皆さま、今日も私のブログに来て頂き、感謝致します。

 

 

未来から今につなげる終活アドバイザー千亜季です。

 

 

終活と云う未来に備える事で、今の大切さを知り、今を生きる。をお伝えしたく書いています。

 

 

 

本日、娘の小学校のお祭りでした。

 

 

小学校版学園祭のようなものです。

 

 

私は、仕事の関係上、土曜日はなかなか学校イベントのお手伝いが出来ないでいましたが、今回はスケジュールを調整して参加してみました。

 

 

担当はカレー!

 

 

配膳のご飯を担当しましたが、小学校の給食当番を思い出し、とっても楽しかったです。

 

 

娘は「かぁかがカレーにいるから、絶対に行く!50杯食べる!」と張り切って朝出掛けていきました。

 

 

それなのに、実際に買いに来て選んだのは一番少ないお皿。

 

 

あれっ?他の物を沢山食べてお腹がいっぱいになっちゃったんだね。

 

 

一緒に来るはずのおともだちもお腹がいっぱいで買いに来なかったなか、一人でも来てくれて、少ないお皿をとった娘が愛おしく思えました。

 

 

5,6年生になるとみんな随分大人っぽくなります。

 

 

娘もそんな時期が近くなり・・・

 

 

その時はその時で素敵な成長の発見があるのでしょうが、今のあどけない健気な時期を目いっぱい満喫しておこうと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもお世話になっているリーダーのHさんと高校生のお嬢さんとお友達。

 

 

お手伝いの人数が不足していたようで、ヘルプに来てくれました。

 

 

一緒に配膳をしましたが、テキパキと頼もしい!

 

 

高校生がこれだけテキパキしてくれて、何だかとっても嬉しくなりました。

(高校生に指示出しされながら配っていました。(笑))

 

 

 

子供を育てるにおいて、学校とこの様に関われる時期は少ないと思います。

 

 

その中で、素晴らしい先生に出会えたり、お母さんたちと知り合えたり、そこから繋がる縁や情報を頂けて。

 

 

確かに、毎日毎日忙しく過ぎていきますが、少し心の配分を変えてみてこんなに充実できました。

 

 

この時期も親として幸せですね!

 

 

皆さま、最後までお読み頂き、ありがとうございました。

 

 

 

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終活と云う未来に備える事で、今の大切さを知り、今を生きる。をお伝えしたく書いています。

 

 

 

 

もし、今、自分のかけがえのない人が病で苦しんでいたり、命の残された時間を知り恐怖と向き合っているとしたら何ができるでしょうか。

 

 

もし、今、自分の大切な人が難病を発病して混乱していたら何ができるでしょうか。

 

 

もし、今、自分の家族が認知症の始まりを自覚できずに分からなくなっていく不安に支配されてしまっていたら何ができるでしょうか。

 

 

私は何もできないと思いました。

 

 

ただ、そっと傍にいるだけ。

 

 

もしかしたら、それすら拒まれるかもしれません。

 

 

そしたら、遠くからいつも見ていると思います。

 

 

でも、もし、それも避けられたのなら・・・

 

 

そしたら、心に存在を置いて、ずっと想うことでしょう。

 

 

そして、相手の恐怖や怒りや混乱から少し心の位置が変わり落ち着いたら。

 

 

本当の自分の想いを伝えたい、沢山のありがとうを言いたいです。

 

 

いつも伝える事だったかもしれないけど、日常では色々な事に流されてなかなか言えなかったこと。

 

 

そして・・・

 

 

相手の心の奥にある気持ちを言わせてあげたい。

 

 

恥ずかしがりの人は、感謝をうまく言えないかもしれません。

 

 

ある人は、迷惑になるからと本当の事を言わないかもしれない。

 

 

そして、ある人は人生においてのちょっぴりの後悔、いや大きな後悔もあるかもしれない。

 

 

そこに、もし自分が関わっていたとしたら、「もう大丈夫です。心はクリアになっているよ」と許していることを伝えたいです。

 

 

日常を目まぐるしく過ごしていると、忙しいながらも幸せで、それがずっと続くと思ってしまいます。

 

 

しかし、変化は来るのです。

 

 

もし、この様な時に向き合う時がきたら、ふっとでも思い出してもられたら嬉しいです。

 

 

自分の想いを伝え、心を開く。大きく開く。

 

 

かけがえのない人は心の奥の声を聞かせてくれると思うのです。

 

 

皆さま、最後までお読み頂き、ありがとうございました。

 

 

 

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今朝、庭を見たらサボテンの花が咲いていました。

 

 

きれいで珍しいのでしばらく眺めて・・・

 

 

何となくわくわくした朝のスタートです。

 

 

 

 

 

突然ですが、皆さまはご自分の法定相続人が誰で何人か知っていますか?

 

 

子供が居る際は配偶者に二分の一。子供に二分の一。

 

 

この子供の二分の一を子供の人数で分けるのですが、人生の歩み方により、今の夫婦に出来た子だけではない事もありますよね。

 

 

以前に結婚した時に出来た子や、婚姻関係がなくできた子とか。

 

 

この子たちを非嫡出子と云いますが、昔は遺産分配は非嫡出子は嫡出子(現在婚姻関係にある夫婦の子)の

半分でしたが、現在は平等と定められています。

 

 

ですから、その時はその様に配分されるのですが、その遺産が分けようのない物だった時が問題になると思うのです。

 

 

例えば土地、家、権利など。

 

 

ですから、出来る時に優先順位が低い不動産や、会員権などを分けられる現金に換えておくような方法も良いと思います。

 

 

今、その家に家族が住んでいたら売る事は出来ませんよね。

 

 

その為に、保険を活用する事も方法の一つです。

 

 

その様にお金が準備出来ていれば、揉め事も少なくなるのでは。

 

 

この問題は、何も非嫡出子だけの問題ではなく、相続人の間でも云える事だと思います。

 

 

しかし、私がなぜ非嫡出子の事を例にして書いたかというと、離婚が珍しくなくなってきている今、これからこの様に非嫡出子との問題も多くなるのではないかと思い書きました。

 

 

人生は人それぞれなので、良いとか良くないとかではないと思います。

 

 

でも、人生はゲームの様に「やっぱり、や~めた!」などとリセットできないのです。

 

 

命がそこに出来たら、その存在は一生の責任なのです。

 

 

そう云う私も、若い頃は無知で勢いだけで生きてきたように思います。

 

 

しかし、今、親になり感じている事や、終活を通して様々な方のお話を伺うことで、やはり人生は「今」の積み重ねなのだと深く実感しています。

 

 

皆さま、最後までお読み頂き、ありがとうございました。

 

 

 

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10月6日に娘と「静岡県障がい者芸術祭」に行ってきました。

 

 

テレビでダウン症の書家金澤翔子さんのパフォーマンスが行われる事を知り、絶対に行きたい!と即申し込み。

 

 

以前、建仁寺に納められている「風神雷神」の書をメディアで紹介されていた時に、(なんて素晴らしいのでしょう!)と心を動かされました。

 

 

いつの日か、実際の書を見てみたいと願っていた事です。

 

 

張り切ってだいぶ早めに家を出ましたが、途中原因不明の渋滞に巻き込まれノロノロ運転・・・

 

 

時間が大幅に遅れ「もうだめだ!もう絶対に見られない!!」と八つ当たりする所も無く、捨て腐れモードに入っている私の機嫌を娘に一生懸命にとられながらも何とか到着。

 

 

願いは叶うものですね!

 

 

会場に入った瞬間に翔子さんが「今から書きます。」と言ったところでした。

 

 

私たち親子は息も乱れたまま席に座り、じっと観覧させて頂きました。

 

 

そして書き上がった書がこちら「共に生きる」

 

 

 

 

 

 

私、この書を見た時に、これか!と心で大きく叫びました。

 

 

終活アドバイザーの私は何が出来るのだろう。

 

 

そこを通して、介護や障がいの方々と関わり、どんな役に立つことが出来るのかと考えていましたが、実際「役に立つ」と云う表現が心の中でしっくりきていなかった自分がいました。

 

 

いつも心の片隅に小石がころって残るような突っかえているような・・・

 

 

確かに役に立ちたいのは事実ですが、私そんなに何か持っているかなぁ~って・・・

 

 

持っている人が役に立てる訳ではない事は分かっているつもりですが、そう思っちゃっていました。

 

 

ですから、「共に生きる」を見た時に、(そうそう、私、関われる人と共に生きていきたいんだ!共に成長し、影響しあっていきたいんだ!)と、すこーんと何かが抜けて行きました。

 

 

思っていた事が言葉になったというか。

 

 

 

だから私、娘と来たかったのは「障がいを持っていても、こんなことが出来てすごいね~」とか「障がいを持っていてもチャレンジをする事って素晴らしいよね~」とか「障がいを持っている人には親切にしようね」とかそれだけではなくて、私たちもその人たちから多くの影響を受けています。だから、同じ社会で生きているという事。支え合い、それぞれの役割があるという事を感じてもらいたいからだったんだ。と自分の気持ちも明確なものになりました。

 

 

「R-1ぐらんぷり」で優勝した盲目の芸人濱田祐太郎さんが毒舌漫談(本当にぎりぎりな話が多く、他はOKなのにこの人だけは録音禁止になる理由がよーく分かります。でも本当に面白かった)の終わりに

 

 

「健常者の方は、障がい者に対して、これは言ったらあかんとか親切にしてあげないとあかんとか気を遣っていると思いますが、実は障がい者も健常者の方には相当気を遣っています。健常者の方から受けているだけではない事を知ってもらいたいなぁ~って思っています。」と飄々と毒舌ついでの様に言っていましたが、私はこの言葉が強く心に残りましたし、せいせい言われて何だか嬉しくなりなした。不思議な感じです。

 

 

これは、障がいを持たれた方だけではなく、病気を持たれた方、上手く学校や社会に対応できなくなった方、人間関係に悩む方、自己の価値を探している方・・・諸々を模索されている方。

 

 

みんな同じ社会で生きていると私は思いますし、実感しました。

 

 

「共に生きる」・・・想いが言葉になりすっきりしました。

 

 

が、動けば新しい気付きも多いでしょうね、きっと。

 

 

皆さま、最後までお読み頂き、ありがとうございました。

 

 

 

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昨日の母と私の会話(父は認知症で施設にお世話になっています。)

 

私 「ねぇ、今日お父さんの所行く?」

 

母 「今日は行けない。お友達に頼まれた用事があるから。なんで?」

 

私 「いや、今日、お母さんが行くなら一緒に行こうかなぁって思って。」

 

母 「でも、あんた一人で行ってくればいいじゃない。」

 

私 「う~ん、でも私が一人で行くとお父さん知らない人が来たって混乱するから。お母さんが一緒なら安心するみたいだけど、この前一人で行ったら警戒してたみたい。不安にさせたら可哀想じゃん。」

 

母 「・・・あんた、そこまで見事に忘れられちゃって寂しくないの?」

 

 

まぁ、母の言う事は分かります。

 

 

父の症状がどんどん進んで、まず私から忘れて行きました。

 

 

これは本当かは分かりませんが、忘れたい事から忘れて行くと聞いたことがあります。

 

 

その時は(あぁ~、やっぱりね!私、親の言う事きかないで随分心配させちゃった・・・もう、心配するのいやなんだろうなぁ~。)と妙に納得したっけ。

 

 

それからも、急に怒って怒鳴ったり、飲んでいた味噌汁をかけようとしたり、睨み付けたりして私に対する態度は、今まで温厚だった父とはまるで別人の様で、それを見て母は嘆き悲しんだけど、私はびっくりするだけで、別に悲しいと感じませんでした。

 

 

なぜなら、父は変わってしまったけど、ちゃんと目の前にいるし生きています。触れば温かいし動いています。

 

 

それより、さぁ、これからこれだけ分からなくなった父をどうしよう、父や家族にとって良い環境はどんなんだろうという事で頭がいっぱいでした。

 

 

いよいよお世話になる施設が決まり、明日は父を預けるという日の夜は、今晩が父と同じ家で眠るのは最後なんだと思うとなかなか眠れませんでしたし、父の口から私の名前を呼ばれることもないんだと考えると、急に寂しくて、寂しくて寂しくて仕方なかった事を思い出します。

 

 

ですから、母の「寂しくないの?」の問いには返事はしませんでしたが、「寂しいよ。」が私の答えです。

 

 

でも、父が私を分からなくても、私は父が分かりますし、やりたい事も沢山あります。

 

 

私はそこに留まっていないのです。

 

 

認知症になった父に対しても親子の関係は進行形!

 

 

してあげられる事は以前と変わったけれど想いは何ら変わりません。

 

 

むしろ、認知症になったことで、沢山の無言の問いかけをしてくれるような気がします。

 

 

この年になって、まだ父からの影響を受けています。

 

 

父親の存在があります。

 

 

ですから、その課題や気付きをスルーしてしまわない様に寂しがってはいられないのかもしれません・・・

わたし!

 

 

皆さま、最後までお読み頂き、ありがとうございました。

 

 

 

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