ANTIFA★黒い彗星검은혜성  だにえる단열の一言。 -13ページ目

ANTIFA★黒い彗星검은혜성  だにえる단열の一言。

韓国籍在日朝鮮人3世、いわゆる「在日コリアン3世」のだにえる단열が大好きな『日本』について書く、そんなブログです。
ANTIFA★黒い彗星CHE★gewaltの新しい一歩のブログでもあります。いつまでも大切だよ。





今、韓国が熱い。

まるで、60年代後半の「熱い秋」のような、運動圏の復活を見ることができる様相だ。

今、イ・ミョンバク政権が国民に、民衆たちに「NO」を突き付けられている。

この示威デモは先月から数万人規模に拡大し、今日、韓国全国各地にて「100万ろうそく国民集会」が

行われ、まさに今ソウルの鐘路通りには8万から10万もの人々がろうそくを片手に「イミョンバク政権の弾劾」を

叫んでいる。

私は正直、保守陣営、特に新自由主義の傾向の強い、ニューライトの政権であるイミョンバク政権が大多数の国民が支持し、誕生したことをとても残念であると思っていた。それはまるで、欧米や日本などが経験したニューライトの登場と「運動」の剥奪のように、韓国もまたネオリベラリズムの経済編成のもと、運動の弱小化が進んでいくのだろうと憂慮していたからだ。


去年度のGNPが4万ドルを超えたこともあり、格差の中での形骸的な豊かさのもと、国民たちは騙され、抵抗する気運さえもなくなってしまうのではないだろうか。と考えていた。しかし、ここ10数年の韓国の民衆の進歩主義の発展はそんな簡単に挫折してしまうものだろうかと、とても疑問に思っていた。ただ、韓国国民は保守を支持したのではなく、ワンマン経営で成功を成し遂げ、自称「CEO大統領」による雇用拡大による若年層の失業状態の解決策として、苦渋の選択をしたのではないだろうか。と、勝手ながら3月に韓国に訪れたとき、そう自分を納得させたものだった。







しかし、韓国の≪運動圏≫は死んではいなかった。今、まだ息づいている。いまはっきりと私たちの前で再びその勇敢で凛々しい姿を見せている。


韓国民衆の運動基盤は韓国成立の歴史とともにあったと言える。

60年代後半パク・チョンヒ軍事独裁政権の圧政のもと、「民主化運動」は単なる「アカ(=共産主義者)」と見なされ、迫害を受けていたた。しかし、その運動の基盤は韓国の最初の政権、イ・スンマン政権の誕生時期に南だけの独立選挙を行おうとしたことへの抵抗から多くの犠牲を生んだ済州島事件からあったし、80年5月18日の「光州事件」、光州民衆抗争でもあった。そして、「民主化運動」の完成形(勝利)とも呼べる87年6月抗争によって最も熱い時期を迎えたのであった。


そして、90年代民主化を謳歌しながら、≪運動≫は民主主義の当然の権利として、また文化として民衆の意識の中で成熟していったと言える。また、依然として公権力側の国民を無視した政策などの横暴が、≪運動圏≫の必然的な抵抗を生んだことも認めなければならない事実である。

そして、それは民主化しても政権、警察、軍隊など公権力と国民とのある一定の距離、乖離を生み出し、常に対峙しながら、互いをけん制する関係を作り上げたと言える。


このことがまだ韓国の≪運動圏≫がまだ息づいていて、見事な復活を見せた原因ではないだろうか。この大規模なろうそく集会、示威デモは当初、「BSE問題」へのモラル・パニックのようなパニック状態のような社会不安から始まったことは否定できない。日本の言論は右・左関係なしに「たかがBSE問題でヒステリックになり過ぎている」という評価が大半だった。また、ネットでは「韓国人は単純すぎる」といった意見も多数あった。


しかし、本来モラル・パニックのようなメディアの扇動のように呼び起される社会不安が、直接≪運動≫に結びつくことは到底ない。それは≪運動≫の基盤の中にある、政権や公権力と対峙できる韓国の民衆の抵抗文化があったからこそなのだ。


日本の場合、なんらかの社会不安が起きても民衆が大規模なデモに参加できる土壌がもはやない。熱かった60年代、70年代の「熱い」時代は80年代のバブル経済と消費文化の成熟とともに、90年代バブル崩壊による権力追従のシニシズムに陥った状況とポストモダンの周辺化、脱主体化の間違った方向性と相俟って、民衆とアイデンティファイできる人が極端に少なくなったと言える。そして、70年代、圧倒的な公権力の圧力のもと、赤軍派の浅間山荘事件や新左翼の度重なるウチゲバなど、「道徳」の面でも人々の支持を得なかったこと、いや、≪運動圏≫に対してある種のアクセス不可能なトラウマを抱かせた点も考えられる。


しかし、それよりはネオリベラリズムの世界レベルでの経済再編成のもと、ニューライトが登場し、変革、改革など運動圏の主体が交代したことが日本における≪運動≫の衰退があげられる。そして、必然的にレフトや人権派と呼ばれるような(韓国での進歩主義ような)人々を互いを強固に結びつけ、連帯を可能にさせ、誰でもアクセスできるような≪運動≫がなくなってしまった。(まだ沖縄ではアクセス可能だし、多くの県民が連帯可能であると考えられるが、)


つまり、運動の担い手はニューライトのような新保守陣営にすけかわり(小林よしのりが参加した90年代中盤の「薬害エイズ問題」への運動からもそれは言える)、彼らは≪運動≫において若者を巻き込み、旧保守陣営とも対立しないことからもより強固な「連帯」を可能にしているのではないだろうか。そして、ニューライト陣営の動員原動は「ナショナリズム」ではあるが、これはライト故に「権力追従」の側面を内包していて、彼らの運動が直接、公権力の暴力により鎮圧されることはないだろう。それよりも、彼らは権力をいつも自分たち側において管理統制(コントロール)可能にしたい欲望に満ち満ちていて、それが可能ならば自分たちよりも極右などの過激な集団を生贄として、排除したり、抑圧し、表向きの「中庸」(=公権力)の位置で安住しようとする。(これはリベラル右派によく見られることであるが、リベラル左派にも見られる特徴である)そして、これが日本の現状であると私は考える。

もちろん、今の日本における左派や人権派などの進歩主義者たちを連帯可能にする動員原動は解体され、周辺化され、アクセス不可能になっていることも確認しておこう。


ならば、韓国の民衆たちの動員原動は何だろうか。

あれほどの人々を動かせる動員力はどこから生まれるだろうか。

それは皮肉にも「ナショナリズム」と言える。もちろん、このナショナリズムは先ほど日本のニューライトの原動力である権力追従、権力掌握の意味での「ナショナリズム」ではない。それは「ナショナリズム」を国民国家=ネーション・ステイトのネイションとステイトの二つの側面から翻訳し直す必要がある。つまり、ネイション、国民、民族志向かステイト国家・公権力志向かである。


そして、これはライトの特徴であるが、ライトのナショナリズムは国民・民族志向の側面があるが、それよりもステイトの秩序安定(ヒエラルキーを含む)の側面、国家権力志向が強く現れる。このことは韓国の民衆運動と対立する韓国の保守陣営(過去の朴チョンヒ政権やイミョンバク政権を支持する開発独裁志向、反北朝鮮、親米陣営)のナショナリズムもこの側面が強い。


では、韓国の民衆の「ナショナリズム」は国家権力との対立する歴史の中で育みながら、祖国統一を優先する「民族主義」的側面を持つ。そして、この民族主義が済州島民衆抗争で見られるような、韓国の≪運動圏≫の萌芽を形づくったことは言うまでもない。


そして、この統一の志向が右翼の「武力・吸収統一」と異なり、「平和統一」とより安定した東アジアの平和秩序を作るという自負によってより強固になっている点も無視できない。

だから、韓国での今回の≪運動圏≫の盛り上がりは≪分断体制≫が生み出した民族主義的なナショナリズムと深い関係があり、≪分断≫と軍事独裁の暴力からの抵抗と育んできた権力を監視し、権力と対峙するという市民意識・民衆意識が成熟しているからだと言えるだろう。


それは当初、イ・ミョンバクが「BSEが恐かったら、アメリカ産牛を業者や消費者が買わなければいい」という発言後、直接、政権弾劾へ結びついいくことからもわかるように、政権よりは民衆の方が韓国の民心や商売文化の程度をよく理解していて、アメリカとのFTAの問題点、グローバル経済の問題と世界システム論的な構造を感覚的に理解していることが如実に表れている。

そして、暴力的な官憲の鎮圧が、民衆の光州や6月民主闘争のトラウマを呼び起こし、逆鱗に触れたことも重要なポイントであると考える。


とにかく、今ろうそく集会に参加している多くの民衆、友人たちが不条理な官憲の暴力で怪我しないように、日本で祈るしかない自分の位置を嘆きながら、心はともにあることをここに記して、今日の日記を終わりたい。










中国の「愛国教育」に中止要求

「愛国主義教育」中止を要求=ダライ・ラマ側が中国に
(時事通信社 - 05月08日 17:01)


 【ニューデリー8日時事】チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世の特使として先に中国政府代表との非公式協議に臨んだロディ・ギャリ氏は8日声明を発表し、協議の席上、中国当局がチベット各地の寺院や教育現場で行っているとされる「愛国主義教育」をやめるよう中国側に求めたことを明らかにした。


 同氏はまた、チベット暴動に絡んだ拘束者の釈放を中国側に求めたとした。双方は協議の継続で合意しており、声明によれば、日取りは近く設定される

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ダライラマの特使と中国政府の協議が始まった。
国内において少数民族を有する国はやはり
民族の自主的な「民族教育」を権利として保障
しなければならい。

私たち在日の先輩も戦後まもないころ、4.24「阪神教育闘争」を
行い、「民族教育」の権利を勝ち取った。そして、多くの犠牲も
あった。
チベットに自由を運動が成功し、チベット民族の自主自治ができるよう
願いたい。

ちなみに私は中国においての「愛国教育」=反日教育であるとは思わない。
私たちがナショナリズムと呼ぶものはもっとミクロな権力関係におけるひとびとの言説や意識の中に隠れている。
そして、違う国同士が衝突するとき、それはレイシズムという形で発露する。
今回の聖火リレーや昨日の早稲田大学の前での衝突を見ればよくわかる。


以下、「阪神教育闘争」について

http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/0000958834.shtml

戦後間もない一九四八年四月、朝鮮学校閉鎖令の撤回を求め、兵庫の朝鮮人たちが団結して闘った「阪神教育闘争」。二十四日で丸六十年を迎えるのを前に、在日二世で、兵庫朝鮮関係研究会の金慶海(キム・キョン・ヘ)さん(69)=神戸市東灘区=が「闘争から六十周年」をテーマに韓国で講演した。二十日には、金さんの講演を韓国で聞いた日韓近現代史研究家の辛恩英(シン・ウ・ニョン)さん(韓国・ソウル市)が神戸市長田区のピフレホールで「4・24教育闘争-神戸地方裁判所での裁判(C級)の判決文の分析」をテーマに話す。(坂本 勝)

 阪神教育闘争は占領下で唯一、非常事態が神戸で宣言され「阪神教育事件」「神戸事件」とも呼ばれる。四八年四月二十四日、朝鮮学校閉鎖に反対し、兵庫県庁を取り囲んだ朝鮮人たちの代表らは岸田幸雄知事に面会を求め知事室に入り、閉鎖令撤回の覚書をとりつけた。しかし、翌朝までに非常事態宣言が発令。撤回は無効とされ、県内だけで千七百人以上の朝鮮人が逮捕された。

 在日本朝鮮人連盟県本部委員長を務め、闘争の精神的支柱だった朴柱範(パクチュボン)さんも病身のまま、神戸刑務所に投獄された。四九年十一月、仮釈放の二時間後に他界した。

 朴さんの遺影などを九四年の「長田マダン」で展示したことから朴さんの遺族が韓国にいることが判明。神戸学生青年センターの飛田雄一館長が九七年十月、遺族を訪ねた。闘争から五十周年の九八年四月に遺族らを招き、神戸でシンポジウムを開催。六十周年に向け「4・24阪神教育闘争記念碑を建てる会」が〇六年四月に結成された。〇七年八月には、同会のメンバーら八人が朴さんの遺族を韓国に訪ねた。

 金さんは十日と十二日に韓国の全北大と淑明女子大で講演。「在日の歴史についての研究が日韓交流を機に過去十年間に韓国で格段と進んだ。今回の講演のきっかけも朴さんの遺族との民間交流だった」と振り返る。

 二十日の記念講演会は午後二時半から。「記念碑を建てる会」主催。資料代五百円。事務局の池田さんTEL090・8539・0473


阪神教育闘争 連合国軍総司令部(GHQ)の指令下、日本政府は1948年、朝鮮学校の閉鎖を命令。神戸市内では同年4月、市立小学校校舎を借りていた朝鮮学校4校の使用禁止を県と市が命令。同24日、存続を求める朝鮮人らが県庁を取り囲み、閉鎖撤回などの覚書を県と交わした。同年5月、朝鮮人団体と文部省が「朝鮮学校は私立学校として認可する」などと調印した。


今日は兄貴のブログから引用。

http://ameblo.jp/darkgorira/


いい年こいてこんな番組見るのもあれじゃが、

今日はアフリカのガーナのカカオ農場で働く家族が出ていて、

あいのりメンバーも深く考えた様じゃのう。

番組としてはたまにまじめな世界情勢を説明してくれるのじゃが、

歴代メンバーが日本に帰ってきて、その体験をどのように生かしたか

は知らないが、

少なくともあの番組を見ていた私たちもなんかかんがえさせられたと

思うじゃけぇ、


今日の話はまさしく、ポストコロニアリズムとグローバル経済の問題点をそのまま表わしてるようじゃのう。

番組の説明では、ガーナのカカオ農場に働くひとびとが、どんなに働いても、豊かになれない、経済構造を先進諸国がアフリカの各国の

独立の後、フェアトレードをしようとしたが、それに先進国が反対。

世界市場のカカオを買い占めて、一時、品薄状態にして値段が上がったとたんに買い占めたカカオをもう一度市場に出させて、カカオの値段を暴落させ、安いカカオを供給してチョコレートを作って潤う。

フジ産経としてはいい番組をやったもんだと感心させられる。


つまり、今のアフリカではどうしても自由貿易では勝てないシステムが

出来上がっているのじゃ。WTOの自由経済の圧力に負け、安い輸出をしなければいけない、アフリカ諸国。また、先進諸国の中の農業国はアフリカの市場に安い肉や農産物を売りつける。

それはアフリカの国内の農産物よりも安い値段で売るのだが、それは先進国が自国の農業に補助金を出して、値段を調節しているからじゃ。

こんな状態ならアフリカはますます困窮するしかないよのう。

ひどいやり方じゃ、

人の道を反しているどころの問題じゃない。


これが、新しい植民地主義であるだろうし、いまだ帝国主義の世界システムが残存し、この悪しき構造をどう解決しなければいけないのかのう。

大学の生協には「フェアトレード」のチョコやクッキーが売ってたのう。

もっと勉強して精進するしかないようじゃ・・・


兄貴、俺も見てましたよ、アイノリ

毎度勉強になります。

日本でのチベットの自由を願う運動について
思うこと。

ただ、日本の人たちの「FREE TIBET!!」に純粋にチベット自由を
願った人も多くいたと思うけど、ただ中国が嫌いという文脈で
関わった人たち、レイシストも多くいたと思う。
奴らは最低だ。都合のいいときだけ「人権」を持ち出す。

どこの国の警察権力も「国民」「市民」なんて最初から考えてない。
やつらは「国家の秩序」しか頭にないやつらだよ。
ここいらで「草の根右翼」も国家の暴力が身に染みてわかっただろうよ。

この国のマスコミも腐ってる。

そんなことを思ったのは2003年イラク戦争前夜、アメリカ大使館前

500メートルにも入れず、抗議活動ができなかったこと、

デモができなかったこと。大きな道路を封鎖し、そこで、

「NO WAR!Dont ATTACK IRAQ!」を叫んでた。


特にデモで一番危険なのは同じ草の根レベルの対立する

団体どうしが 同じ場所でデモをすると最悪な修羅場になる。

終戦記念日の靖国神社 がいい例。


とくにお互い国の所属が違ったら、マスコミも一緒に外交優先に走る。
日本におえる草の根ナショナリズムも高揚する。

なんたる悪循環(保守勢力にはこれほどいい循環はないが、)


今回の報道で公権力がいかに「国民(市民)」よりも

国の体裁を守るのかよく分かったと思う。

あの中国の愛国者の乱暴に怒りを覚えた方で、

「国家の主権」が脅かされると思った方は自らの

ナショナル・アイデンティティが中国人がチベット人を傷つけるように

「誰か」を傷つけていることを自覚して欲しい。


そして、ナショナル・アイデンティティを超えたところで

「チベット人」の自由を自主を勝ち取る運動を継続して欲しい。
三日坊主でやめずに、

それが一度<運動圏>に関わった人間の<責任>ではないかと思う。

たぶん、単なる中国嫌いは三日坊主でやめていくだろう。

本当に純粋な気持ちでチベットの人の自由を願って欲しい。


昨日、韓国でも聖火リレーがありまして、
愛国中国人団体と大国中国の力によって、
また反中、保守団体によって

韓国と中国の草の根ナショナリズムが怒り狂い、高揚した日でした。

聖火リレーとはその国のナショナリズムと、開催国のナショナリズムを
高揚させる魔力があるみたいです。


最後に「チベットに自由を!!」






(以下、転送歓迎)
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ドキュメンタリー『ウリハッキョ』を観て、考える 

2008年5月3日(土・休)13時開場/13時半~17時半
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長編ドキュメンタリー『ウリハッキョ』上映後、ディスカッションあり。
発言者:松下重人、高和政、鄭栄桓+東京演劇アンサンブルメンバーほか

●会場:ブレヒトの芝居小屋(西武新宿線・武蔵関駅より徒歩6分)
●参加費:前売予約1000円 当日1200円(先着順)
●予約:ticket@tee.co.jp または、npo-zenya@zenya.org
    TEL03-3920-5232 (東京演劇アンサンブル)
◆主催 東京演劇アンサンブル 2008憲法集会 
◆ 協力  NPO前夜
http://www.zenya.org/
在日本朝鮮民主女性同盟東京都本部

※賛同カンパ募集中!(当日参加できる方もできない方もお願いします)
 1口1000円(朝鮮学校へカンパします)
  郵便振替00160-4-650062 (有)東京演劇アンサンブル
  当日配布資料にお名前を掲載させていただきますので、お名前の公表可否
もお書き添えください。
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◆映画『ウリハッキョ』と監督◆
 金明俊(キム・ミョンジュン)監督は、2002年から3年5ヵ月余り北海道朝鮮
初中高級学校の寄宿舎に寝泊まりし、子どもたちと打ち解けるまでゆっくり時
間をかけながら500時間におよぶ撮影をし、約2時間の作品にまとめた。この
作品はそもそも、妻で映画監督の故・趙恩聆(チョ・ウリョン)さんが企画
し、在日本朝鮮人総連合会と交渉をして実現した。しかし、開始から7ヵ月後
2003年4月に不慮の事故で急逝。その遺志を継いだのが金明俊監督だった。韓
国在住。37歳。
 「ウリハッキョは、在日同胞だけの宝物ではなく、南と北の宝物であり、世
界の平和を愛する多くの人々の大切な宝物です。」(金明俊)
 韓国での公開当初は上映館は多くはなかったが、評判は口コミで広がり自主
上映も含め、韓国ドキュメンタリー映画史上最高の観客を集めた。日本をはじ
めカナダ、米国、オーストラリア等でも自主上映が広まっている。2006年釜山
国際映画賞雲波(ウンパ)賞〔最優秀韓国ドキュメンタリー賞〕受賞。
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◆◆発言者よりメッセージ◆◆
私は日本の教育を受けて育ち、現在は日本の高校で多くの日本人生徒を相手に
「国語」の授業をする教員です。映画『ウリハッキョ』を観て、私は日ごろ自
分が携わっている教育について考え込まざるをえませんでした。『ウリハッ
キョ』は、これまで表面的にしか扱われてこなかった朝鮮学校の姿を内部から
描き出していますが、そのことを通して日本国家・社会の歴史と現在を鋭く問
うています。教育とはそれだけで成り立つものではなく、背景となる歴史・文
化・政治とともにあり、相互に影響しあうものなのだということをあらためて
意識させられるのです。
 だれもがなんらかの形で関わりを持ち、これからも関わり続ける教育につい
て、『ウリハッキョ』を通してじっくりと考えることができればと考えていま
す。  
高和政 (コウ・ファジョン 中央大学附属高校教員。75年生まれ。)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
僕は「ウリハッキョ」という言葉を初めて知りました。それは僕が観た東京・
枝川のウリハッキョのドキュメントからでした。ウリハッキョ=私たちの学
校、その誕生やその過程、また、なぜそうなったかということを考えると、そ
れを取りまく社会のこと、歴史のことが少しずつみえてきます。つまり、僕た
ちの問題なのです。
 『銀河鉄道の夜』の中にこういう台詞が出てきます。「なあに、うらみやの
ろいだってこちらじゃ形となってあらわれてくるよ。」三次元現実の投影であ
る四次元空間でのことですが……恐いな。
 今回一緒に仕事をする鄭栄桓さんの話の中に“稀有な信頼関係”という言葉
があります。少しずつでしょうが、そういう“場”がつくりだせたらと思いま
す。“本当の幸いってなんだろう”と考えることができる、人間の集まりが。
          松下重人(まつした・しげと TEE 俳優。1963年生ま
れ。)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日本国憲法と在日朝鮮人の関係は、そう友好的なものではない。むしろ日本国
憲法のいくつかの条文と、それを根拠とするいくつかの法律は、朝鮮人の窮状
を放置する機能を果たした。戦後、日本国民は自らの憲法を手にしたが、在日
朝鮮人は相変わらず〈異法〉の領域に放置されたのだ。繰り返し言われ、そし
て、繰り返し黙殺されてきていることだが、日本における憲法の歴史は、こう
した〈外がわ〉を内に抱え続けた歴史なのである。
 映画『ウリハッキョ』に映し出された朝鮮学校もまた、戦後も憲法の〈外が
わ〉を生き続けてきた存在だということ――つまり「ウリハッキョ」の〈ウリ
(私たち)〉は日本国憲法とは別の世界で創り出されたということを、この映
画を観る者は忘れてはならない。
鄭栄桓(チョン・ヨンファン 在日朝鮮人運動史。論文「『解放』直後在日朝
鮮人運動と参政権問題」。論考「戦時下の神戸・1948年」『前夜』3号。80年
生まれ。)
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(転送ここまで)

→ 「ウリハッキョ」自主上映・日本公式ブログ http://urihakkyo.blog105.fc2.com/
 ウリハッキョの先生紹介は必見。

→ 『우리학교』Web Page(韓国語) http://www.urischool.co.kr/

→ 『우리학교』韓国公式ブログ(韓国語) http://blog.naver.com/ourschool06/

→ 北海道朝鮮小中高級学校 Web Page http://hokkaido-corean-school.net/

今日はまず二つのニュースを紹介したい。それは「死刑」についてもう一度

この社会に問うているようである。


当時18歳に死刑判決=回避する事情なし-光市母子殺害差し戻し審・広島高裁

4月22日12時30分配信 時事通信


 山口県光市で1999年に起きた母子殺害事件で、殺人と強姦(ごうかん)致死などの罪に問われた当時18歳の元少年(27)の差し戻し控訴審判決公判が22日、広島高裁で開かれ、楢崎康英裁判長は「死刑を回避する事情を見いだすすべもなくなった」と述べ、死刑を言い渡した。
 犯行時少年の死刑判決は、連続リンチ殺人で当時18~19歳の元少年3人に対する2005年の名古屋高裁判決以来。弁護側は上告した。
 楢崎裁判長は「何ら落ち度のない2名の生命と尊厳を踏みにじり、冷酷、残虐で非人間的だ」と指弾した。
 本村弥生さん=当時(23)=と長女夕夏ちゃん=同(11カ月)=への殺意などを一転否定したことを「虚偽の弁解」と断じ、「元少年は犯した罪の深刻さと向き合うことを放棄し、死刑を免れようと懸命になっているだけだ。反省心を欠いており、極刑はやむを得ない」と述べた。
 最高裁が06年6月、「特に酌量すべき事情がない限り、死刑の選択をするほかない」として一、二審の無期懲役判決を破棄し、審理を差し戻していた。
 楢崎裁判長は、殺意の否定を「起訴後6年半以上も話していないことを新しく供述し、不自然で不合理だ」と判断。遺体の状況にも整合しないとして退け、弥生さんへの乱暴目的も認定した。
 元少年の年齢や精神的な未熟さを犯行の背景とする一方、死刑を回避する事情とまではいえないと指摘。その上で「遺族に対する謝罪、反省の弁は表面的で、刑事責任の軽減を図る偽りの言動。改善更生の期待を裏切り、虚偽の弁解を考え出しており、反社会性は増した」と非難した。 

<殺人>「死刑になりたかった」自衛官辞めたくて脱走

4月22日22時51分配信 毎日新聞


 鹿児島県姶良(あいら)町でタクシー運転手が自衛官に殺害された事件で、殺人容疑で逮捕された陸上自衛隊練馬駐屯地(東京都)所属の1等陸士(19)=東京都練馬区=が、県警の調べに対し「殺すのは誰でもよかった。死刑になりたかった」などと新たに供述していることが分かった。1士は「金を取る目的ではなかった。ナイフは事前に購入していた」とも話しており、県警は無差別に襲撃したとみて動機を追及している。

 また、「自衛隊を辞めたくて脱走した」と供述しており、県警はなぜ鹿児島に来たのかについても調べている。

 調べによると、1士は3月19日から行方不明だったが、東京から各地に立ち寄りながら移動し、3月下旬から鹿児島市入り。漫画喫茶やJR鹿児島中央駅構内などで寝泊まりするなどし、所持金もほとんど尽きたという。

 1士は22日午前2時半ごろ、姶良町脇元の国道10号で、タクシー運転手の神薗三郎さん(58)=鹿児島市坂之上6=を停車させた上、腕で押さえつけ、首にナイフ(刃渡り十数センチ)で切りつけ、殺害したとして、緊急逮捕された。神薗さんの死因は首を切られたことによる失血死。【大塚仁】

今日、いや昨日一日は多くの人が死刑について、深く考えるきっかけに
なるような日であったと思う。

山口母子殺人事件においての、もう弁護団の力の無さが如実に
あらわれ、 「とんでも弁護」を行ったことは本当に残念でならない。

つまり、彼らの「死刑廃止」の論理でもって主張した弁護は
民衆の反感を買う、「苦しい言い訳」でしか弁護できなかったことは
同じ理念を持つ人間にとってとても遺憾である。


そもそも高裁が判断した判例というのは日本の民主主義がまだ、
人権について 「寛容」ではなかったことを明らかなにした。
つまり「近代の理想」とはかけ離れた判例をくだしたことである。

私たちは「やられたらやり返す」という「目には目を」といった前近代的なハンムラビ法典を肯定する風潮が未だ残存し、
人々が小さな政府を目指すと共に、社会の構成員に「管理者」
という役割を 押し付け、皆が相互監視によって社会の秩序を守るという戦前の治安維持法 のもとでの人々の「告発推奨」の傾向、
帝国臣民としての「忠誠」にもとに さまざまな無実の人々が官憲
によって取り締まられ、逮捕、投獄、拷問、殺害を受けた歴史を忘却し、まったく反省していないことを示唆している。


つまり、ハンブラビ法典のような犯罪について復讐ありきという
アンチモダニズムが司法の現場にも浸透し、
一部の民意に迎合してしまう 判例が出されることは危惧すべきであり
、その「萌芽」が今日本社会において芽生え始めていることだ。


また、この悲しい風潮が新保守主義やネオリベラリズムから派生した
精神構造の特徴としての文脈で理解できることも、私の勝手な
妄想に過ぎないだろうか。


あの弁護団の理念については私としても賛同するような立場であった。
死刑制度賛否について、私は今の剥き出しの感情、復讐心でもって
容疑者を殺す選択を民意として(マスゴミの影響もあるが、)
確立されてしまう情況が、裁判制度、法治国家の理念、民主主義の
堕落を生んでしまわないかとても憂慮する。


しかし、「被害者」、遺族の本村さんの精力的なメディアへの露出、
もちろん 彼の信条は、事件発生後の、家族を失われたという。
とてつもない 怒りと加害者元少年に対する憤りは何人たりとも
批判、非難を受け付けないほどの悲しみを孕んでいる。

そして、遺族の苦痛と苦悩があったということを無視するつもり
はないが、 それに対して、私たちはこの元少年に「死刑」が
くだった問題にいかなる反論も 批判もできなくなってしまっていること、
ねらーの差別自由化のもとでの「表現の自由」を 主張する矛盾を
孕んだ「民意?」によって封殺される状況があることも悲しい事実だ。


また、法治国家日本におけるどうしようもない 感情論を臨機応変に
反映してしまう裁判制度の未熟さを露呈する 結果となっていること
も注目すべき問題だ。
このことは「冤罪事件」に対しても無反省的に判決がくだされてきた問題を 無視するということなり、「死刑制度」存続にとって当然の
帰結である。

今の段階では、日本社会に「人権」を論じることのできない、
皆が社会の構成員として認識、「犯罪」について徹底的に排除しようと
する傾向がまた復活していることを物語っている。
いや、Mフーコーの『監獄の誕生』で指摘する「規律訓練型」の権力
から、最近の社会学の共通認識である「管理統制型」の権力への
移行は社会への更生とともに「包摂」する近代の特徴から、
徹底的に「排除」、国家による殺人を是認する傾向へ移行したという
ことも示唆している。

たとえば、ねらーの言う「プロ市民」「人権屋」など、八木秀次の
「人権を疑え」のような日本の稚拙な右派論壇に顕著にあらわれている

補足だが、国家が「復讐」を代行して「死刑」を執行することに対して正当化することに危惧を覚えるという「死刑廃止論者」の立場はそれぞれ違いはあれ、 亀井静香などの「死刑廃止論者」とも 「冤罪事件」に対する憂慮は共通認識であるだろう。

しかし、その論理だけで、「死刑廃止論」を正当化するとも思えない。

今回の問題は「裁判」制度においての理念から的外れな弁護をするという愚策を展開した弁護団にも責任の一端があるし、
より理論的な文脈で弁護できなかったのかという失望とともに、
この日本社会における「法治国家の理想」と 「民主主義」が、
そして「人権」について議論する「土台」がまだできあがって
いないということも問題として指摘する必要があるだろう。



しかし、彼らが行った弁護は刑法39条および41条においての
刑事責任能力があったかなかったか、
ということを論議するお約束的な弁護することは、より民意との
乖離を生むことになる。

今回の「やり直し」においてより高次な、より広い視野、
彼らの理念をうまく民衆に納得させる「弁護」が でき
なかったのだろうか。


もちろん、彼らの努力は認めるが、ぜひ反省してもらいたいし、
これから上告があるとしても、今まで以上の「弁護」を期待したい。

また、もうひとつのニュースである
自衛官の「死刑」願望については多くを語れないが、
今の風潮として、「死刑制度」への甘えや憧れといった倒錯した感情を
持つ少年の犯罪が最近増えていることは、現代社会を考える上で
重要なトピックスとしてあげた。


またいまのところ私の考察が未熟なものでしかないので、
これから加筆して語っていきたいと思う。


このような状況は私たちの「社会への志向」が
ネオリベラリズムの権力、政策によって奪われてしまったという
実感を与えるものであると考える。

それはポストモダンの、後期近代における特徴であると認識することは
私だけの妄想でしかないんだろうか。

最後に一言、「社会への志向」というのは
今の国家中心のネオリベラリズム権力に奪われた≪社会≫という
ものを奪還することにより、犯罪が起きたあと、犯罪者を徹底的に
排除するのではなく、同じ社会の構成員として、なぜそのような犯罪
が起きたのか、権力にその取締を委譲するのではなく、
この社会に起きた犯罪をともに考え、自主的に問題を解決に向け、
よりよい社会の改善が必要ではないだろうか。

だから、私たち第三者は加害者と被害者の関係をなんとか「仲介」
する努力を惜しまず、
元少年がなぜ犯罪を起こしたか、「思考停止」せず、問題を社会に
還元しなければ、第二の元少年はまた登場し、
倒錯した自衛官のような少年も増えていくのではないか。

これはわたしだけの妄想だろうか。

深い祈りと冥福をお祈り申し上げます。


ちなみに以下参考までにウィぺデイアからの引用です

「責任能力」について


















刑法上の責任能力

刑法における責任能力とは、刑法上の責任を負う能力のことであり、事物の是非・善悪を弁別し、かつそれに従って行動する能力のことである。責任能力のない者に対してはその行為を非難することができず(非難することに意味がなく)、刑罰 を科す意味に欠けるとされている。


[編集 ] 責任無能力と限定責任能力

責任能力が存在しない状態を責任無能力(状態)と呼び、責任能力が著しく減退している場合を限定責任能力(状態)と呼ぶ。責任無能力としては心神喪失刑事未成年が、限定責任能力としては心神耗弱(こうじゃく)が挙げられる。刑法は第39条および第41条において心神喪失者・刑事未成年者の不処罰および心神耗弱者の刑の減軽を定めている。


[編集 ] 心神喪失と心神耗弱

心神喪失 とは、精神の障害により事の是非善悪を弁識する能力(事理弁識能力)又はそれに従って行動する能力(行動制御能力)が失われた状態をいう。心神喪失状態においては、刑法上その責任を追及することができないために、刑事裁判で心神喪失が認定されると無罪の判決が下ることになる。もっとも、心神喪失と認定されるのは極めて稀であり、裁判で心神喪失とされた者の数は平成16年度以前10年間の平均で2.1名である。同期間における全事件裁判確定人員の平均が99万6456.4人なので、約50万分の1の割合となる(平成17年版 犯罪白書 第2編/第6章/第6節/1)。また、無罪判決がでるほどの重度の精神状態であれば回復の見込みは低く、一生精神病院で過ごす可能性が高い。

心神耗弱 とは、精神の障害により事の是非善悪を弁識する能力(事理弁識能力)又はそれに従って行動する能力(行動制御能力)が著しく減退している状態をいう。心神耗弱状態においては、刑法上の責任が軽減されるために、刑事裁判で心神耗弱が認定されると刑が減刑されることになる(必要的減軽)。心神耗弱とされるの者の数は心神喪失よりも多く、裁判で心神耗弱とされた者の数は10年間の平均で80.4名である(犯罪白書同上)。

心神喪失および心神耗弱の例としては、精神障害や覚せい剤 の使用によるもの、酩酊などが挙げられる。ここにいう心神喪失・心神耗弱は、医学上および心理学上の判断を元に、最終的には「そのものを罰するだけの責任を認め得るか」という裁判官による規範的評価によって判断される。特に覚せい剤の使用に伴う犯罪などに関してはこの点が問題となることが多いが、判例 ではアルコール の大量摂取や薬物(麻薬 覚せい剤 など)などで故意に心神喪失に陥った場合、刑法第39条1項「心神喪失者の行為は、罰しない。」は決して適用されないといわれている。(原因において自由な行為 も参照してもらいたい。)

心神喪失と認められると、不起訴になるか、起訴されても無罪となる、ということに関しては、社会的に抵抗感を抱く向きもある。テレビドラマシリーズ「怪奇大作戦 (第24話「狂鬼人間 」)」や、映画「39~刑法第三十九条~ 」などが取り上げ、問題提起を行ったことがある。また、2001年6月8日に大阪教育大学教育学部附属池田小学校で起こった事件(「附属池田小事件 」)の犯人が、何度も不起訴 となった経歴の持ち主であったことも報道された。この事件をきっかけに、心神喪失と認められた者に対する処遇への、司法の関与が必要との考え方が注目され、「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律 」が制定され、保護観察所 に配置された社会復帰調整官 精神保健福祉士 )を中心に、医療観察 を行う枠組みがつくられた。


[編集 ] 刑事訴訟法上の心神喪失

刑事訴訟法上も心神喪失と言う概念があり、被告人が心神喪失になった場合は公判が停止される(刑事訴訟法314条)。被告人の心神喪失が恒久的なもので回復の見込みがない場合は、公判が打ち切られる。

なお、ここにおける心神喪失は被告人としての重要な利害を弁別し、それに従って相当な防御をすることのできる能力を欠く状態をさすものであり、その意味内容は刑法上の心神喪失と必ずしも同一ではない。会話・文字・点字・手話等のコミュニケーション能力を一切もたない者は、刑法上心神喪失となるわけではないが、刑事訴訟法上は心神喪失となることがある。


[編集 ] 刑事未成年

刑法第41条は14歳に満たない者を刑事未成年とし、その行為の不処罰を定めている。これは14歳未満の者を一律に責任無能力者とすることにより、その処罰を控えるという政策的意味を持つものと解されている。14歳に満たずに触法行為をした者は、少年法 により触法少年 として審判に付され、要保護性に応じて保護処分を受けることになる。


[編集 ] 関連項目(刑法)




最後に、今回の事件で犠牲になった母子、タクシーの運転手さんに

不正持ち出し防ぐ封印、2度破損 六ケ所村再処理工場

2008年04月16日19時25分

 青森県六ケ所村の使用済み核燃料再処理工場で、核物質の不正な持ち出しなどを防ぐための封印が1カ月間に2回も過って壊されていたことがわかった。文部科学省は16日、原子炉等規制法に触れるとして、工場を操業する日本原燃を厳重注意した。

 文科省と日本原燃によると、封印は、再処理でつくられたウラン酸化物の貯蔵容器を運ぶクレーンのレール上に、国と国際原子力機関(IAEA)が取り付けていた。最初は3月15日に作業員が過ってクレーンを動かして破壊。つけなおした封印も、4月10日に別の作業員が再びクレーンを動かして壊した。

 日本原燃は「1回目の後に封印を示す看板を設けるなど周知はしたが、十分でなかったようだ」としている。ウラン酸化物が不正に持ち出されていないことは、監視カメラで確認された

http://www.asahi.com/national/update/0416/TKY200804160289.html?ref=goo


テレビ朝日に日本原燃が抗議、再処理施設「無断撮影し放映」と

2008年4月17日(木)13:30

  • 読売新聞

 テレビ朝日の報道番組「報道ステーション」が放送した青森県六ヶ所村の使用済み核燃料再処理工場に関する特集について、同工場を所有する日本原燃(本社・六ヶ所村)が「許可していない場所を無断で撮影され、放映された」などとして、テレビ朝日に文書で抗議していたことが17日わかった。

 番組は11日夜に放映され、日本原燃によると、同社の敷地内で撮影を禁止している場所の映像が流されたほか、多量の放射能が放出されているかのような誤解を生じさせる表現があったという。


http://news.goo.ne.jp/article/yomiuri/entertainment/20080417-567-OYT1T00461.html





読売の朝日叩きが始まった。しかも某巨大掲示板のゆとりレベルで、

それはさておき、このニュースに日記書いてる人々には「原発」の問題
が何か、真剣に考えて書いている人々もいるが、
ただまた「朝日」が「ねつ造」した、とか「アサヒった」とか
「盗撮いくない」とか
「朝日」バッシングで日記を書いているDQNや厨房、ゆとりが多すぐるw

そんなおまいらに言いたい、今現実に「六ヶ所村」に何が起きているのか、
原発で働く人々の健康被害がどれくらいあり、その影響に関して
パニックが起きないように裏で公権力側とメディアが「共謀」し、
「自主規制」をおこなっていることを・・・
住民たちの地道な抵抗運動に関してもおまいらは無知すぐるww
住民たちがどんな思い、日々を生活しているのか。
住民の抵抗と運動がどれほどのものか。
もちろん、「原発」問題に興味のある左翼や環境運動家が
あの地を重要な「問題」として捉え、訪れ、「住民運動」に
参加していたが、「三日坊主」で辞めていったくそ野郎も多い。


もう「東海村」を忘れたのか?

INESレベル4の事故で作業員2名が死亡し、被爆したことを
低レベルの事故だが、日本では「原発」でさまざまな死亡事故も
存在する。


また、「朝日バッシング」の文脈の上で、
「原発擁護論」までもが噴出している。
あなたはどこの「公権力」の廻し者ですかww
それとも「日本原燃」の廻し者?
また、それとも「朝日=捏造=盗撮」で釣られた方々ですか?
君もぼくに釣られてみる?


ちょっと某掲示板風の書き方は自重して、

この問題の論点は二つある。それは
①ジャーナリズムのあり方 それは「権力」に重視するか
 住民に重視するかである。また
報道倫理に関わる問題、許可のないところでの撮影・取材と
いき過ぎた「ネガティブ情報」の垂れ流し、
もっと責任をもって対応しなければならないだろう。


そしてもう一つは、
②「原発」の問題 これは「健康被害」とはどういうものなのか
 より科学的議論が必要であろう。また「日本原燃」の
「事故隠ぺい」の問題もあるだろう。

とにかく、最近巨大掲示板の「悪ノリ」に乗じて、
問題の本質を逸している。あー「国を憂う」とういう感情とは
こういうことを言うのか。あーややこしや~ややこしや~

そうだなぁ、今日は大学に行って、
「地域社会学」の先生と話そう。
彼は「六ヶ所村における住民運動」を研究し、
すごい業績を残した。社会学界の若手のホープだから。




ウィキペディアからだけど、参考までに


・人体に対する放射線の影響
単位はミリシーベルト (mSv)

実効線量 内訳
0.05 原子力発電所の事業所境界での一年間の線量。
0.1~0.3 胸部X線撮影。
2.4 一年間に人が受ける放射線の世界平均。
4 胃のX線撮影。
7~20 CTによる撮影。
50 放射線業務につく人(放射線業務従事者)が一年間にさらされてよい放射線の限度。
250 白血球の減少。(一度にまとめて受けた場合、以下同じ)
500 リンパ球の減少。
1,000 急性放射線障害。悪心、嘔吐など。
2,000 出血、脱毛など。5%の人が死亡する。
3,000~5,000 50%の人が死亡する。
7,000~10,000 99%の人が死亡する。

放射線の人体に対する影響は、被曝した体の部分などにより異なる。上記の表ではX線撮影、CT以外は全身に対するものである。


・被曝と被爆
被曝は「曝」が常用漢字に入っていないことから、被ばくと書かれることが多い。この場合「被爆」と区別が付かないが、多くの場合「被ばく」と表記した場合は「被曝」を意味する。

被爆という単語には、主として爆撃による被災を示す意味と、核兵器による罹災をあらわす意味がある。後者の意味が強調される背景には被曝との関連が指摘される。被曝と被爆は同音で字体も似ていて意味にも近いものがあるため、しばしば誤用される。

・日本

INESレベル2相当以上の事故
1978年11月2日 東京電力福島第一原子力発電所3号機事故
日本初の臨界事故とされる。
戻り弁の操作ミスで制御棒5本が抜け、午前3時から、出勤してきた副長が気付きゆっくり修正し終わる10時半までの7時間半臨界が続いたとされる。
沸騰水型の原子炉で、弁操作の誤りで炉内圧力が高まり、制御棒が抜けるという本質的な弱点の事故。この情報は発電所内でも共有されず、同発電所でもその後繰り返され、他の原発でも(合計少なくとも6件)繰り返される。1999年志賀原発事故も防げたかも知れず、本質的な弱点なので、世界中の原子炉で起こっている可能性がある。
特に重要なのが、1991年5月31日の中部電力浜岡3号機の制御棒が同様に3本抜けた事故である。中部電力は1992年にマニュアルを改訂した。「国への報告はしなかったが、他電力へ報告した。」と主張する。
2007年3月22日に29年ぶりに発覚、公表。東京電力は「当時は報告義務がなかった」と主張している。
1989年1月1日 東京電力福島第二原子力発電所3号機事故
原子炉再循環ポンプ内部が壊れ、炉心に多量の金属粉が流出した事故。レベル2。
1990年9月9日 東京電力福島第一原子力発電所3号機事故
主蒸気隔離弁を止めるピンが壊れた結果、原子炉圧力が上昇して「中性子束高」の信号により自動停止した。レベル2。
1991年2月9日 関西電力美浜発電所2号機事故
蒸気発生器の伝熱管の1本が破断し、非常用炉心冷却装置(ECCS)が作動した。レベル2。
所謂「ギロチン裁断」問題。加圧水型原子炉(PWR)特有の弱点である。
しかしながら、この問題はマスコミによって連日繰り返しオーバーに伝えられ、あたかもPWRがBWRに比べて危険な存在であるかのように印象付けた。その後も、制御棒の挿入方法や、日本特有の条件などを無視して、前述のスリーマイル島原子力発電所事故(日本のPWRはウェスティングハウス系なので本来TMI事故の原因とは無関係)とあわせ、「PWRはBWRより反応余裕度が少なく、ギロチン裁断の問題もあって危険」と断じる評論家が多い。
1991年4月4日 中部電力浜岡原子力発電所3号機事故
誤信号により原子炉給水量が減少し、原子炉が自動停止した。レベル2。
1997年3月11日 動力炉・核燃料開発事業団東海再処理施設アスファルト固化施設火災爆発事故
低レベル放射性物質をアスファルト固化する施設で火災発生、爆発。レベル3。
1999年6月18日 北陸電力志賀原子力発電所1号機事故
定期点検中に沸騰水型原子炉(BWR)の弁操作の誤りで炉内の圧力が上昇し3本の制御棒が抜け、想定外で無制御臨界になり、スクラム信号が出たが、制御棒を挿入できず、手動で弁を操作するまで臨界が15分間続いた。点検前にスクラム用の窒素を全ての弁で抜いてあったというミスと、マニュアルで弁操作が開閉逆だったと言うのが、臨界になる主な原因であった。
所長も参加する所内幹部会議で隠蔽が決定され、運転日誌への記載も、本社への報告も無かったとされる。(当時の所長代理は、発覚時点で常務・原子力推進本部副本部長=安全担当、志賀原発担当。総点検の聞き取りに対しては事故を報告しなかった)
原発関連の不祥事続発に伴う2006年11月の保安院指示による社内総点検中、報告が出た結果、2007年3月公表に至った。レベル1-3
日本で2番目の臨界事故とされる。
日本原子力技術協会が、最悪の事態を想定して欠落データを補完した研究によると、定格出力の15%まで出力が瞬間的に急上昇した即発臨界であった可能性がある。ただし、燃料中のウラン238が中性子を吸収し、それ以上の事態になる可能性はなかったという。
なお、この事故に関して、一部マスコミ等で「制御棒が落下した」「沸騰水型原子炉の制御棒は下から挿入されるので、水圧が抜けると落下する危険がある」との誤解があったが、実際は水圧装置の誤作動により、引き抜き動作が行われたであり、重力の影響で落下したのでないことに注意が必要である。
1999年9月30日 東海村JCO核燃料加工施設臨界事故
日本で3番目の臨界事故で、作業員2名が死亡。レベル4。

その他の有名な事故
1973年3月 美浜原子力発電所燃料棒破損
美浜一号炉において核燃料棒が折損する事故が発生したが、関西電力はこの事故を公表せず秘匿していた。この事故が明らかになったのは内部告発によるものである。
1974年9月1日 原子力船むつ 放射線もれ事故
1995年12月8日 動力炉・核燃料開発事業団高速増殖炉もんじゅナトリウム漏洩事故
2次主冷却系の温度計のさやが折れ、ナトリウムが漏洩、燃焼。レベル1。この事故により、もんじゅは10年以上経った2008年4月現在も停止したままである。
1998年2月22日福島第一原子力発電所
第4号機の定期検査中、137本の制御棒のうちの34本が50分間、全体の25分の1(1ノッチ約15cm)抜けた。
2004年8月9日 関西電力美浜発電所3号機2次系配管破損事故
2次冷却系のタービン発電機付近の配管破損により高温高圧の水蒸気が多量に噴出。逃げ遅れた作業員5名が熱傷で死亡。レベル0+。
2007年7月16日 東京電力柏崎刈羽原子力発電所変圧器火災事故 
同日発生した新潟県中越沖地震により変圧器の火災等の被害が発生し、微量の放射性物質の漏洩が検出された。なお、この地震により発生した火災は柏崎刈羽原子力発電所一カ所のみであるとされる。被害の詳細は2007年10月現在もなお調査中である。この事故により柏崎刈羽原子力発電所は全面停止を余儀なくされた。
2007年11月13日、経済産業省原子力安全・保安院はこの事故をレベル0-と評価した。

<教科書検定>沖縄県民大会実行委が首相らに撤回要請文提出
(毎日新聞 - 04月16日 13:51)




池坊副文科相(右手前)に要請文を渡す仲里沖縄県議会議長ら=東京都千代田区の文部科学省で4月16日午前10時半、加藤隆寛撮影
 沖縄戦の集団自決を巡る教科書検定問題で、検定意見撤回を求める沖縄県民大会(昨年9月)の実行委員会は16日、福田康夫首相や渡海紀三朗文部科学相あてに、改めて検定意見の撤回と教科書記述の回復を求める要請文を提出した。

 大阪地裁が今年3月、「沖縄ノート」の集団自決の記述を巡る訴訟の判決で、軍の関与を認め、原告の元戦隊長らの訴えを棄却したのを受けて要請した。実行委員長の仲里利信・沖縄県議会議長は文科省で、池坊保子副文科相と面会し、「判決は政府の対応に是正を求めたもので、教科書に『軍による強制』の記述を入れ、検定意見を速やかに撤回してほしい」と要請文を手渡した。池坊副文科相は「(控訴があって)係争中であり、教科書を変える意思はない」と答えた。

 文科省の教科用図書検定調査審議会は06年度の検定で、日本軍の強制があったとする記述に初めて検定意見を付け、各教科書会社が削除・修正。検定意見は、沖縄ノート訴訟の原告側の主張を理由の一つとしていた。その後、県民大会の開催など沖縄の反発を受けて同審議会は「強制的な状況のもとで住民は追い込まれた」などの記述を認めた。【加藤隆寛】

昨日家に帰って、報道ステーションとTBSのニュース番組を見ていた。
どの局もこの報道とともに沖縄の当事者たちの証言を集めた取材VTRを
放映していた。
朝日の報道ステーションでは慶留間島においての「集団自決」の
証言を集めたVを流していて、当時アメリカ上陸とともに
スピーカーで、「自決」を促す訓示を流していた軍の責任者が
生前、5年前に村に来て、「あのとき私が訓示を流さなければ・・・」と
悔恨しながら、涙を流して謝ったという。

ニュース23では大江・岩波訴訟を起こした原告梅澤元隊長が
当時の村長の宮里さんに泥酔させて、当時の「集団自決」の命令
は直接、梅澤が出したのではなく、村の助役が出したという
文に直筆で書かされて、サインさせられたという宮里さんの
死ぬ間際の証言が映されたドキュメンタリー映像が流れた。
また、この映像のドキュメンタリー映画がこれから公開されるようだ。
(しかし、この映画の監督が朝鮮名の女性であることは
 これは恰好のネット右翼のバッシングの餌食になりそうだ・・・)
たぶん、この在日の女性はむしろ「在日」として日本で生きたらこそ、
より歴史に真剣に向き合おうとするような方ではないか、と推測する。


この記事に日記を書いてる奴はほとんど「軍の命令」はなかった。
みたいなことを言っている。頭のめでたい奴らだ。
では、彼らは沖縄の集団自決が、本当に「天皇」のために死んだと
いうのか?
沖縄はもう独立しかないという意見を言う人もいるが、
どれをとってもネーションの空間において自分が管理者だという
欲望と錯覚が見え隠れする。そして、気に食わなければ、ネーションの
根幹を脅かす思想、歴史観を持つ人々を「排除」したがるのである。
それは、法的地位そのものが日本の根幹を揺るがす「在日」にたいして
「排除」したがるものと似ている。
やつらは過去の歴史を肯定しないと、自分の欲望が「欲動レベル」で
満たされないのである。彼らはそんなやっかいな「性癖」の持ち主で
「歴史の真実!!」とかことさらに主張するのも、自分の恥ずかしい
「性癖」をひた隠そうとするからである。
彼らが「国家」に求めてるのは自分と同じ考えの純粋血統の「日本人」
ばかりがこのネーションの空間において管理者としての地位を確立する
のではない。己の「性癖」を認め、全肯定してもらいたい、絶対者を
国家に求めているのである。
われわれはいつまで彼らの自慰行為に付き合わなければならないのか・・
そんな公開オ○ニー誰も見たくないだろう。しかし、最近はウェブ
上で集団でこれをやるからひどいものだ。
私たちは彼らのそれをただ黙ってみてはいけない。

我々は無念に死んでいった
人々の、なんとか生き残った人々の「声」ならない「声」を聞かなければならない。
その声に対して、誠実に「応答」しなければならない。
その「声」に対して、間違った対応、無視をしたら
沖縄戦のような悲劇は、また繰り返される。

沖縄の「集団自決」の話に戻すと、沖縄戦当時、沖縄全土では
軍民共生共死という思想と空気が蔓延していたという。
その時、黙っても軍人が手榴弾を
人々に与えたらどうなるのか、誰も想像つかなかったのだろうか。
当時の生き残った沖縄のご老体の証言を最後に紹介して、
この日記を終わりたい。
「当時、島の住民には二つの恐怖があった。それは敵(アメリカ)に
対するものと、日本軍にスパイ容疑をかけられ、処刑される恐怖であった。」という。これのどこに「帝国臣民」として「名誉ある死」を
選ぶ「ゆとり」が当時の島の住民にあっただろうか?

参考までに

沖縄タイムス 記事
http://www.okinawatimes.co.jp/spe/syudanjiketsu/2008-03-29_M_03.html

沖縄タイムス「集団自決」記事一覧
http://www.okinawatimes.co.jp/spe/syudanjiketsu

http://www3.nhk.or.jp/news/k10013505461000.html #


NHKニュース

日本の植民地時代に韓国へ入植し、農業の発展に尽くした日本人の70回忌の法要が10日、韓国のテグで行われ、日韓の関係者が参列して先人の業績をしのびました。

岐阜県出身の水崎林太郎は大正4年、当時日本の植民地だった韓国のテグに入植し、干ばつや洪水に苦しむ農民のためにかんがい用の貯水池を造り、昭和14年に72歳で亡くなるまで地元の農業の発展に尽くしました。貯水池の近くに建てられた墓は、反日感情が高まったり日韓関係が悪くなったりした時期も、地元の人たちの手によってずっと守られてきました。9日、韓国南部のテグで行われた70回忌の法要には、日本に住む遺族やプサンの日本総領事館の民辻秀逸総領事ら日韓の関係者が参列し、遺影に花をささげて業績をしのびました。韓日親善交流会のソ・チャンギョさんは、「テグのために尽くしてくれた恩人のお墓をこれからも守り続けていきます」と話していました。


日本の植民地時代において、「入植者」の日本人が、「植民地」でよいことをしたという美談は多くある。
それはおそらく、事実だと思う。
また、当時の植民地の人々、朝鮮の人々のために尽力した日本人(=内地人)も多くいただろう。
それは人と人が交流する磁場において、至極当然のことである。
そして、それがいつまで語り継がれることは大切である。

しかし、植民地時代はそれと同時に帝国による「支配」の、「抑圧」の時代でもある。
それこそ、語り尽くせないほど多くの摩擦と抵抗があったであろう。
つまり、今の時代もそうだし、当時もそうだが、それは本当に想像尽くせないほどの、
「複数性」がこの社会にあの時代の社会に存在し、
私たちはそれに対して、より想像力を持って認識しなければならないこと、
右左関係なくあの「時代」を想像することを単純化して理解してはいけいないということだ。

こういった「美談」が、「植民地時代は朝鮮にとってよかった」という歴史修正主義者、
ネット右翼の人間たちにとって単純な結論を導くことはとても残念なことである。
彼らにとってこういった「美談」は恰好の「ネタ」になるのだ。
あの時代への想像力を止めるための。

私たち帝国主義を批判し、反対する人間はあの時代の問題を個々の人々の交流を問題に
しているわけではない。当時、たとえ「日本人」と「朝鮮人」の間に友情があったとしても
その間にある「立場」上の権力の違い、ヒエラルキーは存在し、
抑圧的な「構造」があったということを問題にしているのである。
それは経済的にも心理的にも駆動する「抑圧構造」である。
また、ここでは多くを語れないが、想像し足りないほどの数多くの「悲劇」があるだろう。

とにかく、言いたいことはこういった「美談」を彼らに奪われず、
私たちが守らなければならないということだ。
あの時代が悲しいからこそ、それは「美談」なのだから・・・

ああ、もう何言ってるか、わからないけど、
とにかく、想像力は眠くない限り、止めてはならないし、
今日はもう眠いので寝る。




ダライラマ14世が、4月10日来日した。
正直、彼の肉声を聞くのは初めてであった。会見での
「私は悪魔ではない」というユーモアを混ぜた発言は
ダライラマの人ととなりが伝わってきて、とても親しみ深く、
徳の深い方だと思った。またとても魅力的だった。
確かに彼は「悪魔」ではないだろう(笑)


彼は北京オリンピックは支持すると言っていた。正直、
ダライラマが北京オリンピックを支持しているとは驚いた。
欧米の首脳が自身の不参加を表明するなか、
今必要なのは中国が国際社会に信頼を得て、民主化することが
求められていると解釈する。

彼の主張は、慈悲のこころをもってチベット人と中国人との調和を大切にし、
独立ではなく、紙切れの自治でもなく、本当の自治を求めているということだ。
また、中国は世界によりもっと透明性を持つべきであり、中国は潜在性があり、
世界に貢献できるから、道徳権威を持つ必要である、ということである。


ダライラマ 成田会見1の5
「人間の価値の促進」「思いやり(慈悲)の心をもつべき」「調和の必要性」
 「北京オリンピックの支持」「抗議は個人の自由、誰も止める権利はない」
「言論の自由」「それは非暴力的な形であるべき」
http://jp.youtube.com/watch?v=TQqePE7OR08&feature=user



ダライラマ 成田会見2の5
「中国はチベットが分離独立を目指している誤解している」
「今のチベットの自治は形骸化し、本当の自治ではない」
「独立を求めるのではなく、真の自治を目指している」
「私は悪魔ではない、人間である」



ダライラマ 成田会見3の5
「中国では私は反中国というイメージがあるが、私はそうではない」
「共存は可能だ、深い歴史の中で私たちは同じ仏教を共有していたから」
「独立を要求するのではなく、自治を、仏教、教育の自主を守ってほしい」
「今回の暴動は独立を求めるのはなく、今までの中国政府のチベットへの抑圧
 に対する憤りの発露であった」
「チベットの中へ中立的な国際機関、報道機関が入っていって本当になにがあったのか
調べてほしい。暴徒と平和的に訴える人は区別すべきである」
「非暴力での訴えは犯罪ではない」



ダライラマ 成田会見4の5
「EU精神を支持」「国際社会の多くの各国の首脳の方々がさまざまな懸念を示してくれた」
「ぜひ皆さんチベットに来てください。本当に何が起きたか、知らしめて欲しい」
「曲解された情報故に不必要な誤解を生んでいる」
「オリンピックの開幕式に招待されたら、中国が現実的な物事をの判断になったことであり
 ぜひ観覧したい」



ダライラマ 成田会見5の5
「オリンピックの後の中国について、チベット民族、他の自治区の人々の不満に対して、
中国政府は暴力的な解決ではなく、現実的な解決策を模索してほしい」
「21世紀になった、もっと自由な情報が求められ、調和は信頼の上で構築されるべき。
 お互いに敬意を持ち、平等であり、すべての人々に透明性があるべき」
「中国が透明性のある現実的なアピールが重要である。それは中国の人民全体の利益でもあり、
 人口の多い中国は論理的に潜在性があり、世界に貢献できる。
 これから道徳的権威を持つことが重要」




以上、ダライラマ14世の昨日での成田での会見であった。

最後に一言。
今回のチベット問題に関して、日本のジャーにリズムや右派の人々、嫌中派は
ただ「中国憎し」「北京オリンピック面白くない」「共産党嫌い」などの視点で
語られ、報道されている。


チベット問題はチベットの人々の人権を守る、
中国はオリンピック後、世界に貢献し、民衆への
多くの民族への抑圧をやめ、自治と自由を保障して欲しい
という視点、平和的解決を希求する視点で語られるべきである。

もちろん、私もそういう視点で考えたい。
こんなくそったれの悪意に満ちたジャーナリズム文化へ
堕落してしまった、「日本」のなかで。