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 異界小説とでもいうのだろうか。異空間をたゆたう気分で読んでいた。『高野聖』 のような小説である。


【紀伊半島】
 物語は、伊勢の方面から熊野古道へ向かって旅する青年を巡って展開している。熊野を巡る十津川上流の天河付近が小説の舞台として語られる場合、なぜか、異界が小説の題材として用いられることが多い。確か、半村良の 『妖星伝』 も熊野付近を舞台にしていたように記憶しているし、内田康夫の 『天河伝説殺人事件』 は、とてもスリリングに読み終えたことを記憶している。
 私は、紀伊半島が小説の舞台になっているというだけで、のめり込めてしまう習性があるのかもしれない。伊勢神宮と高野山を東西に、熊野本宮と鞍馬寺を南北に結ぶ線がクロスする付近が、紀伊半島の中心天河である。修験道のメッカ、大峰山付近なので、語り継がれている異界話は、少なからずあるに違いない。


【幽界と夢】
 この小説は、幽界小説という分類にしたほうがいいのかもしれない。異界小説という分類は 『妖星伝』 のような作品が相応しいのであろう。
 作者は、剣と鞘に纏わる部分、ないし、150頁付近の生と死と情熱に関わるくだりが、一番書きたかった箇所なのではないかと思う。幽界を背景にすることで、夢うつつのままに、自己を問い、生を高めかつ溶解してしまいたい衝動はよく分かるのである。


【漢字空間】
 この小説には、日常生活には用いられない漢字が多く用いられている。このこと自体が、小説の雰囲気を高めている。特殊な漢字にはふりがなが付けられているので、現代の若者でも読める。例えば、囹圉(れいぎょ)である。監獄の意味であるが、普通人はおそらく意味が分からない。
 この小説に現れる特殊な漢字に遭遇して、大学生の頃、高橋和己の活字ビッシリの全集を読むのに、国語辞典を引きながら読んでいたことを思い出していた。中国文学者の系譜にあった作家なので、あのような一般的には用いられない漢字が、作品の中に多く出てきたのであろう。
 ところで、この著者、平野さんも京都大学の出身者である。人文学部ではないけれど、法学部であるならば、法曹界を題材に描かれていた、京大の先輩である高橋和己の 『悲の器』 を読んでいないことはなかろう。 
 小説は、作風において、著者自らが愛読した作家の影響を受けるものである。

 

<了>

 

  平野啓一郎・著の読書記録

     『一月物語』

     『日蝕』

     『平野啓一郎 新世紀文学の旗手』

     『文明の憂鬱』

     『ウェブ人間論』