「愛国主義教育」中止を要求=ダライ・ラマ側が中国に
(時事通信社 - 05月08日 17:01)
【ニューデリー8日時事】チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世の特使として先に中国政府代表との非公式協議に臨んだロディ・ギャリ氏は8日声明を発表し、協議の席上、中国当局がチベット各地の寺院や教育現場で行っているとされる「愛国主義教育」をやめるよう中国側に求めたことを明らかにした。
同氏はまた、チベット暴動に絡んだ拘束者の釈放を中国側に求めたとした。双方は協議の継続で合意しており、声明によれば、日取りは近く設定される
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
ダライラマの特使と中国政府の協議が始まった。
国内において少数民族を有する国はやはり
民族の自主的な「民族教育」を権利として保障
しなければならい。
私たち在日の先輩も戦後まもないころ、4.24「阪神教育闘争」を
行い、「民族教育」の権利を勝ち取った。そして、多くの犠牲も
あった。
チベットに自由を運動が成功し、チベット民族の自主自治ができるよう
願いたい。
ちなみに私は中国においての「愛国教育」=反日教育であるとは思わない。
私たちがナショナリズムと呼ぶものはもっとミクロな権力関係におけるひとびとの言説や意識の中に隠れている。
そして、違う国同士が衝突するとき、それはレイシズムという形で発露する。
今回の聖火リレーや昨日の早稲田大学の前での衝突を見ればよくわかる。
以下、「阪神教育闘争」について
http://
戦後間もない一九四八年四月、朝鮮学校閉鎖令の撤回を求め、兵庫の朝鮮人たちが団結して闘った「阪神教育闘争」。二十四日で丸六十年を迎えるのを前に、在日二世で、兵庫朝鮮関係研究会の金慶海(キム・キョン・ヘ)さん(69)=神戸市東灘区=が「闘争から六十周年」をテーマに韓国で講演した。二十日には、金さんの講演を韓国で聞いた日韓近現代史研究家の辛恩英(シン・ウ・ニョン)さん(韓国・ソウル市)が神戸市長田区のピフレホールで「4・24教育闘争-神戸地方裁判所での裁判(C級)の判決文の分析」をテーマに話す。(坂本 勝)
阪神教育闘争は占領下で唯一、非常事態が神戸で宣言され「阪神教育事件」「神戸事件」とも呼ばれる。四八年四月二十四日、朝鮮学校閉鎖に反対し、兵庫県庁を取り囲んだ朝鮮人たちの代表らは岸田幸雄知事に面会を求め知事室に入り、閉鎖令撤回の覚書をとりつけた。しかし、翌朝までに非常事態宣言が発令。撤回は無効とされ、県内だけで千七百人以上の朝鮮人が逮捕された。
在日本朝鮮人連盟県本部委員長を務め、闘争の精神的支柱だった朴柱範(パクチュボン)さんも病身のまま、神戸刑務所に投獄された。四九年十一月、仮釈放の二時間後に他界した。
朴さんの遺影などを九四年の「長田マダン」で展示したことから朴さんの遺族が韓国にいることが判明。神戸学生青年センターの飛田雄一館長が九七年十月、遺族を訪ねた。闘争から五十周年の九八年四月に遺族らを招き、神戸でシンポジウムを開催。六十周年に向け「4・24阪神教育闘争記念碑を建てる会」が〇六年四月に結成された。〇七年八月には、同会のメンバーら八人が朴さんの遺族を韓国に訪ねた。
金さんは十日と十二日に韓国の全北大と淑明女子大で講演。「在日の歴史についての研究が日韓交流を機に過去十年間に韓国で格段と進んだ。今回の講演のきっかけも朴さんの遺族との民間交流だった」と振り返る。
二十日の記念講演会は午後二時半から。「記念碑を建てる会」主催。資料代五百円。事務局の池田さんTEL090・8539・0473
阪神教育闘争 連合国軍総司令部(GHQ)の指令下、日本政府は1948年、朝鮮学校の閉鎖を命令。神戸市内では同年4月、市立小学校校舎を借りていた朝鮮学校4校の使用禁止を県と市が命令。同24日、存続を求める朝鮮人らが県庁を取り囲み、閉鎖撤回などの覚書を県と交わした。同年5月、朝鮮人団体と文部省が「朝鮮学校は私立学校として認可する」などと調印した。