ロバート・レッドフォードが89歳で亡くなった。訃報の扱いは小さい。今の人から見れば「誰?」という存在なのだろう。70年代から映画を観てきた映画ファンにとって、70年代80年代を通じて永きにわたるハリウッドのNO1スター。
ブラピが登場した時には「第2のレッドフォード」といわれた。レッドフォード監督ブラピ主演の92年「リバー・ランズ・スルー・イット」が公開時にはレッドフォードがプラピに若い時の自分を重ねていると評判になった。
70年代になって本格的に洋画(主にはアメリカ映画)を観るようになって、初めて接した現役スターがレッドフォードだった。丁度「スティング」がアカデミー賞に輝き話題になっていたころ。
共演したポール・ニューマンとは親友。二人は69年の名作「明日に向かって撃て」で出会い、親友なった。レッドフォードがのちに監督になったのもニューマンの影響が大きい。
今は俳優が監督業に進出することは珍しくないけど、60年代までは、まず、なかった。独立系でジョン・カサベテスが俳優兼監督として評価されていたぐらい。俳優が監督をするなんて!というのが当時の映画界の空気。(せいぜいカーク・ダグラスが製作に手を染めるぐらい)
ニューマンは福祉事業にも積極的で、ニューマン印のドレッシングオイルやパスタソースなどが人気だった。その収益をすべて寄付したニューマン。そんなニューマンに接して、レッドフォードも監督業に進出して、社会貢献ということで、自分の牧場を使い、独立系映画を応援する映画祭を主催した・
それがサンダンス映画祭。ちなににサンダンスはレッドフォードが「明日に向かって撃て!」で演じた役名。「サンダンス・キッド」。レッドフォードはこの役を愛して、自分の牧場にこの名前をつけた。その牧場で開催されたのが「サンダンス映画祭」。

