《前編》 より

 

 

【ネットを介して脳がつながった状態】
 ある企業にインターンとしてやってきた大学生は、企業側が何を頼んでもすぐにこなしてしまうのだという。
 すごい奴だと思って、いろいろ聞いてみると、その子が何から何までできるんじゃなくて、ネットで常時繋がった何百人もの友達の中から、テーマごとに助けてくれそうな人を選んではやり方を聞いて、仕事をこなしているんですね。おそらく今の十代のアメリカのエリートは、沢山の質の高い友人とネットを介して脳がつながった状態で世の中に出たい、と思っているはずです。 「Facebook」 という米国の大学生向けのSNSの普及率と利用度は驚くべき高さです。(p.55)
   《参照》   『ニュー・リッチの王国』  臼井宥文&編集部  光文社 《前編》
            【「Facebook」】

 知的に高度な人々が脳の繋がった状態で関係を維持できれば、それなりの効果や成果はあるのだろうけれど、個人としての能力の高まりとか充実感ってあるのだろうか。でもまあ、結果が優先する成果主義のアメリカでなら、そんなのは二の次の話なのかもしれない。
 日本でも、インターネットを介し、互いの技術を教え合っている優れたサークルは、探せばいくらでもあるらしい。無償で他者を助け、他者の向上を喜びとする人間性に秀でた人々は結構存在しているらしい。
 リナックスのようなオープンソースの中にあったバグの解決でも、資本投下をもってする企業的努力の中でより、自分の能力で解決してみたいというオープン参加の人々の努力の方が、問題解決は早いそうである。匿名のエンジニアは、当然のことながら報償をあてにしているのではない。得られるのは、コミュニティー内でそれを認知する限られた人々からのみ向けられる称賛だけである。
 SNSのような場合であれ、オープンソースのような場合であれ、脳がつながった状態として利用される場合、まさにコミュニティー全体で一つの脳だから、そこに経済(お金)は関与しない。だから称賛でいいのである。称賛こそが脳内に快感ホルモンを分泌する。

 

 

【ネット環境が本全体の売り上げを伸ばした】
梅田 : アメリカでは、アマゾンが出てきてから本全体の売り上げが伸びているんです。今まで本を読まなかった人が、こんなところにこんな本がある、と発見して結果的に出版業界のトータルの売り上げが上がっている。(p.122)
梅田 : 検索結果はすべてグーグルが準備するアルゴリズムによって決まってきます。だから、アルゴリズムの背後にあるその恣意性みたいなものをグーグル一社がコントロールするのは嫌だ、という考え方もあるけれど、僕は出版社のビジネス、作家の収入可能性を総合的に考えて、アマゾンやグーグルと出版社や表現者との提携は、いずれも十分リーズナブルなゾーンに入ると思います。(p.124)
 検索で上位に出てくるかどうかが売り上げの大勢に関与するから、検索エンジンを提供するグーグルなどの企業が提携に外せないメンバーとなるのは間違いない。
 検索の威力は、実体経済への影響力が比較的大きい。ならば、多くの若者からなるグーグルのような企業を構成する若者達のメンタリティーが気になるところであるが・・・。

 

 

【グーグルの通過儀礼としての 『スター・ウォーズ』 】
平野 : 彼らが 「政府」 や 「世界」 という言葉を使う時も、実は 『スター・ウォーズ』 みたいなイメージなんでしょうか?
梅田 : そうかもしれません。少なくとも彼らが政府とか言うときのイメージってすごく単純ですよ、そこに人文科学系の深みのようなものはないです。 『スター・ウォーズ』 といえば、公開される前日は、シリコンバレーのマウンテンビュー市の映画館全部がグーグルの貸し切りだったんですよ。 ・・・(中略)・・・ 。僕は取締役になるための通過儀礼として、 『スター・ウォーズ』 のDVDを全部見てくれって言われたんですから(笑)。僕はSF少年じゃなかったから全然見てなかったんだけど、我々の議論の中には、必ずアナロジーが出てくるから、一緒に経営をやっていく上でこれを全部見てくれないと共通理解ができないからと、全部見るように言われたんです。新しい世界へようこそ、って感じで、嬉しかったですけどね。(p.144-145)
 ちょっと冗談みたいな話に思えるけれど、複雑なアルゴリズムを解析できる高度な数学的能力を持っている人って、案外、純粋というかサイエンス・ドゥリーマーみたいな性格があることを知ってもいるから、あながち冗談でもないのだろう。
   《参照》  『ギャラクティックファミリーと地球のめざめ』 ジャーメイン&サーシャ(リサ・ロイヤル)
           【オリオンの記憶:『スター・ウォーズ』と『デューン 砂の惑星』】

 

 

【シリコンバレーが生む元気の源泉】
平野 : 現実主義と現実肯定主義が一緒になってしまっている人が多いじゃないですかね。自分の 「現実」 から外れることに関しては、シニシズムに陥ってしまって、そこで話が終わってしまう。
梅田 : シリコンバレーで僕が元気になれた源泉というのが、そこの感覚における日本との違いなんです。シリコンバレーでは、新しいことを面白いと思う大人が多く、彼らのほうが若者よりおっちょこちょいなことを言い、若者の斬新な発想を何でも 「やってみれば」 と許してくれる。僕よりももっと年上の人が、いつも奇想天外なことを言っていて、それこそが大人の流儀だというような空気がある。
 そしてやはりシリコンバレーのような土地では、グーグルや 「はてな」 の彼らのように、新しいタイプの人間が登場しつつあるんです。そういう連中と毎日付き合って見ていると、僕は、自分たちの世代よりいいものが生まれているという手応えを感じます。
平野 : 確かに違ってきていますね。(p.193)
 大人のほうが、おっちょこちょいなことを言って雰囲気を先導しているらしいところが意外である。
 日本の大人全てに、グーグル同様、 『スター・ウォーズ』 を見よ! と命じるべきかもしれない。でもシニシズムに陥ってしまいがちな日本人の大人達は、「ダースベーダー、どーすべーだー」 とかって、ギャグならまだしも、真顔で言ってしまうんだろう、きっと。

 

 

【報酬より称賛】
梅田 : インターネットの成り立ちの思想と、オープンソースの思想と、それを支えてるハッカー・エシックスみたいなものの組み合わせ。お金よりも称賛であるとか、情報の占有より共有とか、そういう物の考え方の組み合わせは、やっぱりものすごく新しいことだと思います。 ・・・(中略)・・・ 。
平野 : ハッカー・エシックスとは、どういうものでしょうか。ハッカーの倫理ですか?
梅田 : プログラマーという新しい職業に携わる人たちが共有する倫理観とでもいうべきものですね。プログラマーとしての創造性に誇りを持ち、好きなことへの没頭を是とし、報酬より称賛を大切にし、情報の共有をものすごく重要なことと考える、そしてやや反権威的、というような考え方の組み合わせというか、ある種の気概のようなものです。
平野 : 彼らはシリコンバレー以外でも生きられるんでしょうか。
梅田 :  ・・・(中略)・・・ 。日本にもシリコンバレーっぽい環境が出来たらいいなと思うし、逆に日本人だってどんどんこっちに来ればいいと考えて 「日本人一万人・シリコンバレー移住計画」 を立ち上げたわけです。(p.195-196)
 そこまで実行している梅田さんのような人がいたとは知らなかった!
 いまだ閉塞感の消え去らない日本の経済環境の中で生きていると、シリコンバレーの世界が、地球より進化した星の都市のように思えてしまう。実際に、地球を善化先導する意味においては、そのはずである。
 しかしながら、報酬より称賛とか反権威的といった価値観は、かつての日本社会が有していたもののはずである。いつから日本人は、権威になびいてお金を求めざるをえないような社会を作ってしまったのだろうか? お金や物の豊かさが心の豊かさを生みだすのではない。グローバル経営に呑み込まれてしまった企業ほど、日本的価値観の崩壊がはなはだしい。
 ソニーが純粋に日本人だけで経営されており、優れた製品を生み出していた時期にプロジェクトを指揮していた天外さんが、その期間に感受したものをベースに記述したであろう内容が下記の書籍に書かれている。
    《参照》   『運命の法則』  天外伺朗  飛鳥新社

 

<了>
 

  平野啓一郎・著の読書記録

     『一月物語』

     『日蝕』

     『平野啓一郎 新世紀文学の旗手』

     『文明の憂鬱』

     『ウェブ人間論』 梅田望夫・平野啓一郎