今、韓国が熱い。
まるで、60年代後半の「熱い秋」のような、運動圏の復活を見ることができる様相だ。
今、イ・ミョンバク政権が国民に、民衆たちに「NO」を突き付けられている。
この示威デモは先月から数万人規模に拡大し、今日、韓国全国各地にて「100万ろうそく国民集会」が
行われ、まさに今ソウルの鐘路通りには8万から10万もの人々がろうそくを片手に「イミョンバク政権の弾劾」を
叫んでいる。
私は正直、保守陣営、特に新自由主義の傾向の強い、ニューライトの政権であるイミョンバク政権が大多数の国民が支持し、誕生したことをとても残念であると思っていた。それはまるで、欧米や日本などが経験したニューライトの登場と「運動」の剥奪のように、韓国もまたネオリベラリズムの経済編成のもと、運動の弱小化が進んでいくのだろうと憂慮していたからだ。
去年度のGNPが4万ドルを超えたこともあり、格差の中での形骸的な豊かさのもと、国民たちは騙され、抵抗する気運さえもなくなってしまうのではないだろうか。と考えていた。しかし、ここ10数年の韓国の民衆の進歩主義の発展はそんな簡単に挫折してしまうものだろうかと、とても疑問に思っていた。ただ、韓国国民は保守を支持したのではなく、ワンマン経営で成功を成し遂げ、自称「CEO大統領」による雇用拡大による若年層の失業状態の解決策として、苦渋の選択をしたのではないだろうか。と、勝手ながら3月に韓国に訪れたとき、そう自分を納得させたものだった。
しかし、韓国の≪運動圏≫は死んではいなかった。今、まだ息づいている。いまはっきりと私たちの前で再びその勇敢で凛々しい姿を見せている。
韓国民衆の運動基盤は韓国成立の歴史とともにあったと言える。
60年代後半パク・チョンヒ軍事独裁政権の圧政のもと、「民主化運動」は単なる「アカ(=共産主義者)」と見なされ、迫害を受けていたた。しかし、その運動の基盤は韓国の最初の政権、イ・スンマン政権の誕生時期に南だけの独立選挙を行おうとしたことへの抵抗から多くの犠牲を生んだ済州島事件からあったし、80年5月18日の「光州事件」、光州民衆抗争でもあった。そして、「民主化運動」の完成形(勝利)とも呼べる87年6月抗争によって最も熱い時期を迎えたのであった。
そして、90年代民主化を謳歌しながら、≪運動≫は民主主義の当然の権利として、また文化として民衆の意識の中で成熟していったと言える。また、依然として公権力側の国民を無視した政策などの横暴が、≪運動圏≫の必然的な抵抗を生んだことも認めなければならない事実である。
そして、それは民主化しても政権、警察、軍隊など公権力と国民とのある一定の距離、乖離を生み出し、常に対峙しながら、互いをけん制する関係を作り上げたと言える。
このことがまだ韓国の≪運動圏≫がまだ息づいていて、見事な復活を見せた原因ではないだろうか。この大規模なろうそく集会、示威デモは当初、「BSE問題」へのモラル・パニックのようなパニック状態のような社会不安から始まったことは否定できない。日本の言論は右・左関係なしに「たかがBSE問題でヒステリックになり過ぎている」という評価が大半だった。また、ネットでは「韓国人は単純すぎる」といった意見も多数あった。
しかし、本来モラル・パニックのようなメディアの扇動のように呼び起される社会不安が、直接≪運動≫に結びつくことは到底ない。それは≪運動≫の基盤の中にある、政権や公権力と対峙できる韓国の民衆の抵抗文化があったからこそなのだ。
日本の場合、なんらかの社会不安が起きても民衆が大規模なデモに参加できる土壌がもはやない。熱かった60年代、70年代の「熱い」時代は80年代のバブル経済と消費文化の成熟とともに、90年代バブル崩壊による権力追従のシニシズムに陥った状況とポストモダンの周辺化、脱主体化の間違った方向性と相俟って、民衆とアイデンティファイできる人が極端に少なくなったと言える。そして、70年代、圧倒的な公権力の圧力のもと、赤軍派の浅間山荘事件や新左翼の度重なるウチゲバなど、「道徳」の面でも人々の支持を得なかったこと、いや、≪運動圏≫に対してある種のアクセス不可能なトラウマを抱かせた点も考えられる。
しかし、それよりはネオリベラリズムの世界レベルでの経済再編成のもと、ニューライトが登場し、変革、改革など運動圏の主体が交代したことが日本における≪運動≫の衰退があげられる。そして、必然的にレフトや人権派と呼ばれるような(韓国での進歩主義ような)人々を互いを強固に結びつけ、連帯を可能にさせ、誰でもアクセスできるような≪運動≫がなくなってしまった。(まだ沖縄ではアクセス可能だし、多くの県民が連帯可能であると考えられるが、)
つまり、運動の担い手はニューライトのような新保守陣営にすけかわり(小林よしのりが参加した90年代中盤の「薬害エイズ問題」への運動からもそれは言える)、彼らは≪運動≫において若者を巻き込み、旧保守陣営とも対立しないことからもより強固な「連帯」を可能にしているのではないだろうか。そして、ニューライト陣営の動員原動は「ナショナリズム」ではあるが、これはライト故に「権力追従」の側面を内包していて、彼らの運動が直接、公権力の暴力により鎮圧されることはないだろう。それよりも、彼らは権力をいつも自分たち側において管理統制(コントロール)可能にしたい欲望に満ち満ちていて、それが可能ならば自分たちよりも極右などの過激な集団を生贄として、排除したり、抑圧し、表向きの「中庸」(=公権力)の位置で安住しようとする。(これはリベラル右派によく見られることであるが、リベラル左派にも見られる特徴である)そして、これが日本の現状であると私は考える。
もちろん、今の日本における左派や人権派などの進歩主義者たちを連帯可能にする動員原動は解体され、周辺化され、アクセス不可能になっていることも確認しておこう。
ならば、韓国の民衆たちの動員原動は何だろうか。
あれほどの人々を動かせる動員力はどこから生まれるだろうか。
それは皮肉にも「ナショナリズム」と言える。もちろん、このナショナリズムは先ほど日本のニューライトの原動力である権力追従、権力掌握の意味での「ナショナリズム」ではない。それは「ナショナリズム」を国民国家=ネーション・ステイトのネイションとステイトの二つの側面から翻訳し直す必要がある。つまり、ネイション、国民、民族志向かステイト国家・公権力志向かである。
そして、これはライトの特徴であるが、ライトのナショナリズムは国民・民族志向の側面があるが、それよりもステイトの秩序安定(ヒエラルキーを含む)の側面、国家権力志向が強く現れる。このことは韓国の民衆運動と対立する韓国の保守陣営(過去の朴チョンヒ政権やイミョンバク政権を支持する開発独裁志向、反北朝鮮、親米陣営)のナショナリズムもこの側面が強い。
では、韓国の民衆の「ナショナリズム」は国家権力との対立する歴史の中で育みながら、祖国統一を優先する「民族主義」的側面を持つ。そして、この民族主義が済州島民衆抗争で見られるような、韓国の≪運動圏≫の萌芽を形づくったことは言うまでもない。
そして、この統一の志向が右翼の「武力・吸収統一」と異なり、「平和統一」とより安定した東アジアの平和秩序を作るという自負によってより強固になっている点も無視できない。
だから、韓国での今回の≪運動圏≫の盛り上がりは≪分断体制≫が生み出した民族主義的なナショナリズムと深い関係があり、≪分断≫と軍事独裁の暴力からの抵抗と育んできた権力を監視し、権力と対峙するという市民意識・民衆意識が成熟しているからだと言えるだろう。
それは当初、イ・ミョンバクが「BSEが恐かったら、アメリカ産牛を業者や消費者が買わなければいい」という発言後、直接、政権弾劾へ結びついいくことからもわかるように、政権よりは民衆の方が韓国の民心や商売文化の程度をよく理解していて、アメリカとのFTAの問題点、グローバル経済の問題と世界システム論的な構造を感覚的に理解していることが如実に表れている。
そして、暴力的な官憲の鎮圧が、民衆の光州や6月民主闘争のトラウマを呼び起こし、逆鱗に触れたことも重要なポイントであると考える。
とにかく、今ろうそく集会に参加している多くの民衆、友人たちが不条理な官憲の暴力で怪我しないように、日本で祈るしかない自分の位置を嘆きながら、心はともにあることをここに記して、今日の日記を終わりたい。



