皆さま、今日も私のブログに来て頂き、感謝致します。

 

 

未来から今につなげる終活アドバイザー千亜季です。

 

 

終活と云う未来に備える事で、今の大切さを知り今を生きる。をお伝えしたく書いています。

 

 

 

 

 

昨日は娘の小学校の学習発表会がありました。

 

 

各学年テーマを決めて、その決まったテーマの中で各クラス各班で調べた事をお店形式で披露します。

 

 

今日は、そこでの娘を通して感じた事を綴りたいと思います。

 

 

娘の学年のテーマは世界の国でした。

 

 

班はその国の有名な人とその人にまつわるエピソードを、ペープサート(紙人形)を作りクイズ式に披露するとの事。

 

 

娘は数か月前から、一生懸命にペープサートを作り、有名人(例えば、ベートーヴェンとかバッハとかサンタクロースとかトランプなど)の事を調べていました。

 

 

私は、何をしているのだろう?と思っていましたが、この為だったようです。

 

 

そして、練習を重ね、いよいよ明日が本番という前の日、班の一人の男の子と喧嘩をしました。

 

 

その日に、泣いて帰ってきた娘。

話を聞くと、最後の練習の時に、その男の子が余りにもふざけていたので、娘のナレーションと合わず、焦りから「ちゃんとやって!」って言ったら、男の子が「おれが悪いのかよ!」とかなりの口論になったようです。

 

 

娘の言い分は「二年生も観に来るし、先生が3年生はさすが!って思ってもらえる様な物を披露して下さい。って先生が言ってたし、りりもそうしたいって思ったし、力を合わせて、みんなにすごいって言われる班にしたいし、頑張りたいのに…頑張って作ってきたのに・・・結局、練習ではだれにも観てもらえなかった・・・一人にもだよ!あんなじゃだれもすごいって言わない。だから明日はかぁかも観に来なくていいよ・・・」

 

 

娘の言っている意味は分かります。

自信も失くしたようです。

 

 

しかし、本当に娘の言っているだけのことかなぁ・・・と思っていると、担任の先生から娘を気遣う連絡がありました。

 

 

聞くと、大体娘の言う通りでした。

 

 

が・・・

 

 

その男の子は、その子なりに考えて、少しおどけても、面白く伝えたい。という思いがあった様です。

 

 

娘は、しっかりと有名な人の事を発表して、知る楽しさを伝えたい。

 

 

いずれにしても、両方とも観に来てくれる人を喜ばせたいという思いは同じだと感じました。

 

 

しかし、真面目にぴっちりやりたい娘はには「ふざけている」としか見えなく・・・

 

 

でも、こう云う事ってあっていいと思います。

自分の良しとしていることが、それだけではなく、しかもそれが通らない。

どうしたらいいのか分からない。

でも、やらなくてはならない。

 

 

でも、これって子供の世界だけではありません。

大人になっても同じ事ってありますよね。

 

 

すっかり、やる気のない娘に「りりの言いたい事はわかるよ。かぁかもりりだったら同じ気持ちになっちゃうかもしれない。でもね、その子はただふざけているのかなぁ?それに、その子がちゃんとやってくれるかくれないかで、りりが心配して自分のやる気が無くなっちゃうってどう?お客さんは、男の子がふざけているから女の子もやる気が無くなっちゃったんだね。なんて思ってくれるかな?楽しんでくれるかな?」とだけ言った私。

 

 

娘は考えていました。

 

 

当日は、明るく出かけて行き。

 

 

そして、初めはのりのりだった男の子の暴走を横目に、思い通りにならない歯がゆさの中、一生君命に進行している娘。

 

 

娘の理想とは違ったと思いますが、みんな立派に披露できていましたよ。

 

 

お客さんも沢山来てくれて、全部で7回行ったそうです。

 

 

でも、最後は男の子たちは飽きちゃって娘のオンステージでしたが・・・(笑)

 

 

 

 

 

出来るだけの事はしたと納得したようです。

 

 

今回の事は娘の事ととして観たので、目的は同じでも、それぞれの思いと表現の仕方が違う事に気付きましたが、私は自分の時はどうだろう?

 

 

正直、娘の泣いている顔を見るのは親として辛く胸がぎゅっとなりますし、言い分を通したくなる親のエゴが猛烈に働いてしまう私ですが、こういう面白くない事も親としてあっていいのだと思いました。

 

 

だって、自分の見ている角度からだけではないのですものね、物事って!

 

 

娘に言いながら、自分の心も全く同じ位置に居て、自分に言い聞かせている私に気付き笑ってしまいました。

 

 

皆さま、最後までお読み頂き、ありがとうございました。

 

 

 

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最近は、子供が海外に留学をしているという話も珍しくなくなりました。

 

 

そして、海外の生活が馴染み、仕事に就いたり、結婚をする人も多いと思います。

 

 

私のお世話になった人は娘が二人とも海外の人と結婚しました。

 

 

その様な事も驚かれなくなった時代。

 

 

さて、そこで、もし親が亡くなって相続手続きをする時はどうしたらいいでしょうか。

 

 

その際、相続人全員で財産の分け方の話をしますが、話がまとまった後に「財産分割協議書」を作ります。

 

 

そして、それに相続人全員が署名をして実印を押します。

 

 

そこには印鑑証明書の添付も必要です。

 

 

しかし、海外で生活されている方は印鑑証明を添付する事ができません。

 

 

海外には印鑑登録と云う制度はありませんものね。

 

 

そこで、海外に住んでいる相続人は印鑑証明書にかわる「サイン証明」が必要になりますが、それを貰いに領事館や大使館に行かなくてはならないし、そこでの諸々の手続きがあります。

 

 

その他にも、遺産分割協議書を作る前の段階で、故人や相続人の戸籍、住民票を取得する必要がありますが、個人情報保護法の関係で、たとえ身内であっても海外に居る相続人に関する書類を取る事はできないのです。

 

 

では、どうしましょう・・・

 

 

それにはやはり公正証書遺言を作成しておくことが望ましいです。

 

 

サイン証明がなくても相続手続きができるような公正証書遺言を残しておくといいですね。

 

 

これは、相続人が海外にいる場合だけではなく、国内でも遠方に住んでいる家族の負担を軽減できる方法かもしれません。

 

 

皆さま、最後までお読み頂き、ありがとうございました。

 

 

 

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先日、友人にこんな事を聞かれました。

 

 

「ねぇ、お墓って絶対に夫婦一緒じゃないとだめなの?」

 

 

私は「なんで?もし、そうだよ!って言ったらどうする?」と茶化したら

 

 

「いやいや、本当に嫌なの。一緒のお墓に入るのが。」

真顔です。

 

 

私は「・・・」

初めの笑いはどこかに行ってしまいました。

 

 

この記事を読んでくださっている御主人様、申し訳ございません・・・

でも、多いんです。この質問!

 

 

私も聞かれた事は一回や二回ではありません。

 

 

いや、方法はありますよ。

 

 

お墓に入らない供養、例えば散骨、個人集合墓、実家のお墓に入る・・・色々あります。

 

 

でも、実際はどうでしょう。

 

 

お墓に入らないにしても、夫婦で同じ供養を選ぶのではなく、ご自分だけの方法を選ぶには周りの理解が相当必要だと思うのです。

 

 

私の周りにも嫁ぎ先ではなく、実家のお墓に納められた方もいますが、誰もが認める事情があり、それが最善の策としてそうなりました。

 

 

また、親しい友人は、長年の結婚生活を終わりにして、自分の道を歩き始めました。

彼女曰く「このままでいて、○○家のお墓に入るのは嫌だと思ったんだ。」

 

 

きっと、長い間色々と考えた結果の答えだと思います。

 

 

だからと言って「そんなに夫婦一緒のお墓がいやなら、この人くらい覚悟を決めてみたらどうですか。」とは言いませんよ。

 

 

しかし、実際はそれほどの事だと思うのです。

 

 

遺言書にその旨を書いて、家族にも伝えておくといいです。

と聞いた事もありますが、私個人としては、財産の事はそうかもしれませんが、お墓の事や供養の事は少し違うと考えます。

 

 

財産に関しては揉めない様にその様な方法を取る事は思いやりだとおもいますが、お墓に関しては自分の考えを要求する事だと感じるのです。

 

 

例えば、エンディングノートに綴り、遺言書を作り、それが実際の効力があったとしても託された人はどうしたらよいでしょうか・・・

 

 

「私はお墓に納めないで○○供養にしてください。」などと書かれても、「はい、わかりました。」とはいかないと思うのです。

 

 

例え、生前に伝えられていても伝えられた方も複雑だと思うのです。

 

 

今回、真顔で聞かれたこの質問。

 

 

私は方法だけを伝えたくなく、かと言って「そんなことは言わないで、出来るだけご主人と寄り添う方向を考えましょう。」などとは言えません。夫婦にしかわからない事があるので。

 

 

さぁ、困った!私・・・

 

 

「方法はありますよ。でも、今は取りあえず、あるってことだけで。ノートにも書かないで一緒にゆっくり考えて行こうよ。だめ?答えになってない?」と私が言うと、表情を緩ませた彼女。

 

 

私の心を察してくれたのでしょうね。

 

 

彼女の想いは受け止めました。

 

 

受け止める事で、これから相談された時に添っていく事が出来ると思うのです。

 

 

それは、その通りにすると云う事ではありませんが、一番良い選択をして頂きたいので。

 

 

人はそれぞれです。

 

 

夫婦や親子でも「こんな事を考えていたのか。」と驚いてしまう事があるかもしれない。

 

 

これは私毎でもあります。

 

 

居てくれる、やってくれる事が当たり前にならない様に改めて思いました。

 

 

(今日の記事は友人から許可を得て書かせて頂きました。)

 

 

皆さま、最後までお読み頂き、ありがとうございました。

 

 

 

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私が、先日読ませて頂いて「そうだよね~」と思わず声に出てしまった程納得した記事です。

 

 

アレックス聡美さん。

 

 

海外の男性との結婚願望がある訳ではありませんが、私はこの方の記事を毎日楽しみにしています。

 

 

理由は婚活を通して、人としての大切さを伝えてくれている様に感じるからです。

 

 

特に女性として、たしなみや考え方、賢い行いなど・・・

 

 

聡美さんのお仕事上、海外の男性との結婚を望む女性へのメッセージが多いのですが、私はいつも(これは、決して男性に対してだけではなくて全ての人に通ずることではないかなぁ)と思っています。

 

 

素敵な人は、男性からだけではなくて、同性からも子供からもお年を召した方からももてます。

 

 

そこへ、女性としてのエレガントさと可愛らしさと芯の強さが加わったら最強ですよね!

 

 

私は、そこの根底は「人を思いやること。その人の存在が心にある。」ということだと考えています。

 

 

その思想がその人の雰囲気になり、人となりになるのではないでしょうか。

 

 

私は終活をお伝えしていますが、「今の大切さを知り今を生きる。」をコンセプトにしています。

 

 

「今を生きる」とは今の環境や取り巻いてくれている人たち、出来事に有り難さを感じ、自分も大切にして、尚且つ進む事や理想に向かって積み重ねる事だと思っています。

 

 

聡美さんの記事の中に

「あなたが理想とする人が選びたいと思う女性になって下さい。」とありますだが、正にその通り!

 

 

理想の男性にだけでは無く、素敵な人と関わりたければ、自分を磨かなければ機会はありませんよね。

 

 

それに、会えたとしても居心地が悪ければ、心も関係も広がって行きませんもの。

 

 

ですから、私にとって人生を豊かにする重ねの方法として、「婚活」と「終活」は延長線上にあるのです。

 

 

忙しい日常を過ごしていると、相当かけ離れた所に行ってしまう時もありますが・・・

 

 

「おっとっと・・・」と戻ってきて、苦笑いしながらも進み直すことも良しにしています。

 

 

私の「終活街道」をどう歩むのか、自分でもとっても楽しみなんです。

 

 

沢山学びます!

 

 

皆さま、最後までお読み頂き、ありがとうございました。

 

 

 

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昨日の朝、ふっと点けたテレビ番組で、この様な事をやっていました。

 

 

ある男性(Aさんとします)当時71歳は体調が芳しくなく病院で検査を受けたところ病気が見つかりました。

 

 

後日、家族も呼ばれ、余命宣告を受けたそうです。

「来年のお正月は120%迎えられないでしょう・・・」

 

 

その時点で残された時間は11か月。

 

 

そこでAさんは当時の設計事務所をたたみ、お世話になった方にお礼参りをして、財産は整理してホスピスに入ったそうです。

 

 

その時は、「死」を覚悟しての日々だったと。

 

 

しかし、覚悟とは反対にだんだん回復に向かい、余命宣告された予定の頃には退院できるほど。

 

 

それから5年生きています。

 

 

そこでAさんはこう言っていました。

「皆さん、良かったですね。と言ってくれるが実際は複雑な気持ちです。

会社はたたんでしまったから当時の収入はなく年金暮らし。医療費はかさむし・・・

今考えると、あの診断は間違いだったのではないかなぁ~って思うんです。

病院は認めませんが、私としては、もしそうだったとしたら謝ってくれたらいいんです。

気持ちも治まるんです・・・」

 

 

う~~ん。

気持ちは分かります。

 

 

でも、でも、でも・・・

何故、セカンドオピニオンをつけなかったのですか!と私は言いたいんです。

 

 

しかも、家族も一緒に聞いていて不思議で仕方ありませんでした。

 

 

もしかしたら、みんなで気が動転して一つの考えの方向に行っちゃったのかな。

 

 

テレビを観ながら大きな独り言を言っていた私。

 

 

それを聞いていた母は「でも、実際はお医者の先生に悪くてそんな事言えないよ。」

 

 

確かに母の年代の方はそう感じるかもしれませんね。

 

 

でも、今やセカンドオピニオンは当たり前の事だと考えます。

 

 

お医者さんだって神様ではないし、絶対はないのです。

 

 

今回は余命宣告をされた事ですが、逆もありしです。

 

 

もし、「大丈夫ですよ!」と言われたも、自分の身体が何かおかしい・・・と感じたら、セカンドオピニオン、サードオピニオン(これ以上つけると病気探しになってしまいますが)をつけるべきなのです。

 

 

今回のAさんの件を見て、私個人としてはAさんの宣告を受けてからの身の振り方は素晴らしいものだったと思います。

 

 

奥様はいらっしゃらない様で、子供たちに迷惑にならない様に。

仕事関係、個人的にお世話になった人に感謝を告げ。

財産もきれいの整理し。

 

 

しかし、その前に、「本当に自分はその病気なのだろうか?もしそうだとしても他に治療法はないのか?」を考えて貰いたかった。

 

 

本人が混乱して考えられないのなら、せめて家族や近くにいる人がその選択肢を留めてほしいと思うのです。

 

 

内容のタイトルは「余命宣告トラブル」とあり、最近多いようですが、これは病院や医者だけの問題ではなく、患者側も意識することかもしれません。

 

 

上手くは言えませんが・・・

もし、自分や自分の大切な人が命の宣告をされたとしたら、往生際悪く、もっとじたばたしてもいいのではないかと思います。

 

 

なんか上手く言えませんが・・・本当にそう思うのです。

 

 

皆さま、最後までお読み頂き、ありがとうございました。

 

 

 

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