2008 平和の灯を!ヤスクニの闇へ

    キャンドル行動~ヤスクニ・戦争・貧困~


日時:2008年8月10日(日) 13:30~ (開場13:00)
場所:日本教育会館(神保町駅徒歩5分) http://www.jec.or.jp/koutuu/index.html


◆第一部:ヤスクニをめぐるトーク
高橋哲哉  東京大学教員/戦後責任論
韓明淑(ハン・ミョンスク)  韓国・元総理
中島岳志  北海道大学教員/近代政治思想史
安田浩一  ジャーナリスト


◆第二部:証言
韓国・台湾・日本・沖縄からの合祀取り下げを求める証言


◆第三部:平和コンサート
孫炳輝(ソン・ビョンフィ) 韓国/歌手
安致環(アン・チファン)  韓国/歌手
寿  日本/歌手
韓国の学生グループ(サンミョン大学、大学希望)によるマイム・歌・踊りの公演


◆第四部:平和のキャンドルウォーク


本日、こんなんあるそうじゃが、

どろんぱのでぶやろーのブログ見たら、

こんな記事が


<反日極左・不逞韓国人への日本国民怒りの抗議活動>



反日極左・韓国人たちによる日本侵略の計画を殲滅・粉砕しよう!
日本をなめきった反日極左・韓国人を許してはいけない!
我が国を愚弄する反日極左・韓国人たちの頭上に日本国民怒りの鉄槌を下そう!!



8月10日は絶対に負けられない戦いになります。竹島の韓国領有を主張しアンチ靖国を訴えるため来日して集会とデモを行うのは、祥明(サンミョン)大芸大教授と学生約40人余りです。手引きしたのは反天皇で結束する反日売国極左たちですが、今や彼らは韓国・朝鮮人たちと「反日」で結託し、我が国固有の領土である竹島を韓国領土だとの主張を堂々と繰り広げています。
集会の場所は反日・売国の総本山・日本教育会館(日教組)。アンチ靖国と竹島の韓国領有を叫ぶ一大キャンペーンを指をくわえて眺めていいのでしょうか? 日本の尊厳が踏みにじられている現状から目を逸らしてはいけません。心ある日本国民はこの反日極左・不逞韓国人たちによる日本冒涜に抗議の声をあげましょう!



【日時】
平成20年8月10日(日)
①12:30集合(集会への抗議・街宣)
②19:00集合(デモ行進への抗議・街宣)



【集合場所】
神田・専修大学交差点(地下鉄・神保町出口A1)



【連絡】
西村修平 (090-2756-87949)
有門大輔 (090-4439-6570)



【呼びかけ】
主権回復を目指す会/せと弘幸Blog『日本よ何処へ』/NPO外国人犯罪追放運動/在日特権を許さない市民の会/外国人参政権に反対する市民の会・東京



雨天決行 プラカードの持参歓迎



※上記予定は今後変更の可能性もありますので、告知をこまめにチェックください。また、より詳しい経緯はこちら からご覧下さい。


http://ameblo.jp/doronpa01/day-20080805.html



ドロンパよ、在特会よ、

待ってろ。相手してやるから。

ハチ合わせしちまったら、名乗ってやるからよ。


あと、ブログへのコメントの返事は気が向いたらしますんで、よろしゅう願いますわ。



AD


無反省に権力に付着し、ナショナル・アイデンティティ を誇示する「日本人」たとえば、


ネットウヨや粘着「在特会」のように在日 に喧嘩売る輩は 可哀想な方々である。


彼らは「日本人」主体をかたくなに主張するが、

現実と権力と国家の圧倒的暴力にひれ伏す、 従属的で近代的な主体

つまり、「主体(subject)」のふりをした「従属/家来(subject)」である。


しかも、天皇のしもべではない、近代国家システムの下僕だ。

われわれに目を向ける前にこの社会の構造が、あなたたちの所属する


日本国家が、それ以上にあなた方が畏怖する尊皇(天皇家)を有名無実化し、

天皇家を抑圧的に管理・統制して、外交手段や国家イデオロギー保守のため

利用しているのをお気づきか?


問題意識をそちらに考えた方が 今後の人生、多いに役立つのではなかろうか。

かの天皇が圧倒的主権を誇った近代国家明治政府と 今の日本政府が、

もしかして同一だとお思いか?


敵は外国や異民族ではなく、


今政権を担っている福田政権・日本政府ではないだろうか。  

だから、尊皇攘夷、頑張ってくださいな(笑)

たまには北一輝でも読めや。

マンガ「嫌韓流」ばかり読まずによ。

政府打倒、尊皇革命すべきなのはあなた方ではないのか?


天皇を中心とする「社会帝国」と「大東亜共栄圏」の夢はどこにいった?

お前らは2・26の青年将校の精神に比べば、ただの存在論的不安に満ちた

レイシストに過ぎない。



AD

<文献>

・「『マンガ嫌韓流』と人種主義-国民主義の構造」 坂垣竜太(前夜2007春号)

■「嫌・韓流」?「嫌韓・流」?

・『マンガ嫌韓流』(山野車輪 普遊舎2005)は「嫌・韓流」というよりは「嫌韓・流」、扱われている内容は日韓ワールドカップから朝鮮植民地支配、日韓条約、在日朝鮮人「問題」へ及び、植民地支配の美化、謝罪、補償は必要ないと説いている、韓国批判にとどまらず、朝鮮人総体に対するバッシングの内容

・「人種主義―国民主義」(あるいは「排外主義的ナショナリズム」):「ナショナリズム」といってもさまざまなベクトルがある。ここでは「日本人」という国民を立ち上げるのと同時に、その裏面で朝鮮人を排除し、蔑視をし、序列化する人種主義と国民主義が不可分にくっついている構造がある

Ex)「日の丸・君が代に対抗する市民ネットワーク」に届いた、嫌がらせメールにおいて、日の丸・君が代に反対すること自体が「朝鮮人」や「中国人」だと位置づけ

 最後には「嫌なら出て行け」⇒これはナショナリズムか?

               ナショナル・アイデンティティと人種主義

 本質化とマンガ特殊論

・『嫌韓流』の本質化:第四話において「韓国」は「捏造しているんだ!」から話は飛び、→朝鮮時代「小中華思想」を持った「朝鮮人」→日本敗戦後に「朝鮮人」が「自分たちは戦勝国だ」と主張、『嫌韓流2』第二話、「韓国」のベトナム派兵、メキシコやアルゼンチンでの「韓国人」問題、パラオでの「韓国業者」による問題、ロス暴動の「韓国系の店」など⇒過去であれ、現在であれ、また国家であれ国民であれ、国内のマイノリティであれ、   さらに国籍が何であれ、こういったものがすべて一つの脈絡に入ってくる

「そもそも○○人は●●という存在だ」と規定する力学、本質化作用

・ステレオタイプでの描き方:韓国から来た人たちは、目が吊り上がり怒鳴り散らすイメージで描かれ、朝鮮人の発言に「ニダ」がつく⇒マンガ特殊論で開き直る

 国民主義と人種主義の結合


・ガッサン・ハージ『ホワイト・ネイション』において、ムスリム女性のスカーフを突然剥ぎ取るといった明らかなレイシズム(人種主義)の論理と白人中心で語られる「寛容」なマルチカルチュラリズム(多文化主義)が、いかに同じ論理上にあるか

・スカーフを剥ぎとった人へのインタビューから「オーストラリア」という「ナショナルな空間」を管理する「主体」はわれわれホワイト(白人)なんだ、こいつら(移民、ムスリム)はいらないとスカーフを剥ぎとる→人種主義と国民主義の結合

・家の例:アリが家の外にあると気にならないが、家の中に入ると排除する

:「寛容」と「不寛容」の線引き ・『マンガ嫌韓流』においても家の例が出てくる

「家」:戸籍を持つ家族=<日本というナショナルな空間>

・「在日」はろくに働きもしない「居候」か?

・帰化した在日の登場人物に語らせる:なぜ朝鮮人だけが「帰れ!」と言われるのか、それは在日に問題が? 在日朝鮮人は「家」の管理者たる「日本人」に「出て行け」と言われたら自分のせいだと考えろという無茶苦茶な話

・帰化すれば、問題ないのか? 否、かつて韓国籍を持ち、日本国籍を取得した政治家、白真勲、平田正源を挙げながら、「立候補直前まで韓国人だった人達が本当に日本の国益のために働いてくれるかな?日韓の利害が対立したとき、どう動くか見ておくべき」と「国益」の論理にもとづいて監視のまなざしを向ける→要するに「日本国」というナショナルな空間は「日本国民」が管理するが、その「日本国民」の主体とは、どこまでも人種化された「日本人」プロパーなのだというメタメッセージがある

■ 9.11以降の世界と<嫌韓流>

常にエクスキューズ(言い訳)をともなって議論される 「一部」が悪い 「一部の在日朝鮮人は敗戦直後に非常に悪いことをした」→911以降 良心的ふりをしながら、徹底的にテロリスト(と疑わしきもの)を排除する「不寛容」な権力形態と軌を一にする

例)一部テロリストが悪いんだとアフガニスタンとイラクを攻撃、全員から指紋を採取

「一部の悪」を前提に全体を統制・監視・攻撃していく構造と

二者択一を性急に迫るグレイゾーンをいっさい認めない権力形態

・伊藤博文を暗殺した、安重根はテロリストか?テロリストを讃美する韓国人は人類の敵

・「一部の善」:としての新日派?韓国人作家 呉善花や鄭大均、浅川晃広など

・「通名の批判」:可視化されれば、「日本人」にとっえ弁別、管理・統制するのが容易

・チマチョゴリ事件の自作自演説 人種主義の隠ぺい、正当化

■ 植民地主義の正統化

世界的にみても、2001年ダーバン会議において、人種主義、人種差別は植民地主義が克服されていないところから起こるのだというコンセンサスに至る

植民地主義の歴史的正統化は人種主義にとっては必要不可欠:『嫌韓流』において、「白人」の「植民地主義正当化」と同じ論理で語られる

■ 人種主義の欲望としての歴史

・「日韓併合」の前の日朝関係と朝鮮内の動向

・「米の増産」と人口増

・植民地近代化の問題点 90年代後半の「新しい歴史教科書をつくる会」

 ⇒植民者たる日本人エリート男性と、朝鮮人「新日派」エリート男性が、朝鮮人女性をはべらせて語り合うのが、<嫌韓流>の「友好」か?

問題は日本の植民地主義による近代化と植民地主義そのもの 

■ 受容と欲望の構造

・この漫画には多くの「驚き」と「論破」のシーンがある→読者も?

・さらに、なぜ今まで知らなかったのか、その解答も与える:「反日マスコミ」(朝日、毎日)や「近隣諸国条項」に操作された「教科書」のせい、「戦後民主主義」のせい、「韓」や「反日」によって今まで騙されていたという歪んだ被害者意識を持つ、一見、マスコミ・公教育批判で体制批判のようにみえ、いまの日本社会で疎外感を覚える人には気持ちよかったりするような構造

・モヤモヤから解き放たれ、その先に待っているのは人種化された「日本人」

・『嫌韓流』の購買層:必ずしも「若者」ではない、「若者の右傾化」では問題を捉えられない

 人種主義・国民主義とどう対峙できるか

<嫌韓>は戦後のPCPolitic Correctness)批判か?終戦間もないころの「差別・偏見」が、冷戦の左右対立に還元する言説の中で、相対的に不可視になり、ポストバブル・冷戦期に表現の場を獲得。復活したというよりはまだ人種主義的差別構造は根強いということ

:泉靖一「日本人の人種的偏見」調査など

・「つくる会」が出てきたとき、従来、学界が正しい歴史知識を生産する→マスメディアや公教育という流通経路を通じて市民に受容させ、消費されていく:「啓蒙主義」のプロセス

しかし、「つくる会」はプロセスを飛ばして、流通の場に登場し、影響力を獲得

その後、歴史研究者が対応したが、歴史的に、史実として間違っていると指摘するのも大事だが、それだけでは足りない。そこをどうするかが問題。

,新しい共同性

テーマ:

◆日本での共同性や運動の可能性は?


・ワーキングプア、ネットカフェ難民など雨宮処凛や湯浅誠が行っている  「反貧困ネットワーク」など若者の抵抗


・喪の共同性:秋葉原無差別殺傷事件後の秋葉原での献花台で  献花しに、被害者に追悼をする人々。この秋葉原での喪の時期に  新しい共同性は生み出せないだろうか。容疑者そのものを憎むだけでなく、被害者に冥福を祈るだけでなく、彼を追い込んだ、人格、環境、社会の構造を私たちが反省することで、なにか得られるもの、社会を変える可能性見出す土壌として共同性が発生する可能性があるのではないか。



◎もう一つのナショナル・アイデンティティ

・ガッサン・ハージはネオリベラリズムの多文化主義とグローバリーゼーションの世界経済の人の移動(移民)という文脈で、人種主義(レイシズム)とナショナル・アイデンティティの欲望を批判

・「寛容の域」:移民に対して「寛容」と思われる白人市民社会だが、その域を超えた場合、不寛容になることが許容される、「寛容」の実践を行う人々は、不寛容が認められる人々には依然として「排除」の実践を行う人々であり、ナショナリスト的な「排除」の実践と「包摂」の実践を行う人々でもあり、ナショナリスト的な「排除」の実践を行う人々の差異とは「寛容の域」の差異でしかない

・「寛容の域」の差異とは?⇒「寛容」の実践:ナショナルな空間を管理しようとするナショナリストの実践は、ネイション内部において自分たちの意思を実践する潜在能力があるものとして自らを想像するナショナルな主体(管理する側)と、価値ある対象でありナショナリストな主体の意思に従属することだけが許容されるナショナルな客体(管理される側)という差異化を持つ分類様式を持ち、このナショナルな客体(他者)に価値付与して寛容に扱うことが可能な場所に、他者を位置づけることができる能力を強調する

⇒・「国籍取得特例法案」を支持する民族団体「国籍取得権確立協議会」への批判

 ・坂中英徳 「移民国家ニッポン 1000万人 移民受け入れ構想」と「在日特権を許さない市民の会」

・その他、想像のネイション空間の管理者としてのナショナリストのアイデンティティの他、同じネオリベラリズムの社会変動の文脈で「財政への管理者(統治者)」としてのナショナル・アイデンティティがあるのではないか?


例)・植民地主義や過去の戦争に対して日本政府が謝罪や補償を続けたら、日本政府の財政は破綻する、とくに個人賠償の強制労働や戦時強制動員の旧日本軍や「従軍慰安婦」の方に賠償し続けたらどうなる?といった言説

・何らかの福祉政策の増額に対して否定的な見方をする納税者(金がないから、いなくなって欲しい患者や「障害者」)→優性主義による正当化の恐れ、「健常者」の人種化


・生活保護の不正受給へのヒステリックな反応→貧困の人種化

・大阪府の公務員の退職金減額に対して、府民の「税金で働いているのだから、当たり前」という意見⇒ある意味では、ネオリベの投資家・企業家アイデンティティ(酒井・渋谷)と似ている。税金=資本、株/納税行為=投資行為と考えてしまう

この文脈で語られる、ナショナリズムはネーション・ステイト(国民国家)を考えるとき、もはや国民というのは人民や民衆を指すのではなく、ステイト=国家権力側の人間を意味するのではないか?それはナショナリズムというよりは国家主義に近い

○オルタナティブ・ナショナリズム、民衆主義としてのナショナリズム

・韓国の民主化闘争の運動原理はナショナリズムである

BSE問題とアメリカ牛肉輸入に反対する運動も民衆レベルでのナショナリズムである


コメントの返事

テーマ:

わたしはズボラな性格で、とくにブログのコメントにあまり返事をしないのですが、数も少ないので、これからはなるべく返事したいと思いますが、

やはりなんて返事すればいいのか、わからない。

返事となると、安芸弁のままじゃ

失礼だと思うし、

なんかブログの雰囲気も変わるので、

わたしの気分次第でコメントの返事させていただきます。

コメントくださった方々、ありがとうございます。


ちなみに、植民地近代化の問題点は難しい。

近代化とは新たな欲望の開花でもあるから、


ただ、チョッパ^さん、日本に支配される前の朝鮮が豊かだったかとはちっとも思ってません。

そんなことは私の論点からはどうでもいいことです。



嶋倉教育長の発言の要旨

いまの話で植民地支配と言うことに部分については歴史的事実に反しますので、それは私の方からそういう形では受け入れられない。植民地支配だということを前提に、そういう日朝併合の部分をいかにいうかは自由です。それを植民地支配だったと事実関係を変えて語ったんでは全然、事実関係は進まない。そこの部分は日朝交渉でちゃんとやっていただければいい話。そこの部分がどうだったか、皆さん方の教育に対してどのような影響があるのかは議員連盟の方でちゃんと話をしてほしい。(26日、朝鮮学校の保護者側の発言を受け)

併合は植民地だという意識はない。

(併合は)対等だ(27日午前、記者会見)

私は26日の(助成の)要望において相手から筋違いのお話が突然出されたため、その話に立ち入ることを否定する発言を行った旨を説明したものです。私は当然のことながら下関市の教育行政を行うにあたり、政府の見解を尊重するものです。

出典:どろんぱの独り言

http://ameblo.jp/doronpa01/archive-200806.html



アジアの真実からの引用


2008年06月30日

・山口の朝鮮学校理事長が教育委員長へ謝罪要求 ~強制連行で恫喝できる時代は既に終わっている~

テーマ:韓国・強制連行,在日問題

下関市教育長の植民地発言:在日社会に波紋 「支配は事実に反する」発言受け /山口:毎日
 「日朝併合(日韓併合)と植民地支配は違う」--。下関市の嶋倉剛教育長(44)の発言が、下関の在日社会に波紋を投げ掛けている。26日に直接聞いた山口朝鮮学園の金鍾九理事長らは「訂正と謝罪を求める」と抗議。市内の朝鮮、韓国籍の人たちも「歴史を習っていれば分かるはずなのに」と困惑を隠せない様子だ。【取違剛】

 発言は26日。金理事長らが山口朝鮮初中級学校の助成金増額を要望した席上だった。

 嶋倉教育長は「助成金は公教育のルールで決まっている。市には増額する財源もない」と回答。しかし、学園側の出席者が「植民地支配によって来ざるをえなかった朝鮮人子弟が通っている」と述べたのを受け「植民地支配というのは歴史事実に反する」などと反論した。

 発言に対する在日社会の反発は大きい。

 金理事長は27日、本広正則副市長に面会し、助成金増額の要望と併せて抗議。「教育長が正しい歴史認識で職務に当たるよう指導を」と求めた。面会後には「教育長は併合を対等合併のように言うが、併合とは人の心を取ってしまうことだ」と厳しい口調で話した。在日本大韓民国民団県地方本部も対応を検討するという。

 日本社会に根差して暮らす人々には、戸惑いもある。会社経営の韓国籍男性は「せっかく韓日関係が良くなっているところで、なぜ。我々は日本で暮らさせてもらっているからこそ両国友好を強く願っているのに」と首をかしげる。別の韓国籍男性は「日本人でもおかしいと思うでしょう」と嘆いた。

 27日、取材に応じた嶋倉教育長は「助成金の話で(学園側が)歴史経緯を持ち出すのは筋違いで、それを否定する中で発言した。私の歴史認識とは別の話だ」と説明。重ねて「日朝併合と植民地支配は異なる」という認識も示した。

 同日午後には改めてコメントを発表。「当然のことながら下関市の教育行政を行うにあたり、政府の見解を尊重する」とした。


 在日韓国・朝鮮人のお決まり典型的パターンだと言えるでしょう。在日側が、「我々は強制連行されてきたのだから日本人金を出せ。」と事あるごとに要求する。すると日本側は頭を下げて金を出す。もしここで出さない場合は、歴史を反省していないと主張し、恫喝しだす。

 今回の場合は、ここで「植民地支配という認識自体が間違っている」と下関の教育委員長が正論を発言した為、在日側が烈火のごとく怒っているのですが、彼らが怒るのも、彼らからしてみれば当然。なぜならここを否定されると、彼らが受けている在日特権、優遇、今回のように事あるごとに行われる金銭要求、そして最終的には彼らの存在自体の理由すらなくなってしまうわけです。だから、たとえ歴史事実的には教育委員長が正しかろうと、間違っていることにして何としても非を認めさせないといけないわけです。

 

 しかし、時代は少しずつ変わってきました。強制連行というものが嘘であったという事実が一般的になってきた昨今、今までどおりにはいかなくなってきたわけです。

 一昔前であれば、戦後一貫して自虐史観と捏造された歴史教育を押し付けられた日本人は、「強制連行されたかわいそうな在日」と刷り込みのように教え込まれた結果、このような発言に対して発言の訂正と謝罪を行うように、日本の世論が在日側に加担し、結果在日側が勝利するというのが一般的でした。

 しかし、強制連行、従軍慰安婦等、正しい歴史的事実がインターネットの普及などによって白日の下にさらされた結果、その風潮はあきらかに変わってきています。今は朝日新聞でさえ「強制連行」という言葉を使用するのを控えているような時代です。教育委員長が今回このような発言をしたのも、当然そういう空気を読んでのことでしょう。在日側も、この空気には気づいています。朝鮮学校側が今回発言した内容を読むと、「植民地支配によって来ざるをえなかった朝鮮人子弟が通っている」と言っています。”強制連行”とは言っていないんです。彼らは主張を変え始めています。「強制連行じゃなかったかもしれないが、日本が植民地支配で朝鮮から全てを奪い去った。貧しい朝鮮を脱出して日本に行かざるを得なかった」これが最近の彼らの主張です。

 しかし、そもそも教育委員長が言うように植民地支配という言葉も正確でなければ、韓国併合の結果、朝鮮の経済活動の著しい衰退があったという事実もなく、この新しい主張も最初から破綻しています。また、「歴史を習っているならわかるはずなのに」という在日側の言葉が、時代錯誤の言葉のようでとても滑稽に見えます。


 未だに捏造された歴史事実を武器に恫喝を続ける在日組織に対して、正論をぶつけて拒否した下関の教育委員長には今回拍手を送りたいです。そして、今回の謝罪要求には絶対に応じないで頂きたいと強く希望します。彼らに、この手はもう通用しないということを理解させなければなりません。在日側も、歴史を捏造することで自らの正当性を確保するという手段を変えていかないといけない時期に来ているということを理解すべきです。同時に、存在の正当性を失った在日という特殊な存在をどうしていくのかということを、日本政府も本気で考える時期に来ていると思います。


出典:アジアの真実

http://ameblo.jp/lancer1/archive-200806.html



どんろんぱもアジアの真実さんもよ~

教育長さんの発言を支持するだと~


寝言は寝て言えや。確かに大東亜戦争のプロパガンダは欧米列強からアジアを救う、反植民地主義戦争であったんじゃろ?

それはソ連も中国も近現代において、そういいながら、アフガンやベトナムを攻めたわけで、

詳しいことは書かないが、


侵略したてめーが侵略だとは認めたくないわな。

戦争とは異常行為じゃ、ある程度みんなが納得できる大義みたいなプロパガンダが必要なんじゃないかのう。

お主らの歴史観はそんな当時の戦争イデオロギーに満ちた亡霊のような雰囲気がある。

なんら新しいことでもないし、真実に近いわけでもない。それはてめーら日帝の言い訳に過ぎない。


それはそうとわしらの祖先が「強制連行」ではないというが、確かに200万人全員が強制連行ではないと思うのじゃが、わしの爺ちゃんはよ~


チリ山のふもとの田舎町から日本軍に「お前ちょっと来い」言われて、多分日本に行くとは知ってたけど、

逆らうと殴られるので、おとなしくトラックに乗って、

船に乗って、着いたのがなぜか東北の矢本の飛行場だったらしいのじゃ。

あそこの飯場の朝鮮人(自主移民?の親日派朝鮮人)が凄い同胞いじめがひどくてのう、

爺ちゃんはあの現場監督(強制労働の管理監督)の日本人も殺したいが、あの飯場の朝鮮人夫婦も

ぶっ殺したいほど憎いと言ってたのう。


しかし、強制連行された子孫が偉いというのなら、

それは違うようのぅ。日帝の支配において困窮した

朝鮮人農民(親日エリートではない)人々は、

日本で一旗揚げたい思いを胸に故郷を捨てたんじゃ、

彼らが自由意思か以前に、困窮した原因に日帝支配がまったく関係ないと言えるのかのう?


反省もしない、植民地支配者、侵略者の子孫たちよ。

おママごとは寝てから言えや。

しまいには怒るぞ、こらぁ。


いかん、いかん。言葉が乱暴になってしまたわ。

ま、え~かのう。なめんじゃないぞう。

植民地主義をじゃ、

そんなんじゃ、

フランスになぜアルジェやナイジェの人がいるのか。

イギリスになぜパキスタン人やインド人がいるのか。

オランダにアフリカンが多いのなぜか。

ブラジル人はなぜポルトガル語を話すのか。

南米のほとんどの国々はなぜ、スペイン語を話すのか。

そんな人類の歴史の半分も語れなくなろぞ。こらぁ。


日帝は確かに35年じゃ、たった35年じゃが、

されど35年。多くの悲劇とトラウマを残したようじゃ。



下関市教育長の植民地発言:在日社会に波紋 「支配は事実に反する」発言受け /山口
 「日朝併合(日韓併合)と植民地支配は違う」--。下関市の嶋倉剛教育長(44)の発言が、下関の在日社会に波紋を投げ掛けている。26日に直接聞いた山口朝鮮学園の金鍾九理事長らは「訂正と謝罪を求める」と抗議。市内の朝鮮、韓国籍の人たちも「歴史を習っていれば分かるはずなのに」と困惑を隠せない様子だ。【取違剛】

 発言は26日。金理事長らが山口朝鮮初中級学校の助成金増額を要望した席上だった。

 嶋倉教育長は「助成金は公教育のルールで決まっている。市には増額する財源もない」と回答。しかし、学園側の出席者が「植民地支配によって来ざるをえなかった朝鮮人子弟が通っている」と述べたのを受け「植民地支配というのは歴史事実に反する」などと反論した。

 発言に対する在日社会の反発は大きい。

 金理事長は27日、本広正則副市長に面会し、助成金増額の要望と併せて抗議。「教育長が正しい歴史認識で職務に当たるよう指導を」と求めた。面会後には「教育長は併合を対等合併のように言うが、併合とは人の心を取ってしまうことだ」と厳しい口調で話した。在日本大韓民国民団県地方本部も対応を検討するという。

 日本社会に根差して暮らす人々には、戸惑いもある。会社経営の韓国籍男性は「せっかく韓日関係が良くなっているところで、なぜ。我々は日本で暮らさせてもらっているからこそ両国友好を強く願っているのに」と首をかしげる。別の韓国籍男性は「日本人でもおかしいと思うでしょう」と嘆いた。

 27日、取材に応じた嶋倉教育長は「助成金の話で(学園側が)歴史経緯を持ち出すのは筋違いで、それを否定する中で発言した。私の歴史認識とは別の話だ」と説明。重ねて「日朝併合と植民地支配は異なる」という認識も示した。

 同日午後には改めてコメントを発表。「当然のことながら下関市の教育行政を行うにあたり、政府の見解を尊重する」とした。

〔下関版〕

毎日新聞 2008年6月28日 地方版

http://mainichi.jp/area/yamaguchi/news/20080628ddlk35040535000c.html


わしゃー基本的に助成金は日本の生徒さんや学校に出されるのと同等の対応をすべきだと思うんじゃが、

それより、この教育長はどこの右翼団体所属ですかい?

それともこういう歴史認識しかできない、植民地主義とはなにか、人類の歴史さえも知らないんじゃないのかと疑わしくなる。

日本の教育が心配じゃ~



メモリアルが過ぎ行く

テーマ:

5月18日は 1980年韓国において「光州事件」が起きた日よのう。

独裁政権の恐ろしい弾圧があった日じゃ、

3月に起きた「チベット事件」と似た事件だったの。もちろん、多くの差異はあるのだが、

国家権力の圧倒的な暴力。それに立ち向かう人民の草の根の抵抗。

多くの死者を出したことには違いはない。

最近、韓国映画「光州5・18」というのが公開したらしいんんじゃが、

本人忙しくて、大学の課題やら、仕事やらで映画を見る時間も作れんのじゃ。

社会人大学院生は忙しいのう。とくにこの時期は忙しい。


それでも、多くの「死者」への思い、哀悼の念は忘れてはいけねぇ。


最近では、ミヤンマーでは「サイクロン」で、中国四川では地震で多くの人々が亡くなった。

この場を借りて、追悼の意を表したい。ご冥福を祈りもうしあげます。



5月17日は国際反ホモフォビアの日だったようじゃ、全国各地でイベントがあったそうじゃ。

「性愛少数者」である彼らが、自由に、平等に、差別に苦しまず生きられる社会が

早く到来して欲しいものじゃのぅ。




また、大甘の甘太郎さんじゃったけぇ、

コメントの返事は少し待ってくれ。

今、いろいろいそがしくてのう。

あと、コメントくださった方々、感謝します。