☆ 20年前
時間は午後の9時前後だっただろうか、ミラノの地下鉄(Metropolitana)に乗るため階段を降りようとしたとき友人パオロは「ちょっと待って、下の様子を見てくるから」、そう言い残して階段を降りていった。
5分くらい経った頃パオロが戻ってきて言った。
「今下にいた連中は次の電車に乗るだろう、あと10分待ってから階段を降りれば安全だ」
その頃のヨーロッパはさまざまな国から多くの人間が流入という形で入国してきた時代ではあったが、平和で危険といっても置き引きやスリに気をつけてさえいれば安全そのものに感じていた国での夜のヒトコマの出来事だった。
「今は彼らに危険は感じない、しかし何年か経ったとき彼らの生む子供たちが問題だ」
パオロはそう言って、もう大丈夫だからと、私に地下鉄の階段を降りるようにうながした。
☆ レンヌ
パリからモン・サン・ミッシェルに向う旅行者の多くが利用する町がレンヌだ。
レンヌ駅前からモン・サン・ミッシェルに向う道路沿いの道はあまりにも人気がなく、静寂というよりも閑散としている空気を漂わせていた。
夜のレンヌはどんな街だったのだろうか。
☆ 暗い夜
ブリュッセル滞在中、ブルージュまで列車で日帰りの旅をした帰り、乗換駅を間違えてしまい、遅くなった。
ブリュッセル市内のホテルに戻ろうと路面電車に乗ったのだが行き先を間違えてしまい、とんでもない寂しい終点の駅に着いてしまった。
引き返そうにも終電なのか夜が遅くて次の電車まで間隔が長いのか、30分待っても誰も道端の細いトラムのプラットホームに来る人さえいない。
最後は「タクシーを拾えばいいや」、と気楽に考えていたが、たまに通るタクシーはみな乗客を乗せている。
そうなるとさっきまで旅先では少々のトラブルやアクシデントがなければ旅じゃない、なんて思っていた自分がとてつもなく馬鹿に思えてくる。
2月のベルギーは寒い、このままでは<日本人ベルギーで凍死>なんて新聞の見出しが浮かんできたりする。
誰も歩いていない寂しい街中をさまよい歩くこと1時間あまり、やっと開いている店を見つけた。
ここで暖かいコーヒーでも飲んでタクシーを呼んでもらおう。
そんな軽やかな気持ちになって店のドアを開けた。
店の空気が一瞬にして変わった、<なんだこの東洋人!><ここはお前のような旅行者が来る店じゃねえ帰れ!><お前誰?>そんな視線の嵐だった。
開けたドアを力なく閉め店を出た。
結局最後は客を乗せたタクシーに信号待ちの間に無理やり話しかけ、ここに引き返して来てくれたらホテルまでの料金の2倍払うからと交渉し、ホテルにたどり着いた。