ルポライター軍司貞則が92年に発表した「ナベプロ帝国の興亡」。その文庫本を神保町の古本屋で見つけて読んだ。
渡辺プロダクションの繁栄のきっかけになったのは日劇のウェスタンカーニバルから。
この本はそれ以前、渡辺晋が早大の学生時代に遡って書かれている。
あわせて美佐夫人の出自から、渡辺晋に出会うまでの経過も。
戦中、戦後の部分は知らないことが多い。一番興味深かったのは、戦後の事情。進駐軍が来てエンタメ需要が高まった。
なんとなくは知っていたけど、この描写はまるで映像を見るように鮮やか。アメリカの力を借りて復興した日本が見える。
渡辺晋は、まさに、その時代の波に乗った人。
美佐も同じ。英語堪能な母親のおかげで進駐軍に太いパイプができる。
ふたりが出会い、結婚。そしてウエスタンカーニバルが始まる。プロデューサー渡辺美佐の功績として有名なエピソード。
しかし、本当の企画立案者は、のちにホリプロを起こす堀威夫だと、軍司は書いている。
後半にも堀威夫のことが出てくるが、やたら堀威夫が善人で実力者として描かれている。
調べてみたら軍司は現在ホリプロ所属。この文章が書かれた時に、そうだったかは知らないけど、ルポライターとしては、やや偏った印象を後半では受ける。
前半はウエスタンカーニバルの成功。ピーナッツの売り出しにも成功して「シャボン玉ホリデー」が国民的番組になる。
渡辺プロダクション、いけいけの時。
後半は日本テレビとの決裂で坂道を下る。
そこで再び登場するのが堀威夫。その堀威夫の最大の功績が山口百恵を天塩にかけて育てたことだと書いている。
これは事実とは思えない。デビュー当時、百恵はホリプロの一押しなどではなかった。
ホリプロで亜流扱いだった百恵を育てたのは専務だった小田新吾。(石川さゆりも。ホリプロの主流は和田アキ子、森昌子)
松田聖子も出てくるが、これもサンミュージックが全社をあげてデビューを盛り上げたと書かれている。
松田聖子を売り込んだのは、CBSソニーの若松宗雄。聖子をどこに売り込んでも相手にされなった。(ソニーの社内でも)それでも、聖子の声に魅せられて育てた。なんとかサンミュージック社長の相澤さんに頼み込み、所属。
しかし、サンミュージックには、同期に違う一押しがいた。
百恵も、聖子も、軍司の本を読めば、デビューから事務所の総力体制だったみたいだが、事実は違う。
たかが芸能の話だけど、ルポとしては事実は歪めてはいけない。