2006年の始まり
あけましておめでとうございます。
この記事の投稿時間を見てください。
この時間にほいっと上げたのにさ、中身だけ消えちゃったのです。がっくし。
…おかしいな、さっき2005年最後の記事を上げたのにな。
もう2006年とはどういうことだ。
だけど、ぐじぐじしたのは2005年に頼んで置かせてもらっておいてきた。
もうぐじぐじしない。
だけどずっと考えつづける。
でも「もうダメだ」とは言わない。
混乱する。不安にもなる。だけど、その時は休む。ゆっくりと。
そうだった、私は好きになるのが上手なんだった。
私は好きになるのが好き。
私は笑うのが好き。
私は笑ってもらうのが好き。
私は誉めるのが好き。
私は喜ぶのが好き。
私は楽しいを探すのが好き。
私は見つけるのが好き。
そうだったそうだった。
あんなふうに終わった2005年だけど
たくさん好きになった。
たくさん笑った。
たくさん笑ってくれた。
たくさん誉めた。
たくさん喜んだ。
たくさん楽しいを探した。
たくさん見つけた!
そうだった、素敵な一年だった。
きっと今年も素敵な一年になる。
そうする。
今年も一緒に、笑って、探して、調べて、検証して、記して、そして楽しんでくれるお友達と
私は一年すごすんだ。
年越しは、まあ年末ですが、娘は早寝してしまい
夫は、まあ格闘家ですから大晦日はいろいろとあります。
そんなわけでのんびりブログとテレビ観戦で年越ししました。
かきあげそば、美味しかった。
朝起きたときは、2005年で私は泣いていて、苦しんでいて、哀しかった。
昼はもう、人とは関わらず生きて行ったほうがいいんじゃないかと思った。
夕方は疲れ果てて、ぽろぽろこぼれる涙に気付かないほど頭痛がした。
夜がふけて、年越しが近づいて、ぐったりした。
年が明けて、おめでとう、といったら元気がでた。
そしたら、おめでとう、って言ってくれた。
嬉しいなあ。
うん、そうだ、もういいや。
今年も素敵にするんだ。素敵な1日をたくさん作るんだ。
失敗してもいい、泣いても、怒っても、胸が痛んでも、考える。
ずっとずっと考える。
だけど、時々休む。
そのとき、今年も一緒に、楽しいこと、嬉しいこと、面白いこと、考えること、不思議なこと…
どうか一緒に探してくれませんか?
泣き虫でぐじぐじするし、かたくなで、偏狭だけど、好きでいてもいいかなぁ。
それでも一緒に探してくれるお友達と、今年一年も素敵な1日少しずつ集めていきたい。
そう思った1月1日。気分は大晦日。
先に言っておきます。
今年もありがとう!
2006年1月1日(日)AM:0:11に上げた記事です。
多少まだ痛々しさの残る感は否めませんが、私は私のこういうところが好きです。
よしよし、ちゃんと歩こうとしているな、という感じで。
トライアスロンは日々に似ています。
はりきって泳ぎ始めた途端、人が上を泳ぎ、息が出来ず、もうだめかもしれないと思う。
水は心地よく、太陽が自分を照らし、人の中でもがいている。
陸地について、大急ぎで着替え、バイクを組み立てて、靴を履く。
さっきまで水の中でもがいていたのと打って変わって、何処までも続く道をひたすら
バイクで行く。風を切り、丘を越えて、子供たちの配る冷たい水を頭からかぶり
ぐんぐんとどこまでも行く。ギラギラと照りつける太陽の中、ごうごうとなる風を切って。
なったこともない部分がブルブルと震えて、膝が笑い始めて、意識が朦朧としてくる。
前にも後ろにも誰もいなくなって、自分が一人ぼっちで鳥葬にふされたような感覚になってくる。
照りつける太陽に、何も考えられず、もうだめかもしれないと思う。
バイクを降りて、少し前を走る車に「リタイアします」と言おうかと思う。
クーラーの利いた車内で冷たい水を飲み、ドクターにメディカルチェックしてもらう。
そういう妄想がとまらない。
もうやめよう、もうやめようと何度も何度も何度も、思う。
そして唐突にバイクの旅が終わる。
そして、いつまでもいつまでも、最後にたどり着くまで走るのです。
心がフラフラになって、やめてもいいよ、とやさしく言う声が聞こえるけど
何故か足はとまらず、歩こうとしつづける。走ろうとし続ける。
その先には、美しい風景が見える。味わったことない心地よさと安堵と喜びがある。