ながぁーーーいバトン
遅まきながら放出します。
ちなみに非常に長くて嫌になるかもしれません。
回ってきたわけではありません。盗んできました!火崎さんちから…(笑)
火崎さんの印象は…。
やさしくて、繊細。人生を丁寧に過ごしているように感じます。
ほんわかした雰囲気を感じますが同じくらい芯の強さも感じます。
そして好きなことを語るときの子供のような無邪気さが、可愛らしくもある素敵な男性のイメージ。
ずばっといきます。好きになったら。あんまりないんだけど。
好きだけじゃなくて、好きだからつきあいたい、とか好きだから恋人候補としてみてもらいたい、
とかそこまで率直ではないけど言う。同性でも異性でも、恋愛とは別でも好きなことは告げます。
される、って言われても(笑)「好きです!」とだけ言うのは自分でもあまり好まないので
好きだと告げるだけでいいのか、その後何かのリアクションを示した方がいいのか確認すると
若干引かれます(笑)いや、あなたのここ好きなのよ~、なら追求しないけどさ。
過去に一度だけあるな~。女性を恋愛の対象としてみたことはないけど、想像してみたことはあります。
が、難しそう。
例のたかしに振られたんですよ。中学3年生のとき。
「国立受験するし、受験に専念したいから」って。そりゃそうか。今ならわかるんだけどな(笑)
結果的には振られたことはないな。浮気されたことはあるけど。執着したなぁ…。
自分の愚かさに恥ずかしくなるような過去です。が、良い思い出&経験でした。
何回かあるぞ(イバリっ)そのうちの一通は通勤電車で高校生から!(笑)どこの高校ですか?だって。
おい、制服も着てないのに、何故高校生だと断定するか。
ラブレターはないな。手紙は面倒。←情緒のないやつ
恋…って言っていいかわからないけど、ジョー・ペリーに「結婚してください」
っつったことがありまっす!!「キミいくつ?」「○歳」「(笑)おれの息子と同い年だ」
と言われて振られました(笑)残念だなぁ。
名詞かよっ!キスがなんなんだろう?したことくらい私だってあるぞー。
出かけるときと帰宅時、食事の前に夫とします。
最近、娘がそれを見て引き離そうとします(笑)両手でぐいーって。
気持ち悪いのかしら(笑)
したことあるけどわざわざ駅のホームを選んだわけではありませぬ。
ある。それも選んだわけではありませぬ。
周りが不快じゃなくて、見世物的なことじゃなければ別に平気。
ないです。
普通に。夫とも手をつないで歩きます。いや、つながないときもあるけど。
今はもっぱら娘と手をつないで歩いています。
貼っても貼らなくてもいいけど、粘着面があると貼りたくなります。
貼って過ごす…ってすごいなんていうか変な表現だな(笑)
ありえないなー。だって知らない人でしょ?妄想では好きになれないな~。
別に。知ったかぶりで年上だからと威張りたがる人だったら嫌だし。
別に。年下なのに必死で背伸びしようとしてたら嫌だし。
全然。外見の好みはあるけど外見が好みだからといって愛することが出来るかは甚だ疑問。
最近は意識したことないかなぁ(笑)
した。
産んだ。
そんなヤツは好きにならない。でもある意味、夫を見ててダメなヤツめ、と思うときもある。
お使い頼んでメモ持ってるのに、10個中3個忘れたりするときとか。
愛すべきダメさはあるのが普通な気もするけど、人間的に軽蔑するようなダメな人を好きにはならない。
いいですね☆露天風呂でバサロキックとか(嘘)
温泉そのものもいいけど、あの独特の旅行感がいいな~。
くれるならもらうけど…。過去には3つもらった。
その一つは今左手の薬指にあるけど、あと2つは指輪箱にしまってある。過去の遺物。
娘が生まれた時、娘に贈った。誕生石とダイヤのはいったもの。
生まれてきてくれたお礼とプレゼントを兼ねて。
約束はしたことない。
恋人とは欠かしてたけど、夫とは欠かさない。
うーーーーーん、多分そうでもない。
嫉妬させるような関係じゃないとダメな人とは付き合えないだろうなー。
微妙な言い回しだけど嫉妬する状況、嫉妬を感じる相互性では、私にとって付き合う価値がないかな。
そんな面倒なこと考えられない。
そんな面倒なことが出来る人は好きにならない気がする。
浮気はされたけど、それは多分気持ちが離れてたと思う。
行きたければ、連れて行くけど、用もないのに連れてはいかないかな。
別にどうでもいいです。
好きになれると思って付き合ったことはある。
自分に?高校生の時後輩(女子)にもててた。
勤めていたころ新入社員によく「ファン」ですと言われた。
けど、それが本当にファンなのかはわからない。
今は毎年、夫にあげてるけど。中学生のとき好きな先輩にあげたなぁ。イベントとして楽しかった。
猫と一緒に遅くまでケーキ作って猫のママンに怒られたよね~(笑)
高校生のときにその後輩(女子)たちに紙袋2つくらいもらった。
ところがチョコレートさほど好きじゃないので、全部パパンにあげようと思ったら
パパンの方が大量にチョコレートをもらっていた。
その大半がママンの友達、私と妹の同級生からだと知って複雑な気持ちでした。
手前味噌ですが、うちのパパンてめちゃくちゃカッコイイのです。
作ったことない。けどセーターはあるんですよ、これが。すごい大作。手作りに見えないもの。
何故か最後に取り返して、今は記念にとってあるんだけど(笑)
猫のママにもらった。色のリクエストも聞いてくれてね、今も使ってる。
微妙にそんなかんじになることはあったかも。
今は娘と一見ペアとわからないようなペア感を楽しんでます。
ファッションはいろいろ楽しいです。
多少影響はお互い受けても、染まるとか染まらないとかはない。そういうの好きじゃなーい。
え、なんで?ラブ定額とかのためにかな?ドコモならファミリー割引とか?
今、夫以外にいたらそれは問題だ。
とてもほれにくいです。
肩凝るから好きじゃないなー。寝るときはシングル1つ分くらいのスペースは自分だけで使いたい。
フライパンと指輪2個くらいかな。あと写真とか?あんまり考えたことないかも。
別にないなぁ。
一人足りない。
誘われれば行くけど、特に望まない。
また、過ごすか(笑)ウチは娘入れて3本並べて過ごしてます。
こともあった。自分が好きになった人だけ。
19の時好きになった人。いろんな意味で忘れられない。
そしてこの頃、ぼくは猫にものすごい世話をしてもらったことがある。出来れば忘れたい。
が、猫にはこの先、万が一何が必要になっても、行動で表せることは何でもしてやる。
くらいのお世話を受けた。猫、おまえは本当に心の友だ(笑)
でも、頼むからこのことにコメントで触れないでくれ(笑)
大好き。夫も娘もよく抱きしめる。
いくつか、なくはない(笑)けど言えない。ひとつだけ、もう時効だろうしこっそり。
あるタレントさんちで飲んでて、その人が買って、届いたばかりのオーダーのソファに
放物線を描いて(と後で聞いた)吐いたことがある。ドラマのようではないですか。
ああ、おそろしい経験だった(相手がね)
もちろんとても価値のあるものを献上したりして罪を償いました。
ありえない。きもちわるっ!
恋愛至上主義じゃないみたいだから、そうは思ったことないな。
性的にはいたってノーマル。性格はエキセントリックかもしれないけど。
そう言われましても…。自分では人に説明はできないけどわかる。
と勘が働くこともある。電話がなる、とか。
昔ね、すごーく可愛い子が全然ナンパされないのに、あんまり可愛くない子が
よくナンパされるのが不思議で研究したことがある。あれは、あれです。
自意識&声かけてもいいよビームを出してるんだよね。よくナンパされる人って。
外見が綺麗なだけでそうそう声かけてこないもん。そういうの研究するのは楽しいですね。
仕事に絡んで綺麗な女性をナンパしたことはあります。
どうしても口説き落とす必要があったのさ(笑)
もちろん100%の成功を誇っています。
絶対やだ。
田舎に住んでる同い年の従姉妹とずーっとしてた。半分義務化してたような気もする。
よくされる。ていうか夫のトレーニングの錘になってる。
本当は100kgくらいあったほうがいいみたいだけどさすがにそれはむりぽ。
するほうが好きー!サプライズパーティとか。もらってびっくらこいたのは、パナマ旅行。
結局行かなかったんだけど。
すんごい長かった~。すみません、こんな私のどうでもいいこと望まれてもいないのに書いて(笑)
しかも盗んできたので、取りこぼしがあるかもしれませんが、ご容赦!(オイ)
2006年3月2日(木)AM:11:31に上げた記事です。
ううーむ。これを読んでも自分以外の人から「藤原紀香女」に見られてもおかしくないような。
しかしこの「藤原紀香女」の謎についてはすごく興味があります。
不思議なことに自分ではすごくまっとうな感覚な気がするんですよね。
でもそう言われてみれば、確かにそうかもしれないとも思う。
私はかなり自分に正直な人間だと思います。
矛盾や自分で作った嘘は自分で意識できていることが多いと思います。
けれど、このことについては認めないもなにもなく、え、普通でしょ。と思ってさえいるのです。
それなのに記憶とともに持っているのは罪悪感と背徳感。そして後悔。
自分が何故、ある部分においては男嫌いなのか、それなのにモテると気分がいいのは何故なのか。
その矛盾のメカニズムを解きほぐしてみたいです。
19の時に付き合った、夫以外に唯一好きになった人に最後の最後に「触れられたくない」という
気持ちを抱いてしまったことに関係しているような気がしてなりません。
そしてそんな気持ちを持った自分に罪悪感や背徳感を持ってもいました。
後悔と罪悪感を伴うもやもやした気持ちの解明が出来たらいいな。
それが正しかろうが、正しくなかろうが自分が納得できればそれでいいから。
復活第一弾はこれを書きたいと現時点では思っていますが、私のことなので定かではありません。
ありがとう
ありがとうございました。やっとちょち子も全快して、かなり元気になりました。
結局たくさん、お見舞いのお言葉をもらってしまいました。
本当にどうもありがとう。嬉しかったです。
お休みしている間、ふとブログのことを思い出すことが結構ありました。
みんな元気かな~、ああ、あのこと書きたいな~、そうだ、この思考をまとめて書いておこう
あ、あれとあれも、あの文献で繋がりを確認して、あれにあれをああして…
なんて、とりとめもなく色々考えました。
やっぱり、入力されたものを自分の頭の中だけでぐるぐるさせてばかりでもダメですね。
身体をコミットさせないと、心の奥深くに降りていけない。
感覚がおろそかになって、感情を軽んじてしまったり、全てが理屈でシステマティックになると
知らず知らずに信じ込んでいたり。
一元論によっていきそうになるし、ならないように必死になると二元論によっていってしまう。
そしてコンピューターのように二分法で何もかも進んでいくような気がしてしまう。
全てが因果関係だけで答えが出るとは限らない。
答えが出るかもわからない。
きちんと感覚と自分、精神と自分をコミットメントさせていこうと改めて思ったのでした。
「感覚的」なものじゃなくて。「精神的」なものじゃなくて。
本質らしきものでも、真実らしきことでもなく。
多分これを自然に体感できるのが私にとってはトライアスロンやフルマラソンなのだなぁ。
あの30kmを超えたあたりですとんとはまる感覚。
あれは無我の境地に近いんじゃないかなぁ。
ただただ、自分の呼吸、汗、地面につく足、そして全身の痛み、目の霞み、
それだけが自分を支配しているかのような感じ。
ひりひりするほど自分が存在だと感じる瞬間。
あの瞬間だけは何も考えていない。
いつでも考えてばかり、入力してばかりの私が唯一出力に向かっている瞬間。
それがとてつもなく気持ちいいんだなぁと思った。
寝ているときの私のような、無意識に近いところへ降りていく感じ。
最近それが全然なかった。
きちんとコミットメントさせる。
そのための努力はしてきたし、何よりそれを望む私がここにいる。
そう思った1週間でした。
さて、また入力してぐるぐるするぞー。
追記:この記事、何故か3つも上がっていて、さらに全部修正も削除も出来なくなり
せっかくやっとブログで遊べる~と喜んだのも束の間、コメントは出てこないし
遊びに行っても同じで切なかったです。しょぼーん。
なんでもここずっとサクサクと軽やかだったそうなのに何故?
2006年2月28日(火)PM:10:26に上げた記事です。
実体験としての身体と精神のコミットメント作業、今充実しています。
身体コントロール、つまり呼吸と運動、意識と身体の連動が出来ると、
かなり気持ちもアレルギーも身体も調子がいいです。
結局のところ、人間のアウトプットはすべて「運動」でしかないと思うと納得できます。
最も効果のある自律神経、精神面のコントロール方法だと自信を持って言えるのですが、
いかんせんその行為自体がストレスの素、辛いことであったりするのがミソです。好悪は大事です。
回復の兆し
ご心配いただいて本当にありがとうございました。
ちょち子、回復してきました。
特に大きな病気ではないのですが、めぐり合わせというかタイミングというか、が悪く
一気に悪化してしまいました。
あれから毎日病院に通って、点滴漬けの日々を送りました。
点滴を受けて、翌日手の甲が青黒く内出血を起こしている娘を見ると
やるせなくなって泣けてきました。
そのくせ、一日中ぐずぐずと泣くことに心底疲れ果ててもいました。
心細いのか、一時たりとも離れず、夜は咳のひどさに10分で起きる、の繰り返し。
しまいには、眠る=咳+嘔吐+苦しい、という方程式が娘の中に出来上がってしまい
眠くてたまらないけれど、寝たくない、しかし眠くて苦しいという時間を過ごすことになり
一日中泣き喚いて、声も出なくなるほどでした。
まったく食事も摂れず、水分も時を追うごとに摂れなくなり、睡眠も摂れない。
小さな生き物にはさぞかし辛かったでしょう。
大人になった私だって、そんなときは辛くてたまらない。
ぐちぐちぐちぐち、何かに八つ当たりもしたくなります。
それがよくわかっているのに、イライラして投げ出したくなったのもまた事実。
そんな自分との闘いでもありました。
まともにトイレに行くことも出来ず、夫がいないと娘を抱く以外に
何一つ出来ない日々でした。
症状や、病名(というほどのこともない病気)を聞き
重篤なものではないと知っていて、さらには時間薬というものしか効かないことも
知っていたのに、いつまでも続くかのような錯覚にとらわれ
とらわれていることを知ってもいるのに抜け出せず、かなり苦しかったです。
娘はもっと苦しかったかもしれません。
そんな日々でしたが、娘は昨日の夕方くらいから、急激に回復の兆しを見せて
今までは目の焦点すら危うい感じがしていたのですが
じっと私を見つめて、私の耳にくっついているピアスに触れ
猫のぷんさんに頬擦りすらし始めました。
テレビを見てにやにやするようになり、私の食べているものを欲しがったり
(欲しがっても結局食べられはしないのですが)
今まで一切飲めなかった水分も、驚くほど飲んだり。
やってくるのも突然なら去っていくのもまた突然のようです。
昨晩は久しぶりに一度も咳き込まず、ぐっすり眠れたようです。
ほっとしたのも束の間、昨晩から私が喉が痛い始末ではありますが。
私はとりあえず、うがいをねんがら年中することにし
風邪薬を飲んで出来るだけ寝て乗り切る作戦をとります。
さて、ちょち子は今朝は起き抜けから「エンジン全開大宴会」(byウルフルズ)状態で、
朝から家中を走り回るほどに元気になりました。
日曜にそんな劇的回復を見せたちょち子なので
明日の月曜からは元通り…と思いきや、それが出来ません。
月曜日、火曜日は検査があるのです。
そんなわけで、今週も病院通いです。はぁ~。
検査で大きな病院へ行くと一日仕事です。
予約の時間までに家事をこなし、娘の相手をして食事させて寝かせる。
病院へ行き、暴れるのをなだめ、泣くのを慰め、帰宅したらきっと晩御飯の時間。
でもあと少し、ここまで出来たんだから頑張ろう。
今日、こうしてパソコンに向かっているのが嘘のようです。
ちょち子が静かに気持ち良く眠れている時間、私も心安らかでいられます。
ブログも覗けるってものですが、そろそろ起きてきそうな時間。
きっとこのあと水曜くらいまで、またパソコンに触れられないと思いますが
今週には元の生活に戻れそうです。
そうしたら、また遊んでください。
心配いただいてありがとう。
中間報告でした。
2006年2月26日(日)PM:3:41に上げた記事です。
この時から半年経りましたが、これ以来痙攣はしていません。
細かくチェックし、観察することにより高熱になるときの娘のサインというか、兆候を見逃さなくなってきました。
そこがわかったところで風邪を引いたり流行ものの病を防げるわけではないのですが
痙攣とめの処置ができるのはありがたいです。
痙攣は脳の機能により「クセ」のようになる一面があるそうなので、それを脳に忘れさせるためには
ある程度の期間、痙攣させないことも大切だそうです。
熱⇒あ!痙攣させな!という図式を変えるような感じかな、と思っています。
熱⇒あ!汗出さな!というふうに。
怖い夜、怖い一日
今朝がた、娘がひどい熱性けいれんを起こした。
おおおおおおおお~~~、と空気がはげしく漏れるような大声と、力が入りまくって伸びる四肢。
目は白目をむき、がくがくと震える身体。
絶対死んでしまうと思い、怖くて怖くて全身が震えました。
119番にかけようとしても、指が震えてボタンを押せず
手を壁に打ち付けて一瞬、震えを止めてボタンを押す。
すぐに応答があるのに声が出ない。
かすれた声を振り絞って話した声はすごい震えていました。
電話を切ったころには、娘はまるで死んでいるようにぐったりと眠っていました。深く。
その状態はすべて、熱性のけいれんでは典型的なものだそうで
奇声と強烈な光景に、親はパニックになることがほとんどだそうです。
あんなの目の前で見たら、それが赤の他人でも必死になるし、怖いです。パニックにもなります。
本当に本当に怖かった。
以前にも痙攣はやっていて、でも、それはそんなにひどくはありませんでした。
だから、こんなに怖いものだとは思ってもみなかった。
こんなに怖い思いをしたのは生まれて初めてです。
今も思い出すと、膝が震える。
頭の中で、冷静になれ、落ち着け、必要なことを1から考えろ、見落とすな。
必死で自分を勇気づけました。
結局、すぎてみれば、どんなにひどい痙攣でも一瞬のものであれば
そんなにすぐ命に関わるわけではないことを学び
きちんとした対応と、救急でかかる目安とを頭に叩き込み
ぐったりと眠る娘を連れて朝靄の中、帰宅しました。
昨晩まで、熱もなく、何の症状もなかったのに。
痙攣の直前にも熱を計って、8度くらいしかなかったのに。
いつもと変らない1日でした。
突然、そういうことは起こる。
どんなに知識として知っていても、目の前で起きるショックにはかなわない。
…次にあったとき、少し、今日よりも少し私は冷静でいられるだろうか。
全然自信がない。こんなに自信を持てないことも初めてかもしれない。
娘も落ち着き、帰宅できたのに、私は神経がピリピリして昂ぶって、少しも眠れなかった。
一日中、娘を抱いて、じっと見ていた。目を離すのが怖くてたまらなかった。
お昼すぎに、再診してもらい、帰宅して娘を寝かせた。
さっき、猫んちに電話して、猫に話しているうちに段々と落ち着いて、やっと笑えた。
娘は痙攣しただけで、それは多い症例であり、それほど、必要以上に怖がらなくても良いこと。
怖くて、強烈で、2度と遭遇したくないけれど、娘は生きていること。これからも生きていくこと。
やっと、そう認識できた。
頭では最初からわかっていても、どうしても意識とコミットしなかった。
きちんと体験と知識が繋がらなかった。
今も、娘はそれほど熱もなく、ただ乾いた咳をしているだけで、その咳も止まって、眠っています。
朝方、救急で診てもらい、昼過ぎに再診してもらい、これからもう一度再診です。
明日はかかりつけのお医者様のところへ行って、今後の相談をします。
娘も落ち着き、私も少し落ち着き、夫も落ち着きました。
もうちょっと娘が回復するまでブログは滞りそうです。
そんなお知らせと、こうして文章にすることで自らの心理ケアをさせてもらいました。
いつも休んで、お見舞いやら、励ましやらさせてばかりなので
今回は、お気持ちだけいただきますね。
とりあえず、怖かった一日も、なんとか終わりそうです。
2006年2月19日(日)PM:7:13に上げた記事です。
出来るだけ思い出したくないけれど、何度も何度も何度も思い出して忘れないようにしています。
再度、こういう状態になったとき、どれだけ落ち着いて行動できるか、
娘が少しでも早く落ち着くような行動をとれるか、何度も検証して何度も心を奮い立たせます。
次は絶対にもっと早く症状をやわらげられるように。そしてなるべくならそういう状態にならないように。
思い出して辛いとか怖いとかよりも、その気持ちが1番強く存在しています。
良き理解者であれ
お断りを。
私は自分が大好きで、ブログでも自分のことばかり書いています。
いわゆる自分語りブログです。それ以外に興味はないと言っても過言ではありません。
ですので、記事を読むことで時間を無駄にしてしまうかもしれません。
大変申し訳ないのですが、価値は私にしかありませんので、ご留意いただければと思います。
一つ、気付いたのは私は観察者であって、研究が好きだということ。
情報や答えを持つ人間ではない。
私はいつも良き質問者でありたい。他者にも自分に対しても。
良き質問者がいて初めて、ものごとは進み始める、そう信じています。
そんな私は他者を羨望する、強烈な気持ちがありません。
私は別段美人でも、特別可愛くもありませんが、誰かの顔になりたい、と思ったことはありません。
綺麗だなー、いいなぁと思う瞬間はありますが、それだけです。
たとえ軽い気持ちでも「あんな顔になりたい」と思ったことはありません。
それと同じように、格闘技でも自分の出来ないことを体現している人を羨むことはありません。
ドキドキしました。
一昨年、試合で頭蓋骨を骨折した後で、夫が同じことを言ったのです。
その時も猛烈に熱くなった記憶があります。
かなり希薄(に私には見える)な付き合い方で、人に対して強い感情を持ちません。
憎んだり、羨んだり、蔑んだり、好んだり、怒ったり、悲しんだり、ということがほとんどありません。
もちろん、他者に対して、ではなく自分自身の喜怒哀楽は普通にありますが。
夫は間違いなく私を愛していると思いますが、その愛の形は私とは少し違っているでしょう。
そんな夫を私は尊敬し、心から必要としています。
それは、夫が自分の価値を他者との相対から見出しているのではないからかもしれません。
わたりとりさんの記事を読んで、同じことを感じたのです。
人間には「人と関わりたい」「人に必要とされたい」という原始的な欲求があります。
それが時に「他者に認められる」ことに摩り替わってしまうことはとても多いでしょう。
私は他者に認められることを求めてしまう自分に気付いたとき
何故か、恥ずかしくてたまりませんでした。
それを完璧に隠し切れもしないのに「別にそんなこと求めてない、私は私よ」
という人に会うと怒りを感じるほどに。
もっと強烈で、もっと原始的なものがある。
なのにそれを追い求める人は少ない。
みな、相対的な価値を追い求める。
みんなが認めるものを追い求める。
みんなが羨むものを追い求める。
私は理屈から相対的な価値を見出すのをやめた(いと思っている)だけであり
もともとそれを追う人間なわけではないのです。
そして知っていても、知らぬふりをして見ることを厭う人間もいる。
そして「追い求める何か」を持つがゆえに内的価値を追い求める人間がいる。
わたりとりさんが感じた、強烈な嫉妬、羨望、憧憬、これを内部から引き出し
自ら手にとり確認することが出来る人。
そういう人に出会ったときの熱いものは、一体どこから来るのでしょう。
これが私の羨望なのでしょうか。
自分が追い求めるもの(必ずしもそのもではない)を体現する人に対する激しい嫉妬心。
これを感じ、これを自ら確認することにより更なる高みが見える。
それに気付いたとき「違う」と否定し、しまってしまう人は行き止まります。
そこから動けなくなり、がんじがらめになる。
ごく簡単なこと、と言う人もいるでしょうね。
それに気付き、他者とその点について話した後なら、それは割と簡単かもしれない。
自分の中だけで気付きと処理と昇華を行い、さらにはそれを人前に出す。
高みへとのぼろうとする、なかなか出会えない心の震えを見て私は熱くなったのです。
ランスは尋常じゃないと私は思いますが、以前書いたように
私はその強烈な欲求に圧倒されます。そして強烈に惹かれる。
そして夫に出会った。そしてまたわたりとりさんに出会った。
そして、そのうちの二人の崖を上るかのような心の動きを見せてもらった。
とても、すごい経験でした。
それを上手くここに表現できないのが、とても悔しい。
けれど、私は表現者ではない、今も良き質問者で、「何故?」を追い求めている。
だから、上手く書けないけれど、私はこのことをいつか必ず「知る」。
そのとき、内部にある価値を追う人がどこにいるのか。
そして私はそこへ訪ねていくことが出来るか。
そういうことに出会わせてくれた全てに、心からの感謝を込めて。
この感情を書き記すことで持ち上げてるわけじゃないのです。
私が人を誉めている(または、ようにみえる)とき、それは全てただ一つのことを
形を変えて表現しているに過ぎないのです。
それは多分、じっくり見てもらうと理解してもらえると思うのですが。
私はそのただ一つに強烈に惹かれるので、その人の何もかもを誉めているように見えるかもしれません。
そしてそれは気持ち悪く見えるかもしれません。
しかしそれは誉めたりあがめたりしているのではなく、そして何もかもでもないのです。
ただ、一つのことに強烈に惹かれていることの表現に過ぎません。
これ、私には出来ないかもしれません。わからないのです。
もちろん、物語はそれが出来ます。
でも物語への評価と、思想への感じる心は全然違います。
物語のように評価することは私には出来ない。
人格を評価しているつもりはありませんが、そのただ一つのものは人格を作る中枢です。
評価などは出来ないけれど、そこに惹かれることを表現したい。
いや、もしかするとそれが、気持ち悪い誉め言葉なのかもしれません。
仕方ないな、それを好むんだもの。
とは言えど、コメントやトラックバックはそれをつけることによって
こんな気持ち悪いやつと付き合う○○さん、的評価を相手につけてしまうこともあるわけで。
その辺を考えると果てしなく面倒になり、最近は沈黙は金、も大切にしようと思っています。
何も私の気持ちを公に出さなくてもいいのだから。でもこの記事は別ー(笑)
で、ついでにここで一つ宣言します。
私、この先もうトラックバックはしません。どんな記事も。
読んで欲しい人には自分で頼みにいくことにします。
ああ、でも!私は人にその小さな心の動きを見せてもらい
それを伝えてもらうことに、大きな喜びをえています。
それが、私がブログをする理由。もう何故ブログに書くのかでは悩みません。
公の場で自分のために書き記す以上、なるべく不快なことはしないように気をつけて。
ブログをする理由、それにより私の中のブログ論、トラックバック論も終焉です。
いいえ、感じた心を考えろ、です。
感じて考える、これが私の唯一興味のあることです。
2006年2月15日(水)PM:0:33に上げた記事です。
トラックバックしない宣言記事です。絶対しないというつもりはないのですが、面倒になってしまいました。
交流の形は、それぞれのブログオーナー様の常連様の人数以上であり、その各々を大切にしているからこそ
そこから発生する評価もまた大切になるのではないかと思うと、なにもトラックバックの形をとることもないかと
思ってしまったような気がします。よくわからない。とにかく面倒になった感満載です。
ここで書いた自己の価値に関する部分でも触れましたが、相対的な価値とそうではない価値は
等価で存在するのが当たり前であり、だからこそ多種多様で魅力的なのだと思っています。
優劣をつけるものでもないし、○○だから○○的なステレオタイプの定義づけをすることによって
自分と違う考えを排除したり、否定することこそがその軸を見失うゆえんだと思っています。
ただ、私は夫のような人に惹かれる傾向にあるだけです。
夫は本当にすごいなぁと、日々思うのです。
「いいから早く片付けろ!」とか言い放ちつつ、私は夫をものすごく尊敬していて、夫のことが大好きなのです。
アインシュタインとちょっちぷん一家
先日の記事でほんの少し触れたアインシュタイン、ハマってます。
と言っても、相対性理論に興味があるわけではありません。
私には数学的に物事を考える能力が欠けているようなので、いきなり相対性理論を持ってきても
きっと理解が追いつかないに違いない。
アインシュタインに興味を持ったきっかけは、偶然手にした
アインシュタインの150の言葉、という本でした。
これはアインシュタインが発した言葉のみをテーマに沿って抜粋した本で
一連の「元気が出る言葉」的なテーマで編集されたシリーズに組み込まれているようです。
あんまりそういった本は読まないし、切り取られた言葉にはさほど興味は持たないのですが
アインシュタインの言葉には興味を惹かれました。
天才と呼ばれるアインシュタインはどんなことを考えていたのか。
何に興味を持ち、何に執着したのか。
それが気になる言葉がたくさんありました。
多分、偏屈な人だったのだろうなと感じる言葉があちこちにちりばめられています。
それでも、魅力的で心惹かれます。いや、だからこそ魅力的なのかもしれません。
彼は、彼自身であり続けていた、と感じるのです。
知っていることと知らないことを明確にわけ、人と関わることを拒否しながらも
平和を愛し、人の心理にも確固たる信念を持っていたようです。
彼の側で、彼に魅力を感じ、彼と関わりたい、と思ったら、少し寂しいかもしれません。
でも、彼のあり方を尊重し、彼の心地よい距離が保たれれば関わることも出来たでしょう。
私のあり方を押し付けたりしなければ。
アインシュタインを知るたび、私は私の娘を思います。
そして私の娘の兄弟姉妹たちを思います。
私は私の中に、愛する人との理想の距離感を持っています。
それが叶うと、とても幸せを感じます。
娘ともその距離が同じだったらいいな、と心から思います。
心から思うし、娘に愛されて大切にされたい。
特別な人、と思っていてもらいたい。必要とされたいです。
でも、娘のその表現の形は私とは違うかもしれない。
それに気付いた時、私は娘を上手に、娘の心地良い空間へ導けるだろうか。
というよりも、私がその形に移行できるだろうか。
私が我慢をする、という形ではなく理解という形で娘と私の
今までは誰とも持ち得なかった距離感をもって慈しめるだろうか。
きっと出来るはずだとも思っています。
親だから、責任があるから、母親なのだから、ではなくて、私がそう望むから。
そんなことをつらつらと考えています。
アインシュタインのお母さんと、話してみたかったです。
そんなことから夫婦のことについても考えます。
以前、何度か記事でも触れましたが、よく私は「何故、幸せになれたの?」とか
「幸せでいいな」「どうしたら幸せな結婚が出来るの?」と聞かれます。
答えはない、もしくは私のための答えしかないとしか言えませんが、
最近あることを調べていてひょんなところから一つのヒントを見つけました。
幸せになる方法とは違いますが、分析の一つという感じかな。
人の持つパーソナリティ(以下Pとさせていただきます)はいくつかの複合的なもので、
その中の強く出るPの傾向が合う組み合わせ、というのがあります。
たとえば攻撃的なPの持ち主と依存的Pの持ち主。
言葉にするとひどい結果を呼びそうに思えますが、
Pを上手く発揮させている場合も思ったよりずっと多いのです。
攻撃的なPを持つ人が大工などの仕事に従事ていたり
依存型のPを持つ人が看護士などの仕事に従事ていたりで
それが良い形で能力を発揮していたりするわけです。
ただし、攻撃的なPしか持ち得ないわけではなく、
その強く出る傾向のPが人格を支配してしまっているのは病理となることが多いです。
たくさんのPが豊かに発揮されているけれど、その中で中心的なPもまたある、ということです。
合う形のPを持つ人同士が結婚すれば上手くいくとも限りません。
ここが私の感じた一つのヒントなのですが、二人の間で働く力、
相互性をミューチャリティと呼ぶのですが、このミューチャリティが豊かである必要があります。
というのも、合う形の互いのPは結婚し、新しい環境に置かれ、
安定してくるとそれぞれの持つ各Pも成長してきます。
それによって、互いに育って中心になりつつあるPに合う、自分のPも育て、
いろいろな可能性、そしていくつものPの傾向が、
その時と場合における役割やポジションによって発揮できるようになる。
ミューチャリティによって、夫婦も育つ、と。
当たり前のことかもしれないけれど、なるほど、と思いました。
結婚すると色々なことがあって、時にはもうイヤだと思うこともやっぱりあって、
またあるときは成長し、成熟していく相手を変わってしまった、と思ったり
または嫌な人に変ってゆくように感じたり。
きっと、イヤなところだろうが、知らないところだろうが、
それはその人が持つPの一つで、自分の中にもそのPに合うものもある、可能性が高いことを
知っているだけでも違うかもしれないな、と少し楽観的に思いました。
P自体にも良し悪しがあって、発揮される場所如何によっては嫌なPも頼れるPとして発揮されたり
そのPにとって良い環境というのがあったりもしますからとても複雑だけれど
それは自分がパートナーとして選んだ人なわけだから、割と自然にそういう形は作られる面も
少なからずあるだろうと思うのです。
もちろん、人との関わり合いはPだけではなくて、好き嫌いはもちろん重要なファクトだし、
情緒的なもの、生い立ちや文化、好みだって大きく関わるから
そんなこと知っても役に立たないのかもしれないけど、娘と夫と私、
そのPの傾向や成長していくことを知っているだけでも、
一つ関わって生きていけるヒントを得たように思ったのです。
でもやっぱりこれだけは無理、っていうのは
一度嫌いになった人を無理に好きになることは出来ない、ってこと。
人と人って難しい。
アインシュタインはそういうことを遠ざけたい、と言っていた。
そんなアインシュタインの言葉を一つ引用します。ドキドキ。
引用初だわ。ちゃんとできるかしら。
「常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう。」
アインシュタイン150の言葉、ジェリー・メイヤー&ジョン・P・ホームズ編から
くーっいいこと言う~。カッチョイイぜ、アインシュタイン。
そのうち相対性理論も勉強します…(笑)
2006年2月13日(月)AM:0:14に上げた記事です。
アインシュタインはとても興味深いです。今も細々とアインシュタインについて知ろうとしています。
後半部分で相互性について少し書きましたが、私は恋愛ごとの話が苦手です。
というか、興味をもてない。ラブストーリーにもいまひとつ興味がもてないしロマンスをあまり感じない。
人として人を愛することや求めることの方にロマンスを感じる。
とはいえ、この2つはとても近い、もしくは表裏一体だったりするのだろうなとも思うのですが。
そんな私も夫は好きで結婚し、あまつさえ子供まで授かっているわけですが。不思議なものです。
異性として求められるのと、「キレイだな、可愛いな」と思われることが私の中では別のものとしてとらえられているのが
これまた不思議です。理屈で考えたら同じ、というか根本は同じだろうと思うんですけど。
これも女性であることへの屈辱感ゆえなのか。
春待つちょっちぷん
昨日、仕事の合間に外へ行き、トルネードベイビーに乗って買い物に行きました。
私は引きこもり体質で、というかただの出不精です。
超インドア大好き人間、というと「えー!」と言われますが
実はとてもインドアなことが好きです。
キャンプやハイキングとか、ドライブ、映画鑑賞、ライブに飲み会
食事にでかけること、それぞれ嫌いではありませんが
キャンプするならお友達の家に泊まったり、シティホテルに泊まったりしたいし
ハイキングより家で水墨画を描いていたい。
ドライブに出るなら交通標識や道路交通法のことを調べて、映画よりビデオを見ます。
ライブを見に行くよりは娘とダンシング、または掃除しながら創作ダンス。
飲食は基本的には家でするのが最も好きです。
いえ、それぞれ好きな瞬間もありますよ。
あるけど、家で似たようなことをする方が好きなのです。
それでも、自転車で午前中、近所を走るのは気持ちがいいです。とても。
昨日は日差しも温かく、気温もまあまあ、風もなく、なんだか春の匂いがしました。
何故か中学生だったころの1日を思い出す、あの匂い。
気持ちよくて、予定よりも色々なところをふらふらさまよってしまいました。
とてもインドアで、1週間家から一歩も出なくても全然平気ですが
そんな私も天気が良い日の午前中、自転車で走ると気持ちがすっきりします。
妙な高揚感を味わい、太陽を浴びたことに満足します。
窓を開けて、たいして綺麗じゃないけれど空気を吸い、公園を眺めていろいろ考えます。
特にこの時期に何回か出会う、春の匂いのする日。
そんな日は少しだけ郷愁を手にとり、少しだけ昔に思いを馳せるのでした。
そして…
そんな日はとても眠いちょっちぷんなのであります。
と、思ったら今日も眠くてたまりません。
あ、ぼくちゃん寝不足でしたぁ~☆
寝不足なんだけど、どうしても読みたい本があって、つい読んでしまう。
専門書はおもしろく、知的好奇心を満たしてくれるのですが
めちゃくちゃ頭を使うので、ちっとも娯楽っぽくありません。
そして読めば読むほど、様々なことが頭に浮かび、最後はカオスって終わることもしばしばです。
最初にテーマを決めてから色々調べるのに、調べているうちに
繋がった出来事を紐解いて、区別しているつもりが全てからまっているみたいな。
今はアインシュタインのパーソナリティについてへの興味を追跡中です。
あ、そうそうエデンの命題、やっと手元に届きました。
ガーっと読んでしまいました。今、読み返し3度目です。
じっくり考えながら読むと、またちょっと視点が変ります。
それもおもしろいです。
並行読みは止めよう、止めようと思っているのですが止められません。
今も4冊ほどの本を並行読みしてしまっています。
キリスト教についての本と、エデンの命題、ジュブナイルもの、専門書…。
変なラインナップ(笑)
もう少し暖かくなって、春めいてきたら、本を持って大きな公園でも行こうかな。
2006年2月9日(木)AM:11:18に上げた記事です。
あ、昨日書いた追記、この記事につければよかったよ。今並行読みしてる本のこと。
最近わくわくする本に出会っていません。
知識は得られても体感していないと知性にはならないと個人的には思うのですが
専門書は読んでもそうおいそれと体感できることはなく、その体感を求めると
ひりひりするような気持ちになり落ち込んでしまったりします。
それでも実感しないと、という焦燥感が募ったり。不思議なものです。
並行読みしているものの中にブリタニカの世界の民話館というシリーズものがあるのですが
初めてであったのは小学3年生だったか。わすれられない1作です。
今読んでも最高にわくわくです。
ところでもう1作探している作品があるのですが、タイトルや作者もわからずストーリーもうろ覚えなのです。
確か海岸でこびんに入ったSOSもしくは遊びの誘いの手紙を読んだ主人公が大海原を
差出人のいる島へ向かって行きます。
ついたらそこは鳥の島で、人食い鳥だった、もしくは主人公が虫で、虫を誘い出す作戦だった
というオチだったと思うのですが、絵がとても印象的で、当時はその絵を描いた方の
他の作品もよく見かけていたような気がするのですが、手がかりがつかめません。
何かご存知の方がいらしたら是非教えてください。お願いいたします。
膝を丈夫に!
先日、40代でもう一度トライアスロンにチャレンジしたい、と書いたのですが
その際に、いつも仲良くしていただいている、かずさんにいただいたコメントで
膝の強化のことに触れました。
本当は昨日の晩までに、とお約束したのですが、週末と月曜日は毎週予定があるのに加え
娘の誕生日が重なり、ブログが出来ず遅れてしまいました。
ごめんね、かずさん。
かずさんはブログをはじめてすぐにお友達になってもらい、ずっと仲良くしていただいている方です。
現在はウォーキングをしていらっしゃるそうですが、なかなかウェイト等に割く時間がなかったり
続けている間に焦燥などを感じてもいらっしゃいます。
ウォーキングをし、身体を鍛える際に体重の減少はもちろんですが、同時に筋肉も鍛えないと
少々行き詰まる時があります。
さて、そんなときに出来る、時間や手間がかからない、そして面倒ではない筋トレ方は。
ということで夫と相談し、簡単ですが効果のあるトレーニングをご紹介します。
膝は下半身の腰に当たる大事な関節です。
ちょっとした体重の増減や、無理な運動、そして年とともに機能が弱まり
痛めやすくなる関節でもあります。
私も学生時代にバスケットで両膝とも故障したことがあり、今でもあまり強くありません。
屈伸をするだけで妙に軽快な「パキッ♪」という音が曲げ伸ばしのたびにします。
パキッコキッパキッコキッ♪
小さな音で痛みはないですが、関節に若干ひっかかりを感じます。
そしてそのまま続けると無意識に身体がカバーしようとするのか股関節が痛くなります。
実は股関節も以前おかしくしてしまい、いまだに右の股関節はバランスを崩すと
すごく違和感が出てきて、かるく脱臼しているかのような気持ちになります。
かように、関節はどこか少し悪いだけで、他へ多大な影響を及ぼします。
関節や骨の歪みは一朝一夕に治らず、場合によっては完治しないケースも多いです。
そういうときサポートしてくれるのが筋肉なのです。
痛めた関節や、折れた箇所を強化するのが、その周りの筋肉です。
そのためにもがっつりきっつい筋トレなどで、いきなり筋肉量を増やしたりすることは
出来るだけ避け、良質の、そして持続する筋肉を作ることが大事です。
今回ご紹介するトレーニングはきちんと続けることによって
強度を上げていくと足が太くなります。
筋肉をつけるには簡単で、続けることがさほど苦痛ではないのでオススメです。
まず、座って、膝が90度に曲げられる椅子をさがしてください(笑)
ぴったり、というものを探すのは少々難がありますが、その時は必ず高めの椅子にしましょう。
膝が90度になることが最重要事項です。
高めの椅子の場合、雑誌や本を足の裏の下に置いて高さを調節してください。
きちんと太ももが椅子の座面に密着し、膝が90度でないと逆に膝を痛めてしまうのでご注意ください。
90度に膝をまげて座ったら、膝から下を直線になるように持ち上げます。
その際、足首は反らせておきましょう。
以上です(笑)
これを50回ほど繰り返すだけでOKです。
レッグ・エクステンション、といって膝周りの筋肉を鍛えるトレーニングです。
そして、前面を鍛えたら後ろも鍛えないとバランスが崩れ怪我が増えます。
後ろも鍛えましょう。
後ろを鍛えるには、うつ伏せに寝転び、まっすぐに足を伸ばします。
両足をそろえて、かかとをお尻に引き寄せるように持ち上げます。
これも50回くらいでいいでしょうか。
レッグ・カールといってハムストリングを鍛えるトレーニングです。
注意するのはお尻が浮きやすいので、家族にちょっとごくごく軽く押さえてもらうといいかもしれません。
その際、一緒に太もものどの筋肉が動いているか手を添えてもらうと
どこに意識を集中すればいいかわかりやすいので、おすすめです。
実はこのどちらも回数はそれほど、厳密でなくてもOKです。
最初は2、30回からはじめて徐々に増やしても構いません。
問題は続けることで、あまり気合を入れて疲れすぎても良くありません。
テレビを見ながら、とか家族で団欒しているときなんかにちょっとやるだけでよいと思います。
最初はどの筋肉が動いているのかを意識したほうがよりベターですが。
筋トレの状態にもよりますが、まずはこれくらいからで充分です。
体重が落ち、筋力アップが目的になってきたときは若干変りますが、その際は
持続力、そして膝に続くその他の筋力もアップしていかねばなりませんので
負荷をかけたり、回数も少なくし、セットメニューに組み込んでいくことになります。
まずは走る前段階の、膝の強化。
私もおかしな音がしているので、最初はこれから始めています。
私にとって問題はこれをやると膝は強化され、筋力もつくのですが足が太くなるのが悩みです。
はぁ~。為すべきか為さざるべきか、それが問題だ。
シェイクスピアもかなり好きです(笑)よくこっそり引用しています。←話とびすぎです。
2006年2月7日(火)AM:11:49に上げた記事です。
身体書庫は自分でもお気に入りです。自信を持ってオススメできる数少ないものです。
ただし、身体を鍛えることというのは段階によって、かなり変るので
ずーっと同じトレーニングが効果があるかというと、そうとは言えませんが。
最近、梅雨も明けて(あけたのか?)雨が減ったので、自分自身もトレーニングをはじめています。
娘がいるので以前のように短期間で仕上げることは出来ないですが、のんびりやろうと思っています。
ところで、今読んでいる本は大好きなマーク・トゥエインとブリタニカの世界の民話と精神分析学の本
それに加えて世界中の神話をまとめた本です。
神話はかなりおもしろいです。新記事を更新し始めたら、神話の登場人物でまた物語を書きたいです。
ところで2、自分が子供時代のものが欲しくてたまらないと以前書きましたが、あちこち整理しているうちに
こえだちゃんのミニシリーズを見つけたり、ママ・キッチン(パンケーキ焼けるやつ)を見つけたり
ラスカルのアルミのお弁当箱とスプーンとフォーク&入れ物、ランチマットなどを見つけて狂喜しています。
当時のサンリオ商品をけっこうみつかってほくほくです。
キティちゃんのビニールのがま口は見つかるとすごいプレミアがついているとか。
絶対どこかにあると思う。でも見つけても売らない。後で懐かしくなっても手に入らなくなるもん。
そしてそれらの当時ガラクタだったものの中から小学生のころの夏休みの自由研究?に作った
お面とか出てきて爆笑しました。アラレちゃんのお面だったよ。立体的なの。
たけひごと新聞紙と紙ねんどで土台は出来ているようです。なかなか上手かったです。自画自賛。
妊娠、そして出産、育児が始まる日2
残念ながら続きました。長すぎてやっぱり一つの記事にはおさまらなかった…。
この陣痛の痛み、人間知らない痛みってのは世の中にまだまだあるんだ、と思うような痛みだった。
なんて言ったらいいのかな。
背骨を腰のあたりでぐいっと掴まれてゆっさゆっさ揺らされるような震えるような痛み。
直接的な切ったり打ったりという痛みとは全く違う。
激しい運動の後の肺の痛みみたいな、倦怠感みたいな
もっとも近いのは下痢したときの腹痛に近いかなぁ。それも途中までなんだけど。
はっきり覚えていないのだけど、陣痛って休みがあって、その間に呼吸を整え
身体を休ませるとかいう知識はほとんど役に立たなかった。
陣痛の波が引く瞬間には落ちていたから。
ほんの2、30秒のことだけど昏睡状態だったみたい。
がくっと力が抜けて左右に揺れて夫にもたれかかる。そしてまた痛みで目が覚める。
つまり自分は落ちているのを知らないからずーーーーっと痛い(笑)
陣痛が途切れるとか言ったやつ誰だ!責任者出て来い!という気持ちだった。
ありったけの念をこめて恨んでやる!ブードゥー人形で呪ってやるー!と思った。
最後は本当に下半身が震えて、文字通り、脂汗を流しながら歯をくいしばって震えと闘った。
その間、野生児の夫は絶対寝てしまって私の怒りを買うはずだと確信していたのだが
夫は前日からまったく眠らず、陣痛が始まり、娘が生まれるまでの間ずっと私と共にいてくれ
そして陣痛の間ずっとずっと私を肉体的にも精神的も支えてくれた。
腰をさすりつづけて、そして一瞬の痛みの合間の眠りをもたらしてくれた。
長い長い、そして朦朧とした時間が過ぎた。夜の9時過ぎて内診にきた助産士さんが
「うん、全開だね。まだ赤ちゃんが降りてこないからいきんでいいよ♪」と軽やかに言った。
えー!よくいきんじゃダメ!とか言ってるじゃん!本当にいいのか!?という顔をしたんだと思う。
「大丈夫、陣痛に合わせていきめば生まれちゃってもいいんだから」と練習させてくれた。
どうも私はかなり我慢強かったらしく、
うめかない、わめかない、ナースコールをしない、良い妊婦だったようだ。
しかも呼吸といきみがめちゃくちゃ上手いと言われた。
良かった、それはトライアスロンの賜物だ、きっと。
10時過ぎて分娩室に入った。もう痛みは本当にマックスで全身が震えていた。
しかし破水もせず、娘はなかなか降りてこず
いきみで破水、無理やり出す!みたいないきみだったらしい。
11時、やっと破水、足の間から流れた温かい水を感じてやっとゴールが見えた。
頭が急にクリアになり、あっという間にいろいろなことを思い出した。
何故か「あと2回いきんで産む!」と決意して、その通り私は娘を出産した。
途中、医者が「がんばって!髪の毛が見えてるよ!次で産んであげようね!」と言い
2人の看護士たちも口を揃え「髪の毛出て来たよ!」というのが気になってたまらなかった。
えー髪の毛???頭じゃないの???どうしよう髪の毛しかなかったら
などと怖いことを思ったけど不思議とそのときはそれはそれでいいや、と思った(笑)よくないよ。
11時20分、娘は生まれた。元気良く、そして髪がふっさふっさで生まれてきた。
色が抜けるように白く、顔は起き抜けの私のようにムクれていて「たまみ」みたいだった。
目が大きくて、くりくりしていた。夫が号泣していた。
私は本当に本当にほっとした。ただ安堵感でいっぱいだった。生まれた。
ほっとする間もなく切開した部分を縫合。
もう本当に人間知らない痛みってのはあるもんだと心から思った。
こっちは直接的にすんげーーーーーーーーー痛かった。
虫歯治療で神経に直接注射されるのを繰り返されてるみたいな感じ。失神するかと思った。
ところが、生まれたての赤子への処置があまりにもすごくてそっちに気をとられてはじめ
いつの間にか終わってたんだけどさ。
なんか、口と鼻に管を突っ込んでガボガボガボガボガボガボガボ!!!!ってしたり
お尻をパンパンパンパンパンパンパンパン!!!!ってすんごい勢いで叩いたり
娘は真っ白な肌をまっかっかにして、本当に赤ちゃんになって大きな声で泣いていた。
出産し、後産を終え、後処理をしてもらいやっと普通のベッド状態にしてもらって、服を来た。
その後経過を診るため2時間そこで夫と、生まれてすぐの処置を済ませた娘と3人で過ごした。
その2時間のこと、私は一生涯忘れない。
真の平安と、心からの喜びを持った、本当に素敵な2時間だった。
何の不安も何の心配も何もなかった。
産んだ瞬間も、その時も、そして今も娘を見て思う。
「これ、本当に私のお腹の中にいて、私が産んだの?」
実感、という名前の入れ物が少しずつ満たされて
いつか私は「この子は私が産んだ」とはっきり実感するのだろうと思う。
そして、昨日、娘は2歳になった。
育児は始まって2年経ち、育自でもあるのだと、月並みながら思っている。
どうか、願わくば娘が苦しみがあったとしても、忘れられるほどの喜びもまた持ちえますように。
2歳の記念に。
2006年2月6日(月)PM:2:47に上げた記事です。
陣痛ってのは本当に摩訶不思議な痛みだと思う。なんと説明しても表現しきれないような気がするのです。
陣痛を描いた文章はたくさんたくさん読んだけれど、どれとも違っていたし、
もしかしたら全員違う痛みを感じたのかもしれないとすら思います。
痛かったことだけは多分絶対に忘れないけど、痛みがどんなだったかとか細かいことはするっと忘れます。
こうして文章で読んでもいまいち思い出せないのです。
だからまた子供を産めるのかもしれない(笑)
あれこれ考えると娘に兄弟がいたほうがいいのだろうか、とか
娘一人にすべてを注いでやりたい、とか本当にあれこれあれこれあれこれあれこれ考えてしまうのだけれど
そもそも子を産むということをコントロールしようとするのがいけないのかもしれないなとも思う。私は、だけど。
とはいえ、そうぽんぽん子供を産んでたくましく育てられるほど自分自身が成熟していないのだけれど。
完璧な親にはきっとなれないだろうけれど、善処する。
そして何が足りなくとも、娘が自分を肯定できることだけは出来るような日々を贈りたい。
今も「実感」としての出産は感じられないのだけれど、娘は私の子供だ。私が育てる。私と夫で育てていく。
娘がとても可愛い。色々あるけれどとてもとてもいとおしい。生まれてきてくれて本当にありがとう。
かあちゃん精一杯頑張るよ。
妊娠、そして出産、育児が始まる日
pinko姉の記事をリンクでご紹介しようと思ったのですが、pinko姉の記事は連作であります。
なので今回は直接、記事へのリンクではなく、pinko姉のブログへのリンクといたしました。
pinko姉のNEBI’sBARはこちらです 。
そしてただ、淡々とその時あったこと、感じたことを書いただけであり
更には妊娠、出産、というかなり局地的なことを書いていますので
興味がない方には、疲れる記事でありますことをお詫びいたします。
-私の陣痛が始まったのが午前4時30分-
かなり出産後を軽視していたように思う。
妊娠しているのを知った時、妙に慎重に生きねばならないと思ったのを覚えている。
そうっと歩いて、そうっと動き、そうっと眠る。
妊娠初期は難しいもので、まだ胎盤が安定しておらず慎重に無理はしない。
具体的に書いてあるかというと、そうでもないのだが、激しい揺れや衝撃を受けないように。
そして力みすぎない、お腹に力を入れない。冷やさない。
この辺をよく言われた。しかし考えてみたら排便の際は少なからず力むし
家事をしていればそれなりに揺れや衝撃は受ける。
外を歩けば車や自転車が突然出てきて、飛びのいたりなんて、割と日常的によくあることで。
要はその強さの問題なのだろうけれど、私はこの頃やたらめったら周囲の人たちに、大事にしなさい
大事にしなさいと言われ、更に同じ人たちに「病気じゃないんだからしっかり動きなさい」と
言われ本当に本当にうんざりした。
私のお腹で私と夫の子供なのだから、放っておいてくれ!!と何度も思ったけれど
同時に自分が考えている理屈に自信もなかった。だから黙ってうなづいた。
はっきり言って私はかなり、制限を設け、それを守るのは得意中の得意だ。
ルールを決めて、そのルールを厳守するのは簡単に出来る。
だから朝起きる時間、そしてものを食べる時間、昼寝をする時間
と1日のリズムを自分なりに作っていた。
のにも関わらず、更にはそのスケジュールや私の過ごしている毎日を知りもしないのに
人は妊娠したというだけで「規則正しく」「栄養を取って」「二人分食べろ」
「何もするな」「運動しろ」「普通に過ごせ」と声を揃える。
本当に不思議なのだけれど、ごく最近に妊娠、出産を経験した人はまず言わない。
だけどかなり昔にそれらを経験した人はやたらめったら口を挟む。
あれは一体どういうわけなんだろうと、よく首をひねった。
この頃から急激にお腹が大きくなり、若干羊水が多いことで羊水過多症という怖い状態を想像し
これが尾を引き最後の最後まで不安だった。
大きくなったお腹はことの他重たく、へそで舵取る、と言い表されるように歩くのも一苦労だった。
うつ伏せで寝る私はこの頃から、そうやって眠ることができずに更なるイライラを抱えた。
最高の状況を作ってもなかなか寝付けないのに、このお腹のせいで横向きすらなんだか苦しく
ここから規則正しさが崩壊されて行った。
胎動が始まったのもこの頃だった。初めての胎動は夫の試合の当日だった。
空は真っ青で高く、とても気持ちの良い日だった。
その日私は家で夫の無事を祈った。
初期、中期はつわりがかかったので、比較的食欲も伸びず
決めたものを決めただけ食べれば満足だった。
ところが後期に入って一切のつわりが治まってしまうと、おそろしく獰猛な食欲が襲ってきて
私は夫によく無理難題をふっかけた。
違う季節の果物が以上に食べたくなっていた。初冬にスイカ、さくらんぼ、なし、プラム、もも。
そして驚いたことに、それまで全然好きではなかった炭酸ジュースと
フライドポテトが食べたくて食べたくてたまらない。
それを我慢するのが一苦労だった。
クリオネ⇒宇宙人⇒キューピーちゃん⇒骸骨、とどんどん変り、段々怖い写真になってきた。
相変わらず羊水が多く、心配する私に医者は子宮に直接針を刺し
羊水を採ってする検査がある、と教えてくれた。
そこで何がわかるか、それは染色体に異常があるかないかを調べるというものだった。
つまり障害があるかないかを大まかに調べる、というものだ。
私が心配していたのは、障害がある子を持つ、という事ではない。
生まれてきたその子供に「生まれてよかった」と大局的には思ってもらえるだろうかというものだった。
五体満足に、何の問題もなく生まれてきても生き難いことはある。
更にその上生き難い難題を持たせてまで、私のエゴで生み出していいのかわからなかった。
正直なところそこまで考えは及ばなかった。
結果的に私は答えの出ぬまま、善処する、という決意のみしか持てなかったが
一つの形へと変化を遂げる生き物を殺すという選択肢はなかった。
5kgの米袋を腹にくくりつけているような身体が思うように動かず
日々の瑣末な出来事すべてがやっかいだった。
着たい服が着られない、行きたいところへ行けない
それまでまったく口を挟まれることなどなかったことへ口を挟まれる、出産への不安。
それらが私をイライラさせ、私は不安定だった。
それまで考えたこともなかったけれど、妊娠期間中は様々な痛みがあり
それらは結構頻繁で、そして割と痛い。
段々感覚が麻痺してくるような錯覚に陥り
陣痛がそれとわからないのではないかという不安が芽生えたのだ。
胎動や、お腹の張り、逆子が治る瞬間、それらと区別できるのか。
当然出来た。
何故か信じきることが出来なかった。でもわかった。
その日、めちゃくちゃなリズムになってしまった私は珍しく早めに眠くなり
床についた。逆に規則正しく毎日を送っていた夫は何故か眠れず起きていた。
寝ているときから何だかお腹がしくしく痛いような気がした。
4時ごろ起きて、まだ起きていた夫に背中をさすってもらいながらふと
時計で確認する。規則正しい痛みの波だった。
陣痛か、否か。朝7時まで時計を見ながら間隔を測った。
8時に産院へ行き、「まだまだだけど陣痛だね、普段だったら一旦家に戻って
また来てもらう程度なんだけど空いているからこのまま陣痛室にいたら?」と言われ、陣痛室に寝転んだ。
ただ、断続的な痛みは結構体力を消耗するようで私は朦朧としてきた。
午後にさしかかるころにはその痛みが急激なカーブを描いていた。
2度、吐いた。それまで経験したことがない本当に突然の嘔吐だった。
気持ち悪い、と感じるヒマもない嘔吐だった。ほとんど何も食べられないのに吐いた。
段々痛みが激しくなり、絶対もうすぐ生まれる!と思った。
時折、看護士さんが内診して子宮口の開き具合を確認してくれるが
「まだまだ、これからだよ~」と何度も聞かされ正直殺意すら覚えた。
うそつけ!と思うほど痛みは激しくなっていた。
2006年2月6日(月)PM:2:43に上げた記事です。
私の記憶は非常に曖昧な部分がどこに及ぶかわからないので、後で思い出しやすいように
妊娠期と出産時の記憶を文章に残しておきたくて書きました。
自分が妊娠し、出産するとき私の母は他界していたため何も聞くことが出来ず不安だったので
自分の子供には伝えられたらいいな、と漠然と思っていたのもあり。
ところで陣痛の逃し方、というのがそれぞれあり、テニスボールで肛門付近を圧迫する、とか
あぐらをかいて座り、上体をぐるぐる円を描くようにまわす、とかそれはもう種々多様なのですが
私はじっと動かず耐える、というのが1番性に合っていたようです。
看護士さんやドクターに「化石みたいねぇ(笑)」と言われました。化石って。
脂汗を流しつつうずくまって夫に腰をさすってもらい、
陣痛が引いた瞬間に落ちてすぐまた起きるの繰り返しでした。
いやー、長かった。長かったけど短いとも同時に感じていたのが不思議です。