☆空飛ぶ もとちくれった 出張所☆ -12ページ目

謎は謎のまま、変ることはなく

ティプシーという街に住む、ジュニーはある日枕もとに一通の手紙を見つけた。誰が置いたのだろう?ジュニーは一人で暮らしていたし、両親と姉はデルウィックスに住んでいる。反抗的に家を飛び出し、家業も継がずに勝手に奨学金を申請し、勝手な進路を決めたジュニーを家族は怒り、そして切り捨てた。

だから家族からでは、もちろんない。ジュニーには家に勝手に入ってくるほど親しい友人もなかった。誰なんだろう?気味の悪いことだと感じながらもジュニーは好奇心を破ることができなかった。ほんの少し鼓動が早くなっている。ぴりりと封を切り、中から薄紙を取り出した。そこにはたった一言しかなかった。

「デルモニコ・ステーキを追え」

デルモニコ…?一体全体どういう意味だろう。ジュニーがデルモニコ・ステーキなど食べたことがないのを誰が知っているというのだ。第一デルモニコ・ステーキって何なんだ?ジュニーはぼうっと薄紙を眺めた。共に暮らす猫、ジョン・スミスが長い毛のしっぽをゆらりと振りながらそっと近づいた。
「なあに?ジョン・スミス」
ジョン・スミスはジュニーの額の一点をじっと、瞬きもせず見つめた。ジュニーはジョン・スミスのその目を向けられるといつも激しい頭痛がして、背筋がぞくりとした。
「やめて!」
ジョン・スミスは白痴ここに極まれりという顔で冷たく背を向けて去っていった。

デルモニコ・ステーキとは何なのか、きっと何かの比喩なのだろう。本当のデルモニコ・ステーキなど(それがどんなものなのか見たこともないが)追えと言われても逃げるものでもない。ジュニーは起きたばかりのぼんやりする頭をぶるっと振って、顔を洗った。寝巻きから着替えて、なかなか櫛の通らない頑固なクセのある髪をとかした。デルモニコ・ステーキ…。ステーキという言葉を何度も繰り返しジュニーは空腹に気付いた。冷蔵庫を探る。食べ物なら冷蔵庫を見るべきだ。冷蔵庫には数週間前に期限の切れた牛乳と干からびたにんじん、バター、いつ買ったのかもわからない卵が3個あるだけだった。
「火を通せば卵が食べられるわ。ジョン・スミスお前も食べる?」
ぱさついたパンにピーナツバターを塗り、ディルピクルスをのせてサンドウィッチにして、卵を焼いて、コーヒーを入れた。通りから子供の声がする。
「デルモニコ・ビーム!!」
ジュニーははっとして窓に駆け寄った。子供はもうとっくにずっと先へ行っていた。声をかけようにも遠すぎて聞こえなさそうだ。

一体どういうわけなんだろう?デルモニコとは何なのか。ビームを出すようなものだとは考えもしなかった。ステーキの前についたその名前からジュニーは地名か人名か、料理法または肉の部位の名前だと考えていた。しかしそれがビームを出すとなると話はまた変ってくる。卵の黄身をちゅっと吸って、残りを舐めてシンクへ置いて、ジュニーは柳細工のロッキングチェアに座った。コーヒーは冷めて、そして少し酸っぱかった。

もしかするとデルモニコとは青少年のカルトにおけるイニシエーションの儀式か何かかもしれない。ジュニーは自分の突飛な発想に酸っぱいコーヒーを飲みながらくすくす笑った。しかしデルモニコ・ステーキを追えとは一体どういう意味なのだろうか。そもそも誰がそれをジュニーの枕もとに置いて行ったのだろう。ジュニーの寝ている間に誰かが入り込んだとはとても考えられなかった。人一倍勘の鋭い、賢いジョン・スミスが黙っているとは思えないし、ジュニーは眠りが浅いのだ。

ジュニーは図書館に行ってみることにした。厚いコートとマフラーを身に付けて、おおきな鍋つかみのように見えるみっともないミトンをして、ジュニーは戸締りをした。今にも雪が降りそうな曇り空で、霜が降りて凍り、左右にかき分けられた雪の壁の道をジュニーは用心しながら歩いた。小さなマーケットの前を通ると陽気な女主人のロイスが声をかけてきた。
「ジュニー、大人しいお嬢さん、こんなに寒い日にどこへ行くんだい?」
「ロイス、おはよう。図書館に調べ物に行くの。寒いけど平気よ」
「あんたは勉強ばかりしているみたいだけど、美味しいものは食べてるのかい?」
そう言ってロイスはターキーとキャセロールを持たせてくれた。
「ありがとう、ロイス。これで今日は間違いなく、美味しいものを食べられるわ。さよなら」
ジュニーはまだ暖かい包み紙にくるまれた食べ物を持って、図書館へ向かった。

通りの向こうからウィリアム・アレンがかんじきをはいて苦心しながら歩いてきた。
「ハイ!ジュニー。そんな荷物を持ってどこに行くの?」
「今ロイスにもらったのよ。晩に食べなさいって。これから図書館で調べ物をするのよ」
「図書館で本を借りたら持てないじゃないか」
そう言ってウィリアム・アレンは大きなデイバッグをジュニーに貸してくれた。
「ありがとう。助かるわ。」
「返すのはいつでもいいよ。風邪をひかないようにね。」

小さな身体に、中には暖かいターキーとキャセロールの入った大きなデイバッグを担いでジュニーは図書館へ急いだ。図書館は暖かく、乾いていた。入り口の司書にこんにちは、と声をかけジュニーは機械じかけの人形のように動く、91歳のジョゼッペ・ティビットのいる歴史コーナーへ向かった。
「ミスター・ティビット、こんにちは。ご機嫌いかが?」
「91歳にもなると、あちこちガタがくる。ご機嫌な1日など、ご機嫌だと言えばご機嫌になるし、最低と言えば最低になるものさ」
「そう。じゃあ今日はご機嫌だと言ってちょうだい」
「ああ、ご機嫌さ。ジュニー、お前さんはどうなんだ?お前さんほどのひよっこは毎日がご機嫌でなきゃ辛いだろう。ご機嫌なのか?」
「…いいえ、ミスター・ティビット、私にはご機嫌な日なんてそんなにないのよ」
「何故かはわかっておるのじゃろう。わかったら後はそれをどうにかしたいか考えることじゃ」
「そうね。どうにかしたいのか、今はまだわからないわ。それも考えてみる。ところで、ミスター・ティビット、デルモニコって何か知ってる?」
「デルモニコ、デルモニコ共和国という国の名は聞いたことがあるな。それに肉の名前。ステーキにもついとるな。人の名前でもある。デルモニコがどうかしたのか?」
「いいえ、ちょっと聞いてみただけなの。自分でも調べてみるわ。どうもありがとう。外は寒いからあまり遅くならないほうがいいわ、ミスター・ティビット」

ジュニーは百科事典を手に取り、デルモニコについて半時間ばかり調べたが、そこにあるのは自分の知っていることばかりだった。図書館にいると小さなころ姉と絵本を借りにきたことを思い出して、ジュニーは絵本のコーナーにふらりと近づいた。大好きだったウィッチ・ベイビーの絵本をぱらぱらとめくりながら、小さなころに図書館にいた怖いアマンダという司書のことを思い出して、ジュニーは憂鬱な気持ちになった。アマンダはムチで手をぶったのだ。ジュニーはアマンダが大嫌いだった、大人しく本を読んでいただけなのに、アマンダはジュニーが何冊も絵本を独り占めしてるといってムチで打ったのだ。絵本を重ねて読むことが何故いけないのかジュニーにはわからなかった。姉のほかに誰一人いない図書館で、何故本を重ねておくだけで打たれたのだろう。アマンダはきっとサディストだったのだ。逆らえない小さな子供だと思ってムチで打ったのだ、と結論づけてジュニーは満足した。
「サディストに打たれたからといって憂鬱になることなんてないわ。サディストはただ打つだけなんだから。」

何もわからなかったけれど、家に帰って暖かいスープを作れば、ロイスがくれた美味しいターキーとキャセロールで暖かく、美味しい夕食が食べられる。ターキーに目がないジョン・スミスも喜んでくれるだろう。早く家に帰ろう。何冊か本を借りてジュニーは家路を急いだ。森を歩き近道をすることにしてジュニーはしっかりコートの前を閉じてマフラーをぎゅっと巻いた。道ともいえない道を、雪をきゅっきゅと踏みしめながらジュニーはデルモニコのことを考え考え歩いた。寒さも、道のりも忘れて家につくまでジュニーはデルモニコについて、そして手紙について考えた。くるくると同じ場所を通って家に帰れないような気持ちでジュニーはつぶやいた。
「デルモニコ・ステーキを追えなんてばかばかしいわ…」

家について雪をはらい、マフラーとコートをとり壁にかけて、鍋つかみのようなみっともないミトンを放り投げ、ヒーターをつけた。桶にお湯をはり、小さなスツールに腰掛けて足をお湯につけると、じんわりと痛みを感じた。
「足が冷たかったのね。痛い…。」
テレビをリモコンでつけて、お湯が冷めるまでテレビを見た。お湯がさめると厚い毛糸の靴下とスリッパを履き、寝巻きとガウンを持ってシャワーを浴びた。身体が温まるように熱い湯をためて、冷めては取り替えた。身体が芯まで温まってジュニーはほっとした。暖かいウールのガウンを着て、暖かい靴下を履き、ロイスがくれたターキーとキャセロールを温めながらスープを作った。温かい部屋で、温かい服に身を包み、温かく美味しい食事が出来た今、ジュニーはささやかな幸せを感じた。後片付けを済ませて、部屋を片し、ジョン・スミスにストーキング・ザ・ワイルド・アスパラガスを朗読してやった。

雪がちらちらと降っている。寒さに気付きジュニーはぶるっと身体を震わせると、ジョン・スミスを抱いて寝室へ行き、ベッドに座った。結局デルモニコ・ステーキを追え、と書かれた手紙のことは何もわからず、デルモニコ・ステーキが何を指すのかちっともジュニーにはわからなかったが、誰とも話さず、誰にも会わず、一人のいつもの1日はデルモニコのことを考えたため打ち破られ、ジュニーは1日を忙しく、ぼんやりするヒマもなく、退屈で寂しくもならずに過ごした。夜は更けて12時を告げる音がグランド・ファーザー時計から聞こえてきた。ほんのりしたあかりを点し、暖かくふんわりしたベッドでココアを飲みながらジュニーはジョン・スミスに話し掛けた。
「ねえ、ジョン・スミス、今から新しい年が始まったのよ。あけましておめでとう」
「にゃ、にゃ、にゃおん!」
ジョン・スミスは大きな声で答えた。

パチン、とあかりを消しジュニーの新年が始まった。




2006年1月17日(火)AM:11:34に上げた記事です。

なかなか気に入っています。
この日あたりで、あれこれしまっちゃう病だったようで、コメントはそっちでもちきりなのが哀しいところです。
物語は、思いつきで書いているのですが、後にわたりとりさんとコメント欄でお話させてもらったように
物語を書く、という行為にはものすごい超自然現象的な効果があらわれることがあります。
といっても、こんな思いつきでちょこっと書くだけでは、その効果は早々現れないのですが
時折、こうして書くことでその何十倍も書いている自分語りよりも激しく煌く気付きに出会ったりします。
これは本当にすごいことだと、物語好きとして思います。
そして自分が書いているわけではないのに、なんだか誇らしくなるのです。
物語は偉大だ!

ぐったり

今日はちょっと時間があったので、お墓のことを書こうとしたのですが…。
熱くなりすぎてカッカきたのでやめました。
読み直したら怖すぎた…しかも重過ぎた…(笑)
年末、書こうとしているシリーズにこのことも書いたのですが
これは書けないかもしれないな~…。
生傷に触れているみたいでかなり危険でした。

ちょっちぷんの中の人たちの中でも、最も危険な、ハルピュイアが覚醒してしまいそうです。
…ふー、やめとこう。くわばらくわばら。
母を亡くしてもう随分たちますが、いまだに生傷なんですね。ちっとも癒えてない。
冷たく聞こえるかもしれませんが、悲しみは比較的早く薄れたのです。
悲しみ、と一言でいえるようなものでもないのですが、母の不在に慣れたというか、諦めたというか。
しかし後悔やそれに付随する苦しみ、寂しさは年を追うごとに増しているようにすら感じます。
ま、いいや。これにはもう触るのはやめます。
書いておいてなんですが、母のことにはどうか触れないで下さい。

さて、こちらは今日曇っています。
少しでもお日様は見られないかとさっきトルネードベイビーで買い物に行ったのですがダメでした。
…。

な、なに書こう…(笑)
頭がお墓モードから上手く切り替わらないため、思い出すことがすべて説教族に結びついてしまう!!
でも今日は説教族についてなんて考えたくなーい!
う、そ、そうだ。あれだ。辞書・辞典について書こう。
ちょっちぷんの密かな趣味、辞書・辞典収集。私は辞書・辞典が大好きなのです。
辞書・辞典や専門書の扱いには思うところあって、カバーの類は一切使いません。
カバーがついていると使いづらいので手にとる率が低くなるような気がして、嫌なのです。
専門書や辞書・辞典は重いし、判も大きかったりするので、カバーが痛みやすいんですよね。
なので全部はずしています。

辞書・辞典は何が好きかって、読むのが好きなのです。辞書・辞典、と一口に言ってもかなり様々です。
ポピュラーなものは国語、漢字、漢和、古語、英和、和英、英英、百科、六法あたりでしょうか。
少し変わりもので、逆引きなんかもあります。
私が持っているのは由来辞典や言葉選び辞典、慣用句辞典、勘違い言葉辞典
ちょっと古風な日本語辞典、日本語使い分け辞典などが一部にあります。
全部を紹介するのはとても出来そうにないですが、私はちょっと変わった辞書・辞典が大好きです。
はっきり言って全然興味もなく、全然活躍の場がない「日本酒大辞典」なんてのもあったりして。
いえ、装丁が素晴らしく、美しい本だったのでつい…(笑)たまに眺めています。

最近は辞書・辞典探しの旅に出ていないので新しくめぐり合うことも少なくなってしまいましたが、
色の辞典や桜の辞典、なんていうのもあり、辞書・辞典を読むには手持ちのものでも事欠きません。
今は、ポピュラーな辞書・辞典の比較に凝っていて、さらに気にいったものを探そうと
あーでもないこーでもない、と比較検討しています。
比較の際は重さ、文字の形、厚み、紙の質、編者、等は基本チェックに入れていますが
中身の比較として絶対に譲れないのが例文のおもしろみ、です。
例文がおもしろければおもしろいほど購買意欲が湧きます。
辞書・辞典は高いので、検討して最も良いとおもわれるものを買い、どれくらいの頻度でそれを読むか、
そして実際に使用頻度はどれくらいか記録しています。

もっとも使用頻度が多いのは手元にある小型の国語辞典なのですが、そこで納得のいかないものは
広辞苑3版で調べ、更に逆引き、由来、と続きます。
それを大辞林やその他の辞書・辞典などでも繰り返し調べるところが偏執的で気持ち悪いですね。
楽しいです。
国語辞典は逆引きとセットで購入します。できたら由来系がもう少し充実してくれるといいなぁ…と
思うのですが、なかなか一般的でないためか由来系の辞書・辞典は良いものにめぐり合えません。
国立図書館などにもたまにチェックに行くのですが、娘が生まれてからというもの
図書館にはなかなか足を運べていません。…だってアイツうるさいんだもん(笑)
とくに専門書のコーナーは赤ん坊を連れて行くのははばかられます。

ま、今持っている辞書を全て網羅して活用出来ているわけではないので
しばらくは手持ちで楽しもうと思っています。
私がこんなに辞書・辞典好きなのは、祖父の仕事が関係しているようです。
私の祖父は修復士であり、古書を取り扱う仕事をしていたのです。
古書ってすごいんですよ、ぼろっぼろの今にも崩れそうな皮装丁の本が初版だというだけで
何百万円もしたり、寄稿原稿がセットになった日には国宝ものになったりするそうで。
私は祖父の仕事場が好きで、天井まで届く書棚と、そこにかけられた木の梯子があり
真中には達磨ストーブがあって、その周りに置かれた祖父の手製の木の椅子に座って
たくさんの絵本を読んで過ごしました。
少し奥まった仕事場で本を修復する祖父が作る特殊な糊の匂いが大好きでした。

初めはその糊の匂いが懐かしくて辞書・辞典に惹かれたような気がします。
今、書店で売っているものは祖父の使っていた糊とは違い、もうその匂いを嗅ぐことはありませんが
古書店で久しぶりに嗅いだ、そのにおいで広辞苑の第1版を買ったのが始まりだったと思います。
そのうち辞書・辞典を読むのが楽しくなり、色々調べているうちにあれもこれも気になり
気付いてみれば立派な趣味とすら言える収集癖が出来ていました。
妊娠してから重くて読めなくなり、そのまま育児に突入して何かを読むこともままならなくなり
ここ何ヶ月がでやっとしばらくぶりにあれこれ読み始め、辞書・辞典を読むのも復活しました。
しばらくぶりだったので、手が筋肉痛になったのは言うまでもありません…。

そんな楽しい筋肉痛もまた乙なものです。(そうか?)






2006年1月13日(金)PM:3:23に上げた記事です。

辞典、本当に素敵な書物です。今は四字熟語の逆引き的なものと超素敵な百科事典が欲しいです。
辞典、事典、字典、字書、辞書どれも好きです。百菓事典なんてのもあったりして、わくわくです。
最近お気に入りは略語辞典で、見たことも聞いたこともなく一生使わないような略語を見ています。

嫌いだから知りたい

年末の嫌な経験を払拭したいので、危険とは思いつつ。
ブログに対して色々思うところはあるのですが、今のところまだ答えが出ないので
しばらくは同じように続けるつもりです。
今日は巷で流行りの(そうか?)説教族について。
思うままに分類してみようと思います。
考えながら書いて、修正したり整理したいので後々変更箇所も出ると思いますが、今は適当に。

※※※※※

○おせっかい系(指導的、画一愛情的)自覚・無自覚に分かれる
「どうしたらいいのかな?どうしよう、困ったなあ」など悩み・混乱系に反応
部活で伸び悩む⇒ぼやく⇒自分が成功した、もしくは周囲ほんの何名かが成功したことを教える⇒
それは自分に向いていないと告げる⇒怒る
恋愛関係の悩みを話す⇒自分の恋愛観を語る⇒そうではない人もいると話す⇒怒る
または精神論の結論へ移行。
・やればできる、愛が全て、等の善語的無責任さを委ねる。


○攻撃系(指摘注進的、優位性保持的、群集指導的)自覚・無自覚に分かれる
ある定義上における違反などを見つけたとき、または情緒的に極端の感情に反応、
関係性の主従が著しく損なわれた際に反応
ゴミの分別を間違う⇒怒る
交通マナーの認識の違い⇒怒る
助けを必要としていると判断⇒自分なりの助けをしてあげる⇒受け入れられない⇒怒る
偏った思想⇒矯正したい⇒怒る
足並みが揃わない⇒怒る
・常識がない、思いやりがない、思いやりを受け取らない、などの捨て台詞が聞かれる。


○慣習保持系(指導的、自己愛保持的)自覚・無自覚に分かれる
親に逆らう、年長者に逆らう、指導者に逆らう、ルールを重んじない、自分を重んじない際に反応
○○家のルールにそぐわない嫁⇒怒る
学校のルールにそぐわない⇒怒る
宗教的倫理にそぐわない⇒怒る
曖昧さを破壊する言動⇒怒る
・年功序列、男尊女卑等にも見られる選民思想、上下思想が強い。

私が主に辟易し、混乱させられるのは2番目と3番目でしょうか。
不思議と1番目のタイプの人は私のようなタイプを避けるようです。
多分言葉尻がきつい、紋きり口調なため攻撃的とみなされてのことではないかと推測しているのですが。
当たっているのでこのまま是非避け続けていただければ、お互い無益な傷が増えない気がします。

私は嫌なことを嫌と言えずに我慢したことを後々ぶちまけられるのは大嫌いです。
攻撃系の説教族はこれがものすごく多い気がするのですが、いかがでしょう。
このタイプの人を私はこんなイメージで捉えています。
溌剌として見える、押しが強い、面倒見が良い、気が強い、はっきりものを言う、
しかし個人としての自己価値、価値観はほとんどない。価値は全て相対的なものとして保持している。
そしてそのイメージは演出であり、本質的な性質ではない。
もしくは後天的に作られた一面である。
※あくまでも私の一私見でしかありませんし、多面のうちの一面でしかないですが。

私はどちらかと言うと資質的にこの2番の攻撃系の説教族に被るところが多いので
初めは仲間として見られることが多いように感じます。
ほとんどの人がこの3つの中に含まれる資質というのは持ってはいるのではないかと思いますが、
説教族になるには欠かせないことは他にあり、
固執していないつもりでも、ある一定のルールや定義しか正しさはないと思っている。
そしてそれは全ての人が守るべきである、または認識すべきである、と思っている。
結果、それを押し付ける。

これが説教族への別れ道ではないかと思っています。
異文化との交流は楽しく、新たな発見が多く、学ぶこともあり素敵です。
それをしていきたいと思う。
だけど、説教族とは相容れなくていいです。
説教族とだけは異文化交流などくそくらえです。異文化としてお互い住み分けたい。
住み分けが出来ない説教族は滅んで欲しいです。

ふー、考えただけでイラつきます。思い出しムカつき。
この話題は消耗しそうなので、ちょびっとずつ小出しで行こうかと。
そのうちただの愚痴に変わるかもしれませんがお許しを。勘弁してつかあさい。




2006年1月11日(水)PM:8:40に上げた記事です。

定義として付け加えます。
●親はまた別である。親子には親子の別の定義がある。

で、とにかくこれだけはしつこく言いますが、これらは他者評価軸ではありません。自己概念であります。
それと、資質を持つことと、資質を持ちつつその矛盾検証や自己対決をしている人は
説教族ではありません。
0(何もない)と1(1つある)の差と同じくらいかけ離れていると思っています。

それぞれの資質の中にある怒りは、多少の差はあれど持っているのが人間なのではないかと思います。
多くの人はその線引きラインの違いはあっても、そういった種類の怒りを感じたときに
同時に「でもこれは自分勝手な言い分かもしれない」とか「待てよ、認識の違いなだけかもしれない」とか
考えたり、そうでなかったとしても「それを押し付けるのはエゴだよな」
と自己反省の思考も発生していると思うのです。無意識だとしても。
ところがそんな相反する、というか二律背反な気持ちに背を向け、他者を攻撃し強制することだけを
善とし、反面の意識を正当化して他者にぶつけるのが説教族だと私は思っています。

この記事、読み返してみると意欲が湧きます。もうちょっとこういう形で分類したり研究したいぞ。
いつもみたいに考えていることをだらだら書くんじゃなくて。

お正月は自転車屋が儲かる

風が吹けば桶屋が儲かる。
しかしお正月は自転車屋が儲かる。
のではないかと、にらんでいるちょっちぷんです。

昨年のクリスマスに我が家のサンタクロースにマッサージチェア(推定43万円)を
リクエストしたのですが、願い叶わず自転車に化けたのです。
私は以前にも書きましたが(いつも同じことばっかり書いてるの)自転車が大好きです。
どちらかと言うと乗り物の閉鎖感と揺れが、あまり好きではないので
自分で漕ぎ、風を受け、鼻歌が歌える自転車がもっとも好きな乗り物なのです。
自転車じゃないとダメなのは、最初の一つだけじゃないか、というツッコミは禁止します。

理由は、実はよくわからないというか、あまりじっくり考えたことがないのですが
私は自転車がとても好きなのです。
昨年、我が家には一台しか自転車がありませんでした。
本当は2台あったのですが、初代ちょっちぷん自転車「瀧虎一号」は
残念ながら駅で盗まれてしまったのです。

夫のBMXともらいもので、もうヨレヨレになってしまった自転車があっただけでした…。
そこで我が家のサンタクロースは「自転車買おう!」と密かに目論んでいたのに
クリスマスのちょっちぷんのお願いは「マッサージチェア(推定43万円)」だったので
びっくり仰天しましたが、その願いは無視することにして自転車に決定したそうです。
クリスマスに買ってくる予定だったのですが、年末はちょっと予定が立てこんでいて
それも叶わず、年明けに持ち越されてしまったのでありました。

年が明けて、一昨日の午前中、病院へ行きがてら自転車屋さんへ。
そこで娘を前に乗せられるタイプ、いわゆるママチャリってやつですね、と
ちょっちぷんが一人で乗れるシティサイクルを選び、買ってもらいました!

娘を前に乗せるので、安定があり、さらに足の間にあるバーが低く
買い物をしたときにたくさん物が乗るようにカゴの大きいものを選びました。
そしてちょっちぷんが一人で乗るタイプのもの。
これは機能もさることながら、色やデザインも重視し
迷いに迷って、ベビーピンクのものすごく目立つものを選びました。

ベビーピンクは思いのほか目立ち、思いのほか可愛く、とっても気にいりました。
自転車屋さんの近くをぐるぐる試乗しているだけでウキウキしました。
「これ!これにします!これくださ~い!」
試乗しながら雄たけぶ(造語です)ちょっちぷんに自転車屋さんも大笑いでした。
うっきうきで2台の新しい自転車の防犯登録をしたり
手続きをしているときに気付いたのですが、自転車屋さん大忙しです。

私達がいる間だけで10台は軽く売れています。
日々、街で自転車屋さんをみかけるたびに「やっていけるんだろうか」と
勝手な心配をしていたのですが、あにはからんや、自転車には自転車の
売れる時期というのがあるようです。
そう言えば、小さなころもらったお年玉を持って自転車を買いに行ったことがあります。

今回買いに来ていたのは、そんなお年玉をもらうような小さな子ではなく
ほとんどが大人でしたが、中には小学校高学年になるであろうくらいの女の子もいました。
ちょうど子供自転車から大人の自転車にチェンジするころなのでしょうか
「もっと大きいの!ママみたいなヤツがいい!」と
明らかに身体に対して大きすぎるインチのものを選んでいましたが
自転車屋さんに、やさしく諭され、少し小さめのものを選びなおしていました。

なんだかちょっと郷愁を呼び起こす光景でした。
まだ具合はあまり良くなかったのですが、ベビーピンクの可愛い自転車を買ったことと
みんなが少し嬉しそうに新しい自転車に乗って帰って行く姿を見て
ほのぼのした気分で帰宅したのでありました。

そんなわけで、ちょっちぷんは今日もベビーピンクの可愛い自転車
「トルネードベイビー」に乗って、トルネードを起こすがごとく街を走っています。

※本当に正月に自転車が売れるかどうかは知りません。
 その日から気をつけてチェックしていますが、結構お客様は多いようではありますが。






2006年1月9日(月)PM:8:39に上げた記事です。

トルネードベイビー、この頃買ったのか~。もう半年以上の付き合いになるのね。
本当に月日が経つのは早いです。
毎週毎週「えっ!?もう1週間経ったの!?」と思っています。
食事とお弁当のメニュー決めにも悩んでいます。は~。メシ作るのは苦痛だ。
だけど小さい子供と燃費の悪い夫がいると、家ご飯が1番コストもかからず良いとは。

休みの日

こんにちは、ちょっちぷん。あ、こんにちは。
なんでもありません、ちょっとした脳内会話です。

嘔吐下痢症が治まり快方に向かうかと思われたちょっちぷんと
ちょっちぷんの小さな可愛い娘っ子でしたが
なんとそのまま扁桃腺を腫らせてしまい9度越えの熱が。
ちょっちぷんはそんなに高熱ではありませんでしたが
ちびの娘は9度8分まで上がり、手は痙攣。
痙攣は何度経験しても怖いです。

たった2日パソコンを立ち上げなかっただけですが
すっかりブログに対する気持ちも変化してびっくりです。
何書いていいのかわからん。不思議なものです。
年が明けてすぐから、バタバタしていたせいもありますが
コメントをいただいたお友達のところに伺うのが精一杯で
遊び歩けもしなかったので、なんだか余計にブログから遠ざかったようなかんじです。
ちょっと回復したのでリハビリすることにします。ふう。
息切れしますね。(比喩表現です)





2006年1月8日(日)AM:11:15に上げた記事です。

この時の痙攣は微弱なものだと知るのはもう少し後のことです。
痙攣は怖い。本当に。
あれから痙攣もすることなく元気にすくすくと育っております。
みなさん、お見舞いのお言葉本当に本当にありがとう!

天罰はウイルス(ウィルスだっけ?ウイルス?ま、いいや)

こんにちは、ちょっちぷん。はい、こんにちは。
あ、すみません。ただの脳内会話です。
正月早々に、「今年もいい年にしたいね」「うん、そうね」なんていう
心温まる会話もなく、一家で寝込んでました。


上からも下からも、の風邪のようです。
完璧、天罰ですね。
ちょっと人に攻撃されて余裕がなくなり、周りの人を不安に陥れるようなことをしたからです。
もうちょっとよく考えろこのやろー!ということでしょうか。がっくし。
それもこれも人を攻撃するやつが悪いんだ(それは自己正当化&責任転嫁ですよby幻聴様)
幻聴様についてはchargeupさんちのこちら を参照してください。


どうも、頭に花が咲き乱れているようです。あ、もともとですけど。
自分や夫の具合が悪いのは、仕方ありませんが、娘の具合が悪くなると一騒動です。
年始にやっていた天下騒乱どころではありません。
中村獅童が何をしたかったのか、まったく理解出来ぬまま混沌とした眠りに。
正月早々乾燥機フル稼働です。


病院はやってないし、甥っ子と妹は来てるし、洗濯物は恐ろしいほど増えるし
2日は何も食べられませんでした。気持ち悪くて。
3日になり、ちょっとだけ食べられるようになり、4日は起きていられるようになりました。
今日は朝から病院へ行き、お昼寝をしたりして随分元気です。


今更ですが、今年の抱負は「首と肩の強化」「沈黙は金を実践」の2本立てで行きたいと思います。
ブログ書けないじゃん(笑)






2006年1月5日(木)PM:3:08に上げた記事です。

あ、今年初めから脳内挨拶が始まっている(笑)
なんか読み返してると年末から年始は散々ですね。
ひどい終わりでひどい始まりだ。そんな2006年ももう半分は過ぎてしまいました。
これから暑い暑い夏が来るかと思うと切ない気持ちでいっぱいです。
夏は何かわくわくして、鳩尾がどきどきしていたのは過去のこと。
今は午前中から子供を家プールに入れるため、せいぜい早寝しなければ。
今日は花火を買いに行きます。
娘が突進していきそうで怖いけど、花火を見せてあげようと思って。
虫が寄ってくるから花火あんまり好きじゃないんだけどさ。
娘はまだ昼寝中、起きたら甘い桃をおやつにあげよう。

2006年の始まり

あけましておめでとうございます。
この記事の投稿時間を見てください。
この時間にほいっと上げたのにさ、中身だけ消えちゃったのです。がっくし。

…おかしいな、さっき2005年最後の記事を上げたのにな。
もう2006年とはどういうことだ。

だけど、ぐじぐじしたのは2005年に頼んで置かせてもらっておいてきた。
もうぐじぐじしない。

だけどずっと考えつづける。
でも「もうダメだ」とは言わない。
混乱する。不安にもなる。だけど、その時は休む。ゆっくりと。

そうだった、私は好きになるのが上手なんだった。

私は好きになるのが好き。
私は笑うのが好き。
私は笑ってもらうのが好き。
私は誉めるのが好き。
私は喜ぶのが好き。
私は楽しいを探すのが好き。
私は見つけるのが好き。

そうだったそうだった。
あんなふうに終わった2005年だけど
たくさん好きになった。
たくさん笑った。
たくさん笑ってくれた。
たくさん誉めた。
たくさん喜んだ。
たくさん楽しいを探した。
たくさん見つけた!
そうだった、素敵な一年だった。

きっと今年も素敵な一年になる。
そうする。

今年も一緒に、笑って、探して、調べて、検証して、記して、そして楽しんでくれるお友達と
私は一年すごすんだ。

年越しは、まあ年末ですが、娘は早寝してしまい
夫は、まあ格闘家ですから大晦日はいろいろとあります。
そんなわけでのんびりブログとテレビ観戦で年越ししました。
かきあげそば、美味しかった。

朝起きたときは、2005年で私は泣いていて、苦しんでいて、哀しかった。
昼はもう、人とは関わらず生きて行ったほうがいいんじゃないかと思った。
夕方は疲れ果てて、ぽろぽろこぼれる涙に気付かないほど頭痛がした。
夜がふけて、年越しが近づいて、ぐったりした。

年が明けて、おめでとう、といったら元気がでた。
そしたら、おめでとう、って言ってくれた。
嬉しいなあ。

うん、そうだ、もういいや。
今年も素敵にするんだ。素敵な1日をたくさん作るんだ。
失敗してもいい、泣いても、怒っても、胸が痛んでも、考える。
ずっとずっと考える。

だけど、時々休む。

そのとき、今年も一緒に、楽しいこと、嬉しいこと、面白いこと、考えること、不思議なこと…
どうか一緒に探してくれませんか?
泣き虫でぐじぐじするし、かたくなで、偏狭だけど、好きでいてもいいかなぁ。
それでも一緒に探してくれるお友達と、今年一年も素敵な1日少しずつ集めていきたい。
そう思った1月1日。気分は大晦日。

先に言っておきます。

今年もありがとう!





2006年1月1日(日)AM:0:11に上げた記事です。

多少まだ痛々しさの残る感は否めませんが、私は私のこういうところが好きです。
よしよし、ちゃんと歩こうとしているな、という感じで。
トライアスロンは日々に似ています。
はりきって泳ぎ始めた途端、人が上を泳ぎ、息が出来ず、もうだめかもしれないと思う。
水は心地よく、太陽が自分を照らし、人の中でもがいている。
陸地について、大急ぎで着替え、バイクを組み立てて、靴を履く。
さっきまで水の中でもがいていたのと打って変わって、何処までも続く道をひたすら
バイクで行く。風を切り、丘を越えて、子供たちの配る冷たい水を頭からかぶり
ぐんぐんとどこまでも行く。ギラギラと照りつける太陽の中、ごうごうとなる風を切って。
なったこともない部分がブルブルと震えて、膝が笑い始めて、意識が朦朧としてくる。
前にも後ろにも誰もいなくなって、自分が一人ぼっちで鳥葬にふされたような感覚になってくる。
照りつける太陽に、何も考えられず、もうだめかもしれないと思う。
バイクを降りて、少し前を走る車に「リタイアします」と言おうかと思う。
クーラーの利いた車内で冷たい水を飲み、ドクターにメディカルチェックしてもらう。
そういう妄想がとまらない。
もうやめよう、もうやめようと何度も何度も何度も、思う。
そして唐突にバイクの旅が終わる。
そして、いつまでもいつまでも、最後にたどり着くまで走るのです。
心がフラフラになって、やめてもいいよ、とやさしく言う声が聞こえるけど
何故か足はとまらず、歩こうとしつづける。走ろうとし続ける。
その先には、美しい風景が見える。味わったことない心地よさと安堵と喜びがある。

もう30日なのに

中途半端に今年の終わりを迎えそうです。
なにか楽しいことを書いて、思うところなく一年を終えたかったはずなのですが。
つくづく、自分の文章力のなさにがっかり。

こだわってずっと考えているわりに、自分の中でも矛盾と感情を処理できていないせいだと思いますが
どうも、人が私に示してくれる思いやりに難癖をつけているかのような
思いやりとはこういうものだ、というか
おまえの思いやりは間違っているというような文章に読めるのでしょうか。
うまく自分の持つ疑問が形になっていないのは確かなようです。

もう一回チャレンジしてみます。
まず疑問に思った経緯をかいつまんで(かいつまむからわかりにくいのだろうか)書いてみます。
以前、知り合った方で会うたびに何故か生い立ちを聞かれ、それに答えられる範囲でと
言ったうえで答えていたのですが、そこから私の精神分析をされます。
亡くした親への気持ち、親子の関係性、異性への対峙の仕方、愛を持つ事物への対峙の仕方
それらを大切にするその仕方、かなり色々な部分に及びましたが
私はそれをごく簡単に、答えられる範囲で答えた内容だけでそうと言い切れはしないし
少ない情報でそれをしないで欲しいと言ったところ
「思いやって言っているのに、プレゼントをつき返すような態度はひどい」
と言われました。

正直言ってとてもショックでした。
精神科医でもなければ、心理士でもなく、悩みを相談しているわけでもなかったですから。
思いやりを持って慈愛に満ちた気持ちを突き返したつもりは全くありませんでした。
そのことがあってから彼とは段々と会わなくなりました。
それを言われた日から、その言葉が心に残り、ずっとひっかかります。
私はそんなにひどいことをしてしまったんだろうかと悩みました。
そこから「思いやり」って何だろうと思い、相互にそれが価値あるという前提でしか
成り立たないのか、心をこめて相手のためという前提ならばそれは成り立つものなのか
考えるようになりました。

受け取る相手がどう思うかは千差万別です。
それを全て知ることは出来ないし、全て共通とは限らない。
ただ、だからといってそれをしない、ということではないです。
それはそれとして自分の中で続けていくけれど
その前に投げようとしている、この手に持っているものでいいのだろうか、ということ。
そこに注目しているのです。
目の前に立つ可能性のある人がどう思うか、よりも先に
投げるそのものを自分は本当に納得のうえで投げているのかが気になるのです。

それを考えていると「思いやり」って何だろうという疑問は当然出てきます。
出てきて、それは受け取る人がどう思うかを考えているように見えるかもしれませんが
受け取ることが前提ではないのです。
私は比較的出されたものを喜んで受け取るほうではないかと思っています。
喜ぶこと、誉めること、好きになることが好きなのです。
それが物であると仮定して、仮にいらないものでも喜ぶ顔は出来ます。
でも本当にそれは喜んでいるのではない(私の場合は)

ぬいぐるみが嫌いなので大きなぬいぐるみをプレゼントにもらったらすごく嫌です。
だけど「はい、プレゼント」と言われて「いらない」とは言えません。
ありがとう、と受け取りますがビニールに入れてクローゼットに押し込んでしまいます。
そのときとても罪悪感を感じるのです。
「こんな風に受け取ってよかったのかな」
だからこそ、投げる側の心持ちとして相手が「いらない」と言える形を、
そして自分が納得出来る形を見出したい。

それまでそれほど「思いやり」を特別考えたことはありませんでした。
なんとなく、本当になんとなく「こうした方がいいかな」とか
「こうしたら喜ぶかな」を前提として、それも相手の感じる「いいこと」「喜び」を
自分が感じる範囲で想像しただけです。
相手の立場に立つ、それすらきちんと意識して考えたことはありません。
答えが出ない今は、私は思いやりのない人間と自分のことを考えています。

自分が嫌なことはしないように努めていますが、相手がそれを嫌かどうかはわかりません。
もしも「嫌」と言われたら、申し訳ないと思うし、なんとか償いたいと思います。
ただし、思想については別です。私が私の頭の中で考えていることを文章にし
それを読んで「嫌」と言われても、そうか、嫌なんだ、と「知る」にとどまってしまいます。
それはエゴイスティックかもしれませんが、それは仕方ありません。

私は私のためにしか生きられません。
だからと言って、そのほかの出来ることを放棄するわけではないです。
考えうること、出来る限りのことはしようと思っています。
でもそれをしているからといって、そこで終わると
投げる側としての自分の納得のいく形にはなっていないな、と思っているのです。

ふー、全然ちゃんと書けない。
えらいこと書いてもうた。


※※※※※

追加します。この前の記事にいただいたTB先でした自分のコメント(一部修正)です。
ひょっとしてこれが一番わかりやすいかもしれないと思ったので。

「思いやり」ってなんだと思いますか?と疑問を投げているのではなく
相手が望みもしないお説教をして「あなたのためを思っているのよ」というのを、
「くれる気持ち」に重点を置いて感謝するのが難しいと感じているので、
自分はどうだろう、という自問なのです。

私は望みもしないことをして「思いやりでやっているのよ」と正当化してはいないだろうか、
私にとって思いやりとはなんだろう、というところから始まり、
やっとこのあたりまで辿りついたところです。
まだ途中なので自分が本当のところどう考えているのかすらわかっていない部分も内包していますが、
受け手の心持ちではなくて、投げ手の心持ちのことなのです。
好意を迷惑とは、言えないからこそ投げることに疑問を持ったのです。

「思いやってあげている」と言う人の中では「思いやり」って何なんだろうと思うのです。
あまりの違いに、それ以来投げる自分に自信が持てず、
自分が思いやりを持てない人間になっているので、考えつづけているのです。

※※※※※

TB先の記事に対しての記述やコメントを受けての部分を一部削除したり、修正しました。





2005年12月30日(金)PM:9:25に上げた記事です。

相対的でしか発生しないことを考えるのは大変です。
自分の中で納得したこと、美しいと思うことがすなわち正解ではない。
正解などというものはきっとなく、それでもそうしたいと自分が思っているということなのだと思います。

もう本当に何回も言いますが誰かに対して
「あなたの思いやりは本当に思いやりですか?」「あなたは思いやることが出来ますか?」と
問うているわけではありません。
これら一連の文章を読んで、そう思わせてしまったら本当に申し訳ないです。

納得できる思いやりの定義を考える

しかし、何だかブログ全体が静かなのは気のせいだろうか。
年末で予定も目白押しなのかな~。
なんだかちょっと寂しいような。
そう言えば小学生のころ、お正月は寂しいなぁと思っていました。
大晦日から三が日は、各家庭それぞれに予定があるし、無作法だからお邪魔してはいけないと言われ、
友達と遊ぶことも出来ず、大人が家に来てお年玉をくれるけれど
一緒に遊んではくれないし、それだけでなく帰省するおうちも多くて
街は車も人も減り、寒いし、薄暗いし、うらぶれた感じがして何だか寂しかった。
そんなようなものなのかな。ま、いいや。

今日は以前から、ずーっと考えている「思いやり」とは何か。
ちょっと思いついたのでメモしておきます。

私は思いやりには「その一人に向けられるものを全てに向けられるか」が満たされているかどうかを
含むことを目安としているのですが、その思想の誤った箇所を常に考えているものの
ここのところちょっと行き詰まってました。そんなときに一筋の光が。
思いやりってものは、ひょっとすると何がしかの恩恵や愛情を受けて初めて取り出せるのではないかと。
能動的なものではありえないのでは、と思ったのです。
能動的であるならば、全ての人がそれを「思いやり」として受け取れるだけのベースが必要で
人それぞれ何もかもが違う、この異文化の人間社会で、それは明らかに無理が生じる。
そう考えると、持っていた違和感にも説明がつきます。

例えば「生ゴミ」が世界で一番素敵なもの、という認識の人に「思いやり」で
「生ゴミ」をもらい、それを異文化ゆえの「思いやり」と尊重することは出来ても
「喜び」にはなりえない。これには「物」が関与するので、「物」のやりとりを無視して
「その気持ちが嬉しい」という面も否定はできません。
しかし、そのありがた迷惑的なことを「絶対的な良し」として受け入れれば
いつかどこかで破綻するように思うのです。

よし、じゃあ思念で考えてみます。
例えば「人間のクズ」が最上の誉め言葉の異文化を持つ人がいたとして。
それを知らずに「あなたは人間のクズですね、本当に」と言われたらどうだろう。
むっとしますよね。初対面の人にいきなり侮蔑的な言葉を言われたら。
まずショックを受けるし、後には怒りが湧くでしょう。
その後友好的な態度を一貫して崩さず、再度その言葉を用いられたときは
きっと「何でそんなこと言うんだろう…」と思いますよね。
その後何かのキッカケでその人の言う「人間のクズ」が最上級の誉め言葉だと知ります。
そこでも「影にある思い」に感謝するのかな???

むむ、物が介入してもしなくても結局はそこか。
嬉しくないプレゼントを貰っても喜ぶことは偽りではないのか。
それを思いやりと呼ぶのか。そしてそれはそんなにも美しい文化なのか。
その文化で深く人と関わることは可能なのか。

ああ、またループにはまり込みました。今日はここまで~♪
この先続くかどうかはわかりません。




2005年12月29日(木)PM:11:29に上げた記事です。

この話題は自分的にかなり引きずっています。
世間一般的「思いやり」ではなく、世間一般が納得する「思いやり」でもなく
私が受けて「この人は思いやりがある」「この人は思いやりを押し付けている」でもなく
私が他者に対し行動したことが「私にとって」本当に思いやりなのか。
相対的に思いやることを理解すれば、相手がどう思っても仕方ない、そういうもの、と決めたくない。
推測して、愛を感じ、互いに理解しようとしさえすればよい、とも定義づけたくはない。

私は「思いやり」という大義名分に「私の願望」を含めていないか。そこについての考察です。
その答えが「私が受けたい思いやり」というわけではないのです。
つまるところ「思いやり」が相対的にしか機能しないものだとすれば
完璧なる「思いやり」は存在しないことになる。相手を完璧に理解することは出来ないから。
だとしたら「思いやり」は幻想であり、思いやる人(やりたい人)のためのものなのではないか、という
自分の中の問題です。何度も言いますが、世間的にそうであるかどうか、とか
私がした「思いやり」のつもりの行為に対して誰かがどう思うかとか
その思考が共通意識たりうるか、とかではありません。
私のとった行為が、誰にどう受け取られてもそれはまさしく仕方のないことで
それをコントロールしたいということではありません。
私は私の行動や考え方全般に対し、一般的であることや共通性を持ったことを価値としてはいないだろうか、
それらをもって自らを正当化していないか。そういう考え方は対人関係とはまったく無関係で
間違ったことで正しくないことでも、そのままの答えを自分は納得して受け入れられるかということです。
その行為や、そういった行動が人にどう評価されるかではなく、自尊感情として
自分自身に恥ずべきことではないのかどうか、という判断基準です。
そう考えていくと、思いやり(定義として広辞苑の相手の立場や気持ちを理解しようとする心)とは
決して利他的なものではなく、利己的なものであり、「相手のために」というのはおかしい、と思うのです。
思いやりたいのは自分である、ということを自分は認識しているかどうかを自分に問いたい。
これについてはもうちょっとしっかり掘り下げたいと思っています。

記事がありません

ごめんなさい(笑)ほんのちょっとした悪戯心です。
意味はないのですが、更新していないので今日書いた書庫なのに
ずっと前日、前前日の記事が入っているのが気になって、つい。
以前どこかで、この手法を見て、一度試してみたかったのです。
すぐわかってもネタばらさないでください~(笑)

なら、せっかくだから今年を振り返れって話ですよね。
えーと。今年は娘の成長に翻弄されっぱなしの一年でした。
と言っても、私は常に何かに翻弄されているのですが。
いつからか、世は全て不確定なものとして捉えることが根付き
私はいつの間にか、ふらふらの思考で生きています。

私の中で誰かが声をあげることもあるにはあります。
「もっと断定できないの!?」
「はっきり意思表示しなさい!」
「何もわからない小さな子じゃないのよ!」
「定義ってものがないの?」
etc…

しかし私の中で「決まっている」ことなど何もないのです。
はっきりわかっているのは、自分の感情だけです。
感じている感情だけが、私が唯一はっきりと知っていることなのです。
それすら、どこから来るのか、何に起因しているのか、培われた歴史がどんなものだったか
わからないのです。

でも、私はわからなくても今はいいと思っています。
このぐらぐらする思考体系が私の行く先には必要なのだと思い込むことにしています。
いつか、記事に書いたことがあるのですが
「思い込む力のあるヤツだけが何かを為し得る」
という言葉を聞いたことがあります。
この言葉は気付かないうちから心に刻まれ
ところどころで聞こえてくるものとなりました。

全ては不確定であるという思考に行き着いた私にはぴたっとマッチしたのでしょう。
今は何事も不確定だと、しているのならばせめて思い込む力を駆使したい。
私には思い込む力が絶対的に足りません。
小さな頃からそうでした。
いつもグラグラとたゆたうように生きてきたような気がします。
子を産み親として生き始めた以上それでは済まぬことが出てきます。
ならば、思い込む力を養おう、そう思いました。

あれからもうすぐ2年になりますが、今年も強く思い込む力は生み出せません。
それでも今年も思い込む下準備はしてきました。
ブログという内省の場を借り、下準備は暗中模索し、行きつ戻りつしていますが
わずかではありますが、着々と前進しています。
毎年、内省の一年を振り返っていて、全く代わり映えしない私ですが
来年もまた思い切り内省します。

そしていつか絶対にエルドラドに倒れこもうと思い込みます。
東南の桃のように。

今年出会ったみなさん、こんなヘチマみたいなブログに来てくれてありがとう。
そしていつも来てくれてありがとう。
どうぞ良いお年を、そして来年もどうぞよろしくお願いいたします。

チャオー!





2005年12月27日(火)PM:11:41に上げた記事です。 たまにこういうことを思いつきます。たまには楽しいですね。 けど、なんとなく人を試すような感じがしてしまいました。ごめんなさい。