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cb650r-eのブログ

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CB6050Rの慣らし運転も完了。

しかし、家の裏山は雪で走行不能。

そこで、逆に南側の岬へ初ツーリングしてみた。

 

まず、これまで力まかせに、こねくり回していたが…。

ツーリングしたことで、3点の気付きがあった。

 

1.E-clutchが(慣らし中に比べ)スムーズ、軽やか、ギア抜けしなくなった。

 

2.腕の力を抜いて、バイク本来の慣性まかせにしたところ、ライディングが上達したような錯覚に陥った。

 

3.バイクの重心がライダーの真下にある感覚、しかも低すぎず高すぎずちょうどよい。

 

改めて、CB650R E-clutch 非常に良いです。

 

2月なのに夏のような海でした。

 

このブログの内容はフィクションです。 実在の人物や団体などとは関係ありません。

 

 

 

いざ、ソリューション推進部へ。

 

2011年4月、俺はソリューション推進部に異動となった。もっとも、異動といっても本店の5階から6階に移動するだけ。距離にしてエレベーター数秒の旅路だ。

出勤初日、松下部長と田町副部長は期初の社内会議に出ているため不在。周りを見渡すとほとんどが俺よりも年下の社員。

ソリューション推進部には、三つのグループがある。M&Aグループを率いるのが久保 正平、法人営業グループは今林 清吾、そして医療・介護グループは真崎 孝。この三人がリーダーだ。全員初対面だったが、どいつもこいつも一癖ありそうな面構えで、一匹狼面である。

そんな中、グローバルチームの取手さんが俺に声をかけてきた。
「よぉ、山本ライダー!元気が足りんぞ~」
「取手さん、現場ではご活躍だったそうですね」
「当たりマエダのクラッカーだそ!」
さらに畳みかけるように取手さんが続ける。
「お前、何かやらかしたんだろう? 『オールドルーキー』が異動してきたって、みんな噂してるぜ!」
「まぁ、一等兵には違いありませんけどね」
「何かわからんことがあったら、何でも俺に聞くなよ!聞かれても何もわからんからな!」
「……頼りにしてません。取手さん」

少しだけ疲れた俺に追い打ちをかけるように、医療・介護グループの真崎さんが淡々と指示を下す。
「これからの3か月間、私の取引先訪問に随行してください。それ以外の時間は資料作成などを手伝ってもらいます。あとは、半年後に医療経営コンサルタントの資格試験がありますので、その勉強をしておいてください。不合格はなし、でお願いしますよ」

……「不合格はなし」って簡単に言うけど、そもそも合格する保証もない試験なんだが。俺の新しい職場での挑戦は、どうやら前途多難な予感しかない。

 

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医療、介護?

 

「はぁ。」
「で、私はどこに?」

「医療・介護グループだ。」
「医療・介護グループ?」

「私は外国為替と海外取引しか経験がないのはご存じですよね?」
「もちろんだとも。」

小川常務はにやりと笑うと、手元の資料をちらりと見せた。
「リーダーは真崎 孝、あと若手の大坪 信吾に井村 ひとみ、そしてお前だ。お前以外の3人は医療経営コンサルタントの有資格者で、経験も3年以上。お前は資格なしのオールドルーキーってわけだ。」

「私が異動する理由が見当たりませんね。」
つい、むっとした声が出てしまった。

「行けば分かるさ。」小川常務は、どこか楽しそうだ。

「まず、医療業界ってやつは景気に左右されにくい。お前が生まれた昭和40年代、大きな病院がどんどん建てられた。あれから40~50年が経ち、立て替え案件が今、ラッシュなんだ。それに事業承継だ。同じだろ?どの業界も。医療も例外じゃない。これからピークを迎えるだろうな。淘汰とM&Aも増えるし、介護業界だって医療と切っても切れない仲だ。もう、表裏一体と言っていい。」

常務は資料を閉じ、指を組む。
 

「物を右から左に動かして金を稼ぐ――そんな古典的な商社機能だけじゃ、もうやっていけない。分かるだろ?ソリューションを提供して、そのフィー(手数料)で稼ぐ。それがこれから生き残る唯一の手段かもしれん。要するに、早い者勝ちだ。」

「ここからは、俺の独り言だと思って聞いてくれ。」
小川常務は少し声を潜め、顔を近づけてきた。

「わが社もだな、昨日までの敵と手を組む…異業種とコラボする、なんてことも、そう遠い未来の話じゃないかもしれんぞ。」
その表情には、どこかしたたかな企みがにじんでいた。

 

 

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貿易投資相談所の行方は…。

 

2011年3月のある日、小川常務から突然の電話がかかってきた。
「8階の俺の部屋に来れるか?」
「えっ、私、何かやらかしましたかね?」
「いやいや、相談ごとだ」

そのやり取りだけで、なんだか妙な胸騒ぎがした。小川さんの「相談」と言えば、たいていは面倒事か厄介事に決まっている。

「山本、お前、貿易投資相談所で何年になる?」
「12年ですかね」
「バイクには乗ってるのか?」
「いや、BMWは手放しました」
「俺もだ。役員になったときにバイクは卒業したよ」

どうやら雑談から始めるつもりらしい。


話は遡るが、2005年頃のこと。
週末の朝、俺は新聞を広げながら、コーヒーを一口すすっていた。ところが、その時、マグカップが突然手の中でガクンと傾き、コーヒーがテーブルに派手にこぼれた。
「もう、よそ見するからよ!」と妻の華が呆れ顔で注意する。

だが、それは単なる不注意では済まなかった。その後も何度かカップが手の中で滑るようになり、どうも左手に力が入らないことに気付いたのだ。

久しぶりにBMWのクラッチを握ってみた時も同じだった。
「重い…」と思わずつぶやく俺。愛車K75は元々クラッチが重めで、しかも油圧式ではない。だが、握る感覚が以前とは違う。さらにバイクの下を見ると、地面にオイル染みが広がっているのが目に入った。エンジンブロックからオイルがにじみ出ている。
「もう潮時か…」そう俺はつぶやいた。

バイクはお世話になったバイク屋に引き取ってもらうことにした。

「さて、本題だ」と、小川常務が言った。
「法人ソリューション部を再編して、新たに『ソリューション推進部』を立ち上げることにした。次年度から稼働する。その名の通り、お客様の“お困りごと”に解決策を提案するのが仕事だ」
具体的には「法人グループ」、「M&Aグループ」、「医療・介護グループ」の3つで構成されるらしい。

「で、山本、お前にはソリューション推進部に異動してほしい」
「えっ、私が…法人グループですか?」
「まあ、グローバルチームは作る。3人構成だ。リーダーは取手 豪、あとお前の同期の吉富 太郎、それにお前の相棒だった北浦 勉。どうだ、ベストメンバーだろ?」

やたら満足げな顔の常務に、俺は言葉を詰まらせた。
「貿易投資相談所はどうなるんですか?」
「グローバルチームが全部引き継ぐ。それで問題ないだろ?」

常務の決断はあっけなく、そしてやけに強引に感じた。

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CB6050Rの慣らし運転も完了したところ、急にF15が見たくなり、空自に行ってみました。

さすがにバイクで、F15との並走することなど、許されるはずもないですが…。

バイクで並走といえば、映画「トップガン」。

 

トップガン次回作では、トムには、是非とも「K社」のバイク「N」でなく、HONDA CB650R E-clutchでF15と並走してほしいものです。

 

まあ、コンプライアンスが厳しいこのご時世、アライの「マーベリック」レプリカヘルメットを着用していただければと思いますが…。

 

 

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貿易投資相談所。

 

その後も仕事は順調だった。相棒の北浦君は、見た目と仕事ぶりが全く違い、あっという間にお客さんと仲良くなって、新規案件をどんどん取ってくる。当時は、韓国や中国、アジアから輸入される海産物がピークに達していた。回転すしネタの状態にまでカットされた刺身や、パン粉がまぶしてある白身魚などが、次々と門司港に輸入されていた。

さて、俺についてだが、周囲からは「万年所長」と揶揄されることもあったが、実際、1999年4月から2011年3月までの12年間所長を務めた。

 

商社業界も大きく変わった。大手商社の寡占が進み、我々のような中小商社は、どうにかこうにか生き残ろうと、ニッチ市場に焦点を当てるようになった。例えば、南半球のオーストラリアでイチゴを生産し、冬のクリスマスケーキの時期に合わせて輸入したり、あの手この手を使って生き残りを図った。

ただ、祖業の貿易だけでは、この厳しい競争に立ち向かうには、到底かなわないことを誰もが感じていた。

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条件とは。


大阪にあるホテルの中華料理店で、久しぶりに林夫妻と会食することになった。華さんと俺、そして林夫妻の4人。こうしてご夫婦と華さんを交えて会うのは、実に久しぶりだ。

予約しておいた個室に案内され、華さんと一緒に席に着いたところで、間もなく林夫妻がいらっしゃった。

「お忙しいところすみません。本日はありがとうございます。」
俺が立ち上がって挨拶すると、ヤス子夫人が柔らかい笑顔で答える。
「華さん、会いたかったわ~!」

そんな和やかな雰囲気もつかの間、着座すると林社長がズバリと切り出した。
「で、式はいつだ?」

あまりの直球に、俺は思わずたじろぐ。
「ああ、いきなり結論からですか……。」

すると華さんが、にっこりと笑って言った。
「21世紀初日の2001年1月1日に婚約届を出して、式は2月18日、日曜日に挙げる予定です。」

さすが華さん、怯みがない。

「で?」
林社長の鋭い目線が、今度は俺に突き刺さる。

「あの……ご夫妻に仲人をお願いできないかと……」
俺は恐る恐る切り出した。

その瞬間、林夫妻は顔を見合わせ、にっこりと笑った。

「ただし条件があるぞ、山本!」林社長がニヤリとする。

「もちろん、会場はうちの『メモリーライフ』だな?」
「ええ、それはもちろん……」
「あたり前だ!それから費用は特別価格で高めにしておくぞ!ハッハッハ!」

豪快な笑い声に、つられて全員が笑う。これが林社長のペース。

「じゃあ、乾杯だ!」
林社長がグラスを掲げる。
「お二人の幸せに、カンパーイ!」
「カンパーイ!」

乾杯の声が個室に響く中、料理が運ばれてきた。
熱々の小籠包や香り高い麻婆豆腐を囲みながら、会話は自然と昔話に花が咲く。
 

俺たちの未来を祝うような、温かいひとときだった。

 

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白浜へいこう!


五月のゴールデンウィークのある朝、思い切って華さんのPHSに電話をかけた。

「華さん、天気もいいし、どこかバイクで出かけませんか?和歌山の白浜とかどうです?ついでに、うちの実家にも寄って、母に紹介したいんだけど。」

「あら、バイク?乗ったことないけど、楽しそうね。いいわよ。」と華さんは即答。
ちなみに、俺は車を持たないが、彼女の愛車はトヨタ・レビン(AE86)のパンダカラー。ただし、ド・ノーマル仕様。だが、マニュアル車に乗る女性なんて今どき希少だ。

白浜では波の音に耳を傾け、実家に寄って母に華さんを紹介した。

医者だということは事前に説明しておいたが、そこは華さん、ひとりの女性として母ともすぐに打ち解けていた。
その場でも話題となったが、華さんの実家は、福岡県太宰府市にある内科クリニック。二人の兄がいて、長男は熊本大学医学部卒、次男は九州大学医学部卒。それぞれ福岡市内の病院で勤務しているらしい。

秋には、俺は母親と新幹線に乗って、華さんが待つ福岡のご実家へご挨拶に伺った。
玄関で迎えてくれたお父様は、まるで大学教授のような威厳と知性をまとっていたが、意外にも物腰が柔らかい方だった。

「ほぉ、海外にいたこともあるんだ。」と、こちらの話にも興味津々だったのが印象的だ。
一方、お母様は茶道をたしなむ品のある方で、和やかな空気を作ってくださった。昔のアルバムなどを見せていただき穏やかな時間を過ごせた。
 

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はじめまして…。


頭の中で「所長」という文字が一人歩きを始める。「所長……え、俺が?」――だが、組織の長などやったこともない。どうやら、俺の新たなステージが始まるらしいが...。

「貿易投資相談所?そんな部署ウチにありましたっけ?」
「今日から新設だ。」
「はあ、そうですか。それでメンバーは?」
「本日発令の試用社員、北浦 勉だ。」
「……他には?」
「以上だ。」
「いやいやいや!新入社員と二人だけですかって!」
 

「文句を言う前に動け。場所は5階の国際業務部にあるのデスク2台を使え。」

あまりに突然の話に絶句する間もなく、状況説明が続く。実際のところ、この「貿易投資相談所」とやらは、国際業務部と連携して顧客の貿易案件や海外進出をサポートするための窓口らしい。とはいえ、実態はほぼ「国際業務部の下っ端」みたいなものである。

おれの目には、5階の片隅に向き合って置かれた机2台がまるで無人島のように見えてきた。

午後になって、ひとりの輩がやってきた。明らかに武闘派である。

「北浦です。ヨロシクお願いしゃっす」

「山本です。ボチボチやっていきましょう2人で…。」

 

机は横並びに変えとこ~。

上釜部長~。ほか居なかったんすか~。

 

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