1972年の映画「ラストタンゴ・イン・パリ」。米国の名優マーロン・ブランドが主演したベルナルド・ベルトルッチ監督の問題作。性的な快楽だけを追求する物語。それゆえに当時としては大胆な性描写で、芸術かワイセツかの議論を呼んだ作品。
監督したベルトルッチは外国籍の映画ながら、この作品でアカデミー監督賞にノミネートされている。作品としては、ポルノグラフィーでありながら、高い芸術性を持った作品というのが、のちの評価。
この映画に新人ながら抜擢されたのがマリア・シュナイダー。彼女にとっては代表作ではあるが、そのレイプシーンがトラウマになり、クスリに溺れるようになるなど、波瀾万丈な人生を送るきっかけになった。
そんなマリアの人生を描くのが「タンゴの後で」。
「タンゴの後で」★★★★☆
今ならインティマシーコーディネーターが必要な映画だったのだろう。当時はそんな意識もなかった。ベルトルッチはリアルな反応を描きたいという監督のわがままで、結果、彼女を犠牲にした。
被写体としては魅力的な俳優だったけど、演技者としての経験に不安があったのだと思う。当初はドミニク・サンダがキャスティングされていたそう。演技経験の豊富な彼女なら違った結果になっていただろう。しかし、サンダは妊娠で降板、新人のマリアが起用された。
生身の人間が、設定された役を演じる俳優という職業。やはり、相当に自己コントロールができなければ、継続することは難しいのだろう。
彼女が被害者意識を持たなかったら、この結果ではないかも。映画の中でも俳優の実父が「あくまでも役なのだから、流すこと」と忠告している。「いきなり代表作があるのは、俳優としては羨ましい。自分にはそれがないからコツコツと続けるだけなんだ」と言う。
それもある種の真実。代表作があれば、そのイメージに縛られる。渥美清だって「寅さん」を続けることに悩んでいる。しかし名優。宇野重吉に「代表作があるのは、俳優として、この上ない幸福だ」と諭される。
マリアの心の傷はわかるけど、彼女みたいな人が俳優という職業を選んだことに問題があったのかもしれない。それでも、今は時代が変わった。彼女が犠牲と思うような出来事は回避できているのだろうか。

