金融行政の敗因
大蔵省の銀行局長で退官後は大学教授となった西村吉正による
バブルとバブル後の経済そのものと金融政策の検証。
この手のものでは抜群に面白い。
「経済発展に伴い、金融活動が飛躍的に増大しているにもかかわらず、
土地という極めて限られたものが取引の尺度となっていたのである。」
つまるところバブルもバブルの後遺症も、日本が間接金融(銀行)中心で
あったことに起因する。ドイツは日本と同様に右肩上がりの成長を続けながら
バブルが起きなかったのは土地政策が確立しており、土地が投機対象と
ならないためであった。アメリカでも土地バブルは起きているが、崩壊後に
後遺症が残ることがなかったのは直接金融(証券)中心であるため。
株式市場では85年から89年にかけて個人の割合は49%から31%へと
減っている。(外国人が17%から11%)。NTT株ブームがありながら割合が
減っているのは、事業法人が10%から14%、銀行が11%から25%へと
増大したため。これがのちのち問題を生む事となるのは承知のこと。
銀行が土地高騰をバックに活性化し、円高により世界的にはより増大した
ことが後々ジャパンプレミアムを生じさせることとなる。
西村が銀行局長時代にいよいよ金融機関が破綻し始める。それが銀行で
あれば大蔵省の所轄であるから話が早いが、信組の場合、直轄は都道
府県である。東京の2つの信組が破綻にあい、青島幸男は支援せずを公約に
都知事選に出て当選するわ、前任の鈴木俊一は国のせいにするわである。
預金者にとっては銀行も信組も金融機関であるから、結局は大蔵省が
金融システムの安定をはからざるを得ない。
こうした中で鯨岡兵助が西村の元に直々に電話をかけて励ます。
鯨岡は昭和初めの金融恐慌の体験者であったからである。
【書物としてGOOD】 1999年
バブルとバブル後の経済そのものと金融政策の検証。
この手のものでは抜群に面白い。
「経済発展に伴い、金融活動が飛躍的に増大しているにもかかわらず、
土地という極めて限られたものが取引の尺度となっていたのである。」
つまるところバブルもバブルの後遺症も、日本が間接金融(銀行)中心で
あったことに起因する。ドイツは日本と同様に右肩上がりの成長を続けながら
バブルが起きなかったのは土地政策が確立しており、土地が投機対象と
ならないためであった。アメリカでも土地バブルは起きているが、崩壊後に
後遺症が残ることがなかったのは直接金融(証券)中心であるため。
株式市場では85年から89年にかけて個人の割合は49%から31%へと
減っている。(外国人が17%から11%)。NTT株ブームがありながら割合が
減っているのは、事業法人が10%から14%、銀行が11%から25%へと
増大したため。これがのちのち問題を生む事となるのは承知のこと。
銀行が土地高騰をバックに活性化し、円高により世界的にはより増大した
ことが後々ジャパンプレミアムを生じさせることとなる。
西村が銀行局長時代にいよいよ金融機関が破綻し始める。それが銀行で
あれば大蔵省の所轄であるから話が早いが、信組の場合、直轄は都道
府県である。東京の2つの信組が破綻にあい、青島幸男は支援せずを公約に
都知事選に出て当選するわ、前任の鈴木俊一は国のせいにするわである。
預金者にとっては銀行も信組も金融機関であるから、結局は大蔵省が
金融システムの安定をはからざるを得ない。
こうした中で鯨岡兵助が西村の元に直々に電話をかけて励ます。
鯨岡は昭和初めの金融恐慌の体験者であったからである。
【書物としてGOOD】 1999年
- 西村 吉正
- 金融行政の敗因