日本陸連主催の日本選手権は来年から、日本人選手以外の出場を認めないことを決定した。

 日本で生まれ育った外国籍競技者や日本国籍を有する者については例外を認めてはいるものの、実質外国からの参戦や日本に留学している外国人の参加が不可能になった。

 

 実際今年の男子5000mでは上位6位までを外国人選手が独占した。

 トップから46秒遅れでゴールした日本人選手が優勝者として表彰された。

 

 かつてのマラソンランナーで日本陸連理事の瀬古利彦氏は「こんなレースで表彰されても誰も喜ばない。世界と戦っていくためには<日本選手権>で『日本一』になったという自信をつけるのが重要。」と主張した。

 反対意見もあったが多数派が押し切った。

 

   

 ※ 以上は朝日新聞の記事から抜粋したものである。

 

 瀬古理事が言うところの「こんなレースで表彰されても誰も喜ばない。」揚足をとるつもりはないが、正しい表現としては「こんな成績で表彰されても誰も喜ばない。」ではないだろうか。

 

 瀬古理事は日本人だけで走って『日本一』つまり日本チャンピオンになった自信をつけるのが重要と言いたかったのだろう。

 だが、外国人選手が参加していれば、日本にいながらにして世界のトップランナーの走りを間近に見ることができるのだ、これほど素晴らしい環境を排除しようとする背景に企業に籍を置く陸上競技クラブという姿が垣間見える。

 陸上競技という純粋な立場からの見解ではなく実績を挙げてこそ陸上競技クラブの存続があるという苦渋の選択であったことがうかがえる。

 それら指導者や競技者の気持ちを理解したうえで、あえて言いたいことは、そんな小手先の小細工で作られた『日本一』になんの意味もないということ。

 世界を目指すなら、少しでも早く、多くの機会に世界を見る必要があるのではないか。

 

 1984年ロス・オリンピック男子マラソン、日本人の誰もが瀬古選手の優勝を信じて疑わなかった。

 しかし彼は後半ずるずると後退していった。

 そしてレース後彼はひどい下痢だったことを打ち明けた。

 慣れない海外での体調管理の難しさという面で同情する余地はあったのだが、私自身はそれ以前の日本陸連がオリンピック代表に瀬古を選出したいがための特別ルールを急遽設けたことを思い出した。

  

 『強いものが勝つのではない、勝ったものが強いのだ』私の好きな言葉なのだが、これはスタート位置に立つまでの行程が重要なのであって<スタート位置に立った参加者全員に勝つチャンスがある>ということだと理解している。

 

 そういう意味で2000年のシドニーオリンピックで高橋尚子選手を選ばなかった日本陸連の選択にロスオリンピックで苦汁の経験をしたことがシドニーでの良識となったと安堵していたのだが。


 

 ロスオリンピックで特別扱いで参加し、大失敗した当事者が、今回の日本選手権で世界を見ず、目先の汚れた栄誉に走ったことが残念でならない。

 4チームで上位2チームが決勝トーナメントに進出出来るというルール。

 この4チームというのがなかなか微妙だ。

 

 つまり4チームがそれぞれのチームとリーグ戦で試合をするということは全部で6試合。

 引き分けがないという前提でいけば3勝すれば間違いなくトップ通過が決定する。

 この場合他の3チームが三すくみ状態ということで1勝2敗で並んだ場合には得失点差の大きいチームが決勝トーナメントに進出可能となる。


 3勝したチームがトップ通過するのとは逆に3敗したチームは自動的に最下位が確定し、脱落する。

 この場合にも3チームが2勝1敗で得失点差勝負になるケースもある。

 

 結局は2勝したからといって決勝トーナメント進出が決定するわけでもないし、1勝に終わったからといっても決勝トーナメントに進出可能な場合もあるということだ。

 大切なのは勝てる試合では少しでも得点を多く挙げて勝利しておくということ。

 結果論的な考え方のように見えるかもしれないがそうではない。

 先々週のセレッソ大阪の後半を見ればそれは顕著だ。

 リードを守って逃げ切れば優勝だということで追加点を狙わずラインを下げてしまった。

 中盤を相手チームのフリーにしてしまったことで完全に守り一辺倒、いわゆる、受けてしまった状態になったのだ。

 結果は相手に得点されてしまいリードを守れずに引き分けてしまい優勝を逃がした。

 もしあのとき追加点を獲りに行ってカウンター攻撃で失点して優勝を逃がしたとしても、自分たちのサッカーをしたという満足感が残ったはずだ。

 サッカーとはそういうもの、いかに自分たちのサッカーをしたかが重要。

 結果が総ての世界ではあるが、だからこそ結果を先に決めてしまってはいけないのだ。

 

 リードしたらさらにリードを広げる、これが短期リーグ戦における最も重要な戦い方であり真理。


 誤解を恐れずに最近の異常と思える事柄について書くことにした。

 


京都府宇治市内の塾の教室で、小学生が塾の講師に刺殺されるという悲惨な事件があった。


 痛ましい事件だと思う、殺された生徒のご両親の悲しみや怒りは、言葉に言い表せないものだろう。
 

 そしてこの塾に子供を通わせている他の生徒の親たちは、塾側の説明が不十分だとして抗議したらしい。
 学校が安全な場所でなくなり、学校への通学路にも危険が潜んでいる、そして今回進学するための勉強をする塾が惨劇の場所となった。
 もはやどこにいても、いつ殺人を犯す人間と接触してもおかしくない時代なのだろう。

 事件が起こった場所や地域だけが危険なのではない。


 被害に遭われたご家族にはお気の毒としかいいようがない。
 しかし、被害者でもない他の塾生の親が塾に抗議しているという。
 他人に我が子を預けてそこで起きた事件に、何が言いたいのだと問いたい。

 塾だけは安全だとでも思っていたのか。
 塾の講師と塾生にささいなトラブルが起こったとき、もしそのことを知っていたなら、それだけのことでこのように殺気だった抗議運動を起こしたのか。

 もしそのときになんらかの対策を施していれば、結果論でものを言う人間はいつの時代もこういった批判だけをするものだ。
 塾はそこまで塾生と講師の間の事柄に干渉していなければならないのか。


 そしてさらに、前科のある者を採用することを一般世間という偽善者社会は、これらを深く静かに徹底させていこうとするだろう。

 
 前科のある者は更正を終えた後、社会復帰してもこういった凶悪な犯罪を犯すから、今後職業選択の自由など与えてはいけないと、口には出さず増えていくことになるのだろうか。


 違う、もう今や誰でもが犯罪者になりうる可能性があるような世の中になってしまったのだ。
 子供が学校に行く通学路は危険だ、保護者がついて一緒に学校まで行くのが一番安全だろう。
 だが一旦学校の中に入ってしまえば、あるときは教師が、あるときは同級生が殺意を持って襲ってくることがある空間なんだということを、認識しなければいけない世の中なのだ。
 他人に預けたり、手を放した子供に起こった事柄の責任を預けた他人に転換したり、押し付けていては問題はいつまでたっても解決しない。
 日本のどこにいても安全な場所などないのだということを認識しなければならない。

 他人に我が子を預けた時点でなにが起こるかわからない世界に行ってしまったと考えねばならないのだ。
 空き巣、強盗、ひき逃げ、世の中に悪いことを考えていたり、他人に対して無関心であり、自己中心的な考えの人間は誰の周りにもたくさん存在するのだ。
 子供を守りたいなら、出来るだけ信頼出来る人間に、親が見られない間守ってもらうしかないのだろう。
 しかし、その信頼していた人間も、いつ裏切るのかわからない、そんな時代そんな世の中になってしまった。



耐震偽造マンションの居住者に対して、政府及び地方自治体は異例の早さで既に居住している住民への対応策として、代替住宅の斡旋や家賃の負担等の政策を進めている。

 ちょっと待ってと言いたい、なにかおかしくはないか。


 個人の戸建住宅で手抜き建築があった場合、そこまでの補償に政府が乗り出してきてくれたことが過去にあったか。


 悪質な建築業者の詐欺にあったからといって、支払った建築費用や補習費、あるいは費用を立替えるといった事柄について、これほど迅速に政府が過去になにかしてくれたことがあったか。
 そういった欠陥の偽装住宅に住んでいた住民の家も震度5強には耐えられなかったはずだ。
 そのとき何もしなかった政府・自治体、それがなぜ今回このように異例とも言える素早い対応をするのだ。

 姉歯氏や総研以外に、そういった共同住宅やホテルといった物件が見つかった場合にも、同様の補償を約束出来るのか。
 とても信じられない。
 信じられないというよりは、姉歯と総研だけの問題で済ませてしまって他の大手ゼネコン関連業者の建物なりコンサルの関連している建物に問題が波及しないよう、速やかに問題を解決しようという意図を感じずにはいられない。

 
 今後必ず同様の耐震偽造の建物の存在は内部告発や検査で出てくる。

 構造計算書が正しくても、施工段階で手抜き工事がなされた建物がもっとあるはずなのだ、あって当然の問題なのだ。
 基礎工事の深さ、生コンの水増しによる強度不足、それらを全部図面と施工後の建物を実際に比較検査してみないことには、総ての問題点を暗闇から引きずり出したことにはならない。

 

 建築業者の手抜き、実際の工事現場ではいつの時代も日常茶飯事的に行われている行為ではないか。

 立派な建造物であっても、建てたのは大手ゼネコンではなく、孫受けのまた下の孫受け、大工のオヤジやバイトが実際は作業して建てたもの、見た目は立派に見えてもそんなものだ。

 ただしそういった建築業者の中にもきっちりした業者はいる。

 それ以上に手抜きした業者はもっといるだけ。

 

 どうかそれらの大手ゼネコンが秘匿している悪質な手抜きが行われた建物や、施工した業者にまで捜査の目が届き、総てを明るみに出すことも緊急に必要だ。そのうえで、そういった欠陥住宅に住んでいる人たち全員を平等に援助出来る予算を発表し、国家予算を充当するのかどうか国民に問わなければならないほど、この事件の核心問題の根は深いと信じて疑わないのは私だけなのだろうか。


 これらの問題について異論のある方、いつでもコメントしてきてください、ただし冷静なコメントであることとURLの記入をお願いします。

 書きなぐりのコメントは管理人の権限で削除もしくは無視しますので。

 

 

 2006年ドイツワールドカップの組合せ抽選会が日本時間で10日早朝に行われる。

 午前6時には終わる見込みだ。


 第1シード:ドイツ, ブラジル, アルゼンチン, イングランド, スペイン, メキシコ, イタリア, フランス

 
 ☆第2ポット:エクアドル, パラグアイ, オーストラリア, アンゴラ, コートジボアール, トーゴ, ガーナ, チュニジア

 
 ☆第3ポット:ポルトガル, オランダ, ウクライナ, スイス, クロアチア, チェコ, スウェーデン, ポーランド

 
 ☆第4ポット:韓国, 日本, サウジアラビア, イラン, アメリカ, コスタリカ, トリニダード・トバコ 

 

 注スペシャルポット:セルビアモンテネグロ

 

 

 セルビアモンテネグロは、ヨーロッパが同組に3国入らないように配慮されるため、ブラジル、アルゼンチン、メキシコのいずれかと同じ組に第4ポットとして入る。

 セルビアモンテネグロが入る組は大変だ。

 


 

     2006wc

  

 

 

 第1シードにオランダではなくイングランドが入ったのが個人的には意外だったが、まあ順当なところだろう。

 弱気ではなく第4ポットにいる日本にとって第1シードのどこの国が同組になろうとあまり関係ない。

 相性や過去の実績なんてものを遥かに上回る国ばかりなのだから。

 どこと当たってもシード国とワールドカップの舞台で真剣勝負が出来ることを喜びたい。

 もちろん勝負は水物、勝負は試合終了のホイッスルが吹かれるまで誰にも判らないこと。

 

 第2ポット・第3ポッドについて、力量的には紙一重に近い存在だと考えているので、勝敗の行方には過去の実績から、相性のいいチームとの組合せになることを期待したい。

 

 第2ポットからは、日本の組織サッカーと相性が悪いアフリカの奔放サッカー国とは当たりたくないというのが本音。

 

 第3ポット、これはもう相性とかの問題ではなく今後日本サッカーが当然のように乗り越えていかねばならないヨーロッパの壁。

 どこと当たろうとアグレッシヴに戦ってほしいと望むだけ。 


 ちなみに、日本にとって最悪の組合せは、アルゼンチン、オーストラリア、オランダと同じグループに日本が入るケースだと宇都宮徹壱氏 は書いていた、もっともな意見だと思う。 

 

 

 25年前の12月8日、20世紀の偉大なるロックン・ローラー、ジョン・レノンが亡くなった。

 そして昨年の12月8日、cologneのこのブログはなんとモブログ・ジャンルにてスタートした。

 その当時はまだアメブロ会員は3万にも満たなかった。

 

 それから時が経つことわずか1年、今やブログ世界は大航海時代を迎えた。 (ちょっと無理があるのはスルーするのが武士の情け)

 

 

 ということで久しぶりに歴史の話を書くことにした。

 

 13世紀後半ヴェネツィアの商人マルコ・ポーロが書いた『東方見聞録』は15世紀になってヨーロッパ人のアジア進出への好奇心をかきたてた。

 世に言う「大航海時代」の幕開けだ。 (尾田栄一郎作「ONE PIECE」はこの時代を背景に描いている)

 だが歴史的背景はそれほど単純ではなかった。

 

 オスマン・トルコが地中海の貿易拠点を支配したためそれまでの貿易路が遮断され胡椒などが品薄となり高騰した。

 そこでヨーロッパ人は地中海を経由しない新航路開発の必要に迫られたのだった。

 しかし従来のガレー船 (これも前述ONE PIECEに度々登場する帆走とオールで漕ぐ兼用船のこと)では速度と航続距離に無理があった。

 そこに北欧からカラヴェル船と呼ばれる軽帆船が登場し、これが探検航海に大きな役割を果たした。

 

 地理学的には海路でインドに行くには東回りで行くより西回りで行く方が近いという考えはギリシャやローマの書物に書かれていた。

 しかしこの事実を当時のヨーロッパ人は知らなかった。

 そしてルネサンス期になってロジャー・ベーコンやピエール・ダイイがこのことを唱えた。 (ONE PIECEに登場する大海賊ゴールド・D・ロジャーの名前はこの両名の名前から作者尾田栄一郎が考えたのではないかと推測する)

 

 かつての(cologneが学校で歴史を学んでいた頃)歴史教科書には「新大陸発見」という表現が使われていたが、これはあくまでも当時のヨーロッパ人にとっての「新大陸」発見にすぎない。

 南北アメリカ大陸にはすでに文化が展開されていたのだから、正確には「ヨーロッパ人のアメリカ大陸到達」といえる。

 

 歴史を片寄った側から解釈するとおかしなことになるという見本かもしれない。

 

 だから今では「新大陸発見」というのは死語であり、あの時代をおおまかに「大航海時代」と呼ぶ。

 

 

 無理ついでに

 cologneのブログも新たなる航海に出るということでなぜかリバプール港から「大航海時代」に出航だ~!

 

 

 



 昨年はPARK&RIDEを試験的に取り入れた観光都市京都。

 今年は五条坂に一般車両の進入を禁止した。

 慢性的渋滞で車での移動がままならないことやそれらの車両を駐車するスペースが限られている旧市外といってもよい街をスムーズに移動可能になる。

 観光文化都市を地球環境に優しく、観光者が利用する手軽な移動手段として考えるときLRT (軽量軌道交通(Light Rail Transit)が最も有効なシステムになるのではないだろうか。

 

 

 

 ミラノ(イタリア)やブリュッセル(ベルギー)をはじめとしてさまざまな都市で市民や旅行者の移動手段として利用されている。

 

 

 

 便利でいいことばかり思いつくのですが、このシステムのデメリットってなんなんだろう。


  

 路面電車を考える館

 

 

 最近あまりブログ更新しなくなった。

 単純に意欲の問題なのだが・・・。

 

 更新していないのに週末になるとランキングが上がっっていた。

 cologneのブログを訪問してくださる方がいるのだ、ありがたいことだと思う、感謝。

  

 

 ☆ 競馬関連について久しぶりにひとこと。

 

  

 菊花賞を観戦して感じたこと。

 

 折れ合いを欠いたままでも勝ってしまった菊花賞のディープインパクト。

 しかしその疲労と脚元への負担は大きかったはず。

 暮れの中山有馬記念に出走してきた場合、菊花賞以上に折れ合いに武豊騎手は苦心しなければならないような気がする。

 そしてそれでも勝ってしまうかもしれないほどの能力を秘めているが、脚元への負担と疲労を心配してしまう。

 心情的には出走するなら勝って欲しいが、予想としては危険な◎本命馬と言わねばならない。

 ▲印がシビアな評価ではないだろうか。

 


 マイルチャンピオンシップを見て感じたこと


 なぜデュランダルは直線伸びてこなかったのか、これがまた競馬の不思議なところかなと、自分自身を無理矢理納得させている。

 


 天皇賞(秋)を観戦して感じたこと。

 

 毎年のスローペースで直線だけの瞬発力勝負の競馬。

 何年か経ったとき、勝った馬の名は忘れてしまって松永騎手が両陛下に挨拶したシーンしか思い出せなくなるだろうと、今から思っている。

 

 

 ジャパンカップ

 

 ルメール騎手はいつの日か世界一のジョッキーになるだろうと感じた。

 大きく立ちはだかる壁、デットーリやペリエの技をすべて吸収しているのだから。

 思い入れを省いて観戦した秋競馬のGⅠレースとしては最も面白かったレースだった。

 

 

 ジュベナイルフィリーズを見て

 

 熊沢ジョッキー、髪の毛銀色に染めてたんだ

 地味なオヤジが銀色の髪

 これがほんとの いぶし銀 てかっ!

 

 お後がよろしいようで

 


 

 

 「少しでも犯人逮捕に役立ててください」

 広島で殺害された女児が春まで通っていた千葉県の幼稚園の卒園式の様子を撮影したビデオが撮影者からメディアに提供された。

 こんなビデオが犯人の逮捕にどう役立つというのだろう。

 百歩譲って、もし犯人逮捕に役立てて欲しいなら広島県警に提出すればいいことだ。

 それを何本もダビングしてご丁寧にマスコミ各社に提供していた。

 報道するマスコミも何を考えているのか、視聴率のためなら残された遺族の気持ちなど無視して放送している。

 そしてさんざん放送した最後に、ご遺族のお父様から3枚の写真が提出され、この写真を提供しますから、どうかこれ以上遺族や近隣者への取材を自粛してくださいとのお願いがあったと伝えている。

 どうやら今放送している自分たちの局は特別で、自分たち以外のマスコミは自粛するようにしたいものです、とでも言いたいらしい。

 犯人像を極めて近くに住む意外な人物、と軽はずみな情報を報道された地元住民の方々の迷惑を考えると、お気の毒としかいいようがない。

 捜査権はマスコミにはないのだから興味本位の犯人探しは止めるべきだ。

 TV東京の「所さんの学校では教えてくれない」で<ヤンキーはいつ頃どこから発生したか>を放送で取り上げていた。

 期待して見ていたのだが、がっかりだった。

 1977年頃大阪ミナミにアメリカ村が出来た頃、そこに集まった若者が口にし出した言葉、だって。

 全くのデタラメ、1972年頃には友人たちとヤンキーという言葉を日常使っていたし、ラジオでは笑福亭鶴瓶がさかんにヤンキーを放送で連発していた。

 全国的に広めたのは、その後嘉門達夫の歌った「ヤンキーのにいちゃんの歌」だがTV局の調査なんていい加減なものだなと改めて思った次第。



 「サウンド・オブ・サイレンス/"The Sound Of Silence"」という曲がある。

 

      kロス

       「卒業」の主演女優キャサリン・ロス (キャサリン・ロスで検索してもなかなか彼女の画像にはたどりつけないでござる)

 

 

 Simon & Garfunkel の最初ヒットソングとして、またマイク・ニコルズ監督の代表作「卒業」のサウンド・トラックにも使われた名曲だ。

 この曲を初めて聴いたのは「卒業」のサウンド・トラック盤だった。

 当然のことながらそれは当時二人のプロデューサーであったトム・ロビンソンが、ボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」製作のために集まっていたミュージシャンたちに依頼してアレンジした、エレクトリック・バージョンと呼ばれるほうの曲。

 その後Simon & Garfunkel に傾倒していった自分は、彼らのアルバム「水曜の朝午前3時/"Wednesday Morning,3A.M."」で耳にしたアコースティック盤「サウンド・オブ・サイレンス/"The Sound Of Silence"」にはがっかりした。

 「なんであんなに素晴らしいアレンジの名曲をこんなシンプルな演奏で歌ってしまうのか!」

 そんな、怒りにも似た心境だったのを覚えている。

 それから10年後に改めて両方の曲を聴いたときも感想は変わらなかった。

 そこからさらに20年以上経った頃、彼らのアルバムを改めて聴く機会があった。

 

 「いい!、実にいい!」

 「サウンド・オブ・サイレンス/"The Sound Of Silence"」はエレクトリック・バージョンもアコギ・バージョンのどちらも素晴らしいと感じた。

 

 S&G

 

 アコギ・バージョンの良さは、詩に込められたメッセージそのものがアート・ガーファンクルの歌声から、静かではあるが強烈な響きを伝えてくる。

 途中少しだけ入るエレキが邪魔で必要がないとさえ思えるほど、ポール・サイモンのギターとアート・ガーファンクルのヴォーカルが心地いい。

 続けてエレクトリック・バージョンも聴いてみた。

 そしてこのエレクトリック・バージョンの最大の成功はエレキよりもドラムにあったと感じた。

 おそらく最初にこの曲のエレクトリック・バージョンを聴いたときからそう感じていたのだと思う、感じていながらそれがドラムによるものだとは気がつかず、ずっとエレキギターを挿入したことがその要因だと思っていたのだ。

 もちろんアレンジにエレキの音が入ったことの影響は大きかった。

 しかし「サウンド・オブ・サイレンス/"The Sound Of Silence"」エレクトリック・バージョンのキーサウンドはドラムだ。

 だから自分の中ではドラム・バージョンと呼ぶことにした。

 

 今、そう言いきれる自分が存在することに限りない自己満足を感じている。

 

 

 Hello darkness, my old friend
 I've come to talk with you again
 Because a vision softly creeping
 Left its seeds while I was sleeping
 And the vision that was planted in my brain

 Still remains
 Within the sound of silence


 In restless dreams I walked alone
 Narrow streets of cobblestone
 Neath the halo of a street lamp
 I turned my collar to the cold and damp
 When my eyes were stabbed by the flash of a neon light
 That split the night
 And touched the sound of silence


 And in the naked light I saw
 Ten thousand people, maybe more
 People talking without speaking
 People hearing without listening
 People writing songs that voices never share
 And no one dare Disturb the sound of silence.


 "Fools" said I, "You do not know
 Silence like a cancer grows
 Hear my words that I might teach you
 Take my arms that I might reach you
 But my words like silent raindrops fell
 And echoed In the wells of silence


 And the people bowed and prayed
 To the neon god they made
 And the sign flashed out its warning
 In the words that it was forming
 And the sign said
 "The words of the prophets are written on the subway walls
 And tenement halls.
 And whispered in the sound of silence

  

 

 暗闇よ 君は僕の古くからの友人だ
 だからまた君と話そうと訪れてしまった
 それは 幻想が静かに近づいてきて
 僕が眠っているときに種を残していったからだ
 そしてその種は僕の頭の中でどんどん成長していった
 だけど幻想はまだ沈黙の音の中でじっと動かないままでいる

 落ち着かない夢の中で僕は独りさまよっていた
 石畳の狭い通りに差し掛かり
 街灯の灯りに近づいたとき
 急に寒気がした僕は思わずコートの襟を立てた
 その時僕の目はネオンライトのフラッシュに撃たれ
 夜の闇は引き裂かれてしまった
 そして僕は沈黙の音に触れた


 僕は見てしまった 裸電球の下で
 一万いやそれ以上、もっと多くの人々が
 口を開くこともなく語っている姿や
 耳をそばだてることもなく聞いている姿や
 歌われてもいない歌を書いている姿を
 だけど誰も沈黙の音というものを遮ろうとするものはいない

 

 「馬鹿」だ 君たちは何も分かっていない
 沈黙が癌のようにむしばんでいるのを
 僕が諭す言葉に耳をかたむけて
 僕が差し伸べる腕をしっかり握って
 でも僕の言葉は沈黙のまま滴り落ちる雨粒みたい
 沈黙の井戸に落ちていき 音がこだまするだけ


 人々は祈りを捧げていた
 自分たちが勝手につくり出したネオンという神に
 そのときネオンの掲示板にいきなり警告の言葉が書かれた
 光が織りなす言葉で
 ネオンの掲示板はこう語る
 「予言者の言葉は地下鉄の壁にも」
 「そして古びたアパートの廊下にも書かれてある」と
 それでも沈黙の音の中で人々のささやきは続いている・・・