“理科の時間のときでした。先生は黒板につるした大きな星座の図の、上から下へ白くけぶったおびのようなところをさして、いいました。
「みなさんは、このぼんやりとした白いものが、ほんとうはなにか、知っていますか。――ジョバンニさん。」
先生にさされて、ジョバンニは元気よく立ちあがりました。たしかにあれはみんな星だと、いつか雑誌で読んだことがあったのですが、立ってみると、もうはっきりとそれを答えることができないのでした。
「よろしい。この白い川のようなものを大きな望遠鏡で見ると、もうたくさんの小さな星に見えるのです。この星のあつまりは、銀河系宇宙とよばれて、わたしたちの地球や太陽も、この銀河系宇宙のなかにうかんでいるのです。今日は銀河のお祭りですから、みなさんは外へ出て、よく空をごらんなさい。」
その日は、一年に一度の星祭り、ケンタウル祭の日でした。
「ジョバンニ、いっしょに川へいこうよ。」
帰り道で、カンパネルラがジョバンニにいいました。……”
(原作・宮沢賢治 / 影絵と文・藤城清治「銀河鉄道の夜」(講談社より)
*この「ケンタウル祭」とは、宮沢賢治が創作した架空のお祭りなのですが、これは6月24日に(23日の夜から24日にかけて)祝われる「聖ヨハネ祭」をもとにしているのではないかという説があります。他にも「七夕」とか「お盆」、あるいはそれらのミックスなど諸説がありますが、主人公の「ジョバンニ」とは「ヨハネ」のイタリア語読みですし、「ケンタウル、露を降らせ」という掛け声はバプテスマのヨハネによる水の洗礼を連想させます。「銀河鉄道の夜」の物語の中には十字架や聖書の話も出てきますし、宮沢賢治が聖ヨハネ祭のことを意識していたことは間違いないように思います。
・聖ヨハネ祭 (シュタイナー人智学)
“ヨハネの生誕を祝うヨハネ祭は、六月二十四日である。クリスマスが十二月二五日だから、イエスよりも半年早く誕生したヨハネの生誕祭は夏至のころになるわけだ。ヨーロッパではキリスト教以前から、夏至と冬至が祝われてきた。ヨハネ祭前夜には火を焚いて、太陽に力を与えようとする。ヨハネ祭の前夜は、川や泉の水が治癒力を持ち、霊験あらたかだと言われる。”
“ヨハネ祭のころには、人間に警告を与えるようなまなざしをしたウリエルが天界におり、
「私たちの活動、輝く刺激、暖める生命を見よ。
地上で保たれるものを生きよ。
そして、本質的に支配するものとして、呼吸しつつ形成されるものを生きよ。
おまえの骨を、天の輝きとともに、支配する宇宙の結合のなかに感ぜよ。
物質は凝縮し、誤謬は正され、心は篩(ふるい)にかけられる」
という声が、夏の宇宙から響いてくるという。”
(西川劉範「ゴルゴタの秘儀 シュタイナーのキリスト論」アルテより)
*もしかしたら賢治には、宇宙からの声が聞こえていたのかもしれません。