 彼のママを演じる蒼井優、担任の風間俊介。もともと芝居のうまい俳優から、より自然な演技を引き出す、見事な演出。


 さらに終盤登場する、瀧内公美の問題女子のママ。一瞬で場面をさらう。理不尽な存在なのに、妙に説得力がある。


 実際にこんな強力な独善的ママ、いるだろうと思わせるのは、瀧内公美の演技力?呉美保の演出力?


 

 ロバート・レッドフォードが89歳で亡くなった。訃報の扱いは小さい。今の人から見れば「誰?」という存在なのだろう。70年代から映画を観てきた映画ファンにとって、70年代80年代を通じて永きにわたるハリウッドのNO1スター。

 

 ブラピが登場した時には「第2のレッドフォード」といわれた。レッドフォード監督ブラピ主演の92年「リバー・ランズ・スルー・イット」が公開時にはレッドフォードがプラピに若い時の自分を重ねていると評判になった。

  

 70年代になって本格的に洋画(主にはアメリカ映画)を観るようになって、初めて接した現役スターがレッドフォードだった。丁度「スティング」がアカデミー賞に輝き話題になっていたころ。 



 

 共演したポール・ニューマンとは親友。二人は69年の名作「明日に向かって撃て」で出会い、親友なった。レッドフォードがのちに監督になったのもニューマンの影響が大きい。



 

 今は俳優が監督業に進出することは珍しくないけど、60年代までは、まず、なかった。独立系でジョン・カサベテスが俳優兼監督として評価されていたぐらい。俳優が監督をするなんて!というのが当時の映画界の空気。(せいぜいカーク・ダグラスが製作に手を染めるぐらい)

 

 ニューマンは福祉事業にも積極的で、ニューマン印のドレッシングオイルやパスタソースなどが人気だった。その収益をすべて寄付したニューマン。そんなニューマンに接して、レッドフォードも監督業に進出して、社会貢献ということで、自分の牧場を使い、独立系映画を応援する映画祭を主催した・

 

 それがサンダンス映画祭。ちなににサンダンスはレッドフォードが「明日に向かって撃て!」で演じた役名。「サンダンス・キッド」。レッドフォードはこの役を愛して、自分の牧場にこの名前をつけた。その牧場で開催されたのが「サンダンス映画祭」。

 2011年に没した昭和、平成の名優、原田芳雄。遺作「大鹿村騒動紀」で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞。キネ旬賞では主演、助演で5度も受賞、俳優仲間に敬愛された存在だった。その前年に生まれた孫の原田琥之佑が主演したのが「海辺へ行く道」。

 

 瀬戸内海に面した町に住む少年。この町、アーティストたちを招き移住させている。変わった個性の人々に囲まれて、少し戸惑う中学生たちの姿が描かれる。

 


「海辺へ行く道」★★★★☆

 

 原田琥之佑の魅力に尽きる。変な大人たちに囲まれても冷静に彼らを見て、好奇心や憧れる感情を見事に表現している。主演俳優として実に魅力的。大人の俳優になるのが楽しみ。


 監督は横浜聡子。商業映画デビューの「ウルトラミラクルラブストーリー」から俳優の個性を引き出すのがうまい監督。

 

 今回はこの少年、少女たちに高良健吾、剛力彩芽、唐田えりか、麻生久美子、村上淳、坂井真紀などが「へんな大人」として、子どもたちに絡む。



 子供だけの話に収めないで、大人の世界を見る子供という視点がいい。それに瀬戸内海の美しい風景。


 アートで町おこしは、瀬戸内海あたりでは定番だけど、ちょい、そのうさんくささも皮肉っている。


 

 1979年にアメリカで出版されて大ヒットしたサスペンス小説「シブミ」。著者はトレヴァニアンという匿名の作家。この作品の前にはクリント・イーストウッドが映画化した「アイガー・サンクション」もベストセラーにしている。

 

 1981年に初めてロスアンゼルスに行った時、この「シブミ」が大きな話題になっていた。この小説とテレビドラマ「将軍」の大ヒットで、ちょっとした日本ブームだった。

 

 自分のことを日本人だと認識すると「シブイ」を連発された。なんで「渋い」なの?と理由がわからなかった。あとで、この小説の影響だと知った。

 

 その小説を読んだのは、ずいぶんと後になってから。その小説を最近、読み直した。ここまで、日本文化への敬意があったのかと、再読して驚いたほど。



 

 基本的に欧米の価値観に疑問を呈することが、この小説のベースになっている。小説の主人公はニコライ・ヘルというプロの暗殺者。


 物語は彼の幼少期から始まる。戦前の上海の外国租界。そこで育ったヘル少年。その上海を日本が占拠、支配する。ニコライの家で日本人の軍人と暮らすようになる。(小説では「将軍」と表現される)

 

 この将軍の導きで彼は囲碁を覚え、その才能を目覚めさせる。租界育ちで国籍を持たないニコライを案じた将軍は、ニコライを囲碁の師匠のところへ弟子として預ける。ニコライ少年は終戦を日本で迎える。

 

 この戦争の時への記述でこんな表現がされる。「日系は収容所に送られたのに、ドイツ、イタリア系は自由の身で軍事産業で利益を得ていた」「根強い人種差別によって正義が歪曲されている」。

 

 80年代にここまで日本人に心を寄せた物語がアメリカ人に支持されていたのだ。


 こんな激しい描写があったのに,当時のアメリカ人はそれを受け入れた。あの時代、アメリカ人はベトナム敗戦の傷がまだ癒えず、自信を失っていたのかも知れない。

 1972年の映画「ラストタンゴ・イン・パリ」。米国の名優マーロン・ブランドが主演したベルナルド・ベルトルッチ監督の問題作。性的な快楽だけを追求する物語。それゆえに当時としては大胆な性描写で、芸術かワイセツかの議論を呼んだ作品。

 

 監督したベルトルッチは外国籍の映画ながら、この作品でアカデミー監督賞にノミネートされている。作品としては、ポルノグラフィーでありながら、高い芸術性を持った作品というのが、のちの評価。

 

 

 この映画に新人ながら抜擢されたのがマリア・シュナイダー。彼女にとっては代表作ではあるが、そのレイプシーンがトラウマになり、クスリに溺れるようになるなど、波瀾万丈な人生を送るきっかけになった。

 

 そんなマリアの人生を描くのが「タンゴの後で」。

 

「タンゴの後で」★★★★☆

 

 今ならインティマシーコーディネーターが必要な映画だったのだろう。当時はそんな意識もなかった。ベルトルッチはリアルな反応を描きたいという監督のわがままで、結果、彼女を犠牲にした。

 

 被写体としては魅力的な俳優だったけど、演技者としての経験に不安があったのだと思う。当初はドミニク・サンダがキャスティングされていたそう。演技経験の豊富な彼女なら違った結果になっていただろう。しかし、サンダは妊娠で降板、新人のマリアが起用された。

 

 生身の人間が、設定された役を演じる俳優という職業。やはり、相当に自己コントロールができなければ、継続することは難しいのだろう。


 彼女が被害者意識を持たなかったら、この結果ではないかも。映画の中でも俳優の実父が「あくまでも役なのだから、流すこと」と忠告している。「いきなり代表作があるのは、俳優としては羨ましい。自分にはそれがないからコツコツと続けるだけなんだ」と言う。

 

 それもある種の真実。代表作があれば、そのイメージに縛られる。渥美清だって「寅さん」を続けることに悩んでいる。しかし名優。宇野重吉に「代表作があるのは、俳優として、この上ない幸福だ」と諭される。

 

 マリアの心の傷はわかるけど、彼女みたいな人が俳優という職業を選んだことに問題があったのかもしれない。それでも、今は時代が変わった。彼女が犠牲と思うような出来事は回避できているのだろうか。

 

 

 先日映画の合間に寄ったブックオフ。そこで買ったのが林真理子の「断崖、その冬」。タイトルも聞いたことのない作品。あらすじを読むと主人公は地方の女性アナウンサーだということ。林真理子の小説で、また、女子アナの作品か!と思いながら読み始めたら、面白くで1日で読み終わってしまった。



 主人公は北陸の地方局の34歳の女性アナウンサー。地元では美人アナとして知られた存在。ヘタな芸能人よりも地元ではセレブ。しかし、女性アナウンサーにとっては30代後半はジワジワと需要が減ってくる。

 

 彼女もラジオへの転身をほのめかされる。テレビのアナウンサーには、おばさん不要。美人の彼女でも年齢のことを考えざるを得ない。さらに地方局の置かれたリアルな状況も描かれる。

 

 地元のドンが経営する地方の報道機関。ライバル局では、ドンが「女は若い子に限る」と女子は30代になると定年させられる。


 組合もあるのだけど、御用組合で、ドンの一声に抵抗など出来ない。さらに地方アナの本音は中央に行くこと。中央を落ちて仕方なく「どの地方でもアナウンサーになれるなら」と天下っているのだ。本音はどんな形でも中央にいくこと。

 

 そんな実態を背景に、この女性アナウンサーの恋が描かれる。相手は野生味あふれる野球選手。彼に「本気だ」といわれ、その気になる。彼は故障の調整のために北陸の湯治場に来ていたのだ。

 

 野球を知らない彼女にとっては、まったく違う世界。彼と共に歩く覚悟をする、という話。もちろん予想できそうな展開がある。そしてサスペンスチックなラストを迎える。

 

 文庫の解説を書く吉川美代子の文章が秀逸。この物語がいかに女性アナウンサーのリアルな一面であるかを綴っている。 

 

 晩年はその貫禄と知性でTBSの看板アナウンサーだった彼女も30代には左遷のような扱いを受けたそうだ。それを乗り越えて中年になってから居場所を築いた人。この主人公の30代の悩みは、まさに自分のものだったと回顧する。

 

 リアルなアナウンサーが共感できる作品。代表作でも話題作でもないレギュラーなレベルの作品でも、このレベルの林真理子のうまさ、またまた再確認。

 最近、注目を集めている下町の繁華街・北千住。この街で働く女子を主人公にした映画「神と恩送り」。主演しているのは元「AKB」の女の子らしいけど、そのあたりの事情に疎いので、地味な女優さんだなと思って見た・

 

 監督さんもどんな人かは知らない。タイトルバックは踊りで構成されていて、この振付師さんも、どうも有名な人らしい。

 

「神と恩送り」★★☆☆☆

 

 何も知らないままに観た映画。たまに、この手に「当たり」があるので、侮れない。でも、この映画は見たままの低予算映画。安いBSのドラマみたいな作り。

 

 「神様」を持ち出すのも何だか、かえって安さ感を倍増している。オフィスのシーンも、居酒屋のシーンも、ロケで済ましているのだろうけど、リアリティがない。

 

 もう少し、恋愛や仕事に悩む女子に姿をリアルに描けば、興味ある物語展開になったのに。安いのは予算だけでなく、製作する側の心のうち。予算が少なくても、真に迫る物語はできる。映画は画面を使って物語を語るものなのだ。