中央線で読む新書 -46ページ目

松本清張の残像

清張の「昭和史発掘」の担当者で北九州に建てられた
松本清張記念館の館長による。

前半が「半生の記」をテキストに清張の半生を
後半は「昭和史発掘」秘史となっている。

「清張ミステリーと昭和三十年代」を借りるつもりが
間違えてこちらを借りてしまい、せっかくなので読んだが
案外面白かった。

【話のネタ本にGOOD】 2002年
藤井 康栄
松本清張の残像

面白すぎる日記たち

予想通り古川ロッパ、永井荷風、山田風太郎、木戸幸一、入江相政、
石川啄木に吉行淳之介の愛人だった大塚英子や市井の者(痴漢を
する童貞など)の日記が登場。

【つまみ読みにGOOD】 1999年
鴨下 信一
面白すぎる日記たち―逆説的日本語読本

キヤノンとカネボウ

72年からカネボウ、95年からキヤノンに勤務したものによる。

花王に買収されたカネボウ(鐘紡町が全国に3箇所-長浜市・高岡市・
防府市にある。朝鮮戦争特需ではボーナスが35ヶ月分払われたという
かつての名門)と今をときめくキヤノン。

この比較と思いきや、著者の想い出や、キヤノンの社員はうどんよりそば
など、本当にどうでもいいことばかりで、よく出版できたものだと感心する。

185ページに両者の比較がある。
役員会はカネボウは昼、対するキヤノンは毎日朝8時から朝会。
このあたりを広げていけばいいものを。

【読むだけ無駄】 2006年
横田 好太郎
キヤノンとカネボウ

ジャーナリズムの思想

共同通信社の編集局長だったものによる。

結局のところ、黒こげになった遺体やちぎれた腕を見せずに
戦争の悲惨さなど伝えられるものかと思うのだが。

【読むだけ無駄】 1997年
原 寿雄
ジャーナリズムの思想

石油を読む

世界を動かす石油戦略 」の少々あとに書かれたもの。
原油価格の高騰(今に比べれば大したことはないが)を受けて、
原油の市況化に多くを割いている。

原油の高騰の理由に、ガソリン・灯油・ジェット燃料への精製に適する
軽質油の需要が多いにもかかわらず、中東の産油は中・重質油である
ために需給のミスマッチが発生していること。
また米国のSRP(戦略的備蓄)の積み増しによって、需給が悪化して
いる面もある。

この需給のミスマッチと「市場の再分配機能」(産油国を問わず、精製されて
世界中に再供給されうる)とを同時に著者は言うのだが、そうすると再配分
される商品がどの程度割高になるのか(すなわち仕方がなしに中質油で
軽質油に向いた商品を精製した場合の割増分のコスト)をしりたいところ。

【つまみ読みにGOOD】 2005年 

藤 和彦
石油を読む―地政学的発想を超えて

金融工学 マネーゲームの魔術

先物・オプション・金利スワップにブラック=ショールズ理論の
解説。
金融工学の運用についてはLTCM破綻のノンフィクションの
こちらがお勧め。
ロジャー・ローウェンスタイン
最強ヘッジファンドLTCMの興亡
【つまみ読みにGOOD】 2000年講談社+α新書

吉本 佳生
金融工学マネーゲームの魔術

はじめての経済学 下

伊藤元重による入門書の下。公共部門の経済学・金融・
労働市場と企業・国際経済学。

【つまみ読みにGOOD】 2004年

伊藤 元重
はじめての経済学〈下〉

「失われた十年」は乗り越えられたか

自動車や家電、流通の各セクター別に平成不況からの脱出を
いかに遂げたかを検証している。

部品部材メーカーについては最後に少しだけ触れられている。
この点によって、本書の満足度は低くなる。

部品部材こそが、人件費面で中国・韓国に負けるセットメーカーに
比べて、日本企業の活路と言える。

たとえばTDKはカセットテープなどの記録媒体のメーカーから、
ハードディスクの部品やコンデンサへのシフトをした。
あるいは自動車で使う小型バネを製造するニッパツがハードディスク
用のバネで成長したように部品メーカー自体も変化している。

失われた十年の乗り越え方としては、パソコンや液晶などのハイテクに
凸版印刷のような企業までが部品部材メーカーとして対応できたことに
注視する必要があろう。

また著者は中国を「世界の工場」としてしかいまだにとらえていない。
すでに「世界の市場」であるのは明かである。

いささか感覚の古さを随所に感じる。

【読むほどのものではない】 2006年
下川 浩一
「失われた十年」は乗り越えられたか―日本的経営の再検証

はじめての経済学 上

伊藤元重による初歩的な経済学入門。
経済学史・マクロ経済学・石油ショックからバブルまでの日本経済・
ミクロ経済学・ゲーム理論をさくっと。

【物足りない】 2004年

伊藤 元重
はじめての経済学〈上〉

金融行政の敗因

大蔵省の銀行局長で退官後は大学教授となった西村吉正による
バブルとバブル後の経済そのものと金融政策の検証。

この手のものでは抜群に面白い。

経済発展に伴い、金融活動が飛躍的に増大しているにもかかわらず、
土地という極めて限られたものが取引の尺度となっていたのである。

つまるところバブルもバブルの後遺症も、日本が間接金融(銀行)中心で
あったことに起因する。ドイツは日本と同様に右肩上がりの成長を続けながら
バブルが起きなかったのは土地政策が確立しており、土地が投機対象と
ならないためであった。アメリカでも土地バブルは起きているが、崩壊後に
後遺症が残ることがなかったのは直接金融(証券)中心であるため。

株式市場では85年から89年にかけて個人の割合は49%から31%へと
減っている。(外国人が17%から11%)。NTT株ブームがありながら割合が
減っているのは、事業法人が10%から14%、銀行が11%から25%へと
増大したため。これがのちのち問題を生む事となるのは承知のこと。

銀行が土地高騰をバックに活性化し、円高により世界的にはより増大した
ことが後々ジャパンプレミアムを生じさせることとなる。

西村が銀行局長時代にいよいよ金融機関が破綻し始める。それが銀行で
あれば大蔵省の所轄であるから話が早いが、信組の場合、直轄は都道
府県である。東京の2つの信組が破綻にあい、青島幸男は支援せずを公約に
都知事選に出て当選するわ、前任の鈴木俊一は国のせいにするわである。
預金者にとっては銀行も信組も金融機関であるから、結局は大蔵省が
金融システムの安定をはからざるを得ない。

こうした中で鯨岡兵助が西村の元に直々に電話をかけて励ます。
鯨岡は昭和初めの金融恐慌の体験者であったからである。

【書物としてGOOD】 1999年

西村 吉正
金融行政の敗因