キャンディ・ステイトン『EVIDENCE』とフェイム・スタジオ
●キャンディ・ステイトン『EVIDENCE』
キャンディ・ステイトンのザ・コンプリート・フェイム・マスターズ。年代的には'69年~'73年。アラバマ州マッスルショールズにあったリック・ホールのフェイム・スタジオで録音され、フェイム・レコーズよりリリースされた作品集です。
フェイムのキャンディ・ステイトンといえば、サザン・ソウル・ファンにとってはまさにお宝といえるもので、僕も70年代中頃、フェイム期のアルバムを探し回ったが、手に入れられなかった想い出があり、その後日本盤でリイシューされ、その初めて聴いたブルージーでディープな歌声に感動したものだ。04年だったか、フェイムのキャンディのCDが日本盤でリリースされ、同じ内容の輸入盤を持っているのだが、やはりコンプリートと名付けられたアルバムには、どうしても手が出てしまう。
久しぶりに聴く「アイム・ジャスト・ア・プリズナー」のブルージーな味わい、「ハウ・キャン・アイ・プット・アウト・ザ・フレイム」のような絶品ソウル・バラード、そしてヒット曲「スタンド・バイ・ユア・マン」のカントリー・フレイバー薫る南部らしい曲など、あらためてキャンディ・ステイトンの素晴らしさを堪能している。
今回ライナーに面白い記述を発見。この道(笑)の権威、鈴木啓志さんが書いているんだけど、マッスルショールズの有名なベースマン、デヴィッド・フッドについて「...この時期('68-'69年頃)、デヴィッド・フッドはほとんど干されていた...」というもので、彼によると、アトランティックはフッドのベースの腕前を疑問視し、レコーディング・セッションにはトミー・コグビルやジェリー・ジェモット、アルバート・ジュニア・ロウなどが呼ばれたという。なるほどね。
マッスルショールズのミュージシャンとして名高いのは、ロジャー・ホーキンス、ジミー・ジョンソン、バリー・ベケット、デヴィッド・フッド、エディ・ヒントン達だが、もちろんデュエイン・オールマン!もいたね。そんな彼等白人勢は、アトランテイックの支援を受け、'69年3月にマッスルショールズ・サウンド・スタジオを設立し、フェイムから離れたんだよね。
フェイム・スタジオのミュージシャンについて、ちょっと整理してみると、先ず第一期にはデヴィッド・ブリッグス、ノーバート・パトナム、アール・モンゴメリ、テリー・トンプソン、ジェリー・キャリガン、そしてダン・ペン、スプーナー・オールダム、ドニー・フリッツ達もいたらしく、アーサー・アレキサンダー、ジミー・ヒューズの曲がヒットし、稼いだお金でスタジオ建ててフェイム・レーベルを設立。これが'63~'64年頃。
第二期にはジミー・ジョンソン、デヴィッド・フッド、ロジャー・ホーキンズ、エディ・ヒントン、バリー・ベケット、ジュニア・ロウ、そしてデュエイン・オールマンもプレイし、数多くのサザン・ソウルの傑作を演奏で支えた。これが'69年3月までの布陣。
第三期にはフリーマン・ブラウン、ジュニア・ロウを中心に、ハリソン・キャロウェー、ジェシー・ボイス、アーロン・バーネル、ミッキー・バッキンス、ハーヴェイ・トンプソン、クレイトン・アイヴィ達がいて、フェイム・ギャングと呼ばれるのは、この第三期の連中らしい。で、このフェイムのキャンディ・ステイトンのバックはフェイム・ギャングですねきっと(笑)
懐かしいフェイムとキャンディ・ステイトンを聴きながら、新たな発見があったりで、ちょっとおさらい勉強もして楽しみました。サザン・ソウルは20代の頃に熱心に聴いた音楽だから、その歌声とサウンドが、身体のどこかに沁み付いてる気がするんだよね。
キャンディ・ステイトンのザ・コンプリート・フェイム・マスターズ。年代的には'69年~'73年。アラバマ州マッスルショールズにあったリック・ホールのフェイム・スタジオで録音され、フェイム・レコーズよりリリースされた作品集です。
フェイムのキャンディ・ステイトンといえば、サザン・ソウル・ファンにとってはまさにお宝といえるもので、僕も70年代中頃、フェイム期のアルバムを探し回ったが、手に入れられなかった想い出があり、その後日本盤でリイシューされ、その初めて聴いたブルージーでディープな歌声に感動したものだ。04年だったか、フェイムのキャンディのCDが日本盤でリリースされ、同じ内容の輸入盤を持っているのだが、やはりコンプリートと名付けられたアルバムには、どうしても手が出てしまう。
久しぶりに聴く「アイム・ジャスト・ア・プリズナー」のブルージーな味わい、「ハウ・キャン・アイ・プット・アウト・ザ・フレイム」のような絶品ソウル・バラード、そしてヒット曲「スタンド・バイ・ユア・マン」のカントリー・フレイバー薫る南部らしい曲など、あらためてキャンディ・ステイトンの素晴らしさを堪能している。
今回ライナーに面白い記述を発見。この道(笑)の権威、鈴木啓志さんが書いているんだけど、マッスルショールズの有名なベースマン、デヴィッド・フッドについて「...この時期('68-'69年頃)、デヴィッド・フッドはほとんど干されていた...」というもので、彼によると、アトランティックはフッドのベースの腕前を疑問視し、レコーディング・セッションにはトミー・コグビルやジェリー・ジェモット、アルバート・ジュニア・ロウなどが呼ばれたという。なるほどね。
マッスルショールズのミュージシャンとして名高いのは、ロジャー・ホーキンス、ジミー・ジョンソン、バリー・ベケット、デヴィッド・フッド、エディ・ヒントン達だが、もちろんデュエイン・オールマン!もいたね。そんな彼等白人勢は、アトランテイックの支援を受け、'69年3月にマッスルショールズ・サウンド・スタジオを設立し、フェイムから離れたんだよね。
フェイム・スタジオのミュージシャンについて、ちょっと整理してみると、先ず第一期にはデヴィッド・ブリッグス、ノーバート・パトナム、アール・モンゴメリ、テリー・トンプソン、ジェリー・キャリガン、そしてダン・ペン、スプーナー・オールダム、ドニー・フリッツ達もいたらしく、アーサー・アレキサンダー、ジミー・ヒューズの曲がヒットし、稼いだお金でスタジオ建ててフェイム・レーベルを設立。これが'63~'64年頃。
第二期にはジミー・ジョンソン、デヴィッド・フッド、ロジャー・ホーキンズ、エディ・ヒントン、バリー・ベケット、ジュニア・ロウ、そしてデュエイン・オールマンもプレイし、数多くのサザン・ソウルの傑作を演奏で支えた。これが'69年3月までの布陣。
第三期にはフリーマン・ブラウン、ジュニア・ロウを中心に、ハリソン・キャロウェー、ジェシー・ボイス、アーロン・バーネル、ミッキー・バッキンス、ハーヴェイ・トンプソン、クレイトン・アイヴィ達がいて、フェイム・ギャングと呼ばれるのは、この第三期の連中らしい。で、このフェイムのキャンディ・ステイトンのバックはフェイム・ギャングですねきっと(笑)
懐かしいフェイムとキャンディ・ステイトンを聴きながら、新たな発見があったりで、ちょっとおさらい勉強もして楽しみました。サザン・ソウルは20代の頃に熱心に聴いた音楽だから、その歌声とサウンドが、身体のどこかに沁み付いてる気がするんだよね。
- エヴィデンス~ザ・コンプリート・フェイム・マスターズ [全曲歌詞付] [英文解説完訳、日本盤オ.../キャンディ・ステイトン
- ¥2,940
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ゴング『GAZEUSE !』
●GONG『GAZEUSE !』
レコードコレクターズ誌にブノア・ムーランというヴィブラフォン/マリンバ奏者のインタビュー記事が載っていて、彼は'70年代にゴングで活躍とありました。ジャズロックでマレット楽器というと当然ザッパ・バンドのルース・アンダーウッドが想い起こされ、俄然興味が湧き音盤をゲット。ソフトマシーンとかゴングって、聴いてみたい気持ちはあったけど、やはり何かきっかけがないと忘れちゃってるんだよね。
ゴングってバンドは一筋縄ではいかない存在らしく、とりあえず本盤は首謀者デヴィッド・アレンが抜けた後の'76年リリースされたジャズロック期のアルバムだそうだ。一聴、こざっぱりしたザッパって感じ。軽快に捲し立てるドラムとパーカッション、細かい旋律をミニマル風に繰り出すマレット楽器やピアノ。そしてアラン・ホールズワースのギター!後に参加したUKでのプレイよりずっと颯爽とギターを弾きまくり、もうかっこいいのなんの。難解なフレーズをスムーズに(おそらく涼しい顔して)弾く様に脱帽だ。リターン・トゥ・フォーエヴァー期のアル・ディメオラに似た、甘く歪んだトーンは俺の超好みなんだよね~。
全曲インストで、しかもだれることのない引き締まった演奏。これは聴いて大正解!まだまだ、知らず(聴かず)に損してる音楽って山ほどあるんだなあってことだ。
レコードコレクターズ誌にブノア・ムーランというヴィブラフォン/マリンバ奏者のインタビュー記事が載っていて、彼は'70年代にゴングで活躍とありました。ジャズロックでマレット楽器というと当然ザッパ・バンドのルース・アンダーウッドが想い起こされ、俄然興味が湧き音盤をゲット。ソフトマシーンとかゴングって、聴いてみたい気持ちはあったけど、やはり何かきっかけがないと忘れちゃってるんだよね。
ゴングってバンドは一筋縄ではいかない存在らしく、とりあえず本盤は首謀者デヴィッド・アレンが抜けた後の'76年リリースされたジャズロック期のアルバムだそうだ。一聴、こざっぱりしたザッパって感じ。軽快に捲し立てるドラムとパーカッション、細かい旋律をミニマル風に繰り出すマレット楽器やピアノ。そしてアラン・ホールズワースのギター!後に参加したUKでのプレイよりずっと颯爽とギターを弾きまくり、もうかっこいいのなんの。難解なフレーズをスムーズに(おそらく涼しい顔して)弾く様に脱帽だ。リターン・トゥ・フォーエヴァー期のアル・ディメオラに似た、甘く歪んだトーンは俺の超好みなんだよね~。
全曲インストで、しかもだれることのない引き締まった演奏。これは聴いて大正解!まだまだ、知らず(聴かず)に損してる音楽って山ほどあるんだなあってことだ。
- Gazeuse/Gong
- ¥1,059
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山下達郎『Ray Of Hope』
●山下達郎『Ray Of Hope』
達郎の新作がようやくリリースされた。去年9月始め頃、新潟県民会館で達郎のライヴを見たんだけど、その時もうじき出ますからと本人が言ってたCDが、ついに登場した。
そこで達郎の新作を待つ気持ちを俺なりに考えてみた。先ず、そんなに変化はないだろう。確立された達郎サウンドは今回もそのままだろうと。それはすでにTVのドラマなどで耳にしている曲が少なからずあり、それがまさに達郎印の音楽だから新作にも大きな変化はないと思えた。
TVとのタイアップだけど、それは竹内まりやさんも同じで、新作までのインターバルが長いから、その数年の間にTVのドラマ主題歌やCMなどで新曲をちょびちょびと発表してるわけで、ファンは達郎&まりやさんの新曲の感じをなんとなく分かってるわけだ。だから新作CDというのは、半分はここ数年の集大成としてまとめて楽しみ、そして残り半分が新曲への期待となる。
でもすでにTVでお馴染みの曲といっても、ドラマやCMで流れるのとCDでまるごと1曲聴くのでは、その曲の印象も違ってくる。やはりCDできちんと聴くと、その曲の強さが数倍に膨れ上がる。TVで毎週見ていたドラマの主題歌だった「街物語」など、TVで聴く度にもうすこし聴かせろよと、欲求不満を募らせていたものだ。「ずっと一緒さ」にしても「希望という名の光」にしても、フルバージョンで聴きたい欲求を募らせるに十分の、達郎らしいキャッチーな詞とメロディーを持っていた。
3月11日の大震災は、やはりこのアルバムにも少なからず影響を及ぼしていると思える。「俺の空」は力強いファンクロックに乗せて " 俺の空を 誰が売り飛ばした... 俺の空を 返せよ!" と歌われる。また「希望という名の光」のように、震災前に作った曲だけど、その詞の内容が震災後の心情に寄り添い励ましの歌に聞こえ、達郎もそれを思い、アルバムの最初と最後に、曲のコーラス部 " A Ray Of Hope For You..." をアカペラ・コーラスで、まるでレクイエムのように挿入したのじゃないだろうか。
山下達郎のマルチプレイヤーぶりにも触れておこう。彼はこれまでのアルバムでも、ギター、ベース、ピアノはもちろん、打ち込みによるドラムなどによる一人多重録音で完成させた曲が多い。達郎の場合、限られたレコーディング期間にスタジオを押さえてアルバムを完成させるというような、レコード会社からのさしせまった要求が無いようで、だから自分一人でこつこつと自宅スタジオなどで妥協のない録音に打ち込み、ベーシックなトラックを完成させ、それでそのベーシックなものが完成度があまりに高いので、そのままアルバムに入れることができる、そんな事情があるような気がする。
同じような制作過程を持つ竹内まりやのアルバムと、サウンドが似ているのは当然のこと。
そのようにして練り上げられたサウンドは、贅肉はそぎ落とされ、飾りのような音はいっさい無く、ひじょうに強度の高いサウンドになっている。「新しすぎず、古すぎず、時の試練に耐える歌」と達郎&まりやの音楽について、達郎が語ったことがあった。彼は革新的な音楽など目指してはいない。普遍的で力強いポピュラー・ミュージックこそ彼が目指している音楽だと思う。R&Rのフォー・リズム、ギター・ベース・ピアノ・ドラムによるタイトで力強いサウンドに乗ったドリーミーなメロディー、それが山下達郎の音楽だと思うのだが。
あたりまえながら、本作もまた素晴らしいアルバムだった。ロックン・ロールよ永遠なれ。
達郎の新作がようやくリリースされた。去年9月始め頃、新潟県民会館で達郎のライヴを見たんだけど、その時もうじき出ますからと本人が言ってたCDが、ついに登場した。
そこで達郎の新作を待つ気持ちを俺なりに考えてみた。先ず、そんなに変化はないだろう。確立された達郎サウンドは今回もそのままだろうと。それはすでにTVのドラマなどで耳にしている曲が少なからずあり、それがまさに達郎印の音楽だから新作にも大きな変化はないと思えた。
TVとのタイアップだけど、それは竹内まりやさんも同じで、新作までのインターバルが長いから、その数年の間にTVのドラマ主題歌やCMなどで新曲をちょびちょびと発表してるわけで、ファンは達郎&まりやさんの新曲の感じをなんとなく分かってるわけだ。だから新作CDというのは、半分はここ数年の集大成としてまとめて楽しみ、そして残り半分が新曲への期待となる。
でもすでにTVでお馴染みの曲といっても、ドラマやCMで流れるのとCDでまるごと1曲聴くのでは、その曲の印象も違ってくる。やはりCDできちんと聴くと、その曲の強さが数倍に膨れ上がる。TVで毎週見ていたドラマの主題歌だった「街物語」など、TVで聴く度にもうすこし聴かせろよと、欲求不満を募らせていたものだ。「ずっと一緒さ」にしても「希望という名の光」にしても、フルバージョンで聴きたい欲求を募らせるに十分の、達郎らしいキャッチーな詞とメロディーを持っていた。
3月11日の大震災は、やはりこのアルバムにも少なからず影響を及ぼしていると思える。「俺の空」は力強いファンクロックに乗せて " 俺の空を 誰が売り飛ばした... 俺の空を 返せよ!" と歌われる。また「希望という名の光」のように、震災前に作った曲だけど、その詞の内容が震災後の心情に寄り添い励ましの歌に聞こえ、達郎もそれを思い、アルバムの最初と最後に、曲のコーラス部 " A Ray Of Hope For You..." をアカペラ・コーラスで、まるでレクイエムのように挿入したのじゃないだろうか。
山下達郎のマルチプレイヤーぶりにも触れておこう。彼はこれまでのアルバムでも、ギター、ベース、ピアノはもちろん、打ち込みによるドラムなどによる一人多重録音で完成させた曲が多い。達郎の場合、限られたレコーディング期間にスタジオを押さえてアルバムを完成させるというような、レコード会社からのさしせまった要求が無いようで、だから自分一人でこつこつと自宅スタジオなどで妥協のない録音に打ち込み、ベーシックなトラックを完成させ、それでそのベーシックなものが完成度があまりに高いので、そのままアルバムに入れることができる、そんな事情があるような気がする。
同じような制作過程を持つ竹内まりやのアルバムと、サウンドが似ているのは当然のこと。
そのようにして練り上げられたサウンドは、贅肉はそぎ落とされ、飾りのような音はいっさい無く、ひじょうに強度の高いサウンドになっている。「新しすぎず、古すぎず、時の試練に耐える歌」と達郎&まりやの音楽について、達郎が語ったことがあった。彼は革新的な音楽など目指してはいない。普遍的で力強いポピュラー・ミュージックこそ彼が目指している音楽だと思う。R&Rのフォー・リズム、ギター・ベース・ピアノ・ドラムによるタイトで力強いサウンドに乗ったドリーミーなメロディー、それが山下達郎の音楽だと思うのだが。
あたりまえながら、本作もまた素晴らしいアルバムだった。ロックン・ロールよ永遠なれ。
- Ray Of Hope (初回限定盤)/山下達郎
- ¥3,500
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『トッド・ラングレンのスタジオ黄金狂時代』ポール・マイヤーズ著、奥田祐士訳
●『トッド・ラングレンのスタジオ黄金狂時代』ポール・マイヤーズ著、奥田祐士訳
トッド・ラングレンをプロでユーサーとして意識したのは'86年のXTC『スカイラーキング』の時で、それまで大好きだったXTCの新作に違和感を憶えたのを思い出す。だからといってトッドが嫌いになったなんてことはまったくなく、やはりトッド・ラングレンは眩しい存在だ。
トッドを最初に意識したのは、ザ・バンドに夢中だった頃、彼はウッドストックのベアズヴィル・スタジオのエンジニアとしてザ・バンドの『ステージ・フライト』の音をテープに写し取った男だった。また当時愛聴していたグレート・スペクルド・バードやジェシ・ウインチェスターのアルバムでプロデュースやエンジニアをしたのもトッドだった。
トッドはウッドストックで裏方稼業を始める前にナッズというバンドでデビューしていた早熟な青年だった。だからベアズヴィル専属となってプロデュース&エンジニアの仕事をしながら自分のアルバムも作り始める。それが彼の名刺代わりの一発となるソロ・デビュー・アルバム『ラント』('70)。もちろん俺は後追いで聴いたんだけど、それは才気に溢れた素晴らしいアルバムだった。そして'72年には愛すべき名盤『Something/Anything?』をリリース。キラキラ眩しいポップ・センスと才気ばしったロック・センスが溢れ出る二枚組だった。アルバムの3/4はワンマン・レコーディングされ、残りにはリック・デリンジャーやエイモス・ギャレットなどウッドストック~NY派の名うてのセッション・マンが参加している。
あの有名な自室スタジオの写真、モップの柄の先にマイクを取り付け、それに向かってギターをぶら下げたトッドが両手を広げVサインしている後ろ姿。散らかった部屋には録音機器やグランドピアノ、古いシンセなどがある。LP盤『Something/Anything?』、そのWジャケットを開くと飛び込んでくるあの写真には、ほんと憧れたものだ。
その後結成したユートピアでは、プログレ・ポップな音楽を展開し、日本でもライヴをおこなったはず。行けなかったなあ。
そんなロック・アーティスト、トッド・ラングレンの、プロデューサー&エンジニアとしての仕事ぶりに焦点を当てたのが本書なんですね。失礼ながら、たくさんお仕事していらっしゃる(笑)、へぇ~こんなにプロデュースしてたんだね、とびっくり。
そのプロデュースしたアーティスト、ざっとあげると、スパークス、ニューヨーク・ドールズ、グランド・ファンク、ホール&オーツ、ミート・ローフ、パティ・スミス、チープ・トリックなどなど、そしてどれも俺の興味の範囲外だったので印象にない(申し訳ない、トッド様)。やはりトッド本人のアルバムへの関心が一番高いから、どうしても他人のアルバムの章になると読み方も雑になる。すまんすまん。
それで、トッドのプロデュースの特色というと、彼自身が優秀なシンガー&ソングライターであり、ギターを始めとするマルチプレイヤーであり、しかもすでにロック・スターとしての地位を得ている人物である、という前提を承知でプロデュースを依頼されるということだと思う。つまり頼む方にしてみれば、偉い奴にプロデュースされるわけだ(笑)。自分達の曲に、トッドのコーラスが入るはギターは入るはシンセによるいろんな企みがはいるはで、プレイヤーとしてのトッドがけっこう活躍するわけだ。ただしその仕上がりには、トッドが出しゃばった印象は薄い。意外なことに、トッドのプロデュースに、オーバー・プロデュースの感じはないのだ。意外だよね。
まあそんなこんなのトッド・ラングレンのスタジオ黄金狂時代はなかなか面白かった。
トッド・ラングレンをプロでユーサーとして意識したのは'86年のXTC『スカイラーキング』の時で、それまで大好きだったXTCの新作に違和感を憶えたのを思い出す。だからといってトッドが嫌いになったなんてことはまったくなく、やはりトッド・ラングレンは眩しい存在だ。
トッドを最初に意識したのは、ザ・バンドに夢中だった頃、彼はウッドストックのベアズヴィル・スタジオのエンジニアとしてザ・バンドの『ステージ・フライト』の音をテープに写し取った男だった。また当時愛聴していたグレート・スペクルド・バードやジェシ・ウインチェスターのアルバムでプロデュースやエンジニアをしたのもトッドだった。
トッドはウッドストックで裏方稼業を始める前にナッズというバンドでデビューしていた早熟な青年だった。だからベアズヴィル専属となってプロデュース&エンジニアの仕事をしながら自分のアルバムも作り始める。それが彼の名刺代わりの一発となるソロ・デビュー・アルバム『ラント』('70)。もちろん俺は後追いで聴いたんだけど、それは才気に溢れた素晴らしいアルバムだった。そして'72年には愛すべき名盤『Something/Anything?』をリリース。キラキラ眩しいポップ・センスと才気ばしったロック・センスが溢れ出る二枚組だった。アルバムの3/4はワンマン・レコーディングされ、残りにはリック・デリンジャーやエイモス・ギャレットなどウッドストック~NY派の名うてのセッション・マンが参加している。
あの有名な自室スタジオの写真、モップの柄の先にマイクを取り付け、それに向かってギターをぶら下げたトッドが両手を広げVサインしている後ろ姿。散らかった部屋には録音機器やグランドピアノ、古いシンセなどがある。LP盤『Something/Anything?』、そのWジャケットを開くと飛び込んでくるあの写真には、ほんと憧れたものだ。
その後結成したユートピアでは、プログレ・ポップな音楽を展開し、日本でもライヴをおこなったはず。行けなかったなあ。
そんなロック・アーティスト、トッド・ラングレンの、プロデューサー&エンジニアとしての仕事ぶりに焦点を当てたのが本書なんですね。失礼ながら、たくさんお仕事していらっしゃる(笑)、へぇ~こんなにプロデュースしてたんだね、とびっくり。
そのプロデュースしたアーティスト、ざっとあげると、スパークス、ニューヨーク・ドールズ、グランド・ファンク、ホール&オーツ、ミート・ローフ、パティ・スミス、チープ・トリックなどなど、そしてどれも俺の興味の範囲外だったので印象にない(申し訳ない、トッド様)。やはりトッド本人のアルバムへの関心が一番高いから、どうしても他人のアルバムの章になると読み方も雑になる。すまんすまん。
それで、トッドのプロデュースの特色というと、彼自身が優秀なシンガー&ソングライターであり、ギターを始めとするマルチプレイヤーであり、しかもすでにロック・スターとしての地位を得ている人物である、という前提を承知でプロデュースを依頼されるということだと思う。つまり頼む方にしてみれば、偉い奴にプロデュースされるわけだ(笑)。自分達の曲に、トッドのコーラスが入るはギターは入るはシンセによるいろんな企みがはいるはで、プレイヤーとしてのトッドがけっこう活躍するわけだ。ただしその仕上がりには、トッドが出しゃばった印象は薄い。意外なことに、トッドのプロデュースに、オーバー・プロデュースの感じはないのだ。意外だよね。
まあそんなこんなのトッド・ラングレンのスタジオ黄金狂時代はなかなか面白かった。
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佐藤泰志『きみの鳥はうたえる』
●佐藤泰志『きみの鳥はうたえる』
『海炭市叙景』にすこし心打たれたので佐藤泰志をもっと読みたいと思っていたら、どどっと文庫化された。先ずはこれから。
'81年作品「きみの鳥はうたえる」、'79年作品「草の響き」の二編が収められている。「きみの鳥は..」は、ふたりの男とひとりの女、この三人の関 係性の物語。主人公とその恋人佐知子、そして主人公の友人静雄。しだいに佐知子は静雄とつきあうようになる。主人公はそのことを自然にうけとめる。主人公 は三人の関係の中で「空気のような男になれそうな気がした」という。
主人公には名前がない。作者自身が空気のような自分をそこ(主人公)に置いたように。エゴ・執着が希薄な、どこか目的意識が持てない世代(世代ってくく るのはどうかと思うが)。ちょうど俺の世代がシラケ世代と呼ばれたのを思い出した。あの頃のATGの映画によく登場した無気力な若者達。佐藤は俺より7つ 年上だから、60年代後半の安保争乱など社会が沸騰していた時代に青春を過ごしたはずだ。しかしこの小説には、そんな運動のウの字も登場しない。
静かな世界だ。主人公が精神を病み、その治療のため黙々とランニングをしているという「草の響き」にしても、タッタッタッとランニングする規則的な足音が静かに聞こえてくる小説だ。俺はふと、あの騒がしい時代に、空気のような存在として世の中を見つめていた佐藤を思う。
佐藤泰志という作家については、文庫のあとがきなりWEBのウィキペディアを読めば、その病気のこと、そして41歳で亡くなったことはすぐにわかる。だからといって、彼の小説と彼自身のことを結びつけて読みたくはない。作品はニュートラルな気持ちで読みたいと思っている。
『海炭市叙景』にすこし心打たれたので佐藤泰志をもっと読みたいと思っていたら、どどっと文庫化された。先ずはこれから。
'81年作品「きみの鳥はうたえる」、'79年作品「草の響き」の二編が収められている。「きみの鳥は..」は、ふたりの男とひとりの女、この三人の関 係性の物語。主人公とその恋人佐知子、そして主人公の友人静雄。しだいに佐知子は静雄とつきあうようになる。主人公はそのことを自然にうけとめる。主人公 は三人の関係の中で「空気のような男になれそうな気がした」という。
主人公には名前がない。作者自身が空気のような自分をそこ(主人公)に置いたように。エゴ・執着が希薄な、どこか目的意識が持てない世代(世代ってくく るのはどうかと思うが)。ちょうど俺の世代がシラケ世代と呼ばれたのを思い出した。あの頃のATGの映画によく登場した無気力な若者達。佐藤は俺より7つ 年上だから、60年代後半の安保争乱など社会が沸騰していた時代に青春を過ごしたはずだ。しかしこの小説には、そんな運動のウの字も登場しない。
静かな世界だ。主人公が精神を病み、その治療のため黙々とランニングをしているという「草の響き」にしても、タッタッタッとランニングする規則的な足音が静かに聞こえてくる小説だ。俺はふと、あの騒がしい時代に、空気のような存在として世の中を見つめていた佐藤を思う。
佐藤泰志という作家については、文庫のあとがきなりWEBのウィキペディアを読めば、その病気のこと、そして41歳で亡くなったことはすぐにわかる。だからといって、彼の小説と彼自身のことを結びつけて読みたくはない。作品はニュートラルな気持ちで読みたいと思っている。
- きみの鳥はうたえる (河出文庫)/佐藤 泰志
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