《前編》 より

 

【三種の神器】

 ある日、私のもとに「あらゆるものを産み出す力は、意志と創造力である」というメッセージが降りてきました。

 意志は「剣」にたとえられ、創造力は「勾玉」にたとえられます。

 剣は、天に捧げることも、地に刺すこともできます。古来から天と地のつなぎ役として男性が持っていました。

 一方で勾玉は、女性の子宮を模し、陰陽一体の「命を生み出す力」を物質化したものです。祭祀の装身具としておもに女性がもっていました。

 権力の象徴である剣と、命の繋がりである勾玉。これらをつなぐものが太陽信仰・ラー族から運ばれてきた鏡なのです。(p.117-118)

 エジプトからやって来たラー族によって太陽信仰が伝えられ、いつしか「天照大神」という呼び名に変わったという記述は、【天照大神のルーツ】に書き出しておいたけれど、三種の神器である鏡も、勿論ラー族によってもたらされていた。

 では、鏡は祭祀において、具体的にどのように用いられていたのかというと。

 大量の青銅鏡を琵琶湖に沈め、太陽の光を湖面に反射させます。そして、琵琶湖自体を水鏡として天照大神の御魂を湖面に転写させるという方法です。(p.113)

 琵琶湖の北側の湖底に、実際に、何百枚という青銅鏡が沈んでいるのが発見されているという。

 湖面を水鏡として太陽のエネルギーを駆使する神事は、琵琶湖や出雲の宍道湖で行われていたらしい。

 ところで、「なんで、太陽の光が、天照大神の御魂なの?」 と思うけれど、それについての説明は下記リンクにある。

   《参照》  『「超古代」の黙示録』 後藤まさし (たま出版) 《前編》

            【絶対五神と八和幡之大神】

 上記のリンクをきちんと読んでおけば、下記の記述が分かりやすいだろう。

 鏡・剣・勾玉とそれぞれが異なる場所に置かれながら、三種の神器の神力を一つにまとめるのは、「母なる命の元」ともいえる天照大神の母性。日本神道の信仰ベースになっているのは、この普遍的な「母の愛」なのです。(p.149)

 「じゃあ、日本神道はマザコン推奨信仰なの?」とかって言われそうだけど、そうじゃない。

 「天照大神」とは、「丹」と呼ばれる“太陽でつくられる生命の元”を、「宇宙産迂迦の障壁賀」と呼ばれる“子宮”に届けて“生命を産むメカニズム(丹生)”のことを言っている。命を繋ぐのは、子を産む母あってのことだから、「母の愛」と言っている。だから、天照大神信仰は、女神信仰というよりは母神信仰というべきもの。

 マスターの意志を引き継ぐのは、命を生み出す母を置いて他にはいないのです。(p.157)

 

 

【陰陽の形が生み出す勾玉の神力】

 日本の特質すべきところは、「鏡・剣・勾玉」の三位一体になった神力が働いていることです。そして、天照大神の「陽の力」と、月読命の「陰の力」が表と裏でしかりとバランスをとっている。これが日本の神力のすごさです。

 宮中に祀られた三種の神器の一つである勾玉も、陰と陽を合わせて一つの神力が発揮され、完全なる調和が生まれます。陰の中に陽があり、陽の中に陰があるという陰陽(おんみょう)の形は、片方だけでは成立しません。

 陰と陽の両方のエネルギーが完全に揃うと、・・・(中略)・・・ゼロになって消滅します。これを「陰陽相殺」といい、この状態を宇宙といいます。

 私たちのいる物質世界は3次元です。物の形にはすべて理由がありますが、勾玉とは、5~6次元の悟りのパワーを3次元で使うために降りてきたツールなのです。(p.141)

 勾玉のみならず、三種の神器はいずれも、高次元エネルギーのダウンロードツールといえる。

 三つ揃えば鬼に金棒、猫に餌。イナバのチャオチュールなんか目じゃないほどのウルトラ神力があるらしい。

 

 

【大巫女の御魂がいらっしゃる神社】

 奈良県桜井市にある大神神社のご神体である三輪山には、これまでに出会った中で最強の神力をもつ大巫女の御魂がいらっしゃいます。関東では、茨木県の鹿島神宮および千葉県の香取神宮に、渡来系の安房族と縁の深い大巫女の御魂がいらっしゃいます。

 また、兵庫県の淡路島南部にある諭鶴羽山には、日本最古の国王と王妃の御魂がいらっしゃいますが、この王妃も大巫女でした。

 これらの大巫女たちは、初代・神武天皇が即位するよりもずっと以前、天照大神の神力を伝えるために日本へ渡来しました。はるか昔のことなので、大巫女についての記述は歴史書にはありません。(p.154)

 このようなことを知っていて参拝するのと、知らずに参拝するのでは全然違うような気がする。特に女性の皆さんは違うだろう。

 

 

【「淡路島は、かつての奴国だった」】

 『後漢書』東夷伝によれば、後漢への朝貢の際に、光武帝から奴国の王様が金印を賜ったとされていますが、じつはこの金印を授かったのは、淡路島・沼島に国を興したほうの奴国の王様でした。そして、この淡路島・沼島の王様から九州北部にあるもう一つの奴国の王様へと金印がわたったという事実を神事で明らかにしたのです。(p.206)

 私の神事で降りてきた「淡路島は、かつての奴国だった」というメッセージは、古い時代にこの島が国家統一を果たすための重要拠点として選ばれたことを意味しています。(p.207)

 なぜ、淡路島がそのような重要拠点なのかというと、夏至や冬至に列島の重要な拠点が一直線上に並ぶというレイライン上の中心的な場所だからと説明されている。

 古事記にある国生み神話も、最初にできたオノゴロ島は沼島と言われているけれど、地球風水である 『ガイアの法則』 が示す“東経135度の特性”も理由に加えていいだろう。

 沼島は、諭鶴羽神社の真南5km程の所にある小さな島。

 淡路島に関する著作をリンクしておきます。

   《参照》  『空海は古代ユダヤの錬金術師だった』 月海黄樹 (徳間書店) 《後編》

             【高野山の鳥居】

   《参照》  『淡路ユダヤの「シオンの山」が七度目《地球大立て替え》のメイン舞台になる!』 魚谷佳代

 

 

【日本にやって来たシュメール王国、12名の神官たち】

 武力で民衆を支配した権力者は、文明の利器を欲しがります。

 シュメール王国では、神官たちがすべての情報を宇宙から降ろしていました。そのことはまわりの国もよく知っていたので、神官たちを奪い取ろうと他国の勢力がシュメール王国に攻め込んできたことがありました。

 そのとき12名の神官たちがいましたが、1カ所にまとまっていると全ての情報を一気に奪われてしまうため、彼らはいっせいに世界の各方面へ散りました。日本の歴史では、彼らのことを「十二支族」と呼んでいます。

 シュメール王国から日本にやってきた12名の神官については、ユダヤをルーツとする説もありますが、シュメールとユダヤは同じではありません。のちにユダヤの血も混ざったと考えるのが妥当でしょう。(p.178-179)

 「失われた12支族」は、日本人にとって最高に知りたい古代史のミステリー話だろうけれど、その話の元(ルーツ)は、散逸したシュメールの12名の神官だと言っている。

   《参照》  『古代天皇家と日本正史』 中丸薫 (徳間書店) 《前編》

           【シュメール人】

 私の御魂は、過去世でシュメール王国の神官だった経験があるとお伝えしました。(p.181)

 この記述の後、星から情報をダウンロードする現代の神官ならではの、興味深い話が記述されている。

 ちなみに、下記リンク書籍も、シュメールの神官からの情報として著された書籍。

   《参照》  『ガイアの法則』 千賀一生 (徳間書店)

          『ガイアの法則[Ⅱ]』 千賀一生 (ヒカルランド)

 

 

【「イスラエルの光」と秦氏一族】

 聖徳太子とは、じつは秦氏が中国大陸から日本に伝えた「イスラエルの光」でした。

 聖徳太子という人物が実在したように見せかけて、日本の神力を世界へ示す。それが秦河勝の狙いだったのです。この「イスラエルの光」が最終的にどこへおさまったのかというと、日本の象徴・天皇家の祖霊神である天照大神です。

 争いのない国家平定を夢見たのは、秦河勝も同じでした。だからこそ、天皇家の前身である大和王朝が台頭したときも戦おうとはせず、秦氏は身を引いたのだとご理解ください。

 多くの神社でご祭神としても祀られている天照大神ですが、これから社殿で手を合わせるときには、その背後にある「イスラエルの光」と秦氏一族に対しても感謝の気持ちを伝えてほしいと願います。(p.202)

 国譲りとはいえ、天系(大和朝廷)と地系(出雲王朝)の確執図式があったのは確かなことだけれど、諸外国におけるような皆殺し級の苛烈な状況にならなかったのは、大巫女たちのみならず、争いのない国家平定を意図した権力行使側の男たちの意向もあったからこそなのだろう。

 しかしながら、下記リンクのような者たちも、いたにはいた。

   《参照》  『アーリオーン・メッセージ』 アートライン・プロジェクト (徳間書店)

           【日本に封印をしたアマテラスの義弟たち】

 ところどころに鋭い痛みを覚える日本の歴史であるにせよ、著者さんの記述を読んでいると、愛念に帰一して光の側へ向かおうとする意図が、歴史の底流として伏在してたことが分かるから、受け入れがたきことであっても、受け入れて納めようと思えるのではないだろうか。本書を読んだ人ならそれができるはず。

 

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