ミュンヘン・ カフカ通り徒然日記 -43ページ目

イストリアの海辺でキャンピング その3 アクアマリンと西雲色

クロアチアを旅した人が声をそろえてその海の美しさを称えております。
向こう岸のイタリアの海岸はベニスのあたりしか知らない私ゆえ比較しようもありませんが
いい意味で素朴さがまだ残るクロアチアの風景にすっかり魅せられてしまいました。

キャンプ場に着いて敷地内の設備を総チェックした後、早速ビーチに繰り出すことにしよう。
ワンコOKのキャンプ場とはいえ、ワンコOKの浜辺は長さ50メートル程のみ。
そりゃあ水浴び大好き犬は皆さんご主人様とバチャバチャ泳いでますけどね
あたしゃコーギー・短足犬(いや、達者なコーギーもいらっしゃるでしょうが)元々泳ぎは苦手なのよ。
せいぜい深さ15センチまでならいいけどぉ~わんわん

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犬のリードを木の幹にくくり付け、私たちはズンズン水の中に入る。
水温は、う~ん、25度はある?相当生ぬるい。当然ミュンヘン近郊の水溜りとは格段の差だわ。
おっとクロアチアのビーチは砂浜は皆無です。
ここはキャンプ客のお子様向けか石ころを敷いていましたが
それでも素足では足の平が痛い上に滑りやすかったりするゆえサンダル着用。
(サンダル履いたまま泳ぐのって足枷ですが)、
ずいぶん先まで来たところで振り返ると、ワンコが不安そうに私たちの姿を追っているわ。
まさか溺れるんじゃないのって心配は・・・・してないか。

とりあえず一泳ぎしたけれど、私が頭に描いていたクロアチアの海とは何か違うのよね。
岩場から透き通ったアクアマリン色の水に飛び込むつもりだったんだから。
で、後日犬散歩がてらキャンプ場の境目ヌーディスト(FKK)許可区域も超えて森の中まで行ってみたら
イメージ通りの”美しい秘密の浜辺”を見つけた!
この先ずっと進むと次のキャンプ場に突き当たるらしく、反対方向からも人々が自転車や徒歩でやってくる。
私たちは主に人気の少ない午前中か夕方しか足を運ばなかったけど
多分ここも昼間は結構な混雑なのかもしれません。

言葉よりも写真で見るのが手っ取り早いでしょうか。
朝夕の静かな海は格別で、行く度に写真に収めずにいられませんでした。

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木漏れ日が気持ちよい木立は何の木だろ・・?ドングリが生ってたので樫の一種かな。
水中のそこここにお魚の群れが泳いでるのが見えます。
波のない穏やかな海で仰向けになると、雲ひとつない青空にカモメが飛んでた。
気持ちいいな~~~。病み付きになりそう。

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ある時は義弟ファミリーのところに遊びに行く。
こちらの浜辺を訪れる人はまばらで、殆ど独り占め状態。
シュノルケルつけて水中観察すると、お魚いっぱいで水族館みたいだった。

夕食後は夕日を眺めながら、驚くほどあっという間に沈む太陽に
しばし地球の自転速度の話に花が咲く。
14歳の子供たちはうへぇ~物理ぃ?って顔しながらせっせと計算してたのが可笑しい。
から東雲色ならぬ西雲色?に変わっていく日没後の空の色って心が洗われますね。

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続報 Last Night of the Proms  ネルソン提督の前も七変化

旅行記のかたわら、コノリー様のラストナイト情報収集にも勤しむワタクシ。
Youtube上にも日に日にクリップ数が増えてうれしい限り。

まずはThey can't take that away from me(ガーシュウィン)。
ジャズシンガーかオペラ歌手か迷った時期もあったというくらいですから
マイクを握ってスキャットも軽やかにすごく楽しそう音譜



マーラーLieder eines fahrenden Gesellenはラジオで聞いただけでも胸を打つ熱唱でしたが
こうして映像で彼女の表情を見ながら聴くとまた素晴らしいです。。。
報われない恋心の後だからこそ、第二部のネルソン提督への変身振りが一層引き立つのだった。



エレガントなお召し物もとても素敵です。
このクリップの最後で、ウワサの可愛い愛娘リリーちゃんと優しそうなご主人が映ってます。
たびたびそちらに向かって手を振るサラ・マム。ハートウォーミングドキドキ
今年はこれで大役は一段落だし、家族団欒のいい季節を送ってくださいね。

イストリアの海辺でキャンピング その2 ハウ・トゥー・キャンプ

2004年以来EU加盟国のスロヴェニア。
おそらくそちらから高速道路建設への補助金が入ってくるのでしょう、道路状態はすこぶる良い。

ブレッドから首都リュブリヤナを通過してイタリア最東の町トリエスト方面へ走ると
緑濃い山々がワインやオリーブ畑と赤い屋根の家屋のある風景に変わってきた。
快適なアウトバーンはトリエストの隣町でスロヴェニアのごくわずかな海岸線に位置するコーペルでぷっつり切れる。
ここからクロアチアとの国境までは15キロ程田舎道を走らなければならないとは
これだけ観光交通量が多いのに何と不便な・・・。
それはアドリア海において隣国イタリアとクロアチアに公海への出口を塞がれているスロヴェニアの嫌がらせだと言う声もありますが真実はいかに?

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クロアチアに入るとなんとアウトバーンは片道一車線
(したがって、のろい車の後ろには長~い渋滞が発生しちゃう)
容赦なく照りつける太陽の中、乾ききった赤茶けた岩肌とはるか向こうに見える青い海に
いよいよバカンスに来たなぁって感じ。

$ミュンヘン・ カフカ通り徒然日記ロヴィニはイタリアの港町の雰囲気

上から下までキャンプ場が密集してるイストリアの海岸ですが
私たちはロヴィニ近郊のヴェスター・キャンプ場を目指します。
その理由のひとつは、一足先に近くに来ている義弟一家と会う約束をしていたから。

彼らはここ10年来というものとある私有地内で野営的キャンプを実践している。
スペースに余裕あるから来れば?と誘われたんだけど
用足しは茂みの中・シャワーなしと聞いて、さすがに気後れしちゃった私でした。
(Ipodの充電が命の息子にとっては電気が通ってないので問題外の外・・・)

我らがキャンプ場はADACのガイドブックでもいい評価を受けている大規模な施設。
ということは清潔さ便利さは抜群だけど、必然的に人が多い・大自然の静けさは望めない、といったデメリットがあります。
そんな危惧は承知の上でしたが、案の定ところ狭しとドイツナンバーの巨大なキャンピングカーが並び
ビーチよりもプールの方が大賑わいで興ざめよ。

Wohnwagen                    Wohnmobil
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で何週間もキャンプ生活って小さい子供のいるファミリーには確かに最高。

あ、でも私はこういうのがいいな
ミュンヘン・ カフカ通り徒然日記タッバート社のかわゆいT@B

ミュンヘン・ カフカ通り徒然日記昔うちにはこんなフォルクスワーゲンのブリがあった

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まぁ、とにかくこんな感じに
泳ぎに行くだけでなく、食事も昼寝も含めて一日中屋外で過ごすこと自体バカンスなんですけどね。
ワンコには暑すぎたようで、いつも木の根っこに巣を作ってひたすら寝てたが・・・。
朝夕の散歩時は青く透きとおった穏やかな海と空の色に目を見張る。
夜は暗くて文字が読めなくなるまでゲームや読書、その後は星空を眺めるだけ。
(ドイツのように太陽がいつまでも水平線でウダウダしてない。あっという間に夜がやって来るのだ!)

さてさてそんな滞在期間中
ロビンソン的孤独感を求めて2度程義弟たちのところに泳ぎに行きましたら
茂みのトイレはちゃんと囲い付の便座、シャワー(一回ミネラルウォーター一本!)も作ってあって
なぁんだこれならこっちの方がずっと面白そうと思った次第。

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持参した日本製海外でもOKのドライヤーはコネクタがこの間の里帰り時のまんまで使用不可で
どうせ2週間自然乾燥だったし。
夜は懐中電灯なのは同じだし。

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夫は夕暮れ時に一度コウモリが飛んでるのを目撃したそうで、私もその後頑張って監視してたんですがお目にかかれなかった~。チェッ。

長くなりました。
今日はこのくらいにします。
次回はクロアチアの美し~い海の番よ。

速報!Last Night of the Proms 2009

いやぁ~待ち遠しかったラストナイト・オブ・プロムス
昨夜は北ドイツ放送(NDR)が映らない我が家ゆえ、仕方なくラジオのBayern4 Klassikで生中継を聴きました。

コノリー様の晴れ舞台をこの目で見られなかったのは口惜しいけれど
(でも多分Youtubeにアップされるだろうと安易に期待にひひ)。

彼女の出番に関してのみ明記しますと・・・
前半はディドのラメントとマーラーの歌曲集「さすらう若者の歌」で会場をしっとりと芸術的な雰囲気に包みこみ
ラストナイトの真髄である後半は打って変わり
トランペットとの掛け合いも軽やかにガーシュウィンのThey Can't Take That Away from Me
ジャズ歌手を目指したこともあるコノリー様のもうひとつの顔がうかがえる素敵なナンバー。
ジャズとクラシックではこんなに声質が変わるのですね。当たり前だけど初っ端から発声の仕方の違いにびっくり!

そしてお待ちかねルール・ブリタニアでの井出達はこれ↓
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ネルソン提督でございます!
あ~映像を見てみたいものだ。。。

追伸:

と思ったら、第一弾めっけ~っ。か、かっこいいなぁ~目



イストリアの海辺でキャンピング その1 初日はブレッドまで

数日前まで体調いまいちでありましたが、なんとか回復していざ行かんクロアチア

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別称”アドリア海の真珠”ロヴィニはイストリア西海岸のほぼ真ん中

ミュンヘンから最終目的地であるイストリア半島Rovinj(ロヴィニ)近郊までは約600Kmほどで
1日でも不可能ではない距離だけれど、まずは中間地点に当たるスロヴェニアの山あいでテントを張ることにする。
何日滞在するかはお天気&気分次第、予定は未定の気ままな旅はキャンプならではなのだ。

9時過ぎに出発してアウトバーンNr.8でサルツブルク方面へ向かいます。
オーストリアでは雄大な山々の合間を走り、2つの長~いタウエルントンネル(有料9.50ユーロ)を抜けると
アルプスも南側、何となく太陽が近くなったような気分がする。
カラヴァンケン(ってエキゾチックな響き)のトンネル(有料6.50ユーロ)の向こうはスロヴェニアとの国境。

もっとも国境・・とはいえ、スロヴェニアはEU圏内。旧ユーゴの中で一番羽振の良い国である。
地形も町並みもオーストリアの延長といってもいいくらいで、異国に来た感覚はまだない。
(AldiもLidlも氾濫してるし~)

そうこうしてるうちに
午後3時前、トリグラウ国立公園の観光地ブレッド(Bled)に到着した。

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峰の形が国会議事堂みたいだなと思ったトリグラウ山(2864m)

市郊外サヴァ川(Sava)沿いの森。
リクリエーションセンターか国民休暇村的な広大な敷地に含まれるソビッチ・キャンプ場
必要以上に大きいレセプションが社会主義時代の名残を感じさせます。
トリグラウ国立公園は夏はハイキングやマウンテンバイクからラフティング・キャニオニングなど
そして冬はスキーのメッカ(クランスカゴーラ、ポクリュカ、プラニッツァ等有名ね)として人気エリアとあって
この日もアウトドアスポーツを楽しむ人たちが結構数多く宿泊していた。

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こんな風に木漏れ日の中のゆったりとしたスペース

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中々風光明媚なところなので、まぁ急ぐこともないし2泊することにしましょう。
サヴァ川の水は清く冷たく、そしてその川から自然水を取り入れたキャンプ場内の野外プールが気持ちよい。
翌日はトリグラウ山登山口でもあるボーヒニ湖(Bohinjsko jezero)までドライブしました。

人出の多いブレッドを通過して走ること約40分。
谷の奥に静かに佇む山の湖ボーヒニ湖・・・・と思いきや、ここのキャンプ場はテント族で大賑わいだ。
みなさん山登りかしらん??
気を取り直して一番奥の駐車場に車をとめる。
信じられないくらいエメラルド色のサヴィーチャ川(小さいサヴァという意味)の橋を渡り
断崖絶壁の向こう岸、水際に沿ってのびる細い散歩道を歩きます。

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ボーヒニ湖に注ぐサヴィーチャ川の美しさは絶品!       断崖絶壁に囲まれたボーヒニ湖畔を散策

午後にはキャンプ場に戻り、森林浴・水浴び・コーヒーブレイク・読書・・・・。
こうして英気を養った私たちは翌日、燦々と輝く太陽と限りなく青い海のクロアチアへと突入したのでありました。

旅行から戻りました

みなさま、ご無沙汰してました~。


昨日の朝、テントをたたんでクロアチアの青い空と海に別れを告げ

約700キロの道のりを8時間かけて一気にミュンヘンまで戻ってきました。


今日は朝から洗濯物の山と

車の掃除と

食料品買出しと・・・

ワンコのノミ取りケア(!どこかで拾ってきた)に追われております。


これから

写真の整理をしながら旅行日記を書きます。

とりあえずはご挨拶まで。


Sarahoctavian

トニー・ザイラー

今朝ラジオのニュースで
トニ・ザイラー氏(Toni Sailer)が73歳でお亡くなりになったと聞いた。

オーストリア出身、往年の名スキー選手で
50年代に青春してた私たちの親の年代にとって
英雄・アイドル・時の人であったのですよね。

1956年のコルティナ・ダンペッツォでの冬季オリンピックで3冠王になり
その後映画俳優や歌手として芸能界で成功する一方で
スキー界の大御所であり、地元キッツビューエルでスキー学校も経営。
黒い稲妻(der schwarze Blitz)と呼ばれた
黒いタートルネックと黒パンツで颯爽と山を滑り降りるその姿は
今見てもスタイリッシュでかっこいい。

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私は昔スキーをさかんとしてた父からその名前を聞く程度だったけど
彼が主演した映画「白銀は招くよ」のタイトル曲だけは聞き覚えがあった。
作品も見たことなかったのに歌だけは知ってたのはなぜかと思ったら
NHKの「みんなの歌」でも流れてたんですね。
すごく懐かしいメロディが今朝は頭のなかでグルグルしてます。


「白銀は招くよ」(1959 原題:12 Mädchen und 1 Mann)のあの歌は
"Ich bin der glücklichste Mensch auf der Welt" by Toni Sailer

彼の映画は50~60年代のドイツ語圏に数多い
いわゆるHeimatfilm(故郷映画)ですね。
戦争の痛みから抜け出つつあった時代
悪のレッテルの重みに苦しむ自分たちの祖国を
再び愛し始めたころでしょうか。
美しい風景を舞台に、話の筋はまったく人畜無害の恋と友情。
そんなメルヘンのような世界を夢見たのかしら。
今でもテレビでそんな古き良き昔の作品がよく放映されます。
ロミー・シュナイダーのシシィ3部作はその最たるもの。

映画しかり、スポーツしかり。
トニー・ザイラーのオリンピックでの活躍は
当時の人々にとって明るい希望の星だったことだろう。
やはり50年代以降スキーや山登りをさかんとしていた義父母にとっても
(何もない時代に一番手っ取り早い余暇は山スポーツだったとか)
時代を象徴する切っても切れない人物に違いない。


Exodus

気持ち悪いのも直って
今日明日は旅行の準備に励んでおります。

午前中、夫が自転車飛ばして
シュバービングの銀行にクロアチアのマネーを調達しに行ったら
Kunaは本店にしかないと言われたそうで
結局中心街まで足を伸ばす羽目に。

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さてさて、荷造り。
何しろテントを張っての2週間、おまけにワンコの分まで含めて
家財一からげ持ち物がやたらと多くなってしまう。
夜逃げか引越しか?

バカンスの度に義父がよく
「まるでAuszug aus Ägypten(=Exodus 出エジプト記)だなぁ」って
うれしそうにぼやいてますが、まさにその通りです。

テント
寝袋とマット
いすテーブル
調理用品・食器及び食料品
海水浴のお支度、シュノルケル
衣類・靴サンダル・旅行資料一式
洗面具に医薬品、洗濯用品
ゲームや読本・・・おっと懐中電灯も。
人間も犬もパスポートは忘れずに。

これで車はパンパン状態になるのは目に見えてる。

ところで
息子にとってIpodの充電が命にも等しいくらい重要らしく
キャンプ場では電源のある場所にしてくれとうるさい。
ちょっと前までは太陽にお任せの自然のままの生活を満喫してたのにね~。
いつの間に電気必須人間になっちゃったんだろ。。ためいき。

自然な生活といえば、ちなみに
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目的のキャンプ場はこんな感じらしい。
限りなく青い海の色は本物かしらん?期待しちゃうんだけどっ。
本当はもっと人里離れた素朴なキャンプ場で「海を独り占め」がよいのだが
初めて訪れるかの地、たまには車でドライブもするかもしれない、と
便利さも考慮に入れて妥協。
ま、どうせこの時期どこまで行っても
夏休み最終組バイエルンの人間であふれてるんでしょ~し。
(私の周りでもほら・・あそこもここもクロアチア・・・)


お腹ゴロゴロ

今日から夫が3週間の有給休暇に入ったというのに
昨日、生まれてこのかた病気らしい病気をしないのが取り柄の息子が
一日中調子悪かった。
ドイツの幼稚園や学校でよく流行る、胃腸をやられるウィルス性のアレです
Magen-Darm-Infektion。
夏休み中すっかりウダウダに拍車がかかり10時近くまで起きてこないのに
この日は朝も早よからトイレ直行。
まぁ、この病気のいいところは、大体一日でケロッと直ってしまうこととあって
こちらも水分補給につとめホメオパシーの薬を与えるだけだった。

水分はお茶、それもカモミールが良いんでしょうが
本人は緑茶が飲みたいという。
(カフェインは病人に良いとは思えんのだか?)
薬は我が家の常備薬WeledaStibium arsenicosum
ホメオパシーって体質によって効き目もまったく違ってくるもの
でもこれはワタシんちに合ってたみたいです。

ところで
めったに病気しないので(「??は風邪引かない」なんて言わなかったよ~ん)
ぐったりしてると、こちらもあれこれ気を回し元気づけ。
本人も慣れないから焦るのでしょう、親の言うことも素直にきいて
いつにない親子関係になったりするのが新鮮・・・
などと感心してる場合じゃないか。

そんなこんなで、夕方には大分元気になって
おかゆを食べる気力が復活し
今朝はいつもの憎たらしいティーンに逆戻り。
子供元気で生意気がいいってか。

ところが・・・・
今度は私がお腹ゴロゴロ。
あれぇおかしいな~次はお休みに入って気が抜けたダンナの番のはずなんだけど?
おまけに直った息子は泊りがけで遊びに来た友達にうつしちゃったりして?
病原菌が充満してる我が家の週末であった。
来週半ばにはクロアチアに出発するんだから
それまでには元気にならなきゃね。

暑い中を犬連れトレッキング第二段

先週の山歩きが気持ちよかったのに味をしめて
一昨日また行ってきた。
思えば子供がブツクサ言うようになるまでは
結構頻繁にハイキングしていたんだよね。。私たち。
体力づくりのためにも、そして何より心の糧のためにも
復活させたいものです。

さて今回は
ミュンヘン子にとってお馴染みの山(=Hausbergという表現がある)の一つ
Rotwand(その名も「赤壁」1885m)付近を目指す。
赤壁は私がドイツで初めて征服した頂上にひひだったのよ~おほほ。
そもそも日本でも山登りなんて無縁だった人間を
無理やり?アルプスに連れ出した夫(当時は結婚前)。
懐かしい懐かしい。
その後も友達や家族、子連れでも何度も訪れた
まさにハウスベルクであります。

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湖からリフト経由右回りと川沿い左回りで・・         Rotwand頂上付近

この夏のテーマ?は犬に優しいトレッキング
連日30℃を越す暑さ(下界)の今週とあって
日陰のないTaubenbergからRotwandまでの道のりは犬にとって拷問にも等しく
義父・息子・その従姉に行ってもらう。
義母と私は犬を連れて森林コースを取り
頂上を回って降りてくる彼らとは
Pfanngraben(=鍋溝?)という名の渓谷で落ち合うことにする。

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標高1000m程のシュピッツィング湖はハイキングやスキーの拠点

10時過ぎに
山間のシュピッツィング湖(Spitzingsee)を出発。
ここから3人はロープウェーでTaubenbergの中腹まで上る一方
私たちはまだ水浴するものもない静かな湖畔に沿って歩き
湖の終わりから先をしばらく行くと
山々に囲まれた広々とした緑のくぼ地に出た。
赤壁の山頂を含むパノラマが広がります。

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このくぼ地の真ん中に立つアルベルト・リンク・ヒュッテ(Albert-Link-Hütte)は
元々食事も宿泊もできる人気の山小屋だが
ここ数年新しい管理人になって以来、
パン・菓子職人だったという彼の作るパンやチーズ、ソーセージ等も大評判だ。

林道と平行に走る細い舗装道路は
バスも通っており(先週行ったテーゲルン湖方面行き)
帰りはこれでシュピッツィングに戻る計画なので
時刻表を確認しておく。

さて、そのバス停からハイキング道に入り30分もしないうちに
右手奥底の鍋溝渓谷が見えてきて、水の流れる音も爽やかに休憩に誘う。
滝と滝壺は手ごろなサイズのものが数多く
飛び込んだり潜ったりするのにも最適とあって
子供連れのグループがたくさん歩いているわ。

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この辺はまだかなり谷底が深い                我らの水場はこんな風でした

水辺に下りやすいところを見つけてピクニックしよう。
水着持参でないワタシもせめて靴を脱ぎ膝まで足を浸すと
冷たく透明な山水が気持ちよい!
ついでに短足犬の肝試しもさせる惨い犬ママ。
ほぅら頑張って泳いでみなさいな~わんわん

上から降りてくる3人とはどこかで遭遇するはずだが
それまでにまだまだ時間がありそう。
途中草を食む牛の群れを通過しながら、さらに30分程先に進む。
真昼の太陽のせいで、ムッとくる熱気が立ち上る中
犬はもういやンなっちゃったみたい。
義母はちょっと前に膝の手術をして以来下り坂がキツイらしく
そろそろこの辺でUターンすることに。

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Sumpf-Herzblatt(Parnassia palustris ウメバチソウ)    物乞い犬
やっとピントが合った!


そうこうしているうちに
先週と違って携帯電話の電波ゼロ地帯で
位置確認できないでいた3人組がやっと姿を現した。
ちょうどいい水場を見つけてピクニックやり直した後ちんたらバス停まで戻る。
15時半のバスはハイカーで満杯であった。。。。

・・・・・・・・・・・・・・

来週からクロアチアに出かけちゃうので
夏休みのハイキングはこれにてお終いかな。
涼しい季節になったらまた歩こう。