「育児書にない!&しゃかりき!」〜元塾講師&ASD母子&不登校勉強対策用のブログ -23ページ目

「育児書にない!&しゃかりき!」〜元塾講師&ASD母子&不登校勉強対策用のブログ

ASD当事者で、子供もASDです。元社会科塾講師です。
不登校の娘への授業記録、歴史の勉強で自分たちが勉強しやすいように情報整理した内容、ASDなりに勉強して生き抜いていきたいこと、についても語ります。

2025年春に、塾講師ブログ「しゃかりき!」と合併しました。

みなさま、昨日もありがとうございました。

昨日はお雛様を飾りました!





イラストは2018年に描いたイラスト。
雛人形を飾っているシーン♪
段があれ?と思うのは、飾るときに
キャラたちが間違えたのかな?というもの。

お雛様を飾る前は暗い気持ちになりますが
飾られたお雛様を見ると
やはりお雛様は華やかで良いです。
好きなんですよね、平安時代や宮廷の装束。
あと、私は牛車が大好きなので、
娘のお雛様を買うとき、
牛車のミニチュアがついているものを
買いたい!と決めていて買ったぐらいです。


娘のものは小さいお雛様なので、
お内裏さま、お雛様、三人官女のみ
なのですが、
昔は、8段飾りや10段飾りのお宅も
多くて、そうなると、
五人囃子をどう配置するか?
どの人形に何の楽器(囃子)を
持たせていいか、悩むことも。

私もよくわからなくて、
とくに、大鼓、小鼓の見分けがつかず
苦労しました。


それが大学で能楽部に入って
実際のリアルお囃子を知ることで
お雛様の五人囃子を飾るとき、
苦労しなくなりました。

大学時代は新入生勧誘の際には
「能楽部に入るとお雛様を飾るのを
楽になるよー」
というお誘い言葉もよくしていました。

しかし、今は、三段が主流、
一段のみ、というものも多いです。

なので、
五人囃子って何?

みたいになるみたいです。


娘もそうみたいで、
お雛様について説明しました。

お絵かきの関連で
娘は十二単は知ってので
「私、気がついたんだけど、
お雛様が着ているのって
十二単だよね!」
と言ってくれたとは
うれしかったです。
 


そして、このコロナ禍で
能楽部は
数年後には廃部の危機だったり
廃部に追い込まれたところもある、
と噂で聞きました。


私は今まで、
あまり能楽部について語ることは
ありませんでした。
語るとしても、良い部分や
宣伝めいたことのみ。

でも、なんか、もうそろそろ
すごく正直な気持ちを話しても
いいかな?と感じてきたのです。


私、実は能楽が大嫌いでした。

でも、それは大学四年生の夏までの話。

よくそれで能楽部をやめなかったな!
と思われると思いますが

実は何度もやめようと試みたんです。
でもそのたびに、タイミングが悪くて
のびのび…。

一応、大学3年のとき部の責任者に
うっかり就任してしまったため
辞められず、
ズルズルと4年生まで過ごしました。

しかし、夏休みに、自分があることを
したことをきっかけに、
能楽が「大嫌いから好き!」にかわりました。

それで卒業後にもちょくちょく
部活に顔出すことをするようになり、
そのことがきっかけで
今の夫に出会います。

実家の猫のみーたんも。
私が能楽部に入ってなければ
出会えなかった方が
保護されたみーたんが
私を通じて実家に来たのです。

今でも続いている親友も、能楽部で
仲良くなった親友です。


私が社会の塾講師で
史学部出身でもないのに、
一定層の生徒さんには
歴史についてわかりやすく教えられる、
というのは、
能楽を体験した経験があるからです。


そして、
小学校のいじめの冤罪盗作事件をきっかけに
絵を描けなくなった私が
絵を描けるようになったのは、
そして、
漫画を描くようになったのは
能楽部のメンバーにすすめられたからです。

その結果、卒業後に
北陸や関東、関西の大学の
能楽部さんに、
私の能楽部のイラストをHPや冊子に
使って頂けたこともありました。

冊子まるごと私のイラストを使って
能楽解説をつくってくれた
大学の能楽部さんもいらっしゃって、
とてもうれしかったです。

あのときはありがとうございました。




元社会科塾講師の
発達障害の娘のママの
同人作家
という私を作り出したのは
能楽部によるものです。

もし私が能楽部に入ってなくても、

みーたんは他の方にひきとられ
幸せに暮らしてただろうし、
夫も元気に生きてただろうし、
私も別のきっかけで
漫画は描くようになっていたかも
しれません。

しかし、これだけは違います。
少なくとも私が
能楽部に入ってなければ
娘はこの世に誕生はしてません。

夫と出会えていませんから!


明日から
もう少し詳しく能楽部についての
思い出を詳しく語っていきたいと
思います。

ただ、こちらは、
育児(小学生)というカテゴリーでは
あるので、あまりに育児から
逸脱している記事を連続投稿するのは
いけないと思うので、
一週間に一回程度で、思い出を語っていけたら
いいなぁ、と。


おそらく、
「能楽大嫌いだったのに、
能楽部に居続けた上に
途中で好きになった、という
好きな感情も嫌いな感情も
どちらも知っている貴重な存在。
他の能楽部のメンバーだけでなく
能楽関係の色んな人間関係を築いた話」
もあるので、見ていて
ほえーっな内容を書けるかなぁ?と。


あ、ただ、個人が特定できるような
内容にはしないです。





みなさま、昨日もありがとうございました。
昨日は更新できなくて
失礼いたしました。

最近、娘は学校がストレスみたいです。

いじめ、とか、人間関係のトラブルでなく、
授業中におしゃべりする子がいる、
というのがキツいみたいです。

私が小学生のときは学級崩壊がおこってて、
高校までは常に授業でおしゃべりしたり
する子がいる中で授業が進む、
という感じで、
大学でやっと、みんな静かな状態での
授業を受けることができた!
という状態でした。

小学生のときは
塾にも行ってなかったので
学校の授業しか受けるしか方法なくて
それでわけわかんなくなるし、
先生は怒って授業内容すすまないし、
最終的に先生は授業をすすめるために
私をいじめて
他の生徒がクスクス笑うのに
耐えるの私は辛かったし、
その先生の授業内容もとんちんかんな
教え方だったので、
授業での誰かの話し声というのは
嫌でした。

中学にあがってからは
実母が家庭教師として
ASDでIQ数値高めの私に合った
教え方をしてくれたので
成績は格段にあがりました。



それ以後は
学校というものは、
「授業を受けて、内申点を出してもらう、
次の教育機関(高校、大学)に
行くための書類を作成してくれるところ、
という役所的な役割のもの」と
わりきってました。

学習内容を理解するのは
自宅か塾で、で、
学校は理解しているか?の確認で
受けていました。
(塾は静かなので。
学校でも私は真面目に授業を受けてました。)


そのようにわりきって受けていたものの
授業中のおしゃべりの声というのは
私はすごく苦手で嫌でした。

それの対処ができるようになったのは
高校のとき、ある方法を独自で
あみだしたからです。

たまたま予備校の現代文で
「録音機器と人間の耳の違い」
という説明文を読んだのです。

そのとき、
「録音機器というのは、すべての音を
拾ってしまう。
人の話し声も風の音も電車の音も、
同じ音量だったら、同じように拾う。
また拾わなくていい小さな音までも
録音してしまう。
それに対して、人間の耳というのは、
自分にとって必要だと思う音、そうでない音を
瞬時に振り分け、必要だと思う音だけを
情報として脳に伝達し、それ以外の音は
聞こえているのに情報として入れなくすることが可能である」
という内容でした。
(文章としては、30年ほど前の文章なので
今の録音機器はノイズを消して録音できる
こともありますが、それはおいておいて。)


その文章を読んだとき、
私の聴覚は、録音機器みたいな
情報の取り方をしているんだ!
と気がついたんです。

私は絶対音感があるため、
あらゆる音が音階に聞こえてくるし、
それ以外でも音は、頭の中で
必ず文字として変換されます。


「君の漫画は、オノマトペがすごく豊かて
独特だね」と言われたことがあるんですが、
それはわざとではなく、そう聞こえてるから
書いているだけ。

実際に、人の話を聞くと、
それが頭の中で文字として変換されるから
理解できるし、忘れない。
それは大切な能力です。

でも、必要ないものじゃないものまで
文字に変換されてしまうので、
頭の中で文字が混じってしまって
ワケがわからなるんだ、と。

たとえば
「xの2乗は…」
という言葉を頭に入れているときに
後の席の二人が小声で
「何ページを開くんだっけ?」
という言葉が聞こえると
「えっなんくすぺーのにじは」

と脳に伝わってしまうんです。

なので、自分のメインで聞きたい言葉は
ト音記号(旋律部分)で、
それ以外の後は
ヘ音記号(リズム部分)と
分けて聞く必要があります。

「xの二乗は…」という文字と
「そらしっしー ししししっしっし(#)ー」と
音階で変換する形。


さらに、それでも、どちらも
情報として入ってくるので理解を妨げる
ことがあるので、
よりパワーアップして、
「言葉を音(音階なし)」にします。

「xの二乗は…」と「むーーーーーーーーーっ」
という感じに。


「言葉として情報を入れるもの」と
「音として情報を入れるもの」と
分けること、
それをすることで、音として情報が脳に
入ってきたときは、情報をシャットダウンして
かまわない、というように、
脳に訓練させました。

それをするようにしたら、
3ヶ月くらいで、人の話し声が気にならなく
なりました。


娘にはその話をして、
とにかく、
「先生の声だけを文字変換しなさい、
それ以外の人の小さな声は音に変換する 」
というのを意図的にやるように
アドバイスしました。

さらに「こればかりは感覚の問題で、
どうやればできるか?は私も
教えられない。とにかく、
やり続けようと努力し続けると
あるとき、突然できるようになるから!」
と話しました。

たぶん、ですが、
定型発達の人はそういうことが
無意識でできるから、
人が近くにいても勉強できるのでは?
と思います。

私はみんなでわいわい勉強するのも苦手だし
喫茶店でも勉強するのは落ち着かない、
図書館でも無理、
なので。

喫茶店で勉強している高校生を見ると
「イライラしたりパニックになったり
しないのかな?」
と不思議に昔は思ってました。

今でも、勉強や何かを作り出すときは
静かな部屋で一人っきりじゃないと
できないです。
ネームの思い付きなどは外で
思い付きますが、
構成は一人で、じゃないと無理です。




娘には
イヤーマフというのも考えましたが
それは最終手段かな?と。

とりあえず、人の小声は無視できるような
能力が備わればいいかなぁ、と。


発達障害の子は
そういう能力は
個別に自分で作り出して
インストールしていかなきゃ
いけないから、と思ってます。
無意識になんとなく、では無理ですので。


まあ、その分、身につけると、
応用は意図的にできるのは強みです。



娘にアドバイスしたときに
伝えたことをノートにまとめたので
画像アップします。







私は教えた内容は必ず、自分だけの報告書を
書くようにしてます。

普段は忘れてて、
教えるときに頭の中の引き出しを出す、
という形にしているんですが、
自分のメンタルがガタガタのときは
言い訳めいた内容を言ったり
大多数の文句をつけたいからつけているだけの
人ばかりに配慮するような内容を
言ってしまいがちなので、

ちゃんと、
「自分の考えから出た言葉」は
メモしておこうと思います。






みなさま、昨日もありがとうございました。

今日はかなり久々に、育児の日常の
漫画です。

全部、しゅるつる族で描いてます。



娘のピアノ教室は、保護者が後ろで
見ていても可、の教室なので
私は見ています。

そのとき、メモ帳を出して
よくメモってます。


もちろん、先生に言われたことを
書くためにメモ帳を出して
それについてもメモしているのですが、
突然、アイデアが思い浮かぶと
そこに一緒にメモをする、
という感じです。

こういうことは、生徒時代から
よくやってました。


でも、それは、授業を聞きたくない、とか、
ネタを書きたいから、
という目的でなく、

授業内容を理解するため


に行っているんです。

矛盾しているように見えますが、

要は、私の頭の中には
常に、いろんな考えが渦巻いていて、
それが常に頭のなかで渋滞を
おこしている状態。

なので、授業で新しい内容が入るように
するために、突然、ポンッと浮かんだものは
書かないと、頭がパンクしてしまうんです。



なので、だいたいは、
授業に関連する疑問や
学習内容に関連するネタやイラストです。


まったく関係ないものは
書きません。

ただ、これ、学校でやるのは
危険なんですよね。
黒板に書いたこと以外は書くな!
と言われることあるので。
イラストなんて描いてたら
もう、やる気ナシ確定ですよ。


なので、学校は
「学校の求める生徒を演じる場所」
という形をとってたので、
メモはしませんでした。
演じるのは楽しいですからね。


それに、学校で習う前に
だいたい予習で理解を終えているので
学校で習うときはもう頭のなかで
疑問点は解決してます。


私の通っていた塾では、
先生は生徒さんの授業態度を
事細かく見ませんでした。

…というか、おそらく先生は
生徒さんの名前さえ
覚えていたかあやしいレベル。
まあ、大教室でしたから。


私の授業ノートは、ところどころに
イラストが描いてある形でした。


大学の友達で、とんでもなく頭のよい友達は
よく講義中に落書きしながら理解もしてました。


ただ、塾講師のとき、
ラクガキをしている生徒さんを見つけると
注意するか、悩みました。
私個人では、
「これは理解するためのラクガキだな」
「これは授業を聞く気がない、ラクガキだな」
と見分けがつくので、
もし個人指導なら、
見て見ぬふりや、注意する、
と分けられました。

でも、少人数の集団指導塾だと
そうもいかない。
隣の席の子が、ラクガキしているのを気がつき、それを指導しない私にクレームを入れたり、ラクガキする子をリンチしたりするから。
リンチとは手を出すとかでなく、仲間外れや
モラハラに近いものです。


なので、ラクガキは禁止せざる
おえないんですよね。

娘のピアノ教室の場合は
私一人だし、
娘のピアノを家でどう教えようか?と
考えるために、頭で浮かんだものを
メモしてます。
あと、私は常に手を動かしてないと
頭が回らないから、
ラクガキしながら聞くほうが
頭に入りやすいんですよね。
「そこそこファンタジー」や育児漫画の
ネタもよく思い付くのでメモってます。

娘は、まさか私がそういうことをやってると
思わなくて、
自分の弾き方のダメ出しを書いていると
思っていたみたいです。

「完璧じゃなきゃいけない!」という
義実家や父、幼稚園の先生の対応が
未だにトラウマらしく、
私はそういうタイプじゃないのに
自分に自信がないときは
そうおもいがち、らしいです。


誤解がとけたので、
家での練習も楽になりました。

完璧に!と思わなくてよくなったので
細かいことにこだわらなくなり
ちゃんとポイントをおさえた弾きかたを
できるようになりました。



ただ、ラクガキは推奨はできないし、
学校ではトラブルのもとなので
絶対にしないように!
と娘には話してます。







みなさま、昨日もありがとうございました。

最近は、ストーリーがある漫画を描くときは
しっかり背景を描くようにしています。


だいぶ、透視図法に慣れてきました。


下の写真は、設定資料として描いたものです。





透視図法は、学校で「名前」だけ
教えられました。

そのため、透視図法という存在は
知っていて、絵画を見る分には
それで十分でした。


しかし、透視図法で絵を描こう!と
思ったとき、それがなかなかできないことが
わかりました。

一点透視はできるのですが
二点透視がなかなかうまくできません
でした。


本格的に絵を描こうという気になったのが
35歳を過ぎてからだったので、

理解できないのは
「年齢のせい」
と、思いました。


誰に相談しても
「若くないから、新しいことを習得
しようとしても、若い子にかなわないよ!」
と言われて終わりだったから。


そのとき、
「なんで、20代、30代前半のとき、
子供をつくるほうに力を注いで
しまったんだろう。
もう、私は二度と透視図法は
理解できない!」

と悲観しました。


しかし、娘が私の作った漫画を
好きで好きでしょうがない。

他のアニメや漫画を見ても
「こういう背景や、しっかりした
建物もお母さんに描いて欲しい!
お母さんの絵で、お母さんの世界観で
描いて欲しい。
お母さんの世界が私のなかで
一番楽しいから!」
と言ってくれるんです。

ASDの娘は空気が読めません、
他人が喜ぶであろう、と思って
言うこともできません。

他人が喜ぶように娘が考えて言うと
だいたい嘘くさいものだったり
的外れだったりするので。


なので、娘の
「お母さんの漫画が好き!」
「お母さんの絵で背景も描いて欲しい!」は
本音だと思いました。



ファンは大切にしたい!
それが私の創作者としての意地です。



それで、本気になって、透視図法を
勉強したら、
それまでどれだけやってもできなかったのに、
ものの数日でできるように
なってしまいました。

背景を描くのは数学!

と気がついたら、スラスラと。



今までは、
「もう年齢が…」
「透視図法ができなきゃいけない」
という負の感情で頭がいっぱいだったから
頭に入らなかっただけで、

「透視図法ができるようになったら
もっと世界が広がる!」
という正の感情で勉強したから
すぐできたんだなー、と。



 若い子に成長スピードは叶わないけど
こちらはもう、学歴も出産歴も取得済み
なので、そちらのほうをがんばる必要は
ないんだから、それを逆手にとって
できるようにさせてもらうわー!
と最近は思います。


年齢で成長をとめたくないです。
みなさま、昨日もありがとうございました。

今回は新作漫画です。

いじめについての考察漫画です。

「いじめられないように、気を付けること」は
大切だと思います。

小6以降は、いじめられないように
すごく周りに気をつかい、
一応、今まで、
セクハラやパワハラをうけたことは
ありますが、
友達にいじめられることは
ありません。


娘にも、いじめに合わないような
立ち振舞いのアドバイスはします。

しかし、ふと、思うことがあります。

「私や娘は、いじめられやすい傾向のある
性格、特性はある。
でも、その性格、特性は、
果たして、いじめられにくい傾向のある性格の人よりも劣っていたり悪いものなのだろうか?」

という静かな怒りが混じった疑問。

それについて、漫画にしました。

この漫画は考察を描いただけなので
漫画としてはなってないと
おそらく言われるタイプの漫画なのですが、
私はこういうタイプは好きなので
描きました。


この漫画をベースにして、
「いかにも漫画」という作品を
今後描くつもりです。
(感情移入しやすい、しっかりとした
コマワリ構成、セリフを少なくする等)
















私が描いた、
娘の正義感や、
同調圧力に屈しない(気がつかないで
平等を貫いた)娘について描いた
ある漫画がSNSサイトで
プチバズったことがあります。
そのとき、コメントでは
肯定的なご意見を頂けた一方、
気になるご意見も。


「小さい頃から、そういうことに
気づくような子は、小学校に
入ったらいじめられそう(笑)。」
とか
「せっかく良いこと言ってたのに、
それが発達障害由来のものと
言ったために、台無し!
せっかく良い漫画だと思ったのに!」

というご意見。

作品を読んで感じる気持ちは
人それぞれなので、
その方の意見に反論するつもりは
ありません。


ただ、私がそのとき、感じたことを
話したいと思います。

「いじめられる(笑)という書き方で、
その娘の正義感はまるで
悪いことのように言われた感じがする」
「発達障害は悪い、ダメなことと
と思われてるんだろうな。
発達障害ゆえの、同調圧力に屈しない、
だったのだけど。」
とは感じました。

その気持ちをずっとモヤモヤ抱きまして、
最近になって
「自分の描きたいものは描けるうちに
描こう!」という気持ちで
こちらを描きました。


そのとき、発達障害由来か?については
読者の方の判断にゆだねることにしました。

発達障害のことをわかってる人なら
「これだけ、趣味に偏りがあり、執着し、
他人に合わせられないのは、
ASDっぽい」
とかわかるけど、
発達障害に対して偏見のある人、
あまり詳しく知らない人だと
「発達障害は悪いこと、劣っていること」
と思ってるので、
もう「発達障害」という言葉を目にしたとたん
漫画の内容さえ「ダメなもの」に
なってしまうので。



なので、発達障害の話を扱うときは
「発達障害の漫画です!」と
ハッキリわかる形にし、
他の話をメインに扱うときは
そこは「わかる人にはわかる」
という形にしました。



この漫画で扱った私の行動は、
発達障害由来のものが大きいですが、
自分の正義感や趣味趣向は、
発達障害由来のものと環境や
元々の性格もあると思いますし。


私がいじめられた根本の原因は

「皆がやろう!と言ったことに
従わなかった」こと
だと思います。
エピソード4以降の、
校則違反や人の悪口大会、
いじめをみんなでしよう!
を私が断ったこと。

でも、いじめをする相手は
そこを言いません。
エピソード3までの
趣味趣向、のほうで
私を悪者にしたてるよう
巧妙に言います。



私は、ASD由来の
「言葉通りに受けとる」
傾向があり、
「趣味を、ファッションや恋愛や、
みんなが好きなものを好きになって、
みんながやりたいものを
優先したら、
みんなは私をいじめないかな?」
と思って、いじめの後、
ファッション誌を買って読んだり
流行りの恋愛ドラマを観たりもしました。

でも、別のことで結局、
いじめは、卒業まで小刻みに
続きました。

「勉強ができない」という
できないことで責められたり、

アイドルやサッカーを嗜まないことで
協調性がない、と言われたり。


結局、常に流行のものを追うのに
疲れました。
好きになろう、とがんばってる間に
まあ、別のものにもう流行がうつる、
というもの。
服なんかも、そう。


なので、結局、その人たちの言う通りに
すると、常に、自分の好きでないものを
追い続けるから疲れてしまう。

家にいても、好きなことができない。

ストレスフルですよ。


私は、
流行を追うぐらいなら、
UFOを追いたいのにー!


未来の白馬の王子様に出会うために
努力するくらいなら、
自分が王位継承権を得られる
努力をするとか、
宇宙人やツチノコと出会うための
努力をしたいです。

白馬より、木曽馬やアラブ馬のほうが
好きだし。



なので、「いじめられない努力」は
ほどほどにしないと、辛いです。

得意なことも、相手に気を使って
パワーを押さえながら行動するのは
予想以上に体力消耗するので
かなりの睡眠量を必要とします。

常にフルパワーでがんばったほうが
ストレス少ないし、
生きるのが楽しいです。

ただ、やはり、二度と小学校のときの
ように、いじめられるのは嫌なので、

本当に好きなものは隠して、
一般の大多数が理解できる趣味を
公言しています。
「映画が好きです」とか
「動物好きです」とか
濁してます。

アニメや漫画の話題をふられても
「見たことはあるよ」
くらいに濁します。

嘘はついてないから。
相手は「たまたまテレビでうつってて
一回見たことあるよ」
と思うのは自由だから。

本当は、セリフを覚えるまで
何度も見てる、けど、
まあ、それは相手次第。

得意なことは、隠してます。
ただ、ばれるとき、嫌みを言われるときは
「そんな風に、私のことを評価してくれるんだ!わー、ありがとう!
あなたは何て良い人なんでしょう!」
と言います。

そうすると、相手は何も言えませんから。

自分を良く思ってくれる人には
弱いですから。



私がなんのために、演劇部に入ったり
演劇関係の研究をしてきたと思うのか!


他人に理解できるキャラをつくって
そのキャラを演じる、ためでも
ありました。


いつも、3人くらいの自分のキャラがいて
それを使い分けて生きてます。

でも、基本的に、人を陥れたり
人の悪口を話すキャラは私のなかで
いないので、

嫌みの通じない天然ボケキャラ



オタク全開のキャラ




自分が決めた正義感で融通がきかないキャラ


に分かれてるだけです。


一番の仲良しや家族には
自分の決めた正義感で融通がきかないキャラ
で生きてるので
それが本来の私なんだと思います。

私の正義感が嫌いなら
離れたらいいじゃーん、
みたいにラフな感じで。



私にとっては
何よりも
自分の決めた正義感が大切です。

なので、その正義感を曲げてまで
多数派に属すのだけは嫌です。

だからこそ、いじめられる、
というのはあるのですが、

そのあたりになると、
「自分の正義感を曲げてまで
人と会うくらいなら
その人達と離れるか
いじめに耐えるほうを選ぶ!」
というぐらいの気持ちです。


ただ、これは私の生き方であって
娘には強要しません。


なるべくいじめに合わないように
アドバイスしてます。
ただ娘には
「いじめに合わないにこしたことはないが、
私は、いじめをする方に属して学校生活を
謳歌する子よりは、
いじめられても頑張って生きようとする子、
その生き方が多数派の生き方でなくても、
そういう子を私は応援したい」
とは言ってます。


いじめ問題に、誰にでもあてはまる
正解はありません。

ただ、いじめられたとき、
自分のすべてを否定しないで!
とは思います。









みなさま、昨日もありがとうございました。




今日は、忙しかったので更新する余裕がなかったので、昔の画像をアップします。


私はフランス絵画や、「リサとガスパール」のような絵のタッチが好きです。

なので、2年くらい前のときは
ひたすら、そのような画風で塗る努力を
してました。

私としては好きなんです、こういう画像。


でも、あんまり売れないんです。

それで落ち込んでやめてしまった。

しかし、見直すと、やっぱり
自分が好きな塗り方は、
こういう感じの塗り方。

ジャポニズムって感じの塗り方。


ジャポニズムって、日本の絵画(主に浮世絵)に
感銘を受けた西洋の文化なのですが、
浮世絵や日本の文化を詳しく知っている
わけじゃない、という作品が多いです。

つっこみどころ満載の絵画も。
それ、かっこいい文字や文様だと思って
描いたかもしれないけど、それ、
日本の住所だから、住所!
などなど。


でも、私はそういうジャポニズムの絵画、
大好きなんです。

だって、「日本(文化)が好き!」という
好意的な感情が前面に出てるから。

こんなに、スキスキオーラの感じられる
絵画のスタイルって、あまり
見かけないですよ。


解釈は間違ってるかもしれない、
本物からすると間違いだらけかもしれない、
でも、好きな気持ちだけはホンモノ!

とジャポニズムの絵画は感じます。



好き!って思うことは悪いことでは
ありません。

私も、だから、そういうタッチのものを、
自分は描き続けたい!と
昔の作品の整理をしながら
感じました。


娘も印象派、ジャポニズムの絵画は
好きらしいので、やはりあきらめるのは
やめよう!
とおもいます。

みなさま、今週は更新がマチマチで
すみません。

一番の原因は坐骨神経痛なのですが、
こちらはなんとかなりそうです。
とにかく、水分とりまくったら、
もう大丈夫です。


私はすごく水分がいるタイプです。

今でこそ、水分補給は大切だ、
と言われますが、私が小学生のときは
「運動中に水分補給をすると、だれるから
飲んでは駄目だ!」
というのが、正しい指導と信じられてました。

昔は今のように35度を超える夏はほぼなく、
30度もいかない日もありました。

なので、熱中症で倒れる子は
今ほどはいなかったと思いますが、
水分をたくさん必要とする私は
水分がとれないと、よくめまいを起こし、
辛かった記憶があります。
熱中症初期だったのだと思います。


小学生のときは
体育会系の部活に入らなければ
将来困るよ!
という謎のルールにより、
私はバスケ部に入ってました。
小5までの顧問は、
厳しかったし、実力主義だったけれど、
水分補給の時間も設けてくれたし、
予定時刻になったら、終わって、
すぐ帰らせてくれました。

しかし、その顧問の先生が転勤になり
小6のとき、バスケ部の顧問が
変わりました。

新しい顧問は、指導そのものは
厳しくなかったのですが、
小6だけ毎回のように居残りをさせ
説教をしたんです。

それが
「小6なのだから、4年生、5年生の
見本にならなければいけないのに、
下級生よりバスケが下手。
やる気が足りない。
これでは下級生にレギュラーをとられ
大会に出られない!」
と言うのです。


でも私は、下手でもバスケがしたかったから
バスケをしてたし、
レギュラーになれなくても平気だった。


先生に「レギュラーになれなくても良いです」
と言っても、
「そういう気持ちだから、レギュラーに
なれない!上級生は下級生より、全員
上手くないと、下級生のモチベーションが
下がる!」
と怒ります。


まあ、担任の先生も、常に私を理不尽な
理由で怒ったりはしてきたので、
そういうとんちんかんな指導をする
先生には慣れっこなのですが、

問題は、
水分補給をさせてもらえなかったこと。

水分補給をしたくても、
水分飲む暇があれば練習しろ!
という人だったので、
万が一、水分補給している姿を
目撃されたら、
小6全員居残り説教。

居残り説教のときも水分補給は
禁止だから、説教が長引けば
長引くほど、水分補給できない。


もう、それが辛くて、
退部しました。


退部理由のお手紙も書いて。


私だけでなく、何人か一緒に
退部届けを出しました。
(クラスでは私はいじめられてましたが
他のクラスの子とは仲は悪くなかったので)



そうしたら、二日後くらいに、
残ったバスケ部の同級生が私に
「先生、泣いてたよ。
私はセザールちゃんたちのことを
思って指導しただけなのに!と
言ってた。
帰ってきなよ。」

と言われたけど、
無視しました。
だって、先生は常に悲劇のヒロインなんだもん!やだやだ!

上級生はみんな上手くないと!
レギュラーになれないとバスケする資格は
ない!
みたいに言われたのは許せない。


バスケはバスケが好きなら
上手い、下手は関係なくすればいい。


そんな教育者に私は教えてもらいたく
ありません!と。



その後、体育会系の部活は入りませんでした。

だって水分補給ができなかったら
嫌だから!


私にとって、水分補給は睡眠の次に大切です。

お腹が減っても割と動ける私ですが
水分補給はしないと、すぐフラフラするし
大人になった今は、
すぐ坐骨神経痛や腸痙攣おこします。

腸痙攣、めちゃ痛い。


今は水分補給の大切さも叫ばれているので
まだ部活はマシになってはいるとは
思いますが…。



みなさま、昨日もありがとうございます。

都道府県名暗記シリーズは
まだ続くのですが、まだノート作成が
追い付いておらず、完成しだい、
ブログにアップしたいと思います。



娘はピアノ教室に通ってますが
ピアノ教室で、
「ちゃんと楽譜を見て弾きなさい」
と先生に指摘されるようになりました。

ただ、先生は、
なぜ楽譜を見て弾かなきゃいけないか?
の理由を説明してくれません。

おそらく、先生としては
「当たり前のこと」すぎて、
説明をしないだけだと思います。


家で練習していたとき、
娘は楽譜を見ないで鍵盤を
見て弾くときがあったので、

「なぜ、先生が鍵盤を見て弾け!と言ったか
理由はわかる?」

と娘に質問してみました。

すると、

「万が一、音を間違えて覚えていると
いけないから」

という、答えが!


それで私は

「それは、違うよ。
ブラインドタッチで弾けるようにするため」

と話したら、娘は驚き!


いや…半年前くらいにも、話したやん…

と心のなかでツッコミを入れましたが、

教えた方は覚えていても
教えられた方は忘れていること
ありますから。

教える方は、すでに知っていることを
教えてるから、忘れないけど

教えられる方は、新しい情報を
次々と教えられるから、
そりゃあ、全部は頭に入らないわな、と。

だから、何回も手を変え品を変え、
教えるんですが…。

覚えてないことを
責めたりバカにしたりしず、
何度も教えるしかない。

教育って、実はすごく地味でコツコツな作業の積み重ねだったりします。




話を戻します。


楽譜を見て弾く、というのは、

別の視点からすると

鍵盤を見ない、ということ。


なぜ、鍵盤を見ずに弾かなきゃいけないか?
というと、
手が無意識に、鍵盤の間隔を覚えて、
スラスラ弾けるようにしてほしいからです。

簡単な曲ならまだしも、

モーツァルト、ましてやショパンの曲に
なったら、
鍵盤見て弾いてたら間に合いません。

手が無意識に動かないと、
あのスピードや、音の動きは
出せません。
とんでもなく音がとびますから。


楽譜を見る癖をつけておくと、
楽譜を読む速さも身に付きます。

楽譜を一瞬で読めないと、
たいがいのクラシック曲は
弾けません。

だから

楽譜を見て弾くことは大切なのです。




よく
「楽譜を見ないで、覚えて弾けるなんて
すごいね!」
と相手は善意で誉めてくれることはあります。


それを言う人は
音楽演奏をあまりやってない人が多いですが
中には、演奏はできる人もいます。

演奏はできるし、楽譜もバリバリ読めるけど、
自分がどうして、こんなに美しい音を出せるのか?のカラクリをわかってない人も多い。

これはつまり、「できること」と「教育できる力がある」は、イコールではない、
ということ。

勉強でも同じ。

有名難関大学出身の人が
全員、先生として素晴らしいわけじゃない、
のは、そういう理由です。


もちろん、「できないままの人」は
「教育力はない」です。

でも、「できない人だったのができるようになった人」でかつ、「なぜできなくて、そして、
どうしたらできるようになったのか?」の
努力の軌跡を覚えている人は
教育力がある可能性は高いです。
ただ、そのときの分析が間違ってると
ただのスパルタになってしまいますが…。


「できる人」でも、分析力や類推力があれば
教育力もあると思います。


このあたりは、すごく難しいですね。



音楽だけでなく、
勉強でも、
「何でもかんでも先に覚えて、何も見ずに
解くことできる人」

より、

わからないことは調べたり、
辞書をひきながら解いていく人の
方が結果的に、
できるようになることが多いです。

とくに、
社会や古典や英語のリーダーやグラマー。


ではでは、明日もまた更新できるよう
がんばります!







みなさま、昨日もありがとうございます。

今日は1日なので、
Twitterオンラインイラストコンテストの
art_ippiに参加しておりますので
告知をば。


こちらは、Twitter上のRT、いいね、の
数次第でオンライングッズ販売サイトsuzuri
での商品化が決まります。


私自身は、毎回最下位あたりを
うろうろしているので、

目標を商品化にできないのですが、
それは最終目標にしておりまして、


今の目標は、いいね、の数が

5を超えること、

です。


時々、5を超えることがありますが、
まずは、コンスタントに毎月、5を
もらえるようなイラストを制作する
ことを目標に描いてます。

今回のテーマは猫なので、
下のようなイラストを3つ描きました。



 


すごく悩みました。
フツーの猫ちゃんたちのキャラを描くか?を。

なぜ悩んだか?というと、
「美大や専門学校出身でない自分が、
美大や専門学校出身、現役生に
勝てるはずない。」
という気持ちがあるので、
フツーの猫ちゃんを描いても
たぶん埋もれてしまう。


でも、猫をありえない色で
塗るのも嫌でした。



そこで思い付いたのは、
想像上の生き物なら
色塗りは自由じゃん!
さらに、私の漫画「そこそこファンタジー」で
出しちゃうつもりでキャラデザをしたら
いいじゃん!
と思って、
白虎(びゃっこ)と、ねこまた、を描いて
カラフルな色合いにしました。


なんか、ただキャラクターを配置した
だけなので、物語やメッセージ性は
ないのですが、自分としては
見てるだけでなんか気持ちが元気になる絵に
なったので、個人的には気に入ってます。

お気に召して頂けたら、Twitterの
アカウントをお持ちでしたら
いいね、RTして頂けると
うれしいです。
フォロー外の方も大歓迎です。


他にはリアル猫ちゃんイラストも。


 



モデルは実家の猫の、のるのるちゃん。
前の飼い主に虐待されて、捨てられ、
その後、実家の庭でうろうろしていたので
保護された、のるのるちゃん。
最初は、怯えた表情しかしなかった彼女
でしたが、3年経った今では
ひょうきんな顔や、目を合わせるように
なってきました。
こんな表情ができるほど、今はおだやかな
生活をできるようになったんだね、と。






もう一つはこちら。

 


私の中で、
「美大や専門学校は出てないし、
もう若くないないから可能性では
買ってもらえず、
絵一本でのあんまり魅力は
ないかもしれないけど
勉強関係の大学で学んだことや塾講師の
経験を生かして、歴史や受験科目を
学ぶ漫画や参考書の挿し絵イラストを
描きたい!
歴史のお勉強の補助イラストを描く作家」
という立ち位置を確立するため、

RT.いいね、の数を考えずに
必ず毎回、歴史や勉強に関連した
イラストも描いて投稿する!

という、わけわからん意地もあるので、
描いたもの。


猫といえば、色々な場所、時代で関係
あるけど、
やはり、古代エジプトかなー、と。

猫の神様やミイラもいるからね。


「源氏物語」や「枕草子」に
登場する猫ちゃん、とか、
古代の船や
エルミタージュ美術館で猫を
意図的に飼って、ネズミの駆除を
こと、
魔女と黒猫、
なども色々と考えましたが、

猫が歴史上でほぼ最初に登場するのが
古代エジプトなので、
古代エジプトにしました。

宇宙人しっぽ宇宙人からだ宇宙人からだ宇宙人からだ宇宙人からだ宇宙人からだ宇宙人からだ宇宙人からだ宇宙人からだ宇宙人あたま

本当は、他の人は
美大や専門学校出身の人が多いし、
そうでなくても、若い頃から
アート関係の仕事や活動をしてきた
人ばかり。


でも、私は小学生のいじめのあとに、
絵が描けなくなり、再開できたのは
大学から。
でも、大学でも、論文書いたり、
美術館に通って絵画鑑賞、
ナポレオンの本を読み漁る、
塾講師のバイトにほとんど時間を
割いて、自分で絵を描くというのは
暇なときにちょこちょこ描くだけでした。


歴史や能楽イラストのフリー素材サイトを
運営してたときは、
博物館の方や色んな大学の能楽部さんに
使って頂けたりし、
他県の方とも交流できて
うれしかったです。

自分は、

絵のみに何かをつたえるの能力も気力も
高くないな、と感じてます。


でも、教育への情熱は強いです。


なので、「教育の補助イラスト」を
描ける作家を目指して、がんばっです。

漫画も描いてます。


文化を継続するためには、1人1人が
その文化を続けていくことが必須。

だから、最下位でも私ががんばることは
罪でも恥でもないの!

という意地で、毎回、art_ippiも
参加してます♪ロップイヤー


今日は1日だったのでイラスト関係の
ブログ記事になりましたが、

明日は、昨日の続きで
都道府県名の暗記方法についてです。

よろしくおねがいします。
昨日もみなさま、ありがとうございます。



昨日までは、塾の広告で、
合格者名、定期テスト順位に
ついてお話しました。

広告についての第一回(合格者数)についてはこちら (第二回は第一回の記事からリンクでとべます。)



今回は

「早期教育」について、です。


早期教育は
「3歳児神話」がベースになっているもの、
「私立小学校受験」が目的になってるもの、
など、目的によって、
いろんな教育機関があります。


早期教育について、完全否定をする
つもりはありませんが、
早期教育は
合う子には合う、
合わない子には合わない、
があるので、

目的と、自分自身、お子さんの双方の
性格や得手不得手を考えて決めたら
いいかな?と思います。


ちなみに私や娘は

早期教育は合いませんでした。

その理由は

早期教育というものは
「なんとなく、いつのまにかにできる」
というのを目的にしているうえに


「スピード重視」
「聴覚アプローチ」
「カラフル」
「身体を使ったり、歌を歌いながらの
ながら教育」

というやり方が多いから。

娘は
「なんとなくでなく、
体系的に論理的に、視覚で、
ゆっくり時間をかけて、
1つのことに集中してやる」
ことしかできません。

ASD由来の特性満載です。
(発達障害の人は
聴覚か視覚か?のどちらかの
優位性がある人もいる)

また、小学校にあがった
今では少なくなりましたが
大人同士で話すだけで
パニックになります。

「お母さんがいつもと違うしゃべり方をしている」
「何を話しているか、わからない」
が娘に不安感をひきおこします。

さらに、ADHD由来で、
我慢ができなくて、
待てないのです。

なので、大人同士の話を始めると
しゃべりだしてしまうんです。


早期教育の塾って
基本的に、母親同席か、
お迎え必須なんですよね。

そうすると、
レッスン中に、先生が親に口頭で
伝えるだけの形にされると、
娘が私の横で話し出してしまい、
周りに迷惑をかけないよう、
声を小さくすることで精一杯になり
私自身も
先生の指示が
聞こえなくなってしまいます。

口頭での指示がメインだったときは
自分だけ発表会の集合場所を間違えたり
申込書を出し忘れることも。


終わりにママさんと話すことも
できません。
少しでも話すと、そのあとの
癇癪が大変だったから。



他のママさんからしたら、

つきあいが悪く
子供のしつけがなってないママさん

に私は見えていたのでしょうね。


なので、引っ越しを期に
早期教育の塾は
ピアノ教室を残して
他はすべてやめました。


何年か経ったあとで、
娘に聞いてみたら

あの早期教育のために
かえって、習った内容に
劣等感と嫌悪感を持ってしまった
そうです。


なので、私が一から教え直して
やっと、劣等感は消えました。

でも、嫌悪感は残ったままなので、
そういう分野の仕事をしたり
学科に進学するのは
無理かなぁ、と。

ピアノ教室については
大変でしたが

身体の成長とともに
やり続けないと
色々な技能を獲得できないことを
身をもって知ってたので
なんとか続けさせることができました。

1つだけに絞って
やり続けることなら
できるので。



でも、勉強関係の早期教育塾は
無理でした。


娘も、ですが、私も無理でした。

その理由は、

教え方が娘に合ってない
ママさんとの会話で辛い


いうのもあったこですが、
それだけなら、
自分の創意工夫でなんとかがんばれた
かも?と思います。


私が「やめよう」と思ったのは
進級説明会のときでした。



英語教室で
「今は、大学入試でも
英検の級や
TOEFL、TOEICの点数で
合否が決まる」
と先生が言い出し、
他のお母さんが、うなづいでした。


それで私が
「それはAO入試の話ですか?」
と聞いたら

「いえ、これからは、
どの大学も、当日のテストや
センター試験(全国共通テスト)でなく
英語で合否が決まります。

現に◎◎大学では…」

と言い出したんです。

私からしたら、そんなことありえない、
と思ってました。

しかも、先生があげた◎◎大学は
私の出身校。
(私の出身校は先生に言ってません)

それで、さらに
その先生は
「◎◎大学では、英語をしゃべれない
人は授業についていけません」
とまで言われました。

いや、英語の学部ならともかく、
他の学部は違うし、
現に、私は問題なく卒業したよ。

外国人の先生も日本語で説明してたし
「大学では、いかに、論理的に
自分の考えを構築できるか?が
問題で、英語はできたるのは
1つの特技なだけ」
でした。


さらに先生は
「センター利用」という言葉も知らない
そぶりでした。


そんな風に
大学入試や大学のことを知らない人に

「小さいうちから、勉強できないと
大学入学できないよ」

というように、
バカにされたような、
おどされたようか
説明されるのが

私のなかで

すごく腹がたったんです。



英語がしゃべれること

早期教育のおかげで勉強得意になった人

はもちろんいます。

でも、それは、数あるケースの1ケースに
すぎなく、他の方法でも
十分、勉強はできるし、
大学入学も可能。
その視点で、
どうして説明しないのか?

が私のなかで、ふすふすした怒りの感情で
もう、その先生に娘をまかせるのが
嫌になってしまったんですよね。




幼稚園の早期教育も
同じ感じ。


「はやくから、ひらがな、カタカナ
書けないと小学校で苦労するよ」
「他の子はもう足し算、引き算も
できるのに!将来困るよ!」
と、どれだけ先生に言われたかとか!


でも、結局、
小学校に入って、
じっくり教科書を見て、
体系的に勉強したら
あっさり、ひらがな、カタカナ、計算も
できた娘。
今では、別に漢字も計算も
とくに問題ありません。




なので、 私たちには
勉強関係の早期教育は
合いませんでした。


ただ、私が、すぱっと
早期教育塾をやめられたのは

塾講師をしていたから、というのも
あります。



幼稚園のころから早期教育塾に
行っていた子は
小5あたりから2つに二極化してきます。


早期教育のおかげで、
基礎的なものが完璧にできてるので
はやくから、私立入試問題にとりかかれる
ため、難関校に合格できたタイプの子。

逆に
早期教育で小4までは
優秀と思われ、自身もご家族
そう思われていたのに、
小5くらいからつまづき始め、
勉強そのもの疲弊してしまったタイプの子。

受験をやめる、とか、勉強そのものを
放り出す、なら、まだ良いんです。
基礎力は早期教育のおかげでついているので
なんとかなります。

問題は
小さい頃から早期教育塾にも通い続け
「他人よりできていた自分」しか
知らないので
「できない自分を認められない。
自分が今までバカにしていた子たちに
自分がなるのは怖くてしょうがない」
「他人よりできる自分を取り戻そうとして
今までと同じことをやろう!と
がんばっても、追い越されるばかりで
もうぐちゃぐちゃな精神状態に
なってしまう」という子。

新任のとき、出会った
すごく努力して、
誰よりも勉強する子だった子。
「国語の文章も暗記して言えちゃう
くらい」何度も解いてた。
「解き方を教えてください!」
と何度も聞くのですが
解き方に執着して
理解しようとしません。
そして、何でも覚えてしまう癖が
ついてしまいました。



でも、入試って、それじゃあ
太刀打ちできないんです。


国語なら初めて読む文章を
読解しないといけない。

覚えるものじゃない。

算数の公式も
覚えるのは大切だけど
目の前の問題がどの公式を使うものか?
を瞬時に判断することが大切。
しかしその子は、演習した問題の
模範解答を覚えようとします。
同じ問題が出たら点数とれるけど
そうじゃなきゃ解けない。



その子は
早期教育で
「何度もやって覚えて解く」
「他の子より数年早い時期に
習って、やり方を身に付けている」
ということしかしてこなったのです。



たしかに、読み書き、計算の
早期教育はそれでも良いです。


小1で、他の子より遅れをとって、
挫折して、のままより、
小4までに身につけるべき内容は
身につけることできたのだから。



でも、小5から、ましてや、
難関私立中学入試には
それでは太刀打ちできないんです。

理解力、読解力、類推力が必要なんです。


早期教育のおかげで難関私立中に
合格できた、というタイプの子は
理解力、読解力、類推力を
使って、読み書き、計算も
できるようになってたのです。

そういうタイプの子は
小さい頃から勉強することで
はやいうちから難関の問題を解く時間を
確保できるから、
結果的に難関私立に合格できただけです。



そして、大学レベルになると
早期教育をしていた子、してなかった子も
どちらでも結果は変わりません。

早期教育というのは
小4までは適用できるもの
というレベルなので、
どう生きたいか?で
決めればいいかな?と。

人によっては
小さい頃から勉強!勉強!
将来のために!だと
途中で勉強するのも飽きちゃって
キツくなりますし。

でも逆に勉強内容が好きなら
小さい頃から接してた方が
幸せですし。


なので、
早期教育塾の
「小さい頃に習ったことが
大学まで直結する」
みたいな広告や
「お子さんの将来のために」
という広告は
鵜呑みにする必要はないです。
すべてのご家庭にあてはまることでは
ないです。


早期教育が良いか?は
人によりけりかな?と。