U-23日本代表が戦う「セントラル方式」の実態とは?(リオ五輪アジア最終予選) | 元U-20ホンジュラス代表GKコーチ・山野陽嗣の「世界一危険な国での挑戦」

U-23日本代表が戦う「セントラル方式」の実態とは?(リオ五輪アジア最終予選)


現在、U-23日本代表のリオ五輪アジア最終予選が行われています。

今回、話題になったのが、予選の方式が「ホーム&アウェー方式」から「セントラル方式」に変わった事。

TVで観ている視聴者には今一ピンとこないかもしれませんが、現場で戦っている選手やコーチングスタッフたちにとっては、この「差」は非常に大きい。セントラル方式はとても厄介なのです。

僕はU-20ホンジュラス代表GKコーチ時代の2014年に、U-20W杯ニュージーランド大会の中米予選を、このセントラル方式で戦いました(開催国はエルサルバドル)。その時の実体験をもとに、セントラル方式の実態、難しさを今回は書いていきたいと思います。


≪ライバル国とホテルが同じ!?≫

最も驚いたのは、これかもしれません。そして、非常にやりにくかったです。

セントラル方式なので、当然ながら他のライバル国も開催国のエルサルバドルに集結します。けど、まさか、ライバル国と同じホテルに宿泊する事になろうとは思ってもみませんでした!

我々U-20ホンジュラス代表は、グアテマラ代表、コスタリカ代表という2つのライバル国と同じホテルに宿泊する事となりました。後にこの3ヶ国が最終節まで予選突破を争い、ホンジュラスはグアテマラ、コスタリカに対して僅か「勝ち点1差」で上回り、予選突破を決める事となります(グアテマラも突破。コスタリカは敗退)。それだけ本当にギリギリの戦いを繰り広げるライバル国たちと同じホテルに宿泊し、人生が懸かった重要なW杯予選を戦う事になったのです。

しかも、グアテマラもコスタリカもホテルの同じ階で、廊下のこっちからこっち側がホンジュラス、こっちから向こう側がグアテマラとコスタリカ…って状況だったので、異様に距離が近いし、物理的に予選の最中は嫌でも毎日、ホテルで顔を合わせます。それは彼らとの直接対決の日も同じです。「今日の試合に負けた方が予選敗退する」という試合を戦う日にも、ホテルでライバル国と顔を合わせなければならない。

そんな状況ですが、不思議なもので、同じ屋根の下で同じ釜の飯を食べて数日間、過ごしていると、ライバル国とも妙な親近感、友情みたいなものが芽生えてくるのです。

毎日、すれ違えば「オラ!(Hola!)」(スペイン語で「やあ!」「こんにちは!」の意味)と笑顔で挨拶。グアテマラ代表やコスタリカ代表のコーチングスタッフとも自然と仲良くなりました。

しかし、これが「危険」。

一見、仲良くなったように見えても、相手は人生が懸かった重要なW杯予選を戦うライバル国なのです。この友好ムードに流されてはいけない。顔では笑って、心の中では「絶対に倒してやるぞ」と思っていました。毎日のすれ違いざまの挨拶から、すでに「駆け引き」「心理戦」は始まっていたのです。

※詳しくは!⇒【W杯予選の「裏話」。④ えっ!?まさかの、ライバル国と同じ…

また、ライバル国と同じホテルに宿泊しているからこそ、こんな問題も発生しました。

予選第2戦のコスタリカ戦で、U-20ホンジュラス代表のGKが手を負傷しました。次の試合を戦える状況ではありません。

本来なら治療後、テーピングや包帯をしっかり巻いていなければならなかったのですが、「もしテーピングや包帯を巻いているのを同じホテルのライバル国に目撃されたら、うちのGKが負傷しているのがバレる。そうなると相手もうちの登録GKが2人しかいない…つまり1人GKが負傷したらサブがいない事を知っているから、もう1人のGKを試合で潰しにくるだろう。そうなるとうちのGKは1人もいなくなってしまう。ライバル国にうちのGKの負傷がバレないよう、テーピングや包帯を巻くのはやめよう」…という事に、せざるを得なくなったのです。

※詳しくは!⇒【U-20ニュージーランドW杯2015中米予選、第3節。VSエルサルバドル


上記の怪我の件を逆手に取ると、負傷していないのにテーピングや包帯をホテルでわざと巻いて、相手をあざむき、攪乱する…という事も、「ライバル国と同じホテル」だからこそできてしまいます。W杯予選は試合というよりも、本当に生きるか死ぬかの「戦い」であり、相手は勝利を掴むためにあらゆる事をやってきます。

98年フランスW杯のアジア最終予選プレーオフのイラン戦では、相手のアジジが試合直前に負傷したように見せかけて出場してきました。そういう事が起こるのがW杯予選であり五輪予選なのです。

U-23日本代表が現在、戦うリオ五輪アジア最終予選がライバル国と同じホテルに宿泊なのかどうかは分かりませんが、もし同じホテルであれば、ピッチ内だけではなくホテルでもこうした様々な「戦い」が繰り広げられているのは間違いありません。


≪短期決戦なので、一度リズムを崩すと立て直すのが極めて困難≫

ホーム&アウェー方式の予選は長い月日をかけて行われますが、セントラル方式の予選は2週間くらいで一気に試合を行います。だからこそ、一度リズムを崩すと立て直すのが極めて困難となります。

U-20W杯ニュージーランド大会の中米予選で敗退したコスタリカ。2014年ブラジルW杯で史上初のベスト8進出を果たし、昨年(2015年)のU-17W杯でもベスト8に進出するなど、今、国全体が自信に満ち溢れ、非常に勢いに乗っている強豪国です。

我々U-20ホンジュラス代表も、U-20W杯中米予選の直前に、アウェーではありましたが親善試合でU-20コスタリカ代表には2-5で大敗していました。誰もが「コスタリカは確実に予選突破してくる」と思っていましたが…。

蓋を開けてみると、コスタリカは予選初戦のグアテマラ戦に0-1で敗北。これで完全にリズムを崩すと、予選途中にまさかの監督解任。同じホテルに宿泊する我々U-20ホンジュラス代表にも、コスタリカの監督解任の報は当然ながらすぐに耳に入りました。間近で起こった監督解任劇に、我々のチームにも大きな緊張感が漂ったのは言うまでもありません。

その後、コスタリカはホテル内でバカ騒ぎを始めるなど完全に集中力が切れました。同じホテルに宿泊する我々は、そんなコスタリカに流されないように気を付け、最後の最後まで集中力を切らさず一丸となって戦い続け、何とか予選突破する事ができました。

とは言え、我々U-20ホンジュラス代表も予選の初戦でパナマに3-4と敗れていたのです。この初戦の敗北により、第2節からは「負け=敗退」、第4節からは「勝利以外、敗退。引き分けでも、敗退」という絶体絶命の紙一重の戦いを強いられる事となりました。コスタリカのように敗退していてもおかしくないほど、ギリギリの危険な状況だった…。敗退したコスタリカとの「差」は、「最後の最後まで集中力を切らさず、絶対に諦めず、チーム一丸で突破を信じて戦い抜いた」部分の「差」でした。

このU-20W杯予選での苦しい経験で、初戦に負ける…一度リズムを崩すと立て直すのがどれほど難しいかを痛感させられました。あの強豪コスタリカでさえ、立て直せずに敗退してしまいましたからね。

その点、今回のリオ五輪アジア最終予選のU-23日本代表は、初戦を苦しみながらも勝利すると、第2節も4-0で大勝し、見事に2連勝で早々に決勝トーナメント進出を決めました。セントラル方式のような短期決戦では「一度リズムを崩すと立て直すのが極めて困難」ですが、逆に言うと「一度リズムに乗ればそのまま一気にいける」面があります。「予選リーグ」までは…。

「決勝トーナメント」は、また、全く別物です。決勝トーナメントに進出してくるチームというのは、実力はもちろん、程度の差こそあれど、全チームが「リズムに乗っている」。しかも「一発勝負」。何が起こるかは誰にも分かりません。

日本はここ4大会のU-20W杯アジア最終予選、昨年のU-17W杯アジア最終予選にて、この決勝トーナメントで「勝った方がW杯出場」という一番大事な試合にことごとく敗れてW杯出場を逃しています。

今、予選リーグで2連勝した事でメディアも国民も楽観的な意見が多いですが、決勝トーナメントからが「真の戦い」である事を、忘れてはなりません。まだ、何も成し遂げてはいないのです。喜ぶのは、まだ早い。


セントラル方式はホームの試合がないので、短期間で日本とは異なる天候やピッチ状態、生活環境に適応せねばならず、そこからくる心身の疲労は日本でプレーする時の比ではありません。そういう慣れないアウェーの連戦の中で蓄積した心身の疲労が、決勝トーナメントに入ってからじわじわと選手を追い込みます。

U-23ホンジュラス代表も、アメリカ開催のセントラル方式の最終予選で、コスタリカ、アメリカなど強豪を次々と撃破し見事にリオ五輪出場を決めましたが、出場決定戦となったアメリカとの試合では、ホームのアメリカが試合会場から5~10分の近いホテルの宿泊だったのに対し、ホンジュラスは試合会場から40kmも離れたホテルに宿泊させられました。このような「理不尽」も、セントラル方式で「開催国」と当たる場合には起こるので、覚悟せねばなりません。


このように難しい要素が多いセントラル方式の予選ですが、U-23日本代表ならリオ五輪出場を決めてくれると信じています。そしてリオ五輪の舞台で、ロンドン五輪の時のように「ホンジュラスVS日本」の試合が観れる事を願っています。あの時は「0-0」の引き分けだったので、リオ五輪の舞台で決着をつけましょう!そして、また共に決勝トーナメントに進出しましょう!


※2014年。U-20ホンジュラス代表の仲間たちと。コスタリカ遠征にて。

U-20ホンジュラス代表2014