皆さま
自分の気持ちを浄化させて
おきましょう。
大きな痛みや悲しみがきっかけに
なることもあります。
詳しくは本文をお読みください。
本日もよろしくお願いします。
【自己紹介】
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「畳職人、和(なごみ)の生き物語」
~⑧自分の気持ちを浄化させる~
前回のお話しはこちらです。
母が入院している病院の診察室で、
医師から和(なごみ)は、一生忘れる
ことのないであろう言葉を聞かされます。
「お母さまは、もう長くはありません」
和は、この診察室で母の担当医師と
いろいろと話したはずでしたが、結局
この言葉しかきちんと覚えていませんでした。
和はガックリと首を折って、うなだれて
いるようでした。
しばらく医師がそんな和の姿を心配そうに、
そして首が上がるのをじっくりと待ってくれたのです。
「母さんがこの世からいなくなってしまう・・・」
診察室から母のいる病室は、
エレベーターですぐですが、
この日は、見舞いに行くことなど
できませんでした。
和にとってはどうしたって無理だったのです。
この日から、本当に不思議でしたが、
実際に母の病状は悪くなっていっている
ようでした。
和は、次の日から毎日お見舞いに
行っていたので、そのことは誰よりも
わかっています。
でも、もうどうしようもなかったのです。
しばらくの月日が経ちました。
和は、畳屋での修行をして、
母が入院する病院に顔を出す、
そんな日々を送っています。
とうとう、母は、自分で言葉を
発する力を失ってしまいました。
母は、ベッドで仰向けになり、天井を
見上げているかのようです。
和が、そこへ顔を覗かせると、少しだけ
母は笑みを浮かべることで歓迎の
返事をします。
母は、何かを思ったのか、何かを
和に伝えようとしていました。
和は、それに気が付き、もう話すことが
できない母に備え付けのホワイトボードと
ペンを渡します。
母は、ゆっくりと首を傾けて、
ペンでホワイトボードに病人とは
思えないほどしっかりとした文字を
書いていきました。
そこには、
「畳職人の仕事はじゅんちょう?」
と書かれています。
和はそれを見ただけで、なんだか
目頭が熱くなるのを感じていました。
そして、本当はまだ修行中の身で、
他の同時期に入社した人たちより
遅れを取っていること、そのことを
言うことはできませんでした。
「順調だよ」
和は、それだけをできるだけ
スムーズに言いました。
「よかった。安心」
母は、次にそう書きます。
和がホワイトボードを見ると、
自分の涙で文字がぼやけていました。
「そんな心配しなくても大丈夫だから」
和は、今度はできるだけ力強く
母に語り掛けます。
母は、この日はとても和と話したい
気分だったようです。
次にホワイトボードに書いたのは、
「和、小さい頃、寂しい思いをさせてゴメンね」
和はこの文字を見た途端、どこかに
隠れていた何か重たい何かが、急に
湧きあがってくる感覚がしました。
「全然大丈夫だよ。母さん、謝らないでよ」
見ると、いつも淡々としていて涙など
見せたことのない母も、涙を流している
ようでした。
和もそのことに気が付き、これが、今
起きている現実なんだと、なぜだか
そんな風に実感したのです。
「あー、これは夢なんかじゃないんだ」
次に、母がホワイトボードを消して、
書いたものは、とても長いものでした。
「お母さんは、あなたのこと愛していたのよ。それだけは信じてね」
和は、これを読んで、正確には認識して、
母の前だけど大きく大きく泣きました。
きっと、和が心の底から求めていた言葉だったのです。
だから、和も母に、いえ、自分に心を
開くことができました。
和は、母を見て涙でかすれて見える母に、
「本当は母さんに甘えたかった。きっとただそれだけだったんだ」
そう言いました。
母も大きく泣いていました。
それだけ見ると、まだまだ元気な
気さえします。
母は細くなった腕を上げて、和を
自分のそばに呼び寄せました。
和は、素直に従うのです。
母は、苦労を窺い知れる手で
和の頭を3度ほど優しく撫でてくれました。
和はうれしくてうれしくて、ただうれしくて、
子どもに戻ったような表情を浮かべます。
この瞬間が、ずっと続けばいいのにと
和は本気で思っていました。
母もそう思っていたかもしれません。
でも、そんな瞬間は長くは続きませんでした。
「僕は、母さんの子どもに生まれてきて本当によかった」
和は、最後に心の底から、そう母に伝えました。
和の母が亡くなったのは、その日から
3日後のことでした。
【続く】
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執筆依頼なども承っております。
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この物語を読んで何か一つでも
感じていただけたら嬉しく思います。
世の中が今よりも幸せな場所になっていきますよう
想いを乗せて書いています。
皆さまよろしくお願いいたします。