「育児書にない!&しゃかりき!」〜元塾講師&ASD母子&不登校勉強対策用のブログ -22ページ目

「育児書にない!&しゃかりき!」〜元塾講師&ASD母子&不登校勉強対策用のブログ

ASD当事者で、子供もASDです。元社会科塾講師です。
不登校の娘への授業記録、歴史の勉強で自分たちが勉強しやすいように情報整理した内容、ASDなりに勉強して生き抜いていきたいこと、についても語ります。

2025年春に、塾講師ブログ「しゃかりき!」と合併しました。

みなさま、昨日もありがとうございました。


今日はあまり長く文章を書けない状態ですので、娘のイラストをアップ。

各教科によって、特徴があるよ、
それについて現在、
記事やマンガで描くつもりだよ、
という話をしたら、
それを擬しゅる化したデザインを娘が
描いてくれました。
「デザインは私がするから、
お母さんは、はやくネームを!」
も言われました。

ちなみに、算数しゅるつるの
頭の数字が3なのは、
さんすう、と、3、を合わせているから
だそうです。爆笑

ネーム、という言葉をすでに
知ってる娘。


娘は私が
同じ部屋にいないと落ち着かないので、
まあ、いつも目の前で原稿を
つくってるから、
いやでも覚えてしまうよね…。



とりあえず、春休みを乗りきらなければ!
みなさま、昨日もありがとうございました。

娘は春休みが始まりました。

最近は「名探偵コナン」のブームが
娘の中で再燃しているので、
コナンのアニメ、映画を
見直しまくってます。

小1のときは、
ただただ安室さんがかっこいい!
とか
犯人は誰かを当てられたらうれしい!
と見ていた娘でしたが、

漢字や理科や社会の知識が増えたのと、
年齢的に理解できる部分も多くなったので、

トリックやそこで描かれる知識も
見るのが楽しくなったそうです。


ご長寿の作品は、
自分がいろんな体験をしたり
成長したあとで見直すと、

前は気がつかなかったことに
気がついたり、
わからなかったことがわかったりして、
作品の面白さ、だけでなく、
自分を深く知るにもいいな、
と思います。


大人になってから
子供が見るから、と言って、
ドラえもんの映画を見直すと、
「海底鬼岩城」はなんて怖いテーマなんだ!
とか
「鉄人兵団」の伝えたいメッセージの
重さと残酷さが
わかったりしました。
子供の頃は、
とにかく悪をやっつけて!と
ドラえもんたちを応援したり、
が精一杯だった記憶があります。

「ジョジョの奇妙な冒険」も
自分が中学?高校の頃、
第4部が少年ジャンプに連載中で、
そのときは、仗助くんは怖いなー、
と思ってましたが、
大人になって、娘とアニメで
第4部を見たら、
歴代ジョジョの中で、仗助くんが
一番かわいいじゃん!
と思えたり。
ジョルノのほうが、優しそうな顔して
怖いことしてるー!と
大人になってから思いました。
承太郎さんはいつでも怖いです、
そして、かっこいいです!


漫画やアニメって、
子供の頃見てたので
子供じみたもの、と思って
バカにするママさんもいますが、
大人になってから新たに見直すと

新たな発見があって面白い!

と思います。




昨日は更新できず失礼いたしました。


今日もじっくりは無理なのですが、
2日続けて書かないのも、と
思いまして、少しですが記事を
書きたいと思います。




こちらのブログでも連載している
「そこそこファンタジー」の
第一巻を同人誌&電子書籍として
出すべく、ちまちま作業をしています。

写真は、私がその本の表紙を描いていたら
娘が色塗りしたい、と言い出したので
線画のものをコピーして渡したもの。

だいぶ、綺麗に塗れるようになりました。

綺麗に塗れること、それだけでなく、
ぬり絵をやっと楽しめるようになったのが
嬉しいです。


実は娘はお絵描きや色塗りは
好きなのに、
市販のぬり絵はできませんでした。

既成のキャラものだと、
アニメ内の色と同一でないと
気持ち悪くてしょうがないそうです。

また、すべての色を覚えてないので
不安になるそうです。

色見本まで
ぬり絵にはついてませんものね。

なので、毎回、私が調べて、でしたが、

微妙な色のものってありますよね。
色えんぴつの色より濃い水色とかの
髪の毛のキャラクターとか。
ピンクだと、まあ、濃いピンクから薄いピンクまで色とりどりだし、
中には黄色や黄緑が微量に混じっているピンクまであるので。


娘はそれが気持ち悪くてしょうがなくて。

頭ではわかってるんです。

だいたいで良いと。

でも、ASDの0か100思考というか、
あいまいを嫌う性質が関係してなのか、

ぬり絵は娘には楽しめるものでは
ありませんでした。

さらに、幼稚園の先生の
彩色の偏見で、
本来の色と違う色に塗ることで
責められる恐怖感が未だに残ってて、

ぬり絵は恐怖の象徴でもありました。

今回は
私の絵なので、
私がこの色!と言ったもので塗ればオッケーだし、
たとえ他の人に色がおかしいとバカにされても

「いや、公式(私)がオッケーと言ったから
大丈夫!」

と安心できるから、
ぬり絵も楽しめるそうです。


市販のぬり絵も楽しめるようになると
良いかなぁ、とも思いますが、
それも本人が望んだら、でいいかな?と。
定型発達の子と足並みそろえる必要は
ないかな?と最近は思います。


発達障害の子は発達障害に合った楽しみかたで
良いかなぁと。
みなさま、昨日もありがとうございます。

この前の日曜日は、娘が
しゅるつるぬいぐるみの服を
作りたい!というので、
一緒に作りました。

ただ、針とか使わず、
結ぶだけの形。

なので、だかだか、なんですが、
まあ、かわいい感じになりました。





娘は楽しくやっていたのでいいかな?と
思います。


一年前までは
完璧主義で、少しでも市販品と違うだけで
パニックをおこして癇癪おこしてました。


最近は、
自分の力でやって楽しめば良い!
となってきたので、助かってます。

横で私は原稿を描きながら
娘は基本的に自分だけで遊ぶように
なったので。


たぶん、こういうこと、
定型発達の子だと、
3歳くらいでもできるみたいですね。

公園や、室内の遊び場に行ってたときは

私は娘につきっきりじゃないと
娘がパニックに陥ってしまうのに、
娘より小さい子が、
一人で砂場で遊んでいるときに
その子の親はスマホをいじってても
子供は気にしない状況とか、

子供同士で遊ばしておいて
ママさんたちでお話ししたりしている状況とか
よく見かけたので。


育児書を読むと、
歩き始めたころから
一人で遊んで、時々、ママのところに行く、
という形ができる、
と書いてあったので。



でも、やっと、一人で遊んでくれるように
なりました!

やったーーー!


完璧主義を抜け出すことができたのは
義実家に一年以上行かなくなり、
頭がリセットできたのが大きいです。

うーん、義実家、悪い人じゃないのだけど

「否定」か「価値観のおしつけ」しか
しないので、

言葉通り受け取ってしまう、
0か100思考のASDの娘には

キツいみたいです。

完璧にしないと自分の領地に
あの人が乗り込んできそう、

という恐怖感でいっぱいになってしまう。


今は、完璧にしなくても認めてくれる人しか
周りにいなくて、
さらに、失敗は漫画のネタ!
みたいになってきてるので

失敗も怖くなくなってきたみたいです。


このまま、こういう状態が
続いてくれたらいいなぁ、と
思います。

みなさま、昨日もありがとうございます。

今回は、ASDの娘の話です。

最近の娘は、ゆっくりすぎてテスト時間に解答しきれないことも減り、勉強関係で、
抜群!とは言えないけれど、とりわけ、
困ることは減りました。

しかし、久しぶりに、
娘が癇癪をおこしました。





その癇癪をおこした単元が
算数の「そろばん」です。

多くの方が「は?そ、そろばんで?」と
思われるかもしれません。

別に
「そろばんの使い方がわからないこと」で
癇癪おこしたわけではありません。

癇癪をおこしたのは

「なぜ、この時点で、そろばんを
習うのか?」

という、「そろばんの立ち位置」が
わからないため、パニックがおこった
からです。



ふだんは、知識欲のほうがまさるので、
履修単元の習う意図は気にならない娘。
でも、なぜ、今回だけ?
というのは、
「そろばんの利点を聞いて、
今までの自分の頑張りを
すべて否定されたような気がした」
という怒りが根本にありました。

要は、今までの履修内容は
すべて「足し算の教育」「積み重ねの知識」
なんです。
習ったことに、さらに新しいことを習って、
それを積み重ねて、色々とできるようになる、
という感じ。

例えば、ひらがな、カタカナを習ったあとで漢字を習っても、それは最終的に、どちらも使います。
数字を習ってから計算を習う、のも同じ。






でも、そろばんは?




そろばんを習うとき、多くの人は
こういうことを言います。


「そろばんを使えるようになると、
はやく計算ができるようになるよ!」


と。

それに対して、娘は憤慨したのです。


「今までは、筆算がはやく計算できる方法
として習った!暗算もしろ!と言う。
筆算と、そろばん、どちらが、結局、
よりはやく計算できるのか?
それを示されないと、筆算を使った方が
楽だと思う自分は馬鹿だと
そろばんを推奨する人は
思っているのか?」

という気持ちになるのです。
まあ被害妄想に近いですが…。


これに対して、
「そういう風に考えるからダメなんだよ」
「これだから、発達障害児は!」
と馬鹿にする人もいるでしょう。


たしかに、
「そろばん、も、筆算も、どちらも
使いこなせればいいじゃない!」と。


でも、私は、娘の考え方、
好きなんですよ。

いやー、実に教えがいがある生徒だ!と。


だって、
「習った→解けた→やったー!」と
いうだけの価値観だと、
「いや、私が教えなくてもいいよな。」
「解けるだけで終わりってつまんなくない?」
と思っちゃう。


だけど、
「この履修内容は、なんのために
習うんですか?」
とガチで考えるってことは
「教えた内容に真摯に向かい合っている」
という証拠だから。


勉強したくなくて
「何のために習うかわからないから、
自分は勉強しない!」という
よくある、意義ばかり聞いて逃げる
偽善的なパターン
ではなくて、
「習った内容をより理解して、
自分の中に内在化したいから
何のために習うか?を知りたい」
というパターンだから好きなのです。


だいたいは、前者が多いので、

「なんのために、これを勉強するんですか?」

と聞くと、

「やる気がない」
「そんなこと考えているから
勉強できないんだわ!」
と怒る人が多い。


娘には、下記のように話しました。

「そろばん、という道具があったことを
紹介して、一度、使ってみましょう!」
というのが、教科書としての目的。

でも、そういう感じだと、
みんな、まじめに授業にとりくまない。

だから、一般的には
「勉強するメリットを提示する」という
やり方で説明した方が
食いつきが良い。


多くの人は
目的よりメリット、で
動くから。


そのメリットが他の方法と重複していても
それは気にならない。
目の前のもののメリットしか考えない。




でも、君は、
メリットの重複に気がついてしまう。

それでイライラしたんだよ。


私自身は筆算のほうが
計算方法として
効率的で速い計算ができると思う。

だって、アラビア数字って、すごい!


例えば、漢数字だと、
一、十、百、
と書いても、一と十の関連性が
一目でわからない。

でも、アラビア数字だと
1
10
100

と、1と0の組み合わせだけで、
一目で関係性がわかるんだよ!


さらに、アラビア数字は
1、2、3、4、5、6、7、8、9、0

というたった10個の数字を
位置で配置するだけの構成+小数点で
数字無限につくることが可能なの。

だから、あらゆる計算ができるし、
分数や他の数の表し方(平方根など)も
他の数字よりも容易。



でも、そろばんを使う時代には
日本にはアラビア数字はなかった。
漢数字だった。

漢数字で、足し算をするとき、
習った筆算は使わないでやる、となると
大変でしょ?
でも、そのとき、そろばん、を使うと
計算しやすい。

だから、
「そろばんは計算をはやくする道具」
と言う人がいる。



それに、私たちは習い始めは
使いこなすのに苦労するから

使いなれた筆算のほうが
はやく計算できると思うだけで、


そろばんを使いこなせたら
筆算とそろばんのどちらが速いか?
は、どうなるかわかんない。

でも、私は、小学生のときに
そろばんは右でやれ!
みんな、フツーは右でやるんだから!
と強制&矯正されたから、

そろばんは使うことはないけどね。
(…というか、因数分解して、いつも、
かけ算メインで計算してるし。)




という主旨の話をしました。



ただ、学校では
今は、左利きの人は左でそろばんを
使っても良いそうです。

また、昔は、そろばん教室が
たくさんあって、クラスの半数以上が
そろばんを習ってたので
「そろばん万能説」はあったし、
学校で習うときは
大半がそろばんを使いこなせてたので
そろばんを使えなかった、しかも、
右強制だったから、
 私には地獄でした。


「そろばんを使える子は算数、数学が
得意になる!」
とさんざん同級生にマウントとられました。
でも、算数はともかく、数学に関しては
そろばんを使えなくても、中学では
計算で困ることはなかったので、
別に、そろばん使えなくても
計算はともかく、数学は不得意になるわけじゃないんじゃね?と思ってます。

そろばんは計算には大変有効だと思うけど
それで図形や関数の問題まで解けるように
なるような、夢の機械ではないです。




でも、今は、そろばんを習っている子は
少ないので、
私のときのように
右利きそろばん最強神話はないだけ楽じゃね?

とは思ったりも。
まあ、でも、前と比べて楽だから、と
言われて娘がそろばんを好きになるわけじゃ
ないですし。



学校の先生は、比較的、
そろばんに関しては
私のときよりは消極的な授業を
されているので、娘は、
イライラしながらも
なんとか学校には行ってくれました。

そろばんに関して、娘が激怒したのは
学校の先生でなく、
ある大人の発言から、です。


そろばん、習っている人を
否定しているわけではないです。









みなさま、昨日もありがとうございます。

娘がまた、学校が辛い、と
言い出しました。


ただ、今回、学校が辛い、というのは

いじめられた、とか、はばにされた、
とかそういうものではありません。


他の人の会話を聞きたいわけじゃ
ないのに聞こえてきて、
その内容にイライラして辛い、

ということらしいです。


イライラした内容を聞いたら


花粉症の症状が出ている子に
「おまえ、また、花粉症になったのか!」
「また、花粉症にかかって、身体弱いな。」
「俺に花粉症をうつすなよ!」
という内容を
言っている子が一定数いるそうです。

そのとき、花粉症の子が
「花粉症は風邪じゃないよ!」
と言っても、
わからないみたい。


本当にわからないのでなく
「わかろうとしない」
という雰囲気なのが嫌みたいです。

わからない、理解できない、
ならしょうがないです。

でも、「理解する気がない」雰囲気が
プンプンするようです。

娘が怒って言うには
「花粉症のことを、感染症のように
言う子は、新型コロナの対策で
やれ!と言われている、
手洗いや消毒もしず、
マスクもわざとはずしたりするの。

どうして、そういう風で
平気なのか?がわからなくて
イライラするんだ。」

と。


たしかに、私も同じような理由で
集団生活では
よくイライラしてました。

花粉症という、具体的な事例でなく、

「よく知りもしないで、
そして、知ろうとしないのに、
それについて
被害者ぶって話さないで!」

というイライラ。


花粉症のようなアレルギーは
感染症ではありません。
一言でいえば、
本人の身体の免疫細胞の過剰反応、
です。

ウイルス、細菌などの病原体でないのに、
病原体だと勘違いして攻撃しまくって、
それにより、ヒスタミンが大量に
出てしまい、
痒み、や、くしゃみ、鼻水が出るんです。


なので、ウイルスや細菌という
異物が身体の中に入って
増殖して病気になる感染症では
ありません。


感染症も、
手洗いや消毒、うがいをしっかりし、
睡眠、栄養をとり、
ストレス過多にならないようにすれば
かかりにくいです。
でも、万が一、感染症にかかったとしても、
それは、誰の責任でもありません。


なのに、
「花粉症を俺にうつかすな!」
という言葉は、
花粉症の当事者に対して
とても失礼です。
無知で傷つける行為です。

発達障害も感染症?栄養失調?
みたいに思っている人もいますし、
薬で治る、と思っている人もいます。


集団生活をすると、
どうしても、「無知であるのが正義」の人が
力が強かったり、
「多数派でない人は傷つけてもかまわない」風潮があるときがあります。

なので、少数派の娘にとっては
集団生活はイライラすることの
連続だと思います。
でも、昔は、そのイライラの原因が
わからなくて、
不安感でご飯が食べられなく
なったり、
癇癪をおこしまくってた娘が、

きちんと言語で
自分がイライラする原因を
きちんと説明できるように
なっただけでも、

娘の未来は
どんどん明るい世界に
なっていく、
と思えるのは嬉しいです。


集団生活は嫌だよ!
発達障害だし、IQも平均値じゃないんだから。

でも、集団生活は必要不可欠だから
自分の心に折り合いをつけて
いくのを身に付けるのは大切だと
思います。

少しでも、娘が将来、
自分に合った集団に出会えるといいな、
と思います。





みなさま、昨日もありがとうございました。



以前の記事で、同級生の声が気になって
辛いASDの娘の話をしました。



なんとか一週間くらい、
先生の声以外の話し声は
脳に言葉として情報を入れないように
する努力をしたら、
気にならなくなったそうです。



花粉症のほうも
アイボン使って、
何日か学校帰ってから
目洗いしたら

かゆみはなくなったそうです。

そうしたら、とんでもなく
元気になって、しかも、明るくなりました。


今のところは、発達障害ゆえの
娘個人の同級生への
不安感などは時々ありますが、

娘はいじめにもあわず、
まあなんとか学校生活は楽しく送れて
いるようです。

ただ、なんとなく、最近、
不穏な感じもあり、警戒中です。


娘自身ではなく、他の生徒さんで
上靴を隠された、とか、
泣いている子をクスクス
笑うような声が聞こえてきたり
するそうです。




娘があるとき、

クスッ!

と笑うようになったのです。

別に、クスッ!のあとに大笑い、
という感じのクスッ!なら
構わないんです。

笑いを堪えきれなくて、だったりするので。

漫画的には、ぐふっ!のほうが
ふさわしいクスッ!ですが。


問題は、その、クスッ!
がいつでるか?
なのです。



私がピアノ教室の練習で
見本で弾き方を見せたとき、
うっかり音を間違えてしまったり、

失敗するときにだけ、
そのクスッ!が出るんです。


娘は、それまで、そういう風に
笑わないタイプでした。

わっはっは!
とか
ニマニマ、
とか、そういう感じ。


失敗したときも、あまりにすごい失敗だと
笑っていけないけど思わず笑ってしまい、
ゲラゲラ笑う子でした。



なぜ、人が失敗をしたときだけ
クスッ!と笑うようになったか?

と考えると、

たぶん、学校で他の子が
しているんだろうなぁ、と。


娘自身が笑われている、というより、

クラスの人気者とか、
イケてる子が、

誰かが失敗したとき

クスッ!

と笑うんだろうなぁ、と。

他人の失敗がわかる、というのは
ある意味、認識力が高くなったから、
とは言えますが、それが、
人を馬鹿にするという方向に
なる子もいるので。


そういう風な笑い方をする子は
同年代で大人に見えます。

なので娘も真似したのでしょう。


でも、私は、それは不快です。


少なくとも、人の失敗を笑うのは
大嫌いです。


アニメや漫画でも

人が失敗するのを笑いのメインにするものは
私は苦手で、あまり見ることができません。

例えば、
こけて笑われる、
授業で問題を解けなくて笑われる、
など。


今では、そういうアニメは
少なくなりましたが、
今では、
そういうのがメインな話か、
そういうのがまったくない話か、
の両極端に分かれているので

見たくないものは見ないでも
なんとかなるようにはなりましたが。

娘には、
そういう笑いはやめなさい、と
話しました。


「少なくとも、失敗したとき
小馬鹿にしたように、クスッと
笑われるのは、私は不快だ。

人によっては、他人の失敗を笑うことでしか
会話を成立できない人はいる。(私の父親が
そうでした。)
笑いを共有することで、仲間意識を
強めるグループはいる、

また、
クスッ!と笑った人が、
その集団の中のトップに
たちやすい。
誰だって、クスッと笑われるのは
嫌だから、クスッと笑う人に
笑われないように、多くの人は
動くようになるから。

そして、小学生だと、
ちょっと大人びた笑いをする子に
憧れを抱きやすいから。


でもね、ナポちゃん(娘)が
仲良くなりたいタイプは、
失敗したとき
クスッと笑う子からは
離れていくよ。


失敗をしてもなんでも、
自分が正しいと思うこと、
好きなことをを
やりとげる人が
ナポちゃんは好きなんでしょ?

そして、ナポちゃん自身が
失敗をしないようにして
これまでどれだけ辛かった?

失敗をしてもいいんだ、
失敗をしてもお母さんは馬鹿にしないと
安心できたから、
色んなことに挑戦できるようになって
できることも増えてきたのに。」

と。(意訳です。本来はもう少し
子供向けに、時間をかけて
話してます)

そうしたら、娘は
「クセになっちゃったから
気を付けていても
出ちゃうかも。」
と心配するので


「クセを直そうとしているときに
思わず出たクセ、つまり失敗
については
そのたびに指摘はするかも
しれないけど、
馬鹿にしたり怒ったりしない。

がんばっている人がおかした
失敗を馬鹿にしない、
それが私のプライドだから。」

と話しました。

二週間くらい、かかりましたが
なんとか、失敗クスッ!と笑いは
なくなりました。


クラスの人気者の真似をすれば
人気者になれる、と思いがちですが、
それは違うから。

発達障害の子は、少数派なので
周りに理解されず
いじめられやすいです。

だから娘がいじめられないようにするのも
大切なのですが

娘がいじめの加害者にもならないように
しなきゃいけないんだな、

と思いました。

定型発達、発達障害、
どちらも、いじめる人はいじめる。

いじめるか?の違いは
障害の有無ではなく、

「自分の問題を他人の問題にすりかえる」

という性格の問題なので。

要は、自分の失敗を認めたくないから
相手が悪いと言ったりするのも、そう。



「他人の失敗を笑わない」
「自分が失敗をしてもそこに目をそらさない」
「失敗を悪いもの、愚鈍なことと思わない」

というのが
いじめをしないための
一つの大切な考えなのかもしれません。

自分の問題は自分の問題として処理すること。

ムカムカしているから他人を傷つける、
は、しがちですが、
やはりしないようにする努力は
大切だと思います。


たぶん、これから3年間が一番
いじめがおこりやすい時期なので
警戒しなきゃ、と。

クスッ!だけならいじめにはならないけど、
それが特定の相手に頻繁に行われ、
それをされた相手が傷ついていてたら
いじめになると思います。



いじめの問題は
すごく難しいです。



明日は水曜日なので、
能楽部の思い出シリーズを
アップ予定です。
よろしくお願いいたします。


みなさま、昨日もありがとうございました。

そろそろ3学期も終わりに
近づいてきましたね。

分団の班長さん、副班長さんが
誰になるか?
という話が出てくる時期です。
娘はまだ高学年ではないので
関係ない話ですが、

私の小学生時代に
分団の班長さんのことについて
苦い思い出があります。


私が新五年生になるとき、
分団内で新六年生になる子が
いませんでした。

なので、そのとき、
新5年生になるのは
私とAさんの2人で、


五年生でAさんがやって、
次年度の六年生のときは私がやる、
という風に決まりました。

それがよくあるパターンでした。

しかし、新六年生になるとき、
突然先生が
「来年もAさんが班長で良いんじゃないかな?
」と言い出しました。


私は、いじめ真っ最中。


分団のときの担当の先生は
私のクラスの担任の先生とは
違いましたが、
どうやら、クラス担任から
そういう風に言うように
伝えられた様子でした。


別にAさん自体が悪い人じゃなかったし、
特別、私は班長をやりたいわけじゃなかった。

分団の担当の先生も
なるべく私を傷つけないように、
と気を配った言い方でした。


なので、その先生の立場もあるし
困らせてはいけないので、
その先生の要望を
二つ返事で承諾しました。

たぶん、その先生、若かったから、
年配のあの先生(私の担任)には
逆らえないもんね…。

その先生はホッとした様子。

ただ、その先生も
結局、生徒より自分の立場をとったんだなぁ、
という静かな落胆はありました。

でも、当時、
同級生にも先生にもいじめられた私に
発言権はないのがわかってたし、
もう、すべてがどうでもよい、
という気分でした。

発達障害であること
IQ120近くあること、
それが当時わかってたら
もう少し、うまく立ち回れてたかな?
とは今は思いますが、
当時はアスペルガー症候群という
認定さえ、学会で
生まれたばっかの頃ですからね。

いかんせん、無理な話ですわ。


高校からは、やるつもりなかったのに
なんか部長ばっか受け持つことになるわ、
他にもくじ引きだと毎回、長になってる私。

長になると、その役目をこなそうと
必死になるので、
長をやりたがる人とか
目立ちたい人と思われがちなんですが、
うーん、どうなんだろう。

目立ちたがりではないのですが
承認欲求は強い方だと思うし
リーダーの仕事は楽しいです。



学校の先生は
私をリーダーとしてふさわしくないと
切り捨てることばかりしてきたけど、
そういう子がリーダーシップとれることも
あるので、
学校の先生の未来を見る力って
どれくらいなんだろう?
とふと思います。




みなさま、昨日もありがとうございました。

能楽部の思い出シリーズは、
毎週水曜日更新予定です♪
よろしくお願いします。



最近は花粉飛散量も増えてきましたね。

私は花粉症ではないのですが
娘は花粉症なので、毎日辛いみたいです。



花粉症については
自分が花粉症ではないので
自分が何が実際に辛いのか?は
想像しかできないので、
娘にしっかり聞いて対策をたてたい、
と思います。


「花粉症くらいwww」とか
「そんな程度で辛い辛い、言ってる子は
将来困るよ」
みたいなことは言いたくないです。


ただ、
どこまでは我慢し、
どこまでは我慢しなくていいか?
の境界線が実体験していないと
アドバイスしずらいので、
とにかく、今は、
娘に色々聞いたり、
自分が黄砂アレルギーのときにした
対策をしたいと思います。


生理痛も辛い人には辛いのに、
生理痛が軽い女性が重い女性に対して
「甘い!わがまま!」
と言うことを言う人もいると
聞きます。

発達障害に対しても。

発達障害で悩んでても
「そんなこと言ったら誰もが
発達障害www」とバカにされたり
「誰だって辛いときはある」とか
とんちんかんなこと言われるのも
嫌だったし、
発達障害だからすべてが不幸、みたいに
同情されるのも嫌でした。




元気なこと、丈夫なことは
良いことだと思いますが

そうでない人に対しては
自分基準で対応すると
相手を傷つけてしまうことも
あるなぁ、
と。


「徒然草」でも似たようなこと
言ってた気がします。


娘、花粉症で辛いと思うけど
不幸ではないので、
とにかく春を乗りきることを前提に
がんばりたいなぁ、と
思います。





みなさま、昨日もありがとうございました。

昨日の記事でお話ししたように
能楽部についての思い出をシリーズとして
書きたいと思います。

ただ、こちらのブログは
育児ブログなので、
能楽部についての思い出シリーズは
最後は育児に繋がるのですが
途中までは私個人の生き方のお話なので
毎日連続更新でなく、毎週水曜日更新、
にしようかな?と思ってます。
あとは、勉強とか発達障害育児や
漫画アップなど。

 



ではでは、お話ししまーす。


(私が能楽部に入って、
初めて本格的に
描いた絵で
サブパンフレットの
表紙絵にもなりました)

私は以前、漫画でもお話ししたこと
あるのですが、
何がなんでも入りたい大学があり
学部はあまり考えず入学しました。

ただ、高校のとき、面白いなぁと
思った中に、
現代文の疑古文や古文、漢文が
面白いとは感じてたので
文学部受験もし、そこに合格できました。


大学入学時の私の趣味らしい趣味はなく、
ただ今から考えると、
受験勉強か趣味だったんですよね。
今でも、すべての趣味のなかで
受験勉強のための資料つくり、が
一番楽しいので。


ただ、大学入学時にそんな風に
わかるはずもなく、
自分には趣味らしい趣味がない、
というのに気がついたのです。


それまでは暇さえあれば
勉強し、
それ以外は、
昼寝したり、
猫と遊んだり、
漫画読んだり
アメリカドラマを見たり
してたくらいです。

今でもそれは大好きですが
当時は、
勉強の合間の気分転換でやっていたもので
漫画やアメリカドラマを見るのを目的で
見てたわけではありません。

猫は別です。
生活の一部ですね。

そういう自分だったので
大学入学し、同じ新入生の多くが

「私のように勉強だけしまくって、
なんとか合格した感じだったのに
趣味も嗜んで、その大学に合格してる」

というのにカルチャーショックでした。


こういう風に書くと

「自分が必死こいて合格したのに
他の子は楽々と合格したので
自分がバカなんじゃないか?」
という意味で私が落ち込んでる
と思われるかもしれません。


いや、そうではないんです。

努力してギリギリで入れる大学に
合格したかった私は

別にそれで劣等感は感じませんでした。

自分の場合、短時間で努力の過集中で
予想以上に成長できた、というのを
何度も経験しているので、


楽々と合格できる人は
元々の学力スペックが高い人、

それに比べ

私は努力のスペックが高い人

と思ってたので。

何よりも努力が好きな私だし
「努力できるのも才能」だよ、と
母に言われ続けたので
そのあたりの自己肯定感は高かったのです。



私がコンプレックスというか
焦りを感じたのは
「趣味があること」
だったのです。



小学校のいじめのとき、
散々、漫画好きをバカにされ
「賢くて素敵な女性とは
好きなものはお洒落と流行を追うこと。
そして、愛され女子になること!」
といじめという名の洗脳をされたため、

自分が何かを好きなことには
負い目を感じ、
相手に合わせないと殺されるような
不安感が常につきまとってました。

中学、高校のときは
勉強さえできたら誰もバカにしないし
私の私生活に文句を言わないし、
勉強は一人でできるものだったので
勉強さえしてたら、
会いたくない他人とは
交流しなくても良いという
免罪符もありました。

しかし、大学に入ってみると
「私はこれが好き!趣味はこれ!」
と、堂々と楽しそうに言う人が
たくさんいました。


私はそれにびっくりしました。



高校までに「漫画やイラストを描くこと」が
好きな自分はいけないと思ってて、
またそれを公言すると
最終的にいじめられたり
バカにされるのでは?という
怖さがあり、それは大学に入っても
続いていました。


なので、大学入学後に
趣味を探そう!
と思ったとき、
頭の奥底では
「漫画やイラストを描きたい」
という欲求があったにも関わらず

「漫画、イラスト描き」を
やろうという発想にいたりません
でした。



それで、いわゆる趣味の定番?の

音楽を聞く、とか、ショッピングや
食べること、
人気の歴史(三国志や日本の戦国時代や幕末)に
ハマろうとしても、

なんかしっくりこないんですよね。

三国志や戦国時代、幕末、
今でも嫌いでないし
好きな人がどうして好きか?は
わかるんですが
自分の中でいまいち萌えない。
夫が三国志や戦国時代が好きなので
楽しさはわかるんですが、
たぶん、戦争ベースな様々な人間ドラマ、
というのが私には無理みたいです。

ナポレオン戦争はナポレオンメインで
話が続くのと、常に、
フランス革命を認めない国々
vs
フランス革命精神の国をつくろうとする
フランス

という構図が続く形なのが
私には頭に入りやすいみたいです。


このように、
とにかく趣味を探そうとしてたんです、私。



また、入学当時に出来た友達とは
どうも話が合わないし、
大学を辞めてしまった子もいて、
なかなか気の合う友達ができないのも
悩みでした。


友達がいなきゃいなくて平気な私ですが
さすがに大学生活をずっと一人で過ごすのは
さびしいなぁ、とも思いました。

趣味もない、仲の良い友達もいない、だと
余暇がキツい。

それで
趣味探し&友達づくり

のためには
部活に入ろう!

と決めたのです。


それで、話はあまり合わなかった友達と
一緒にいくつかのサークルをまわりました。

その友達は、日本的なものの部活に
入りたかったそうなので、
一緒に
合気道部や剣道部、柔道部などを
まわりました。


私は小学校のバスケ部のトラウマで
体育会系は入りたくなかったので
友達のおつきあいで来たものの
入る気はありませんでした。




その友達とまわった中に
能楽部、があったのです。



能楽は、室町時代に観阿弥、世阿弥が大成した舞台芸能、というのは歴史の教科書で
知ってはいましたが、それ以上の知識は
ありませんでした。
イメージも、なんかお面(正しくは能面、もしくは、面(おもて))をつけた(正しくはかけた)人が
着物を着て踊る(正しくは装束をつけて舞う)
というイメージしかなかったです。



私は特に入るつもりはありませんでした。


ただ、見学に行ったとき、
もう入部している新入生がいて、
すごく幸せそうに練習している子がいて
印象的でした。

あの子が
あんなに楽しそうにしているから
能楽というのは面白いものなのか?


と感じました。


ただ、そのときは入部する気は
なく、結局そのまま。
大学は高校までと違って、
いつ入部しても基本的に良いので。


それよりも、当時は、将来学校の先生に
なる気だったので、
予備校のバイトのほうを一生懸命
やってました。


業務内容そのものは別に大きな不満は
なかったのですが、
問題は、男性。


大学生なので、まあ、彼氏をつくりたい!
彼女をつくたい!
と思う人がたくさんいるわけです。

さらに、「女の子ならー…」という
女性に幻想を抱いて
そうでない女性を見下す男性も
いたので、それも嫌でした。
女性も男性に愛されるには
どうすればいいのか?を
メインで行動する人も多くいました。

漫画を本当にバカにしてる人も多数。


でも一番嫌だったのは

モテるイケメンの、ある男性が
わざと自分を好きであろう女性を
困らせたいのか、なんなのか、
新人の私に妙に好意的な態度をとること、
でした。

私はそれが嫌でしょうがなかったんです。

そのイケメンさんのことが
好きな先輩女性からは
睨み付けられるし。

私はイケメンさんは怖いし苦手。

いや、別に顔はいいんですが、
なんというか、心に闇がないとダメで、
基本的に一人行動する、
闇を抱えながらも
正義を貫いていく人が
安心できます。

でも、気軽に女性に声をかけると
いうことは、少なくとも
私の好きな闇を持っているわけ
ないんですよね。

そのイケメンさんも、別に私が
好きなわけでなく、

大人しそうな女の子をいい気にさせて
女性同士の嫉妬を見るのが楽しいだけ
なのでしょうし。

かもかもカモーン、なんでしょう。

仮に純粋に私が好きでアプローチをしていた
としても、周りの人に嫉妬されるような
恋愛を私はしたくありませんでした。


私の中では、誰も入り込みたいと
思わない恋愛関係でないと
怖くてしょうがなかったのです。

(なので、夫とは相性が良いのかな?と。
胡散臭い旦那、大好き!)

…というか、当時は恋愛したくなかった
ですねー。

もう結婚して娘が生まれた今は
死ぬまで恋愛しなくていいなんて
すごく幸せです!


嫉妬でいじめられ、嫉妬でいろいろと
裏切られた私は、わざわざ嫉妬をされる
ようなことをしたくありません。

せめて嫉妬されるなら、
自分がしたいことを
して嫉妬されたい。
勉強とか音楽とか
一人でできること。
恋愛とか一人じゃできん遊びは
興味ありません。
今から考えると
バリバリASDですね、私。



バイトはとにかく、
陽キャ、勝ち組、リア充が正義な恋愛脳、
ハイテンションな人が多くて
やりたい仕事ではあったけれど
なんとなく居心地が悪かったです。



そういうときに、
部活の方を考えたとき、

恋愛関係がなさそうな部活に入りたいな


と思ったのです。

他大学の能楽部は男性部員も
多かったのですが
私の大学の能楽部は
圧倒的に女性が多い印象だったので
少なくとも大学内での
恋愛のゴタゴタは少なかろう、と
バイトで辛くなった私は
能楽部に入りたくなりました。
(他大学との交流もあるので
そこで恋愛はできます。
あくまで、女性だらけの部活なので
男性優位にならなさそう、と
いう意味です)


真面目で大人しそうな方が多く
居心地が良さそうな雰囲気。

しかも人数が少ないので
顔を覚えるのが苦手な私も
なんとかなるし。



それで能楽部に入ったのですが、
うーん、いかんせん、
能楽の何が良いのか?
当時はまったくわからず。
(当時は、ですよ。)



見学のときに楽しそうにしてた新入生は
中学?小学校?のころから
日本の古典文学や日本史が好きな子で
だからこそ、能楽部の活動をするのが
楽しかったんだ、と
入部してから気がつきました。

私と彼女は全く違ってたのです。



新入生は私を含め、4人。
6月の発表会、そして、
夏休みの発表会の
練習。

キツかった。

しかも、自分は左利きのために
よけいに大変なことが
判明したのです。


それで夏休みの発表会が終わったら
退部を申し出ようと思ったのです。

その入部から退部申し出第一回
について詳しいことをまた
来週の水曜日の記事で
アップしたいと思います。