妊娠、そして出産、育児が始まる日2 | ☆空飛ぶ もとちくれった 出張所☆

妊娠、そして出産、育児が始まる日2

残念ながら続きました。長すぎてやっぱり一つの記事にはおさまらなかった…。



この陣痛の痛み、人間知らない痛みってのは世の中にまだまだあるんだ、と思うような痛みだった。
なんて言ったらいいのかな。
背骨を腰のあたりでぐいっと掴まれてゆっさゆっさ揺らされるような震えるような痛み。
直接的な切ったり打ったりという痛みとは全く違う。
激しい運動の後の肺の痛みみたいな、倦怠感みたいな
もっとも近いのは下痢したときの腹痛に近いかなぁ。それも途中までなんだけど。
はっきり覚えていないのだけど、陣痛って休みがあって、その間に呼吸を整え
身体を休ませるとかいう知識はほとんど役に立たなかった。
陣痛の波が引く瞬間には落ちていたから。
ほんの2、30秒のことだけど昏睡状態だったみたい。
がくっと力が抜けて左右に揺れて夫にもたれかかる。そしてまた痛みで目が覚める。
つまり自分は落ちているのを知らないからずーーーーっと痛い(笑)

陣痛が途切れるとか言ったやつ誰だ!責任者出て来い!という気持ちだった。
ありったけの念をこめて恨んでやる!ブードゥー人形で呪ってやるー!と思った。
最後は本当に下半身が震えて、文字通り、脂汗を流しながら歯をくいしばって震えと闘った。
その間、野生児の夫は絶対寝てしまって私の怒りを買うはずだと確信していたのだが
夫は前日からまったく眠らず、陣痛が始まり、娘が生まれるまでの間ずっと私と共にいてくれ
そして陣痛の間ずっとずっと私を肉体的にも精神的も支えてくれた。
腰をさすりつづけて、そして一瞬の痛みの合間の眠りをもたらしてくれた。

長い長い、そして朦朧とした時間が過ぎた。夜の9時過ぎて内診にきた助産士さんが
「うん、全開だね。まだ赤ちゃんが降りてこないからいきんでいいよ♪」と軽やかに言った。
えー!よくいきんじゃダメ!とか言ってるじゃん!本当にいいのか!?という顔をしたんだと思う。
「大丈夫、陣痛に合わせていきめば生まれちゃってもいいんだから」と練習させてくれた。
どうも私はかなり我慢強かったらしく、
うめかない、わめかない、ナースコールをしない、良い妊婦だったようだ。
しかも呼吸といきみがめちゃくちゃ上手いと言われた。
良かった、それはトライアスロンの賜物だ、きっと。

10時過ぎて分娩室に入った。もう痛みは本当にマックスで全身が震えていた。
しかし破水もせず、娘はなかなか降りてこず
いきみで破水、無理やり出す!みたいないきみだったらしい。
11時、やっと破水、足の間から流れた温かい水を感じてやっとゴールが見えた。
頭が急にクリアになり、あっという間にいろいろなことを思い出した。
何故か「あと2回いきんで産む!」と決意して、その通り私は娘を出産した。

途中、医者が「がんばって!髪の毛が見えてるよ!次で産んであげようね!」と言い
2人の看護士たちも口を揃え「髪の毛出て来たよ!」というのが気になってたまらなかった。
えー髪の毛???頭じゃないの???どうしよう髪の毛しかなかったら
などと怖いことを思ったけど不思議とそのときはそれはそれでいいや、と思った(笑)よくないよ。
11時20分、娘は生まれた。元気良く、そして髪がふっさふっさで生まれてきた。
色が抜けるように白く、顔は起き抜けの私のようにムクれていて「たまみ」みたいだった。
目が大きくて、くりくりしていた。夫が号泣していた。
私は本当に本当にほっとした。ただ安堵感でいっぱいだった。生まれた。

ほっとする間もなく切開した部分を縫合。
もう本当に人間知らない痛みってのはあるもんだと心から思った。
こっちは直接的にすんげーーーーーーーーー痛かった。
虫歯治療で神経に直接注射されるのを繰り返されてるみたいな感じ。失神するかと思った。
ところが、生まれたての赤子への処置があまりにもすごくてそっちに気をとられてはじめ
いつの間にか終わってたんだけどさ。

なんか、口と鼻に管を突っ込んでガボガボガボガボガボガボガボ!!!!ってしたり
お尻をパンパンパンパンパンパンパンパン!!!!ってすんごい勢いで叩いたり
娘は真っ白な肌をまっかっかにして、本当に赤ちゃんになって大きな声で泣いていた。
出産し、後産を終え、後処理をしてもらいやっと普通のベッド状態にしてもらって、服を来た。
その後経過を診るため2時間そこで夫と、生まれてすぐの処置を済ませた娘と3人で過ごした。
その2時間のこと、私は一生涯忘れない。
真の平安と、心からの喜びを持った、本当に素敵な2時間だった。
何の不安も何の心配も何もなかった。

産んだ瞬間も、その時も、そして今も娘を見て思う。
「これ、本当に私のお腹の中にいて、私が産んだの?」
実感、という名前の入れ物が少しずつ満たされて
いつか私は「この子は私が産んだ」とはっきり実感するのだろうと思う。

そして、昨日、娘は2歳になった。
育児は始まって2年経ち、育自でもあるのだと、月並みながら思っている。
どうか、願わくば娘が苦しみがあったとしても、忘れられるほどの喜びもまた持ちえますように。
2歳の記念に。




2006年2月6日(月)PM:2:47に上げた記事です。

陣痛ってのは本当に摩訶不思議な痛みだと思う。なんと説明しても表現しきれないような気がするのです。
陣痛を描いた文章はたくさんたくさん読んだけれど、どれとも違っていたし、
もしかしたら全員違う痛みを感じたのかもしれないとすら思います。
痛かったことだけは多分絶対に忘れないけど、痛みがどんなだったかとか細かいことはするっと忘れます。
こうして文章で読んでもいまいち思い出せないのです。
だからまた子供を産めるのかもしれない(笑)

あれこれ考えると娘に兄弟がいたほうがいいのだろうか、とか
娘一人にすべてを注いでやりたい、とか本当にあれこれあれこれあれこれあれこれ考えてしまうのだけれど
そもそも子を産むということをコントロールしようとするのがいけないのかもしれないなとも思う。私は、だけど。
とはいえ、そうぽんぽん子供を産んでたくましく育てられるほど自分自身が成熟していないのだけれど。
完璧な親にはきっとなれないだろうけれど、善処する。
そして何が足りなくとも、娘が自分を肯定できることだけは出来るような日々を贈りたい。
今も「実感」としての出産は感じられないのだけれど、娘は私の子供だ。私が育てる。私と夫で育てていく。
娘がとても可愛い。色々あるけれどとてもとてもいとおしい。生まれてきてくれて本当にありがとう。
かあちゃん精一杯頑張るよ。